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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部1年前期編
96/376

3-22

軽々と大木の根を飛び越え、涼しい顔で走っていくゼロを追うロキとシドは少しばかり息を上げて走っていた。

コカトリスを追っているだけのはずだが、やたら移動が速い。


「コカトリスの属性は」

「風だから、飛行系の補助魔法を使ってんのかも知れねえ」

「たかが雄鶏と侮ることなかれ、か」


ゼロの姿はやたらモフモフしており、毛に覆われた尾が伸びているのを見てロキが呟いた。


「獣人か?」

「ありゃ山猫だな。フォンブラウ領の戦闘メイドの中にいたぞ」

「そうなんだ」


ロキはあまり滞在する機会のない実家のメイドたちとゼロが接触していたことに驚いた。

長期休暇の折に皆と接触していくのもいいだろう。そんなことを考えつつ、ゼロの後を追い続け、ふと気が付いた。


「どした?」

「……嫌な予感がする」


ゼロが全くこちらを振り返らない。先導するとき、たいていゼロはロキたちを気にする。シドは鈍足であるため、ゼロとロキの足だと大体置いて行くことになるからだ。ロキはシドに合わせて走ることも多いので、ゼロが単独行動を命じられたのでなければ、ゼロは振り返りながら先導するようにガルーから教育されている。


今ロキはシドに【軽量化】を掛けて手を引きながら走っている。ゼロはもともと森に住んでいただけあって、平地を走ることに慣れているロキよりもかなり速い速度で先を行く。


「熱くなってンのかアイツ」

「うお、ロキ急に口悪くなるじゃん」

「俺の素がこっちなの知っとろーが」


おう、とシドから肯定が返ってくる。そう、ロキは本当はとても口が悪いのだ。ついでに方言も混じっている。普段は優しい言葉遣いに隠しているが、まあアーノルドのオフ仕様の話し方がうつっただけなのでシドのように会った時から王都邸宅からほとんど動いていないとロキのこの話し方を聞く機会はあまりない。


「ゼロ!」


呼ばなければ振り返らないと察したロキがゼロを呼ぶ。小さく、息を深く吸い込む音が聞こえた。


「止まれッ!」


ロキがもう一度声を張った。ゼロが立ち止まる。肩で大きく息をしている。結構距離が離れている、とロキは思った。距離にしておよそ50メートル、追い付くまでに5秒以上かかれば十分離れている。ゼロがゆっくりと振り返った。


「お? 眼が赤いな」

「怒ってるっぽいな」


シドとロキが小さく囁き合う。ゼロは普段は黄色と赤のオッドアイだ。イミットは割とオッドアイが多い種族だが、一律怒り状態になると光る赤い眼になる。光っていれば怒り状態で、ただの赤なら火属性だ。


立ち止まったゼロに追いついたところでロキはシドの手を放し、シドはゼロの状態を確認するべくゼロに近付いた。ゼロの喉がグル、と不機嫌に鳴る。


「うおう、興奮してんな」

「この先に“ヤバいのがいる”ってことだろう」


ロキが【探知(サーチ)】の改良魔術である【属性判別(エレメントチェック)】を行使した。これはロキのオリジナル魔術であり、属性のみを判別する解析、鑑定系の魔術である。ステータスは見れなくても、一つ一つに絞っていけば見れるという、相手の情報を抜き取るロキの執念が見える魔術だ。


「……まさか先日(グリフォン)の件と繋がってたら俺死ぬぜ?」

「過労死するなよ」

「そこは茶化して“骨は拾ってやる”だろー!」


何でこんな時は乗ってくんねえの、と言いつつシドはロキがゼロの手を覗き込んだのでつられて視線を下ろす。ゼロの手にはとっくにこと切れているコカトリスが握られていた。というか、首を握り潰してしまったらしい。


「グロい」

「お前は首を一発刎ねて終わりだもんな」


ロキの素直な感想にシドが呆れたように息を吐いた。実は戦闘をさせると一番止めを刺しているのがロキだったりするのだ。やたら興奮状態にあるゼロを撫でてやりながら落ち着くのを待つ。少しそうしていたら、様子を見て来たドゥーが戻ってきた。


『ぱぱ!』

「ドゥー、どうだった」

『ゴーゴンはいなかったけど、変なのがいたよ』


精霊から見て変なの、というのは少々以上に厄介かもしれない。ロキの表情はあまり変わらなかったが、シドにはわかる、面倒だなって思ったこいつ。


「……見立ては?」

『……たぶん、鋼竜と人刃』

「『イミドラ』に、居たな、そんなの」


ロキは思い当たった節があったらしく、ゼロに言葉を掛ける。


「ゼロ。お前はドゥーと共に待機。この先に居るやつがどっちかは知らないけど、オリジナルなら儲けもの、培養された奴なら殺してやらねばならないよ」

「……上級竜、を」

「素材にされたんだろうね」

「ッ、行く、置いていくな!」


ゼロが顔を上げる。

その目はもうオッドアイに戻っていて、だいぶ落ち着いたらしいことが伺えた。


竜種はたいてい上級か下級かで分けられるが、実は中級と呼ばれる階級も存在している。この中級というのは、下級というには強く、上級というには人間との意思疎通がうまくはかれない者や、人間との意思疎通はしっかりできるが上級というには弱すぎる個体などが分類される。


リガルディア王国内では、中級竜以上のドラゴンを狩ることは基本的に禁じられていた。理由は主に、イミットの親または子供である可能性があるためだ。好き好んで国民を国民に狩らせる国など、そうありもしないだろう。


