序章-1
薄暗い洞窟の中で2つの足音と言葉が響く。
先頭を進むのは手に灯りを持ち周囲を照らしながら進む初老の男。
そして、その後ろに続くのは小銃を手に周りを警戒する成人男性だ。
「やはりここが例の遺跡の様だね、頑張って探索した甲斐があったよ」
「お探しのものが見つかってよかったですね、先生」
「まったく考古学者冥利につきるよ。まあ、君の護衛があったからこそなんだけどね」
「いえ、先生には御恩がありますので」
二人の後ろにも人の列が続いている。
よく見ると欧州系東欧系など顔ぶれは様々であることが伺える。
考古学者の男は今度は日本語ではなく英語で後ろの面々に何かを伝えた。
おそらく、探索はまた明日にしようなどと言ったのだろう。
「明日からは本格的な探索だ、君もしっかり休みたまえよ」
「承知しました、先生」
洞窟を出ると砂漠の中に簡易的なキャンプが設営されていた。
そして装甲を後付けしたキャンピングカーが周囲を囲んでいる。
そこにいる人々はだいたい三種類だ。
大学か研究所の博士らしき人々は簡易テーブルの上に地図を広げ議論を交わしている。
その他に食事や洗濯を行っているものが数人。
それ以外に小銃などを持ち周囲を警戒する数人の武装した集団がいた。
彼らは日本や英国などの複数の大学の教授で作られた考古学者の集団だ。
最近この地で見つかった遺跡らしきものの調査にやってきた。
「ところで八坂君、この調査が終わったら日本に帰らないかい?」
「お言葉はうれしいのですが……」
「働き口なら探すよ? それとも傭兵を続ける理由でも?」
「まだ、やることがありそうなので」
「そうかい」
八坂と呼ばれる青年は数年前から海外で雇われ兵として働いている。
彼以外にもこの場にいる武装した人々は民間軍事会社の社員だ。
近隣の武装した盗賊や現地人から彼らを護るのが彼らの仕事だ。
動きやすい服装の上にタクティカルベストを着ているので見分けやすい。
「それでは私はそろそろ寝るよ」
何人かの学者と話をしてきた先生はそう告げるとテントに潜った。
彼もその後、雲ひとつない星空の下で警備に向かう。
翌日————
キャンプの一同を目覚めさせたのは鶏の鳴き声でも爽やかな朝の日差しでもなかった。
複数の爆発音と途切れない銃声が耳に飛び込んでくる。
「先生、少しまずいことになりました。急いで避難を」
青年がテントを開けて避難を呼びかける。
中にいた先生の表情に少し暗い色が混じっているが動きに迷いはない。
急いでテントを出ると二人は脱出用の車へ向かう。
「君は来ないのかい?」
小銃を構え姿勢を低くして他の学者たちの避難を誘導する青年に声をかける。
「私と数名がここで敵を食い止めます。
援軍がすぐに来るのでご安心ください」
そう答えつつ、全員が車に乗ったことを確認すると彼は運転手に手で合図を送った。
数台の車が列をなしてキャンプ地を後にする。
それを見送ると彼は仲間の方向へと駆けていく。
「敵の数と方向は?」
彼は急いで殿を務める数人に合流する。
そこには彼を含め人が土嚢の後ろに身をかがめていた。
「敵の数は不明。恐らく近隣の武装した現地人の集団だろう、正面から数で来ている
だが統制も取れていないし、動きも幼稚で身を隠そうともしない」
白人の男が答えると同時に身を乗り出して数回発砲する。
少し遠くで小銃をこちらに向けていた男が膝から崩れ落ちていく。
「どうする? 援軍の到着までに体制を立て直したいが……逃げるのも手だ、囲まれたら洒落にならん」
「冗談は頭のモヒカンだけにしてください、報酬の分はきっちり働くのが仕事というものでしょう」
「お前さんはほんと真面目だねえ、日本人はみんなそうなのかい? あとその皮肉も」
「ラテン系の人の感覚と一緒じゃないだけです。あと皮肉はイギリス人も同じでしょう」
短い会話の間にも応戦する彼らは次第に態勢整えていた。
敵にあった最初の勢いを殺し双方の距離は膠着状態に移りつつある。
しかし、数の差は歴然であり相手の進攻を押し返すまでには至らない。
「おい日本人、何かいい考えはないか? このまま撃ち合ってもいいが被害が出るかもしれんぞ」
「そうですね、では敵両翼を牽制しつつ後ろの50口径で中央を崩すのは? 統制が取れていない集団ならそれで形勢を変えられるはず」
隣にいた黒人男性の質問に彼は土嚢の後ろを指差す。
対戦車榴弾によってタイヤが壊れ動けない2台のキャンピングカーの上には黒く大きい重機関銃が鎮座していた。
