ショートコメディ『傷月くん』
ある朝。いや『ある朝』なんて出だしをしたところで、ここがどこなのかは明らかにはしないが。そんな、ある朝。陰気な性格の私は、今日も――
「あ、傷月くんだ!! おはよう!! 今日も、いい小春日和だね!!」
挨拶をした。そんな朝。彼は、どんな返事をしてくれるだろう。「ういっす!」とか、そんな体育会系な返事をしてくれるだろうか。
期待しているよ傷月くん!
「ぼくは、深く傷ついている……」
私の期待を裏切らなかった。項垂れた様子の彼は、常に傷ついている、らしい。そんな言葉をいつも口にしている。耳障りだ。と、クズな私は、心の中でいつも思っているよ。
死ね、とも。
「そっか! こんな晴れやかな朝に、そんなに傷ついている人がいるんだね! 信じられないなあ」
全く信じようとしない私。
「う。うぅ……。信じられていない……」
彼は傷ついているらしかった。よっし。彼の傷つきポイントを貯めてやろう。ポイントが貯まったら、なにか豪華な景品と交換してくれるかな。そんな淡い期待と共に、私は彼を信じないことにした。
「う、傷ついている。ぼくは、深く、傷ついているよ。この日本には、今日も、自殺を考えて実行する人がいるってことに、ぼくは、深く傷ついている……」
「えっと、年間の自殺者は二万人超えだっけ? 三百六十五日で割ったら、日に、五十四人は死んでる計算になるね!」
私は、屈託のない笑みで彼に教えてあげた。
「う。うぅ……。ぼくは、深く、深く傷ついているよ」
死ね。
「うーん。どうして、傷月くんが、見知らぬ他人が自殺することに対して、そんなに傷ついているのかがよくわからないなあ」
「そ、そんなの人として当たり前でしょ?」
「当たり前?」
「当たり前だよ。被災した人には、優しい言葉をかけてあげるのが当たり前なように」
「え。その言葉のせいで、自分は傷つかないといけないんだって忖度しちゃう人いない? 大丈夫? 分かり合えてる?」
「とにかくぼくは、深く、傷ついている」
「ねえ。あのさあ」
彼は傷ついているらしかった。よっし。もっと傷つけ。もっと傷つけ。そして、強靭な心に鍛え上げてやる。心は、筋肉のように、ある程度、負荷を与えてやらないと強くなれない。
そして、死ね。
「私は、そんなこと言う傷月くんが、嫌いだよ」
私はにっこりと笑った。
傷つくだけならまだマシ。しかも、それを軽々しく口に出して言えるくらい鈍感なら……。
「真っ正面から、そんこと言われたの初めてだ……」
彼は驚いたようだった。傷ついたかな、と期待したけれど、傷月くんは、少し恥じらいだように目をそらして、こう言った。
「ありがと。ぼくのしゃべり方は、好き嫌いが分かれるってよく言われるけど、そんなにはっきりと嫌いって言われて、どうしてかな、悪き気がしないよ」
「ぼくは、そんなことを言ってくれる〇〇さんのこと、嫌いになれない」
死ね。