1章-2
朝日が昇り、窓掛の後ろから部屋の中が明るくなる。
小鳥の声を頼りに朝を知り、八坂は目を覚ます。
むくりと起き上がって周囲を確認すると隣のベッドではリズが寝ていた。
寝返りを打った際に口元にきた金髪の長い髪を咥え、夢を楽しんでいる。
連れ帰ってきたときは眉間に皺が寄るほど怯えていたが、今は朗らかな笑みを浮かべている。
どうやら彼の横で安心して眠っているみたいだ。
起こさないよう立ち上がると、静かに窓を叩く音が聞こえてきた。
カーテンをずらすと足に手紙を括り付けた鳩がこちらを伺っている。
窓を開けて手紙を受け取るとその鳥はどこかへと飛び立っていく。
中身は何だろうと開けてみると今まで見たことのない文字の羅列が目に入る。
どうしたものだろうと首を傾げていると、急に文字が光だし音声が流れ出す。
声の主はリーウッドのもので内容は先日助けた村の長からの感謝と、領主代行となった八坂への現状報告だった。
魔法では手紙に声を保存できるのかと八坂は感心する。
リズが起きてしまったかなと振り返るが、彼女はまだ夢の中だった。
朝食を取りに行こうと部屋を出るとウルが待ち構えていた。
「おはようウル、よく眠れましたか?」
「はい、八坂殿もお元気そうで良かったです。
喚び出してから防衛に救出と続けて戦っていただいたので、お疲れではないかと心配でした」
「あなたも戦ったでしょうに、とても頼りになりました」
そう言いつつ手の届く脇腹を撫でると巨狼は嬉しそうに身を委ねる。
朝食を取りに再び食糧庫を訪れ、適当に籠にほりこんでいく。
戻るとリズも目を覚ましていた。
「今日は砦の中をできるだけ精査しようと思うのですが、皆さんはどうします?」
テーブルを囲んで食事をしつつ、八坂は提案を切り出した。
理由は村長からの手紙だった。
村は衣食住に困りはない、しかし客人を迎えるほどは余裕がないとのこと。
精霊からの祝福が授けられる、婚礼の地として昔は栄えていた村は観光の窓口としても機能していた。
今はその面影もないが、領主の代行が着任したため、昔のように輝きを取り戻したいらしい。
こちらも代行になると狼が宣言してしまった以上、無視できないと良心が咎める。
「何か村へ送れるものがあるのか探すのですね?」
「それもありますが、砦をしっかり見てみたいっていうのもありますね。
防衛的な面でもどんな装備があるか知りたいですし……」
ここで龍の存在を言っていいのか悩みウルに目線を送るが首を横に振られる。
「住む家の中身ぐらい知りたいものですよ。
リズはどうします? 部屋で本などを読んでいても良いですからね?」
リズは少し考えた後、一緒に行きますと答えてくれた。
彼女も自分が居る場所くらいは見ておきたいのだろう。
食後、2人と1匹は少しワクワクしながら探索へと出かける。
「「「……すごいですね」」」
3つの口から同じ感想が漏れる
城壁内の中庭にある倉庫には数多くの武具が残っていた。
立てかけるための台は半分ほど空ではあるが、それでも多数の剣や槍、盾や胸甲など隊を作れるだけ揃っている。
「ウル、病死した領主はなぜこれだけのものを残したのでしょうか?」
「憶測ではありますが、自分の死後に現れる後継者のために多くの物資を保存していたのでは?」
確かにそう考えて良いだけの武器が確認できた。
人が盗みに入らなかったのは龍か、または誰かが人よけの魔法みたいなものを使ったからかもしれない。
龍がなぜ、自分をこの世界に呼んだのか八坂は憶測を巡らせる。
しかし、魔法という存在が異質すぎるため不確定な要素が増えてしまう。
それでも何か欠片でも情報を得るために砦の中を散策していく。
砦内部の食糧庫以外にも大小いくつかの倉庫があり、医薬品や日用品なども相当量を見つけることができた。
「八坂殿、村を一度訪れ直接話し合って何が必要か聞いてみましょうか?」
「そうですね、私もこの目で村の現状を再確認して今後の対応を考えたいですし」
最後の倉庫にはいくつかの娯楽品や綺麗な洋服が保存されていた。
珍しそうに眺める八坂とは別にリズの目は綺麗なドレスに釘付けになっている。
どうやらどの世界でも美を求める女性の気持ちは共通らしい。
「お昼まで時間もありますし、着てみますか?」
「……いえ、独りでは着ることができませんし、手伝っていただくのもお恥ずかしいので」
リズは残念そうに諦めた。
八坂も自分が女性の着替えを手伝う気などなかったし、ウルが着付けをできるとも思えなかった。
倉庫を後にして一行は色々な部屋を調べ、様々な物品が保存されていることを確認した。