火力のある兵器は密集している人間に一番大きな効果を発揮できる、彼はその威力を用いようとしているのだ。
「そいつはいい案だ。俺たちがカバーするから、お前が銃座につけ」
「了解した」
彼は車に走り、中に入ると仲間の合図を待つ。
その背後では先ほどの男が他の仲間に指示を出し左右の土嚢へ3人ずつ移動していく。
それぞれが配置につくと彼らは今までのように先頭の列から飛び出てくる敵を正確に狙うのではなく、集団両翼で体を露わにしてる目標に素早く射撃を加え始めた。
放たれた弾丸は周りの地面から土を巻き上げ、襲撃者達の身をすくませる。
これには2つの狙いがある。
まず、襲ってきている人達の左右に圧力をかけることで少しずつ密集させること。
次に、相手の心理を攻撃から防御へと変化させることだ。
戦いの中で恐怖に陥るのは攻めるときのような勢いがある場合ではなく、守るときのような耐え忍ぶ必要があるとき。
自分の周りに向かってくる銃弾が体の周りに起こす振動、傷つき倒れた仲間の呻き声というものは人の心を蝕む。
手を緩めずに繰り返される射撃に身を隠し、少しでも安全なところに這っていくうちに敵の勢いは完全に消えていった。
この瞬間を作るために彼らは猛撃をあたえたのだ。
「いまだ、50口径をお見舞いしろ!」
その合図で青年は銃座に飛び乗り、レバーを二度引くと引き金を押し込む。
小銃とは比べ物にならない衝撃が手から全身を揺さぶり、耳を保護している栓を通り越して銃声が轟く。
彼の目論見通り集団の中央に進退できずに動きを止めていた人間の体をいくつも貫いていく。
倒れた人間の言葉にならない助けを求める声と砂けむりと共に満ちていく血の匂いが敵の戦意を消沈させる。
形勢は完全に逆転していた。
報酬を貰い仕事をこなす傭兵の集団と外人を人質にとり身代金を要求したい現地の武装集団。
どちらも同じ金を目的とする集団だが、決定的に練度と経験が異なり過ぎた。
恐怖に駆られ逃げ出す者や倒れた仲間に呼びかける者、戦いを続けようとする人間はもう数える程しかいない。
「一時の方向へと敵が逃げます、追撃を」
弾薬を撃ちつくし車上から情勢を観察しながら味方に指示を出す。
散発的な反撃に脅威は感じられず、少しだが心に余裕がもてた。
だが、この少しの油断が倒れていた敵が最後の力で投げた物体への反応を鈍らせた。
何かが飛んで来たと気付いた時には、視界が眩い光で包まれ見開いていた両目に猛烈な痛みが生じる。
「目をやられた! 誰か援護してっ!!」
そのまま銃座にいては反撃もできない、倒れるように車内に逃げ込むと腰の拳銃に手をかける。
見えない目を擦りながら必死に味方に呼びかけるが誰も答えない。
周囲の銃声が自分の声をかき消しているのか?
それとも自分が既に負傷してうめき声をあげているだけなのか?
混乱する思考をなんとか落ち着けようとする。
手探りで車内の奥の方へと身をかがめ、周囲の音と振動に耳を傾ける。
目にぼんやりとだが車の様子が映し出され、頭も少しずつ考えられるようになっていく。
そこで違和感に気がついた。
目は開けているはずなのに周囲は薄暗く、砂漠にいたはずなのに空気が妙に湿気ている。
そして銃声が聞こえず不気味なくらいに静かだ。
いや、人の声が反響して聞こえてくる。
自分ではない誰かが必死に助けを求める声だ。
「い、命だけは助けてくれ! 財宝を求めて入っただけなんだ!」
車の扉を開けて音の方向に目を向けているとそこには異様な光景が広がっていた。
地面に倒れる1人の男、その男の傍には今の時代には場違いな折れた剣が落ちている。
男が必死に懇願をしている方向に目を向けようとした時、赤い光が彼の体に突き進んでいった。
その瞬間に空間全体を熱気が占領し、思わず口を覆う。
後に残ったのは骨のような形を灰の塊だけだった。
再び脳では処理しきれない状況に見舞われ頭の奥が圧迫されて痛くなる。
「さて客人よ、そろそろ物陰から姿を表してはどうだ?」
その方向へと目線を動かすと地面に残る炎に照らされた薄暗い巨体が視界に映り、2つの大きな目に捉えられてしまった。
童話や昔話の中にだけ存在していたはずの生き物がこちらを見ているのだ。
嘘だと信じたいが目前の圧倒的な存在に体から不快な汗が滲み出る。
「冗談でしょ……」
あまりの驚きに漏れた言葉が今の感情をそのままに表してる。
今、彼が対面しているのは現代の世界では到底信じることができるものではない。
西洋東洋問わず誰もが聞いたことがある伝説の生き物--龍--だった。