第6話 戦い始めた少年
そして、主人公が戦います。
「【私は見―――】っ！」
目の前に現れた銀色狼に対し、ティアが詠唱を始める。
しかし詠唱が終わる間も無く、銀色狼がティアに襲い掛かった。
「危ねぇッ！！」
間一髪でティアに向かって飛び込んだカイトが、ティアを抱き込んで地面を転がる。そして先程までティアが立っていた場所には、銀色狼の爪が振り下ろされていた。
「怪我はないか？」
「………ありません」
腕の中で身動ぎ一つしないティアに、カイトが声を掛ける。それにティアは小さな頷きで返した。
「ならば！ 【ルーインの名を―――】っ！！」
銀色狼は、次に詠唱を始めたリゼットへ素早く牙を向ける。その向かって来た牙を、大きく後ろに飛んだリゼットは何とか避けた。
「長い詠唱は駄目だ！ もっと短くないと間に合わないぞ！」
さっきの銅種系と違い、この銀色狼は頭が良い。詠唱を始めた者から優先に攻撃を仕掛けているのだ。それにあの攻撃速度じゃ、詠唱が間に合わない筈である。
「――だったらボクが、【大地よ！】」
今度はエッダが急いで叫ぶ。すると大地から1本の手のような物が伸び、銀色狼を捕まえようとする。
だが銀色狼がその爪を振り下ろすと、その大地の手は呆気なく霧散した。
(……やはり、詠唱が足りないか！)
詠唱はオマケと言ったが、魔力を流すのに必要という点は変わりないのだ。つまり詠唱が足りなければ、想描した【魔法】は本来の具現化に至らない。威力が弱く、ほぼ使い物にならないのである。
「【アオォォォオオンッッ！！】」
銀色狼が大きく吠えた瞬間、目で追う事も困難なほど動きが加速する。
そのまま開いた口の中にある鋭い牙を、エッダに向けて突っ込んで行く。
「―――っ！！」
エッダが声にならない悲鳴を上げた瞬間、カイトが銀色狼に片手を向け叫ぶ。
「【風よっ！！】」
カイトの詠唱により【魔法】が発動し、小さな嵐と呼べる程の 暴風 が銀色狼の身体を襲う。
「―――ッ！！！」
今度は銀色狼が悲鳴ような鳴き声を上げる。
「……凄い。あんな短い詠唱で、どうやって？」
「魔力の量は、取り柄の1つなんだよ」
未だ腕に抱いたままであったティアが、その鈴音のような声で疑問を口にした。カイトはその問いに対し、簡単に答えた。
授業でも習ったが、詠唱は魔力が多ければ短くて良いのだ。
例え詠唱が短くても、その短い中で多くの魔力を流せば良いだけのこと。その身に多くの魔力を宿している者だけが、可能とする技の1つである。
「……だが相手さんも、簡単にはやられちゃくれないみたいだぜ」
既にカイトの【魔法】を振り払った銀色狼が、次の獲物を探し始めている。
「よし、ならみんなで一斉攻撃っしょ！」
そう提案したチロルが、クラスメイト達に視線を向ける。
「確かにそれなら、相手も気が散る筈だよね！」
「あぁ、その作戦が得策と言えるだろう」
「私も微力ながら、お手伝いします」
「よっしゃー！ ウチも戦うぞー♪」
チロルの声に反応したエッダとリゼット、アシスとユレメが一斉に詠唱を始める。
「【俺っち全力！ ―――」
「【大地よ！ ボクの声が―――」
「【ルーインの名を持つ―――」
「【私は願います―――」
「【本気出しちゃうぞ！ ―――」
「【アオォォォォォオオオンッッ！！！】」
5人の詠唱をかき消すように、銀色狼が今までで1番大きな声で吠えた。
そしてカイトは感じた、今日一番の魔力の流れを。
「 ―――みんな伏せろぉぉぉっっ！！」
カイトがクラスメイトに向けて大声で叫ぶ。
「「「「「「「「「ッ！！！！！」」」」」」」」」
その声に、ほぼ反射的にクラスメイト達が地面に伏せる。
刹那、銀色狼の頭上に大量の銀色の氷柱が出現した。そしてクラスメイト達が立っていれば胴体を貫いていたであろう位置を、音速をも超える速度で通過していったのだ。
(………やはり、銀種は厄介だぜ)
迷いの森に生息している魔物の中にも、様々な種類が居る。中でも牙や爪だけに注意していれば然程の脅威ではない銅種に比べ、銀種は【魔法】を使うのだ。
その高い知性により、今までに戦った狩人達が使っていた【魔法】を記憶する、自身の攻撃として用いるのだ。
先ほどあの銀色狼が使用した【魔法】も、恐らく過去の経験から想描したのだろう。
「……で、どうするよ？ カイトさん。なんか手はあるか？」
「何も無いから、最初に撤退を促したんだろうが」
ソウヘイの冗談めいた発言に、カイトも呆れながら答える。
「………さっきの【魔法】に、もっと魔力を流せばいいのでは？」
今度はカイトの腕の中に居るティアが聞いてくる。
そう言えば、ずっと抱きっぱなしだったな。あまりにも抱き心地が良くて……はホントの事だから言わずに、忘れていたという建前にしておこう。
「いや、そもそも俺は攻撃特化じゃないんだ。さっきの風だってあれ以上の威力は想描が難しい」
ティアから腕を離しながら、カイトは正直に話す。
「あの【魔法】ならどうにかなるが、攻撃力に欠けるんだよなぁ」
そう、カイトなら先程の銀色狼の【魔法】も問題ないのだ。
「だったら、早くその眼帯外せよ」
「だから、【魔法】を防いだ所で攻撃力が無いだろ」
「マーシャにぶん殴って貰えばいいだろう？」
