閑話 皇国と帝国
マゼチャゴ大陸の北には皇国、東には帝国が存在している。
これらの国は野心的な君主を戴き、領土拡大に熱心だった。
特に北の皇国はやせた土地に寒波という二重苦の洗礼を受ける国土である。
「何とかして南方の暖かく、豊かな土地を……」
と皇国のトップ皇王がつぶやく。
皇王と政治軍事の最高幹部がつどい、「御前会議」が今日も開かれている。
「一時的に帝国と手を結べとおっしゃるのか、宰相」
不快そうに言ったのは皇国の軍事面の最高責任者、軍務大臣だ。
「そうだ」
対するのは六十歳の老人で、宰相である。
この二人が最高権力者の皇王をそれぞれの分野で補佐する立場にあった。
「帝国もやはりライバルなんですぞ。何度も戦火を交えたこともある。それと手を組めと?」
軍務大臣の意見は感情論だが、軍人たちの思いを色濃く反映している。
それだけに宰相も無下にはできなかった。
「気持ちは判るが、我々の目的は吹雪と無縁の土地を手に入れることのはず。そして貴公たちはそのための力だろう?」
「それはそうですが」
国家としての悲願を持ち出されれば、軍務大臣も譲歩せざるを得ない。
「帝国と結ぶメリットを提示せよ」
と皇王が命じる。
「はっ」
宰相は一礼して話しだす。
「我々が南下するうえでの障害は主に二つ。中央に位置する連邦と、その北東に位置する帝国です。どちらも軍の強さ、極大戦力の保有数でもわが国に劣っていますが、二国同時に相手にする力は残念ながらありません」
この発言に軍人たちが悔しそうに唇を噛む。
「軍の力と言うより、国力の問題です。わが軍ならば二国を撃破できると信じておりますが、それまで支える力がありません」
宰相はそれに気づいて彼らの感情に配慮した発言をおこなう。
「たしかに。連邦軍は強くないが数は多い。帝国軍は精鋭ぞろいで厄介だ。そして問題は極大戦力だな」
軍務大臣の発言に皇王が口を挟む。
「連邦にいる『翠天君』レト・イピロス、帝国にいる『黒天君』アルベール・ギャフシ……どっちも相当に手強いそうだな」
「御意」
軍務大臣はうやうやしく同意し、それから返答する。
「臣が謹んで奉答申し上げます。わが国にも『剛穿刃』、『白天君』、『天魔』の三名がおります。そう簡単には遅れをとらぬこと、陛下にお約束申し上げたく存じます」
皇王はゆっくりとうなずく。
「わが国を守る英傑たちの力、余が疑ったことはないぞ」
「ははっ。ありがたき幸せっ」
軍務大臣は平身低頭する。
「三対二ならば勝てると私も思う」
と宰相は言った。
「だが、五対三になった場合はいかがかな?」
この問いに軍務大臣は黙ってしまう。
皇王の前でみっともない強がりを言うわけにはいかない、という臣下としての意識が舌を重くする。
「それを避けるという点が肝要だ」
「……なるほど。理解した」
軍務大臣はそう答えた。
「領土を増やし、力をたくわえたあとでなら何とかなる。帝国も連邦の領土を奪うだろうが、かまうものか」
彼はそう言い放ち、宰相はうなずく。
「頼もしいかぎり。軍と極大戦力、あてにさせていただく」
「うむ。任されよ」
軍務大臣は皇王の前ということもあり、はりきって応えた。
「どこまで攻め込むかだが……やはり極大戦力同士の戦い次第かな」
宰相はそう言う。
「帝国が三人、こちらも三人攻め込めば、三対一という局面を二つ作ることができる。それでも『翠天君』は手強いだろうが、負けるとは思えぬ」
軍務大臣は自信たっぷりに話す。
そこへ外の騒ぎが聞こえてくる。
「何事か?」
皇王が発言し、近侍の一人が部屋の外に出て様子を見に行った。
そしてほどなく戻ってくる。
「陛下に申し上げます。諜報部隊が急報を持ち帰ったのこと。お目通りをかなっております」
「すぐに通せ」
皇王の決断は早かった。
ただちに諜報部隊の長が青ざめた顔で入ってくる。
「突然にもかかわらず、拝謁の栄誉を賜りまして……」
「あいさつはよい」
皇王は臣下の前口上をさえぎり、本題をせかした。
「何があった? よほどのことなのであろう?」
「御意」
諜報部隊の長は真っ青になったまま理由を話す。
「ラグナ・ユニバースがマヌー王国を離れ、連邦に入ったのことです」
「何だと⁉」
全員が目を剥くか、絶句してしまった。
場の空気は一気に重苦しくなる。
「その話は真実か?」
皇王が冷や汗を浮かべながらたずねた。
「はっ。ラグナ・ユニバースは連邦の学院にて教職を得て、居座るつもりのようです。間違いございませぬ」
諜報部隊の長は苦い顔で、声を震わせながら告げる。
「そ、そんな……馬鹿な……」
宰相の顔からは血の気が失せ、脱力してしまう。
だが、誰もとがめない。
「へ、陛下? いかがいたしますか?」
軍務大臣が皇王に判断を求める。
「あきらめろ。ただちに侵攻計画せよ」
皇王は無念を全身からにじませながら、急いで決断した。
「さもなくばわが国がラグナに滅ぼされるかもしれぬ」
恐怖がこもった皇王の発言に、すべての臣下が何度もうなずく。
ラグナが国を移ったことで、大きく激しい戦いは回避された。




