かと言ってSFでもない。
この作品を手に取ってくれた方々の時間を無駄にしないためにも最初に説明しておくと、これが一体どんな小説かと言えば「ごく普通のSF小説作家になりたがっている平凡な高校生がラノベみたいな人生に放り込まれて七転八倒」というものだ。うわっつまんなそー! って思われても仕方ないし僕だってそう思う。何を隠そうこの僕がその平凡な高校生だからだ。ごく普通のSF小説作家を目指している身分としてはラノベ的体験をありがたがって受け入れるかというと、うーん、控えめに言ってファックだ。だって僕はライトノベルが嫌いだから。いや、「嫌い」ていうのはちょっと、この界隈では全方面的に喧嘩を売りすぎた発言だったかもしれない。「あんまり好きくないかもです」程度に訂正しておきます。
誰も僕に興味なんてないだろうから自己紹介はごく手短に済ますけど僕の名前は夏男。いかにも陽キャ向きのおめでたい名前だけどお察しの通り僕はそんな光の当たるところに出たがる性格じゃない。どちらかと言えばねっちょりしている。まごうことなき陰キャだ。アメリケンな言い方をするならギークだ。今時どこにでも居る高校一年生……っていうのはさっき言ったよね。はい自己紹介おわり。
ヒロインのほうについてはちょっとだけ気合い入れて紹介しないといけない、かもしれない。こんなクソみたいな自伝小説の見どころといったら「登場する女の子がどれだけ可愛いか」に九割方依存していると言えるし、まず僕がどんなラノベ的人生を歩み始めたかというと、いわゆるひとつの謎の美少女との出会いから始まるわけなんだけど、だからラノベっていうのはイコール美少女でしょ。これ出さないと始まらないでしょ。逆説的に言うとね、僕が一生涯ずっと美少女と出会わないでいられたら僕の人生はラノベなんかじゃなかった。そう思えばなんやかんや言って彼女と出会えたのは僥倖だったと言える。美少女の居ない人生は寂しいし。それに彼女のおかげで童貞を捨てることができたから。世の中高生にとって高校生の間に捨てられるかどうかっていうのはのちのちの運命まで左右する超重大な事柄だから。わかってるとは思うけどここで改めて覚えておいたほうがいいよ。戦いはもう始まっているよ。
「はやくわたしの紹介にはいるのですー」
って、さっきからパソコンに齧りついてテキストファイルを叩いている僕の隣の椅子に腰を下ろしてぎっこんばったん背凭れを揺らしているのが問題の美少女でありヒロインだ。念願の夏休み突入初日の夕方にしてこんな物語を書かなきゃいけなくなった僕の右隣でぶーたれている。一応この作品の華であり看板になってもらわないといけないから彼女の容姿がどれほど眉目秀麗でかつまた蠱惑的なスタイルをしているかについて、つぶさに書き出さないといけないんだけどこの時点でもうかなりめんどくさい。だいたい今時のヒロインなんて大抵の場合、キャラ単位ごとの萌の属性を表す記号としてしか認識されないのだから僕がどれだけ時間をかけて辞書を引き引きタイピングにいそしもうとも時間の無駄ってものだ。だから説明なんて「ロリ巨乳」の一言で足りる。アッシュホワイトの背中まである癖っ毛を指先にくるくる巻き付けて遊んでいる水色ワンピースのヒロイン様は今日から僕の部屋で寝泊まりする事になった。いや、なるかもしれない。まだわからへん。
彼女との出会いについて今から6時間ほど時計を巻き戻して回想しよう。つまり夏休み一日目の7月24日朝10時ごろだ。
「おじゃまするのですー」
彼女はピンポン鳴らしてふつーに玄関からやってきた。僕は家に居た。陰キャであるところの僕に夏休み初日から景気のいいおでかけ予定などあるはずもない。いっぽう両親は夫婦仲睦まじく外出していて、僕は買い置きされていた朝食の焼きそばパンをもっしゃもっしゃ食べながらボーッとテレビを眺めていただけだ。そしたら彼女が訪ねてきた。
「あなたがナツなのです?」
「はい」
はい、としか言えなかった。見知らぬ美少女はアーモンド型の大きな紅い瞳をぱちぱちと瞬かせて、寝起きのアホ面をさらしくさっている僕と向き合ったまましばらく見つめ合った。何を考えてたのかはわからない。僕のほうはというとドチャクソ可愛い女の子だなーって思いながら、これはきっと宗教の勧誘かなにかに遣わされた娘さんに違いないと思って、どうやって体よく断ろうかなって考えてた。そうでもなければ彼女みたいな女の子が僕の家までわざわざ訪ねてくる理由がない。そう、これがライトノベルの冒頭シーンでもなければ……
そこまで考えが及んで僕は愕然としたものだ。けれど、とるものもとりあえず中で話をさせてほしいと申し出た彼女をリビングにご招待した。事情を聞く前に門前払いというのはいくらなんでもご無体というものだし、もちろん相手がゲロマブい女の子だったからという下心もあった。テーブルを挟んで僕達は向かい合った。
