序章-6
洞窟の中で八坂は武器を探していた。
自分とともにこの世界に連れてこられた大型の車は装甲車両と武器庫を兼ねたもの。
それゆえ、数は少ないが戦況に合わせた数種類の銃器がある。
これから協力する男のリーウッドの話から、村人たちの状況がすこし把握できた。
そこから考えられる戦法は二つ。
遠距離からの狙撃か、接近しての近接戦闘か。
現地に行かなければどちらの戦い方が適しているか判断できない。
そのため、八坂は両方に対応できるよう主兵装に二つの銃を持っていくことにした。
後は村までどうやって行くかが問題である。
「ちょっと聞いてもいいですか?」
「なんだ? お前から聞いてくるなんて珍しいな」
洞窟の奥で卵を温めている龍が顔をこちらに向ける。
「映画とかでは遠くに移動できる魔法があったりするんですが、そんな便利なものってあります?」
「えいが? よくわからんが要はあの男の村に行きたいのだろう?」
そうだと答えると龍は少し悩みながらため息をついた。
雰囲気から察すると、できないみたいだ。
「私を地球から転移させた魔法とは異なるのですか?」
「仕組みは似ているが、原理が全く異なるな
代わりに足の速そうな魔獣を2匹ほど森から呼ぶ、それに乗ると良い」
魔法という存在に少し期待していた八坂だが、肩透かしを食らった気分だった。
なんでもできる万能の力というわけでもなさそうだ。
洞窟を出て砦の門まで行くと、4つの大きな影が見える。
ウルとリーウッド、そしてツノが生えた馬のように見える2匹の魔獣だ。
ちょうど男が2匹目に手綱をつけ終えたところだった。
「さきほど君が使っていた武器とは違うように見えるが?」
「ええまあ、予備や用途に合わせたものがいくつか」
八坂が胸と背中に抱えた2つの銃に男の目線が行き来する。
先ほどの戦いで銃の強さはリーウッドにも理解できていた。
「無理にとは言わないが、君の武器を貸してくれないか?」
大人数を相手にしなければならない状況でより強い武器を求めるのは正しい。
八坂にも相手の胸中は痛いほど理解できる。
けれど彼はそれはできないと首を横に振った。
「素人に扱える代物じゃないですし、それに……」
言いかけて口をつぐんだ。
なんとなく言いたくなかった。
ただその代わり、腰の拳銃を引き抜くと無造作に目の前の木に発砲した。
細い幹を貫通すると、その後ろの木にまで鉛の弾は突き進む。
「見た通りこの武器、"銃"は貫通力がとても高いです。
不慣れな状態では敵の後ろにいる味方や人質まで殺しかねません」
「わかった、変なことを尋ねてすまない。
村までは俺が先導する」
そういうと男は颯爽と魔物に飛び乗り器用に手綱を引いた。
真似て八坂も登ろうとするが盛大に尻餅をつく。
「おいおい大丈夫か?」
「いてて、そもそも動物に乗って移動っていう経験がないですから」
臀部をさすりながら起き上がると恨めしそうに魔獣を見る。
「乗ったことがないって、馬と同じように操ればいいだけだぞ?」
「その馬すら乗ったことがないんですよ」
「仕方がない、手伝ってやるから綱をしっかり持ってろよ」
「え、あ、ちょっと!!」
腰のあたりを掴まれたかと思うと腕の力だけで持ち上げられる。
押し上げられる形でなんとか乗ることができた。
銃や弾薬、背嚢に詰めた装備で相当に重いはずだがリーウッドは物にもしなかった。
「すごい力持ちですね」
「そりゃ大槍を扱うには一にも二にも筋肉だからな」
よく見なくても男の体全てが筋肉に包まれている。
隆起する窪みが衣服の上からでも鮮明に識別できてしまう。
「夜通し急げば1日ほどで村までつくだろう」
「わかりました、急ぎましょう」
男が綱を操り、魔物の腹を蹴ると魔物が駆け出していく。
真似をしようとすると魔物の顔がこちらを向いた。
目と目が合い、何か語りかけるような仕草をすると、急に駆け出した。
