序章-7
夕暮れにはまだ早いが八坂たちは村を出ていた。
八坂とリーウッドは馬型の魔獣に乗り、村人5人は2台の荷車を引いている。
片方には薬品を入れた酒と肉やパンなど、もう片方には武具が隠してある。
山賊たちは村から3時間ほどの場所に野営していた。
武器を隠している荷馬車を残し、村人たちが賊に近づいていく。
八坂とリーウッド、ウルは遠くから彼らのやり取りを監視する。
「険悪な空気だが無事荷物は渡せたようだな」
「みたいですね、さて彼らの夕飯が盛大であることを願うばかりですね……」
戻ってきた村人達と合流し戦いの準備を整える。
あとは息を殺して時が満ちるのを待つしかない。
「リーウッド、確認なのですが賊の頭領は結婚式を挙げるために来たと言ってましたよね?」
「ああ、1度目は断ったが、そしたら今度は人質をとってきた。
村は昔から精霊の祝福が受けられると婚礼の地として有名だったからなぁ」
ここまでは砦で聞いた話と同じだ。
そうであるなら気になる点が一つある。
「そういうことなんですね……で、あれば村人以外にも花嫁もいると思いますが、それも人質でしょうか?」
「それは判断できないな、だが無理矢理ということは十分にあり得る」
その言葉を聞くと八坂は地図を広げる。
そこには上空を飛ぶ鳥から見える敵の拠点が鮮明に浮かぶ。
「多分この四角いのが布を被せた人質の檻でしょう。
次に一番大きいテントは私が射殺した山賊のリーダーのものでしょうね。
そして多分、その横の小ぶりなものが花嫁のものだと考えられます」
八坂が拠点内のいくつかの白い建物を指さす。
その入り口あたりには人の影が伸びている。
「だろうな、どちらも2人ずつ見張りが立っている」
「相思相愛の関係な人間に見張りなんてつけますか?」
「それは考えにくい、どうやら十中八九本意ならざる相手ということだな」
そこまで聞ければ八坂には十分であり、もう一度襲撃の手はずを確認し合う。
山賊たちが村から食材を胃に収めたのを合図に正面から攻撃を仕掛ける。
敵を殲滅後、村人を解放。
薬で意識が朦朧としている相手に正面から戦いを仕掛ける。
単純な戦法だが、これ以外に方法はないだろう。
「話は変わるのですが、この戦闘中は可能な限り私の前に出ないでいただけるでしょうか?」
八坂がそういうと周りの男達から驚き半分、怒り半分の目線が向けられる。
だが、リーウッドだけは違った。
「……確か君の武器は貫通力が高いと言っていたな。
目の前に立たれると危険なのか?」
八坂が頷くとリーウッドは周りの男達をなだめる。
「わかった。君を頼ることにする」
「ありがとう、期待には全力で答えます」
もう一度手持ちの装備に不備がないかを確認し、拠点へ目を向ける。
そこでは今まさに夕食への支度が進められていた。
村人が持ってきた上等な食材をわざわざ人質に出す必要もない、自分たちで楽しめば良い。
酒も肉も久々の彼らにとってこれほどないご馳走である。
砦に出向いた者達がどうなっているかを知らない彼らにとって、自分たちが狙われているなど知る由もない。
拠点のほとんどの人間が今は食事にありつくことを今か今かと待ち遠しく思っている。
そして、それは八坂達も待ち望んでいた。
「行くぞ!」
拠点を見ていたリーウッド達が素早く駆け出そうとする。
どうやら頃合いを見極めたらしい。
そこからの戦いは予想より早く終わりを告げた。
この時代の兵器より、遥かに先を進んでいた銃は有利に戦いを進めてくれる。
山賊達の野営地まで走りよった八坂は半分酔いつぶれていた見張りたちを躊躇なく撃ち抜く。
そして、間髪入れずこちらを向いた男に銃弾を放つ。
酔いつぶれて寝ている人間には目もくれない。
立っている人影だけを照準器でなぞっていく。
作業のように死体の山を築き上げる。
感情を押し殺し、出し惜しみすることなく銃弾の雨を降らす。
半刻もしないうちに決着がついた。
「残党を一箇所に集めて、武器は可能なら破壊しておいてください」
ウルにそう伝えると、八坂とリーウッドは人質の檻へと向かう。
彼は村人達の、八坂は花嫁の方へと足を向ける。
予想は当たっており、花嫁のテントも檻に布を被せた作りだった。
「中に人がいるなら入り口から離れて!」
そう告げると、中で何かが動く音がする。
それを確認すると拳銃を引き抜き、錠前を破壊した。
中にはまだ年端もいかない少女が震えながら地面に座っている。
その手には握ったものが蝋燭の灯りで光っている。
「大丈夫、助けに来たから……それをおいてこっちにおいで」
ナイフを首に当てて涙を浮かべる姿を確認すると、すぐには近づかずゆっくりと語りかける。
相手が落ち着くのを待って様子を確認する。
花嫁になる予定だったわけか、粗末な扱いを受けている様子はない。
だがかなり怯えている。
「まずは右手に持っているものをそっと地面に置いて、ゆっくり深呼吸してみて」
八坂の言葉に少女がゆっくりとナイフを下ろす。
静かに近づいて目線を合わせるために片膝をつく。
「怪我はない? 歩けますか?」
恐怖からか話してはくれないが頷いてはくれた。
手を差し伸べるとそれを支えに立ち上がってくれる。
「とりあえずここから出ます、何か持ち出すものはありますか?」
「……ない……です」
どうにか絞り出したか細い答えを聞くと少女を連れて外に出る。
リーウッド達も無事人質を救出できたようだった。
だが、少し困ったことも起きていた。
「ウル、何をしていたのですか?」
残っていた盗賊をウルは一箇所に集めていた、屍として。
「事情を聴くなら一人で十分ですので」
そう答えるウルの体は鮮血で赤黒く染まっていた。
嚙み殺し、踏み殺し、今も最後の一人の喉元に牙を当てている。
「答えろ、お前達はなぜ砦まできた?」
ウルは男に牙を当てながら問いただす。
殺されるかもしれない恐怖に男は冗舌に答え出す。
「し、知らねえよ! 親分が山の古い砦を新しい根城にしたいって言うからよお」
「では、宝があることは元々知っていることではなかったと?」
「宝なんてたまたま下調べ中に見つけただけだ!」
「そうか」
そこで男の命は絶たれた。
咄嗟に少女の目を手で隠したが何が起きたかは理解できただろう。
「ウル、何も殺すことはないでしょう?」
「では生かしておいて価値があるのですか?