「わたしはマフユ」
「ナツオです」
「しってる。あなたに逢いにきたの」
「ちょっと待って」
正体の知れない相手なんだからとりあえず彼女の言い分を最初にぜんぶ聞いてしまおうと思っていたのだけど思わず僕は片手で遮った。詳しい事情を聞き出す前にどうしてもこれだけは機先を制しておきたかったのだ。
「君さ。ラノベじゃないよね?」
被害妄想の一言で片付くならそれでもよかった。ボーイがガールにミーツしてしまった時からなんだか嫌な予感はしていたのだ。さきほども申し上げましたとおり僕はラノベが嫌……あんまり好きくないかもですなので、こういうあんまり突然な展開は困る。このままだと僕の人生がラノベにされる。
「? ラノベかどうかはわからないですけれど、マフユはこことは別の世界から来たのです」
「うわああああああああああああ」
両手で頭を抱えながらテーブルから飛び退いて背中からソファにダイビングしごろごろもんどりうちながら発狂する僕を見てマフユはきょとんとしていた。この苦悩をわかってもらえる人は少ないだろう。
「まごうことなきラノベじゃねーですか! それも! 異世界モノ!!」
「だめなのですか?」
「だめです」
異世界モノはだめです。ラノベがまずだめだけど異世界は特にだめ。僕の記憶が確かならここ数年で異世界うんちゃらは世に一気に出回り溢れかえり飽和した。これに対する僕のアレルギーは特に強くたとえるなら大型のスズメバチに午前と午後の二回に分けて刺されるがごとき苦悶を強いられるのだ。つまり下手をすると死ぬやつだ。僕はおそるおそる顔を上げて彼女のほうを見た。
「それでまさかその、僕を、きみの異世界まで連れていくっていうんじゃ……」
「それはないのでだいじょうぶなのですー」
「よかった」
本当によかった。こんな僕でもまだ死にたくはない。もちろん本当に連れていってもらえるならSF小説作家志望としてこれ以上ない体験なのだろうが、そこで待ち受けているのはサイエンスフィクションじゃない。ライトノベルだ。もちろん両者が重なり合う領域だってある。これは別に大げさな文学論を展開しようというわけじゃなくて要するに、僕自身の好みの問題だ。呼吸を整えてテーブルのところまで戻って椅子を引き、優雅に座り直した。
「それにしたって異世界だけはいただけない。マジでほんと。勘弁して。別の設定にできない?」
「しょうがないですねー」
「とりあえず異世界じゃなければ何でも」
「ではオリオン大星雲からやってきたウチュージンということで……」
「わるくない。1970年代ジュブナイルかな」
「ちょっと古すぎやしないです?」
「UFOとか流行ってた時代だからね。あ、未来からやってきたとかでもいいよ」
「どうせならマフユはそっちのほうがいいのです。では、マフユは未来からやってきたヒロインなのですー」
「OK! それで手を打とう」
「めんどくせーひとなのですねナツは」
「ごめんってば。でもありがとう」
僕達はテーブルの上で握手した。彼女の手はひんやり柔らかくて、確かに触れることができるのにもかかわらずこの世のものではないような気にさせてくる。その感触だけで強烈に僕を信じ込ませてくるのだ。どうやらマジでふつーの女の子じゃないらしい。異世界だったらアウトだけど未来から来たパターンだったらまあ……いいかな……そのあたりの分かれ目がどうなってんのかは正直僕自身にもよくわからないです。とにかく彼女の証言を捻じ曲げてでも異世界だけは認めることができなかった。この物語が世の明るみに出たそのとき僕は『異世界に親を殺された男』として名を馳せるだろう。
「麦茶でも飲む?」
「カルピスがいいのです」
ちょっぴりわがままなタイプのヒロインだ。
「ペットボトルじゃないですよ。原液を水でうすめるタイプのやつー」
「しょうがないにゃあ……」
コンビニに売ってるかなあ。と思いながら僕達は二人仲良く買い出しに出掛けた。原液のやつは商品陳列棚の片隅にちゃんと置いてあった。家まで戻ってガラスコップに氷を三つも四つも入れて、乳白色の液体を注ぎミネラルウォーターを流し込む。二人して夏の醍醐味を味わった。
「話の続きをしてもいいのです?」
「どうぞどうぞ」
「わたしね。あなたがすきなの」
「はいアウトオォ!」
コップをひっくり返すことのないように僕は椅子ごとテーブルからズザーッて遠ざかって「ああ~もう」「これだからラノベはよォ」「ほんとそれだけはアカンって」と喚きながら首を上下に激しく振りまくった。マフユはそのつやっとした小さな唇にストローの先っぽを咥えながら、へんにょりと眉を下げて首を傾げている。
「わたし、そんなに魅力ないのですか?」
「それとこれとはまったく全然別問題。あと、君はメチャクチャかわいい」