もしかしたら、出発の合図だっのかもしれない。
急に走り出したせいで舌を噛むところだった。
舗装されていない自然の道を想像できない速さで進んでいく。
地形の凹凸に合わせ膝が曲がり、蹄が土煙を上げる。
まるで百尺先まで見通しているかのように速度が落ちる気配がない。
「ところで八坂殿、なぜにあの御仁に武器をお貸しにならないのですか?」
「んー、色々と思うところがあったからですね」
上下するたびに尻を襲う激痛に耐えながら答える。
「思うところとは? だいたいその武器はなんなんです?」
「この武器は銃、または鉄砲といって金属の球体を敵に向けて射出します。
分類的には弓と似た性質を持っていると考えてください」
「そちらの世界の主力兵器といったところですか?」
「歩兵の主な兵装ですね。
襲撃者たちと同じ武器はこちらの世界でも昔は使われていました」
「そうなんですか……では思うところとは?」
「いくつかありますが、この世界に銃を広めたくないって思ったからですね」
ウルが続けて説明を求めそうだったが目配せで制した。
あとで説明すると伝え村へと急ぐ。
野を走り、山を越え、川を渡り、森を抜けていく。
いつしか地平線へと太陽は身を寄せていき、空は赤く染まる。
やがて月の静かな明かりが道を照らす。
それでも獣の足に疲れは少しも見えない。
木々も寝静まった暗闇の中で一行の蹄が足音を響かせる。
夜鳥の囀りが耳から離れたと思うと遠い向こうに眩しい白さが顔を出す。
光に照らされた緑の平面に人の住まいが浮かび上がる。
「見えた! あれが俺の村だ」
リーウッドが雄叫びにも似た大声を上げる。
よほど村の状態と賊に捕らえられた村人がきになるのだろう。
村からも近づく3つの影を確認できたのか、数人が出てきた。
「おいリーウッド、どうなっている奴らの親玉と一緒だったはずだろ!?」
「詳細はあとで説明するが、こちらの協力者が殺害してくれた。
村人の救出にも手を貸してもらえるらしい」
(本意ではないですけどね……)
まだ話の矛先が向けられていない八坂をよそに経緯が若干都合よく伝えられる。
事細かく事の次第を喋る気にもならないので口は挟みたくはない。
「ところで人質の状況はわかりますか?」
「奴らの野営地に囚われているくらいしかわかりません。
囚われてすでに6日目です、疲労はそろそろ限界かと」
それを聞いてウルに地図を広げるよう指示すると、狼は近くにいた小鳥に話しかけた。
しばらくすると白紙の地図に色が浮かび上がり、やがてそれは景色となる。
「これが賊の配置か……森を背後にしているあたり脳がないわけでもなさそうですね」
いくつか狙撃に適しそうな地点を図に書き込むが、どうしても拠点の中央に位置する人質に射線が重なる。
布と木で建てられたテントと柵、檻だけの拠点では弾丸が簡単に貫通してしまう。
この時点で八坂は持ってきた狙撃銃を背中から下ろした。
代わりに胸に下げていた短機関銃の消音器を取り付ける。
「見えるだけで20弱の人間がいるな……天幕の中で休息している奴もいるだろう」
「そうなると30は超えそうですね、こちらの戦力は?」
「村に残ってる奴で戦えそうなのは6名、明らかに足りない」
村の男たちが話している横で八坂も頭を巡らせていた。
今度はこちらが攻める側になる。
人質がいる以上、持久戦に持ち込むことはできない。
「時間をかけることは出来ないぞ、賊が満足に食事を提供しているとは考えられん。
ここは一か八かでも果敢に攻めるべきだろう」
「俺たちは村の最後の守りだ。
全滅すれば村ごと蹂躙されるだけだ、とても承服できん」
「では人質を見捨てるつもりか? 俺の妻もいるんだぞ!」
「誰もそうはいっていないだろうっ!」
議論が進むうちに話の流れが険悪になってきた。