ちなみに八坂だけが異国情緒あふれる品物の数々に感嘆の声を漏らしている。
最後に立ち寄ったのは1階の中でも一番大きな部屋である広間だった。
広さ的に考えてここで領主の宣誓や訓示などを与えていたと想像できる。
ただ、一番目を引いたのは入り口から正反対の位置にある三体の騎士像だった。
中央の騎士は鞘を左手と柄を右手で握りしめ、胸の前で剣を掲げている。
それが自分の剣ではないことはその像の腰にも武器が携えられていることからわかる。
左右の二人はまるで従者のように一歩後ろに下がって配置されていた。
「ウル、あれが何かわかりますか?」
「あれだけではありません、壁の両側にも等間隔で並んでおります」
部屋の中を見渡すと壁の側面には左右で合わせて8体、部屋全体では11の騎士像が備えられていた。
異様な景色に八坂の頭の中で魔物の可能性が浮上する。
様々な物品が保存されていた建物だ、侵入者を迎撃する備えがあってもおかしくない。
拳銃を引き抜こうとする手を誰かが優しく掴んだ。
「リズさん?」
「大丈夫です八坂さん、もし何か術が施されていたならとっくに動いているはずです」
自分より一回りほど小さい手がゆっくりと離れ少女は剣を構える像に向かっていく。
それに追うように八坂とウルも部屋を進む。
流石にすぐには触らず上から見下ろしたり、下から覗き込んだり、横から確認する。
「おそらくですが、この剣には精霊の加護が掛けられています」
「この匂い、砦のすぐそばにある湖の精霊のものかと」
「え、ええ、なるほ……ど?」
寄り添って鼻を効かせた狼もリズと同じような答えを出す。
向こう二人は何か納得しているようだが、何を話しているのか八坂には皆目見当もつかない。
「何かしら特別な剣なんですね?」
いまいち理解できない八坂がそう確認すると、リズが口を開いた。
「加護を受けた武器には特別な魔術が精霊の手で刻まれています。
ただ、誰でも庇護を受けられる訳ではありません。
何らかの縁で精霊と通じ合い、心の清らかさを認められた者だけがその恩恵を得ることができます」
彼女の説明を受けて八坂はある程度納得するとともに少女の教養の一端を垣間見た。
この世界の識字率がどの程度かは不明だが、本を苦もなく読んでいたリズはやはり地位のある家柄出身だと推測できる。
ありがとう、と八坂が礼を言うと女の子の青い瞳が嬉しそうに微笑んだ。
「ウル、この剣を抜いても大丈夫でしょうか?」
「やめておいた方がいいと思われます。
台座ではなく像に剣を守らせている時点で嫌な予感しかしません」
「ですよね……触らぬ神に祟りなしはどの世でも一緒なのでしょうね」
昼前までに一通りの調査を終え、午後はのんびりと過ごす。
ウルに伝書鳩を呼んでもらい近いうちに村のリーウッドと村長に会いたい旨を伝える。
村の備蓄から村で必要そうな物品を話し合うためだ。
「お風呂に入りたい」
西の空に太陽が傾きかけたとき、ぽそりと八坂が呟いた。
そう、昨日は井戸からくみ上げた水を浴びただけで少女も多分同じはず。
城壁内の建物には入浴設備があり、今日の昼間にようやく魔物の手で掃除し終わったらしい。
土から作られたゴーレム、水から作られたスライムが入浴の準備をしていた。
大釜で沸かしたお湯を石造りの浴場に流し込んでいく。
立ち込める湯気を見るあたり、もう準備はできているのだろう。
「あれ? 女風呂はないんですか?」
「はい?」
ここで認識のズレが生じた。
どうやら八坂が修繕を命じたのは城に努める人たちが使う公衆浴場みたいなものらしい。
貴族などは個別の桶で入浴を行なっていたと言う。
なので、この風呂場は男女の区別がない。
「ごめんなさいリズ、先に入ってていいですよ。私は外で待ってます」
出て行こうとする八坂の服をリズが掴む。
驚いて八坂が振り返るが彼女は複雑そうな顔をしていた。
「……申し訳ありません、でも今誰かと一緒に居られないのは不安で」
忘れかけていたが彼女は山賊にさらわれた身、まだ恐怖が心から抜けていないみたいだ。
だが当然恥ずかしさもあり、顔を赤くして悩んでいる。
「後ろを向いておきますので、タオルを体に巻いて準備できたら行ってください」
「すいません、お手を煩わせて……」
「まだ、怖いんですよね? 無理はしなくていいですよ」
その後、八坂は微妙な距離感と居座りどころのない目線に悩みながら湯船に浸かる。
ただ、所々で少女の金色の髪とそれを際立たせる透き通った肌に目を奪われたことに少し罪悪感を抱いた。
主人公が手紙を読んだ時の動作に修正を加えました。2019/4/24