「ありがとなのですー。えへへ」
嬉しさのやり場に困るみたいに椅子の上で白い両脚をぱたぱたさせている。
「では何が問題なのです?」
「ふたつあります。一つ目。とても納得できない」
「納得できないというのはナツが?」
「僕自身を含めた世界が!」
主人公が女の子に好かれるっていうのはそこに必ず何らかの理由があって然るべきなのだ。誰かに特別な感情を抱くのならそこには特別な事情がないといけない。ごく限定的な一目惚れとかは例外としても。だって僕だぜ? 惚れる要素なんて一切なかぜ? まして初対面。あーやっぱだめです全然だめだめ。何ら理由も根拠もなくクソみてーな主人公(まさしく僕のことだよ)がちやほやされるなんてラノベだ。ラノベに過ぎる。そんなんだったら僕はこの喉をかきむしって死を選ぶ。
「わたしがナツを好きな理由だったらちゃんとあるのですー」
「つつしんで拝聴します」
「それはね、まだ言えないの。あなたが知らないだけ。でもわたしは知ってる」
「ははーん そうきましたか……」
見事な問題の先送りだと感心はするがどこもおかしくはない。よくあるパターンではあるけれど。のっけから謎のヒロインが謎の核心について全て語り尽くしてしまったら、どんな小説も最初の1~2ページでカタがついてしまおうというものだ。このパターンだったらラノベに限った話じゃない。ギリギリ受け入れられそう。懸念すべき事柄は、ほんとにちゃんとした理由考えてあるんだろうな……作者もどうせゴミみてーな輩だから。勢いだけで連載始めちゃってプロットはまっさらなんてことも十分あり得る。つーかそっちの可能性のほうが高い。
「まあいいや二つ目。これはちょっと、いやかなり言いにくいんですけど……」
「遠慮しなくていいのです。わたしとナツの仲なのですー」
「めちゃくちゃエッチなことしたいです……」
僕は両膝からくずおれた。そう。これだ。これこそが世のラノベを当たり前みてーな顔して取り巻いている非常識だ。
「どうせあれでしょ? これからひとつ屋根の下で暮らす展開になるでしょ?」
「さすが察しが早くてたすかるのです」
「もおーーー無理! そんなん絶対無理! 絶対エロいことしそうになるから!!」
エッチなハプニング程度で済んでいるのが異常なのだ。これだけはハッキリと申し上げたい。そりゃあね、常識というか一般倫理で考えたらね、いくら自分のこと好きだって言ってくれても会ったばかりの女の子といきなりエッチなことしちゃダメでしょ。クズでしょそんなの。ヤレるなら誰でもいいのか。いいんです。いいんですよね。男ってそういう生き物だから。まして中高生。いっちばん性欲みなぎってるお年頃ですよ。それがね、自分のこと好いてくれてる美少女とね、ひとつ屋根の下でね暮らしててね。ふつーに絶対ヤッてますわ。うん。描写されてないだけで。あるいは僕のように正直に言わないだけで。最近のラノベ界隈にうとい僕が独断と偏見だけで分析するなら、実に60%くらいの主人公はヒロインとセックスしてると思う。そして残りの40%は何らかの事情でエッチできない系の主人公だろうけど、それはそれでトイレでシコって発散してるはずだ。キリトだってアスナと夫婦生活してたでしょ。わかるでしょそのくらい。もう小学生じゃないんですから。しらばっくれるのもいい加減にしてください。
「わたしはべつにナツだったらいいけど……」
「じゃあしよう」
こんなこともあろうかとさっきコンビニでコンドームを買っておいたのだ。ひょっとしたらこんな展開になるんじゃないかとうすうす感付いてはいた。だからちゃっかりうすうす君を買っておいたのだ。ふらっとカルピス買いに行っただけのコンビニで。この状況分析判断能力は男としてちょっとくらい胸を張ってもいいものだろう。こういう一瞬の決断力が精子を分けるからね。マジで。そのときがいつ訪れるかなんてわかんねーから。覚悟と準備だけは怠らないほうがいい。
「ほんとうに……するの?」
嫌がっているというよりはちょっと、覚悟が決まりきってなくて困ったような表情を浮かべてマフユが首を傾げた。内巻き気味の癖っ毛がふわっと横向きに揺れる。ほのかに頬が朱い。
「俺はやると言ったらやる男ですよ」
テンションがおかしくなりすぎて一人称変わってるやんけ。と、僕は心の中で自分に対して思った。それから僕達は二階の自室に上がってエッチした。クーラーをがんがんに効かせた部屋で。閉め切ったカーテンの隙間から夏の陽射しが差し込んでいたから、照明をぜんぶ消したところで室内はうすらぼんやり明るい。マフユは両手でワンピースの裾をきゅっと掴んで一瞬ためらうような素振りを見せたけれど、意を決してたくし上げ
カタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!
