『最強』ラグナ・ユニバース
ラグナはおだやかに答えた。
「人の怖さを知らぬドラゴンか。……翼竜種なら空の高さは知っているな。だが、低い低いは知っているか?」
ブラックサウザンドドラゴンにしてみれば、奇妙な反応である。
人間風情は恐れおののき、泣きながら命乞いをするべきだった。
「人間風情が、我が力を思い知れ!」
ドラゴンは口を開いた瞬間、ずしりと自分の体が重くなったことを感じる。
「な、何だ?」
驚く間に地面はひび割れ、彼の体が埋まっていく。
「うぐぐ……」
骨がきしみ、内臓が悲鳴をあげる圧力にドラゴンは逆らおうとするが、何もできない。
さらに重さは増して地面にはクレーターができ、ドラゴンは埋まっていく。
「ぐふっ……」
高度な魔法も攻城兵器ですら効かないはずのドラゴンが血を吐いた。
「な、何だこれは……」
ドラゴンは恐怖する。
自分が手も足も出ず、圧倒されていることだけは本能で理解できた。
「ただの魔法さ。『忘れられた大いなる揺りかご』というね」
ラグナは話す。
「た、ただの魔法のはずがっ」
ドラゴンはさらなる圧力に血を吐く。
「に、人間どもの魔法など、我に効くはずが……」
ドラゴンの話は嘘ではないが、すべてではない。
「エンシェントドラゴンならまだしも、サウザンドドラゴン程度に魔法が効かないはずがないだろう?」
ラグナはさらに圧力を強化した。
「ま、待ってくれ……こ、降参する……許してくれ……」
とうとうブラックサウザンドドラゴンは泣き出し、命乞いをする。
「分かればいい」
ラグナは魔法を解除してやった。
体が楽になったドラゴンはゆっくりと地上に顔を出す。
「何とおそろしい男よ……まさかあなたは?」
「今ごろ気づいたのか。ドラゴンたちの間ではそこそこ有名だと思ったのが」
とラグナは言う。
それを聞いてブラックサウザンドドラゴンは震えあがる。
「に、二度とあなたを怒らせるまねをしないと誓う」
先ほどまでの態度が嘘のように卑屈になった。
「言っただろう。分かればいいと」
ラグナはめんどうそうに言う。
「そ、それでは失礼する」
ブラックサウザンドドラゴンはダメージが残った体のまま、ふらつきながら必死に翼を動かして逃げ去った。
「さてと」
ラグナは来た道を引き返し、人々に告げる。
「ブラックサウザンドドラゴンはいなくなっていたよ。もう通れるはずだ」
そう言って踵を返しあぜんとする群衆に背を向け、東方のヴァンデル連邦を目指して歩き出した。
そこへ駆け寄る音が聞こえ、若い女性が声をかけてくる。
「あの、もしやラグナ・ユニバース様ではございませんか?」
ラグナは自分の名前を言い当てられたことで足を止めてふり向いた。
声をかけてきたのは美しい銀髪のショートヘアと青い目が印象的な美女である。
青いシャツにグレーのパンツという動きやすそうな服装だが、旅人には見えにくい。
「そのとおりだが、あなたは?」
名前がばれているならへりくだっても無駄だと判断し、ラグナはふだんの言葉遣いを選ぶ。
「申し遅れました。私、ヴァンデル連邦のある学園に勤めております、クラリスと申します」
彼女は優雅に一礼し、さっそく本題に入る。
「じつはラグナ様がマヌー王国の学園の教職を解任されたと耳にはさみ、私どもの学園に来てはいただけないかと、足を運んだしだいです」
ラグナは天をあおぐ。
まさかこんなにも早く広まっているとは思わなかった。
「俺のどこを評価したのか、聞いてもいいのかな?」
「はい。生徒たちの個性に合わせ、長所を伸ばす方針をお持ちだと聞いたからです。当学園の指導法に沿っております」
「なるほど、そこなのか」
ラグナは納得する。
もう一つの理由のほうを考えたのだが、クラリスは彼にとって受け入れやすい理由を告げたのだ。
それを読んだようにクラリスは告げる。
「最強と書いてラグナ・ユニバースと読む、と謳われるお方といえど、当学園の方針にあわない場合はお断りさせていただきます。それが学園長の考えですから」
彼女はラグナのことを知っていた。
つまりラグナが世界最強なのも知っているのだろう。
それでもそう言ってのける胆力をラグナは気に入る。
「分かった。そういうことであれば、ひとまずあなたの勤め先に行ってみて、学園長に会ってみよう」
「本当ですか!」
クラリスは目を輝かす。
美しいが、ラグナの心を揺さぶることはなかった。
「そうだ。追放されたが、子どもを育てたいという気持ちは残っているからな」
「ありがとうございます!」
喜ぶクラリスに対して、ラグナは冷静にくぎを刺す。
「もちろん最終的に断る展開もありえるぞ。あくまでも会ってみるだけだから」
「それでもけっこうです! 学園長はラグナ様の大ファンですし、きっと喜びます」
「……そうか」
ラグナはそっと息を吐く。
(方針にあわないならいらないと言いつつ、俺のファンなのか。公私混同はしないだけ立派と考えるべきか?)
と思う。
彼は自分のファンを自称する存在が星の数よりも多いと知っていたため、ファンがいる程度では驚かなかった。