生かしておけば、また別のところで悲劇が起きるだけです」
「それはそうですが、いやもう起きてしまったことは仕方ありません」
村人達も自分たちを襲ってきた相手に相当憎しみを持っていたのだろう、誰一人その場で同情を抱くものがいない。
八坂も賊を捕まえた後のことを考えてはいなかったのである意味では都合は良かったとも言える。
だが、後味は悪い。
ここまでする必要はあったのか?
悩みに顔をしかめる八坂の肩を誰かが叩いた。
「帰ろうぜ、村でみんなが待っているんだ」
リーウッドはそのまま八坂の背中を軽く押していく。
その後、一同はゆっくりと村へと移動を始める。
村へ戻った翌日、質素ではあるが宴が開かれていた。
村長とリーウッド、戦いに加わった男達とともに八坂が主役だ。
「この度は誠に感謝しております、村を代表して私からお礼申し上げます」
礼儀正しくお辞儀をし、皆の前で村長が感謝の言葉を述べる。
その後には助けた村人達とも言葉も交わし宴会は賑やかに進んでいく。
昨日来た時には薄暗かった村の雰囲気は柔らかく暖かいものになっていた。
みんなの顔に笑顔も戻っている、そして何よりも美味しいご飯にありつけた。
この世界に来て初めての温かい食事に何かが胸にこみ上げてくる。
腹も心も幸せな八坂にそっと村長が近づいてきた。
「して、八坂様は新しい領主様でありましょうか?」
「え? 何を言っているんですか」
戸惑う八坂にリーウッドが助け舟を出す。
「あの砦は百年近く前にこの辺りを治めていた領主様が住んでいたらしい。
君が新しい領主じゃないのかと村では噂になっているんだ」
「そういう砦だったんですか……でも私は違いますよ」
「そうだろうなぁ、そんな雰囲気だ」
事情を知らない八坂に村長とリーウッドがある程度の事情を教えてくれた。
ここは連合国家の一つの領であり大きさは小国ほどあるという。
昔は栄えていたが、領主なき後は連合国から新たな人材が派遣されることはなく、領土が荒れているらしい。
「八坂、君が領主代行となり領内の治安を守ってくれると嬉しいのだがなぁ。
君は強い武器を持っている、資金も砦にあるみたいだし」
話がややこしい方向に流れてきた。
厄介ごとが増える予感しかしない。
「申し訳ありませんが--」
(八坂殿、おまちを)
断ろうとした瞬間、ウルの言葉が頭に響く。
(この会話できる魔法、あなたも使えたんですね?)
(ええ、まあ。それよりも、その話をお受けしてはいかかです?)
(嫌ですよ、面倒なのが明白ではないですか)
怪訝な顔をしつつ隣に座る狼を見るが、相手は冷静な顔をしている。
どうも魔法というものに八坂は慣れそうにない。
(周辺の治安をよく出来れば、他の賊が宝を嗅ぎつけることもなくなりましょう)
(それはありがたいのですが……厄介ごとが増えるのは嫌です)
(そうですか、では仕方ありません)
諦めてくれたかと八坂は飲み物に口をつける。
龍からの依頼がすめば地球に帰る、それ以外の余計なことに時間をかけたくはない。
そう考えていると、狼が立ち上がりその口を開く。
「村の者どもよく聞いてほしい。
八坂殿は国から派遣された官ではないが、領内の治安維持に力を尽くしてくださる!
して村の方々にもご助力のほど、願いたい! とのことだ」
(何言ってるのこの狼ぃぃ!)
ウルの宣言に八坂は盛大に吹きだす。
八坂が急いで狼を睨みつけるが、どこ吹く風で流される。
どうやら今回のような襲撃を未然に防ぐために周辺の治安を八坂に平定させるつもりらしい。
「おお、そうでありますか! 此度の村人を救ってくださったご恩に、我が村も全力でお伴します。
領内の安泰は村の発展にも繋がります、何卒よろしくお願いします代行様!」
そして断れそうにない雰囲気が出来上がっていく。
良くない流れであることに違いない。
だが、すでに場が盛り上がっておりどうすることもできない。
こうして八坂には新たな厄介事が舞い込んできたのだった。