第3話 自己紹介する少年
これがほんとの、自己紹 回 (笑)
「まずは入学おめでとう。これからお前らの担任となる グラン・エリウッド だ」
そう告げたのは少し雑に切り揃えられた灰黒色の髪を掻きながら教卓の前に立つ、無精髭が目立つも整った顔立ちの30代中頃の男性。
服装はそれなりだが着崩されており、教師という印象がほとんど無い。彼が出席簿らしき物を持つ手に違和感を覚えよく見ると、その腕はどうやら義手のようだった。
「さて、入学初日の定番と言えば自己紹介だが……その前に、お前らの学年には 1つ 伝えて置かなきゃならん事がある」
グランは、その手に持つ出席簿らしき物を確認しながら一呼吸置くと口を開く。
「お前らの学年から〈純血の魔女や魔士の子ども達〉も、試験的にこの学園へ通うことになった。……まぁ、あまり気にしないでくれ」
(入学初日に、いきなり一大情報を持ってきたな……)
本来、拾われた子ども達の学園である魔女集会学園に〈純血の魔女や魔士の子ども〉が通うとは。
それだけ魔女達の教育が杜撰なのか―――将又、それだけこの学園が良い教育機関なのか。
しかし、担任のグランが言う通りそんなに気にするような事ではないのだ。別に〈純血の子ども達〉と拾われた子ども達との間には、隔たりや差別なんかは存在しない。幼い頃から、この国で共に過ごして来たのだから……
「とりあえず、学籍番号順でいいな。じゃあ、 アシス 。お前から始めろ」
そう言って担任のグランが、1人の生徒に目を向ける。
「―――は、はい!」
目を向けられた女子生徒が、返事をしながら勢いよく起立する。
「初めまして アシス・ロステワード です。これから3年間、よろしくお願い致します」
翡翠色の長髪を肩甲骨下部まで伸ばした女子生徒は、髪が床に着きそうなほど深々と一礼する。瞬間、彼女の持つ大きな2つの果実が揺れる。
数秒してからその優しげな妖精の如き端正な顔を上げ、色鮮やかな明緑色の瞳を自身の後ろに座る眼鏡を掛けた女子生徒へと向けた。
「じゃあ、今度はボクの番だね」
眼鏡の女子生徒が立ち上がると、アシスは自席へと腰掛ける。
「ボクの名前は エッダ 、趣味は読書だよ。オススメの本とかあったら教えてね。これからよろしく」
この生徒も小柄な割に随分と 発育の良い物 を持っており、不思議と目線が吸い寄せられる。まぁ、健全な男子生徒としては仕方の無い事なのだ。
15歳にしては可愛らしい童顔な顔立ちであり、茶色掛かった髪は肩を過ぎる程度で切り揃えている。ぱっちりとした大きな黒茶色の瞳が、顔の大きさに不釣り合いなほど大きな黒縁眼鏡の中に見える。
(………アシスは苗字持ちで、エッダは俺と同じか)
いま自己紹介した2人には、大きな違いがある。それは 苗字の有無 だ。
マドニバルには、大きく分けて2種類の者達が住んでいる。魔女や魔士と呼ばれる純血の魔法使い達と、彼らに拾われた子ども達である。そして、魔法使い達の家系にはそれなり歴史があり家系の証となる苗字があるのだ。
最初にグランから説明された通り、共に学ぶ〈純血の子ども〉が同じクラスに居たって何の不思議もない。つまり、苗字持ちのアシスは〈純血の魔女(娘)〉となる訳だ。
対して拾われた子ども達の中には、捨てられた際に名前の無い子も珍しくない。そのため、拾い主が付けた名前しか持たない子ども達が多いのだ。もちろん、例外もいるのだが―――
苗字を持たないエッダは、カイトと同じ 拾われた子ども なのだろう。
(………そう言えば、担任教師も苗字持ちだったな。純血の魔士って事か?)