「……速度が圧倒的に負けてんだろ」
「だったら、俺が斬り刻むとか？ まぁ無理だけど」
「無理なら言うなよ」
カイトとソウヘイが、この難敵相手にどうするべきか考えていると
「――なら、俺が焼き尽くす」
いつの間にか近くに来ていた、コウキが無表情で発言する。
「そんな事出来んのか？」
「……詠唱の時間があれば、最大火力を打つける」
「なるほど、自信はある訳だ」
通常であれば即撤退が必要な場面であるが、もう逃してはくれないだろう。残された選択肢は、今も目の前に悠然と立っているあの銀色狼を倒すしかない。
「よし！ 信じるぜ、コウキ！ 時間は俺が何とかしてやる」
そう言ってカイトは、クラスメイト達が未だ伏せたままの状況で1人立ち上がるのだった。
―――その右目を覆っていた眼帯を外して
銀色狼の視線がカイトを捉える。カイトはその視線に怯む事なく、銀色狼に近付いて行く。
「何してんの、カイト！ 1人でなんて無茶よっ！」
それを見たマーシャが、カイトを止めるべく声を上げる。しかし、カイトは歩むを進めて行く。
「【水よ】」
カイトの詠唱により、何もない虚空から水流が出現し銀色狼を飲み込もうとする。しかし、銀色狼はそれを意図も簡単に避け、カイトに迫る。
「【光よ】」
すぐ側まで近付いて来た銀色狼の目の前に、今度は眩い光の玉が現れる。
「―――――ッ！？」
目眩しを直で喰らった銀色狼は、驚きの声を上げ後方へ飛び退いて行った。
「【草木よ】」
そして銀色狼が飛び退いて立ち止まった箇所から、木の根が伸び始め銀色狼の足に絡み付く。
「【空気よ】」
カイトの周りに空気の渦が巻き起こり、目に見えない空気の矢が幾つも生み出される。そしてその矢は、真っ直ぐに銀色狼に向かって飛んで行き、そのまま銀色狼の身体を貫いた。
「―――――ッ！？！？」
まだ視力が回復していないのか、銀色狼は何が起こったのか解らず、ただ痛みに対し吠える事しか出来ない。
「ありゃ〜。実際に戦い慣れてるのは、カイトっちだけだったのか」
「す、凄い……っ！」
「なんて落ち着きよう、恐怖をモノともしない胆力故か？」
「あんなに短い詠唱で、あそこまで威力のある【魔法】が使えるなんて」
「うはぁー、ありゃ手慣れてるなぁ〜」
チロルとエッダ、リゼットにアシス、ユレメまでがカイトの立ち回りに感嘆の声を漏らす。
そしてチロルの言う通り、カイトを除くクラスメイト達は――戦闘に手慣れているとは、言い難い部分が多々あった。
リゼットは稽古なんかはやっていそうだが、大槍の扱いがまだ雑である。慣れているなら、銅種程度に遅れはとらないだろう。攻撃を外してたしな。
またエッダや他のクラスメイトにも言える事だが、予想外の出来事に慌て過ぎ、戦闘時に落ち着いて対処が出来ていない。あれじゃ、この森では命が幾つあっても足りない。
(………この森じゃ常に、冷静さが求められる)
だからこそカイトは、目前の的に落ち着いて対処する。
「【アオォォォォォオオオンッッ！！！】」
ようやく視力が回復したらしい銀色狼が、カイトに向かってもう一度【魔法】を発動させる。
銀色狼の頭上に、また大量の銀色氷柱が出現した。………しかし、
「―――【蒼玉焔】」
カイトの右目――その蒼玉色の瞳に映された大量の銀色氷柱は、全て蒼玉色の焔に包まれた。
「―――――ッ！？！？！？」
これには、さすがの銀色狼も動揺を隠せないようだ。何故なら、自分の切り札がこうも簡単に消されてしまったのだから。そして銀色狼は、さらに驚愕する事になる。
「―――――ッッッ！？！？！？！？！？」
突如、銀色狼の身体を先程銀色氷柱を焼き尽くした蒼玉色の焔が包み込んだのだ。
「………そんな、無詠唱の【魔法】なんて存在しないのにっ」
この現象には、普段声の小さいティアも驚いたのか声が大きくなる。
「詠唱を必要としない【魔法】は、いくつか存在するんだよ。カイトのはその1つ、もっとも代表的なモノさ」
ティアの疑問には、近くに居たソウヘイが答える。
(………だが、この 力 じゃ銀色狼は倒せない)
カイトの予想通り、火傷一つ負ってない銀色狼が、蒼玉色の焔から姿を見せる。
「そ、そんな！ 確かに焔で呑み込んだのに！ 全くの無傷なんて！」
「あれだけの火力で傷を負わぬとは、敵の防御力は如何程か？」
エッダとリゼットが、驚きの表情を隠せずに声を上げる。それに今度はマーシャが答える。
「カイトのあの焔は――【魔法】なんかには強いけど、生物や物質には効果がないのよ」
(……だからこそこの焔は、異能灼きの焔と呼ばれる。生物なんかには、 ちょっと暖かい蒼い光 くらいにしか感じないらしい。……サーリンからの受け入りだけどな)
カイトはもう一度その鮮やかな輝きを放ち、薄っすらと幾何学的な模様が覗く蒼玉色の右目を、銀色狼へと向ける。
しかしそれは、追撃を行う為ではない。
―――銀色狼の、最後を見届ける為であった。
「………【紅玉焔】！！」
今までの間、ずっと詠唱を行っていたコウキが【魔法】を発動させる。
その瞬間、銀色狼は紅玉色の焔に包まれた。
そして、今度は―――跡形もなく燃え尽きるのだった。
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