2.死枯木の『死神』
────アザレア。
境界線防衛部隊の人間で、躑躅色を冠するその名を知らない者はいない。
どんな戦闘でも圧倒的な戦果を挙げる死神。
アザレアの名の通り、美しい躑躅色のボディースーツを着ている。男なのにも関わらず、桃色にも近い赤い色がよく似合っている。
「アザレア⋯!」
「腕が振るわなくなったのも頷けるな、死神のアザレアさん」
つか、と紅が近寄る。
「だって、腕が自分のモノじゃないもんな」
「⋯そうだな」
アザレアが無愛想に返す。
新宿に配属されていた時に、右腕を切り落とされているのだ。
アザレアは、その天才的な銃撃のセンスから『死神』という二つ名が付けられていた。一度狙った獲物は外さず、高所から飛び降りながらの空中戦もお手の物、誰もがその才能を欲していた。
しかし、ボディースーツの技術から、失った右腕を回復させることは出来なかった。義手でどうにか凌いでいるが、その能力はすっかり落ちていた。
「まぁ、よろしくお願いします。私は隊長代理のカーマイン」
「新宿から異動のアザレアだ」
「私は高校二年。ウチの年齢順でいくと、大学二年のアイボリーと一年のウィスタリア。高校三年のアンバーとジェイド、二年のサルファー、一年のエクル。それから最年少オペレーターの中学二年のチェリー」
「⋯覚えておく」
アザレアが無愛想に呟いた。
チェリーは相変わらずハイエナの目で情報パネルを見つめている。
紅は境界線の前に立つ。
ここから先は、異邦人の楽園と化してしまった人類の土地である。
必ず取り戻さなくてはならない。
紅は誓った。
なぜなら、ここは、紅の生まれ故郷だからだ。以前集落があったのは、この境界線の向こう側、つまり異邦人の楽園と化した土地なのだ。
「まもなく、死枯木境界線解放します」
チェリーが情報パネルを見つめる。
紅は銃を構えた。
各々が、境界線の前に立つ。
「オペレートシステム、起動します」
『オペレートシステム起動』
『死枯木境界線解放まで十秒』
金属が絡み合う音が響く。
アザレアが、銃を握る。
オペレートシステムが秒数をコールする。
チェリーが情報パネルを素早く操作しながら、死枯木境界線解放までの十秒の内に、境界線の先の機械の起動や視覚情報共有を済ませる。
「大丈夫、いつでも解放出来る」
ここまでの間、たった数秒である。
チェリーは、色んな意味でヤバイバケモノだ。これが中学二年とは思えない。
『五秒』
『四』
『三』
『二』
『一』
『死枯木境界線解放、戦闘開始』
「⋯行ってくる」
「了解、こっちは任せて」
紅とチェリーは、目も合わせずに息の合った受け答えをした。
境界線の向こう側は、異邦人の溜まり場だ。
紅は銃で一掃する。
アザレアの戦闘スタイルが気になるが、取り敢えずそれは置いておく。
「カーマイン、担当地区、殲滅完了」
紅とは真逆の地区で、異常なまでの銃の狙撃音が響き渡っている。異邦人が多すぎるのだろうか、その地区担当の視覚情報を共有する。
それは、アザレアの地区だった。
双剣を自由自在に操り、周りに潜む異邦人を容赦なく殲滅していく。
まるで『死神』だ。
「これじゃあ、腕が振るわなくなったって言えねぇ⋯レベルが私達とは格段に違う⋯」
紅は見つめる。
アザレアは、芸術のように双剣を使っている。
『背後より異邦人確認、殲滅せよ』
紅も銃を構える。
背後から、数体の異邦人が確認された。
遠距離攻撃を得意としないタイプの異邦人だ、近距離戦に持ち込むのは危険である。
紅は一体に撃ち込む。
別地区では、近距離戦を得意技とする双剣のアンバーとジェイドが戦っている。素早い動きと斬り付けは、彼らの持ち味だ。
「私に当たって残念」
遠距離攻撃が得意な紅にとって、遠距離攻撃が苦手な敵は最高だ。
物陰に隠れて、素早く撃つ。
異邦人がこちらに近づく。
紅は静かに後退し、別の物陰に隠れる。その間、チェリーに視覚情報を背後にまで拡大してもらう。背後からの異邦人に対応するのは、今は面倒だ。
「他地区の殲滅が終わってる」
「援軍はいらない」
「分かってる」
息の合ったチェリーと、素早く会話する。
無駄に手出しされるくらいなら、一人でカタを付ける方が楽だ。
「背後から来てる」
チェリーから伝達が来る。
「挟み撃ちなんて⋯!」
「援軍要請、近隣に配置されている隊員は、すぐにカーマインの地区へ援軍に向かって」
しかしこの距離だ。
もし間に合ったとしても、この距離で遠距離攻撃など受ければ、紅諸共黄泉行きだ。
「だから女は嫌いだ」