「ちょっとー!?」
マフユが鬼のような形相でDeleteキーを連打している。そう、初遭遇から6時間後の現在に戻ってきたのだ。
「さっきは『はやくわたしを紹介しろー』みたいなこと言ってたじゃん!?」
「そんなところまで紹介しなくていいのですー!」
カタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!
「ああ~せっかく書いたのに……」
残念ながら検閲が入ってしまいました。せっかくタイピングしたのにふくれっ面のヒロイン様のせいで400文字くらいは削除されたと思う。
「だいたいそんな場面つぶさに書いたらR-18になってしまうのです」
「たしかに」
僕はまだR-15くらいにおさめておきたいのだ。叶うなら全年齢に設定しておきたいのだけど、なにぶんそのあたりの加減がわからないからとりあえずR-15タグ指定にしておこうかな。一話目からセックスがどうとか言い出してるから厳しいかもしれないし。言い出しただけならともかく実際にいたしちゃってるし。ただSF小説の大作家たる筒井康隆も『薬菜飯店』という短編で中華料理を食べに来ただけの主人公が最終的にはチャイナ娘とめちゃくちゃセックスしてたけど今ぐぐってみたら別にそれはR指定を受けていなかった。アマゾンでふつーに買えるのだ。そういう経緯があったのでとりあえず全年齢にしておきました。あとで怒られたら変えておきます。
「そんなことよりナツ。責任は取ってくれるのですかー?」
「責任というと――」
「わたしをここで寝泊まりさせて。夏休みの間だけでいいから」
あっ、そっちでしたか。いきなり結婚とか考えた自分がなんか恥ずかしいよ。会ってまだ一日目だよ。ここで婚約までいったらそんなのラノベですよね。あぶねーあぶねー
「結婚を考えるのはおいおいでいいのですー」
「おうふ……」
そんな僕の浅はかさを見透かしたように彼女が言う。マフユの考えていることはさっぱりわからないけれど、お得意の問題先送りに今度は僕が救われた形だ。言うなければお目こぼしである。
「正直に言うと泊めてあげたいのは山々なんですけど……」
異世界人じゃなく未来人ってことにしてくれたし、まともなラノベだったらここでいきなりエッチはしねーだろうって展開で最後までさせてくれた。つまりこれはラノベじゃないわけだ。暴論かもしれないけどもともと僕の中でのみ重大な意義を持つ自分ルールだからそのあたりはこう、忖度して。だから今は彼女ともうしばらくお付き合いを続けるのに前向きになっていた。だって美少女だぜ? 普通に考えたら断る理由ないよね。もう、ほんとに全然ない。我ながらちょろすぎる。馬鹿か。
「なんの問題があるのですー?」
「家族問題……かな……」
ラノベだったら両親が都合よく海外旅行とかに出かけていて、その間に勝手に家に女の子を寝泊まりさせるのは難しくない。あるいはものすごく物分りの良い母親だけを本編に登場させて、父親のほうはというと海外出張に出掛けているか良くて離婚済み、もしくは早くに亡くしているとかいうのが鉄板パターンだろう。逆説的にたぐっていけば主人公を美少女とひとつ屋根の下でイチャイチャさせるためだけに父親を殺していることになるわけで、やっぱラノベってクソだわ。ごめんなさいまた言い過ぎました。ともかくこの文脈で僕が何を言いたいかというと、僕の人生がラノベじゃない以上ごくごく普通のうちの両親は健在で、しかももうすぐ帰ってくるってことだ。時刻は夕方5時。
玄関の鍵がガチャリと開けられる音がした。
「ほら来た……」
「そーいうことならしかたないのです」
マフユは神妙に頷いた。諦めてくれたかな。せめてこの近辺で寝泊まりできそうな宿泊施設をぐぐってあげようかと僕はブラウザを立ち上げる。でも、次に彼女の口から紡がれた台詞は平然と予想を裏切った。
「ちょっと早いけど、ご両親にご挨拶なのですー!」
「そう来ましたかぁ……!」
次回、四者面談。