突撃を進言する村の男たちをリーウッドが押しとどめる。
どうやら彼は村の警備を指揮する隊長のようだ。
だが、このままでは敵を叩く前に仲間内で分裂してしまう。
「そういえば、この村に魔法使いとかは? 魔法で眠らせるとか痺れさせるとか」
「いることにはいるが……そういったことは出来ないだろう。
村の医者として長年勤めてくださっている方だ、戦闘には長けていない」
会話に割って入り、別の方法を模索しようとするが上手くはいかない。
リーウッドがため息をつくが八坂には少し妙案が浮かびかかっていた。
「そうですか......いや医者なら好都合かも、その人の元まで案内してもらえますか?」
「大丈夫だが、何をする気だ?」
「できるかどうかわからないけど、聞いてみたいことがあります」
彼に連れられ村の真ん中あたり連れて行ってもらう。
煉瓦造りの家屋の中で初老の男性が薬品を調合していた。
「初めまして、八坂と申します。訳あって村人の救出を助力しに来たのですが、お時間ありますか?」
「ご助力は非常にありがたいのですが、一介の村医者に何ができましょうか?」
「単刀直入に聞きます、人を眠らせたり痺れさせたり--要は意識を混濁させる液体があれば欲しいのです。
30人ほどの成人男性を眠らせるだけの量が必要かと思われます」
「それでしたら薬草から抽出されるこの液体はどうでしょう、今は十分に在庫がございます。
賊を眠らせるために使われるとお見受けしますが?」
その質問に頷くと懐から金を取り出す。
龍の巣から持ち出してきたものだ。
「お代はこれで足りますか?」
「お助けに来てくださった方からお代など受け取れません、どうぞ持って行ってください」
無理やり男性の手に金の棒を押し付け八坂は液状の麻酔らしきものを十分に受け取る。
扉を出ると外で待つリーウッドに声を掛ける。
「意識を混濁できそうな薬品を大量に手に入れました。これで奴らを動けなくしましょう」
「どうやって飲ますつもりだ? 魔法で霧みたいに散布するのか?
それができそうな魔法使いはこの村にいないぞ?」
「酒に混ぜて飲ませるんですよ。
酒と肉、パンを大量に用意して奴らに渡すんです。"せめて人質に満足な食事を"っていう感じで。
そうすれば勝手に賊たちで食べてくれるでしょう」
そこまで説明すると男の顔に少し影が浮かぶ。
良い考えだと思ったがそうでもないらしい。
「その案は良いとは思うが、この村の蓄えも十分ではないんだ。
反対する奴も出てくるだろう」
「人命には変えられません、それに相応の金品は後から補充します。
あなたも砦で見たでしょう、あの金銀財宝の一部を譲渡しましょう」
そう八坂が説得すると彼は渋々頷いてくれた。
もらった薬品を手押し車に一緒に載せていると不意に男が尋ねてくる。
「非常にありがたい申し出の限りだが、なぜそこまでしてくれるんだ?
頼んだ俺が聞いていいことではないとは思うが……」
「私は依頼を遂行中なんですよ、それを達成するために最善策を考えているだけです」
「じゃあ、あの宝になんの興味もないと」
「ないですね、あれの価値が分からない身でもあるので」
積み終えるとリーウッドが車を引っ張り始める。
「八坂の依頼主は誰なんだ?」
「……その質問、村人の救出に必要でしょうか?
嫌な言い方ですいません、ですがこちらにも秘密はあるのです」
目線を合わせず足早に食料の調達に向かう。
物資を集め、村の男たちに作戦を説明し、準備を終える。
夕暮れ過ぎに賊に食料を渡し、奴らが晩餐を始めた後に夜襲を仕掛ける予定だ。
「八坂殿、上手くいきそうですか?」
「やるしかないでしょう」
ウルからの質問にやや不安げに答えるしかなかった。
ため息を吐きつつ彼は銃の点検と予備弾倉を確認する。
夕暮れまでの間、しばしの時間に夜通し起きていた体を休めることにした。