「―――おい、そこの眼帯少年。次はお前だぞ」
カイトが考え事をしていると、その担任教師からご指名を受ける。
「あぁ、すいません。……名前は カイト です。この眼帯は別に怪我でも病気でもないので、あんまり気にしないで下さい」
それだけ告げて席に着く。自己紹介は簡単なものでいいだろう。カイトが席に着くと、その後ろに座っていた男子生徒が立ち上がり自己紹介を始める。
「 コウキ だ」
と思ったら、俺より簡単に済ませた男子生徒が居た。
男子の割には少し長めの黒髪に緋色のメッシュを入れ、黒と紅色が混ざったような暗紅色の瞳を持つ整った顔立ちをした生徒だ。
彼はそれだけ告げると、席に着こうとする。
「……コウキ、他に何かないか?」
さすがに呆れた表情のグランに突っ込まれ、コウキは座ろうとする動作を一時中断した。
(こう言った済ました系は、だいたい「馴れ合いなんて興味ない」とか言い出しそうだな)
カイトは心の中で、今まで魔女集会で出会った事のある似たような人物達を思い浮かべる。
「俺は、<紅玉のパン屋>の主人に仕えてる。主人のパンは絶品だ。パンを買う時はよろしく頼む」
(((………まさかの、パン屋推し!?!?)))
恐らく、この場に居た全員が驚愕したことだろう。このちょっと怒ったようにも見える真顔で、自分の主人の店を紹介するとは。こりゃびっくりだぜ。
「紅玉のパン屋? ってことは、お前は……」
「はいはーい! 俺はソウヘイ! 俺の主人は魚屋をやってるんで、魚を買う時は ドニバ魚店 をよろしく!」
グランが何か言い掛けたが、次の男子生徒の自己紹介が遮る。
これまた少し長めに切り揃えた黒っぽい水色の海水色の髪に、同じ色の瞳を持つ生徒。背中に下げている交差した 2本の剣 が印象的である。―――まぁ、この生徒はカイトの顔なじみなので見馴れているのだが。
「………まぁいいか、自己紹介を続けてくれ」
先ほど言い掛けた言葉を飲み込み、グランは次の自己紹介を促す。
「うぃーっす! 俺の名前はチロルっ! この国に来てまだ日は浅いっすけど、宜しくっ!」
やたら元気の良い男子生徒が、周りを見回しながら早口に自己紹介を行う。
しっかりと整えられた蜜柑色の髪に黄赤色の瞳を持つ、一見不真面目そうな男子生徒。しかし律儀に一礼すると、ゆっくりと席に着く。人は見かけによらないって事か?
「…… ティア・マクファージ 。……よろしく」
カイトがチロルに視線を向けていると―――声量は小さいが、はっきりとした鈴音の様な声が響く。
そちらを見るとエッダより少し背は高いが、充分に小柄な女子生徒が立っていた。
若干青み掛かった透氷色の髪は、肩に触れない程度で切り揃えている。人形の様に精巧な顔立ちの中で一際目を惹くのは、その大きな雪空色の瞳。その佇まいはまさに、この世の者とは思えない程に……完成していた。
この場に居る誰もが呆気に取られる中、その短い挨拶で紹介を済ませた女子生徒―――ティアは小さく一礼して自席に座る。
「………よ、よし! やっと私ね!」
教室が静まり返った中で、空気を変えるような大きな声と共に立ち上がる女子生徒が居た。
「私の名前は マーシャ ! 【身体強化の魔法】が得意で、近接格闘主体のアタッカー! 将来は主人が師範代を務めてる、道場の手伝いをする事です。よろしくね!」
ティアと違い、大きな声でそう告げた女子生徒も、カイトの顔なじみである。
きめ細やかな桃花色の髪を一房結びにし、薔薇色の瞳は自信に満ち溢れていた。そして、アシスやエッダと比べるのは可哀想な程の無い物を、自信満々に張って見せている。
(……ってか、さっきのティアって子の方が大きいんじゃねぇーか?)
15歳にしては平均より少し高めに身長を持つマーシャだが、平均身長以下のティアの方が 一部の発育 では勝っているようだった。
カイトがくだらない事を考えていると、次の生徒が自己紹介を始める。
「私は リゼット・ルーイン だ。若輩の身であるが、私も【身体強化の魔法】を得意としている。これから苦楽を共にする身として、よろしく頼む」
15歳女子の平均身長より高いマーシャを超える長身の持ち主であり、帝国風に言うとモデル体型の女子生徒の声が凛々しく響いた。
腰に届きそうなほど長い瑠璃色の髪は側方結びで纏められ、菫青色の瞳が、創りモノと見間違うほどの美貌をさらに際立てる。
そして気になったのが ルーイン という聞き覚えのある苗字。
―――ルーイン家
この国に暮らす者なら、誰しも一度は聞いた事のある名家。その家系からは、多くの著名な魔女や魔士が輩出されていた筈だ。昔からその身に多くの魔力を宿し、【魔法】の才に長けているとか。
そんな名家のお嬢様まで、この学園に通っているとは驚きである。
……そしてどうやらこのクラスはエッダやティア、マーシャといった〈可愛い系〉と、アシスやリゼットといった〈美しい系〉に分けられるようだ。
またもそんな事を考えているカイトを無視するみたく、最後の生徒の自己紹介が始まる。
「ども、どもーっ♪ ウチの名前は ユレメ って言いまぁ〜す! これから仲良くしてねぇー! あ、あと帝国風に言うチャームポイントは、この耳でーす♪」
そう言って、女子生徒―――ユレメが手を当てる耳に目を向けると……
(……… 犬耳 ッ!!!)
本来、人の耳がある箇所を覆う程度にボリュームのある短めの切り揃えの栗色の髪と、同じ色をした犬耳が彼女の頭には生えていた。
クラスメイトの驚きに気付いていない様子の彼女は、犬耳をピクピクと動かしながら、その柘榴色の瞳を細め笑みを浮かべている。
帝国風に言うなれば、彼女は獣人種であろう。人種に比べて身体能力が高く、同等の知性を併せ持つ種族だ。もちろん、珍しいわけではない。
気紛れの塊である魔女や魔士が、人の子どもの他に獣人種の子どもを拾って来る事なんか よくある事 なのだ。
(……マドニバルも、ほんと多種族国家だな)
「これで、全員の自己紹介が終わったな。さっそく今後の説明と 制服や学園指定の運動着 などの配布物を配る。順番に取りに来い」
色々あった自己紹介も終わりを告げ、担任教師のグランが話を進める。
これから この10人 のクラスメイトとの、学園生活が始まるのだ。
(……個性豊かな奴等が多いし、退屈はしなさそうだな)
その顔に苦笑いを浮かべながら、カイトは配布物を受け取る列に並ぶのだった。
「学園生活の初日はどうだった?」
「初めて見る奴も居たが知り合いも居たし、心配ないと思うぞ」
登校初日を終え自宅に帰ったカイトに、同居人であり主人であるサーリンが問い掛ける。
カイトの答えに微笑みながら、サーリンは言葉を続ける。
「楽しんで来ると良いわ。学ぶ事も多いでしょうし」
「そうだな、俺の知らない【魔法】を使う奴も居るかもしれないしな」
クラスメイト達の 髪や瞳の色 を思い出しながら、カイトは呟く。
―――魔力を持ち【魔法】を扱う者の髪や瞳の色は、その者がよく使う【魔法】に影響されるのだ。
【火属性の魔法】を扱う者は赤系統の色に、【水属性の魔法】を扱う者は青系統の色に変色しやすい。つまり、その者の髪や瞳の色を見ればよく使用する【魔法の属性】がだいたい解る。
だからこそ魔法使いが多く住むこの国は、色とりどりの髪や瞳を持つ者が大勢居るのである。
因みに、カイトの髪の色は少量の蒼みを含んだ黒色だ。
だが、青系統だからといって決して【水属性の魔法】をよく使用する訳ではない。
―――カイトが 切り札 として使う魔法は、他にある。
「そう、なら明日も頑張って来なさいね」
「あぁ、そのつもりだよ」
そう言って、カイトは2人分の夕飯の支度を始めた。
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