身内かもしれないドラゴンが関わるとイミットは冷静でいられない。嗅覚が鋭いため誤魔化しも効き辛い。ロキがシドに目配せすれば心得たとばかりに頷く。


「ドゥー、悪いがヴェンと一緒にハインドフット先生を呼んできてくれ」

『はーい!』


ドゥーが上空へ昇って消えていった。ロキはゼロの首に首輪をつけ、シドに持たせる。


「うわ」

「これくらいしか今ゼロを止められる道具を持っていないからね」

「……こんな状況でなければ」

「「悦ぶんじゃねえ」」

「チッ」



3人でおそらく森の中心部分と思しき領域へと足を踏み入れて最初に見たものは、血だらけのドラゴンだった。


その圧倒的な魔力量によって結界を張っているらしく、魔物に襲われた形跡はない。結界で魔物から身を守っているものだとロキは思っていたのだが、ロキはその結界を簡単に通り抜ける形になった。


「?」


内側から見た結界は淡いオレンジ色に輝いており、光と火を含む複合属性―― “日”属性らしいことが分かったロキは、目の前のドラゴンへ視線を向けた。


ドラゴン、とロキたちはとりあえず呼んだのだが、この血濡れの竜の鱗は鈍く光っている。ところどころ金属光沢が見えているため、鋼竜であることは疑いようがなかった。身体の内側から剣のような細長い金属が鱗すら貫いて飛び出してきており、これが一体なんであるのか、ロキにはわからなかった。


見たまま剣なのか、だとしたら、何故竜の身体の内側から生えてきているのか。魔術によるものだとしたら、竜種の魔力耐性をぶち抜く恐ろしい魔術だ。魔法によるものなら、こんな魔法を使えるやばい奴がいるということになる。どちらにしろ王族への奏上案件である。


「……」


2対の翼には傷が付いていないのを見て、ロキは間違いなく人にやられたモノだろうと判断した。人型のものそのものを嫌がる可能性もある。ロキがこの結界を素通りできた理由に思い当る節があって、ロキはひとまずこの鋼竜と言葉を交わそうと顔付近へ歩み寄っていった。


「呼吸が荒い……」


小さくロキは呟き、目を細める。竜種、しかも成長が遅い鋼竜は体長がそれなりにある場合、そこそこ齢を重ねた個体ということになる。幼体の頃は身体を覆う鱗が柔らかいため、鋼竜は打撃や叩きつけ等の衝撃に弱い。しかしそれでも魔力への耐性はあるし、この鋼竜はどこからどう見ても幼体というサイズではない。セトの鋼竜コウが体長50センチ程度であるのに対して、この鋼竜は体長5メートルにはなろうかという若く見積もっても50年近く生きている個体だ。


魔力耐性も幼体の頃より上がっていることは確実だし、一体何がどうしてこうなったのか。ロキが思考の海に沈みそうになった時、ゼロとシドが近くまで寄って来た。


「ん? 通れたの?」

「しばらく触ってたら通れるようになった」

「そうか」


一旦会話を切って、鋼竜の身体を見上げる。


「傷が古いな」


シドが鋼竜の身体の傷を見て呟く。


「長期間治らなかったんだろう」

「魔物たちも慣れてるってことは、最低でも今年の春より前にはここに居た可能性が高いな」


魔物には縄張りというものがある。特にこんな魔物が多く縄張りが重なっている個体も多いことが予想される場所では、裏付けのように別種の魔物が争っている姿を見かけることができるのだが――結界の外を見やったゼロの呟きにロキはそうだな、と小さく返した。


結界の外から魔物たちが不安そうに覗き込んできているが、攻撃をしてこようとはしていないのである。結界のおかげかもしれないが、魔物が慣れているように見えるのも事実だ。鋼竜の頭近くをFランクの魔物である玉兎が跳ねている。


「ロキ」

「ん?」

「この結界を張ってんのがアルバだ」


シドの言葉に、ロキは自分がドゥーとヴェンに行方を聞こうと思った精霊の名前が出てきて目を丸くする。


「……シド、俺もアルバについてはよくわからないんだが」

「……ま、そうだろうな。ロキの作った人工精霊じゃねえし」

「……ドゥーの時にも思ったけど、俺人工精霊結構作ってるのか?」

「おう」


精霊が見えるようになったロキからすると、こんなに精霊が周りを舞って、ロキの事を嫌うでもなく近くに寄ってきてくれているのに何故人工精霊に頼ったのかという疑問が浮かんできたのだが、シドは正確にその問いに答えた。


「ロキ、ロキ神の加護自体は精霊との相性はあんまりよくない。フレイ神なら逆に相性抜群だけどな」

「まあ、そうだろうな」

「おう、だから、今ロキの周りに精霊が寄ってくるのはある意味奇跡に近い。ループを理解もしくは自覚してる精霊が多いから寄ってきてる感じだ。お前がキーマンだってのが精霊にはバレてる」


今お前にはループを経て得た称号があるからな、とシドは言う。称号が無いとロキは精霊には嫌われているらしい。それならば、自分の事を好いてくれる、力を貸してくれる精霊を作ろうという発想に至ってもおかしくないのかもしれない。いや十分ぶっ飛んでいるが、手っ取り早いと考えたのかもしれない。


「ロキ、何考えてるか手に取るようにわかるけどよ、お前が人工精霊作ったのは精霊魔法使ってみたいっつってお前が学生時代にやってた研究が後々インフラ整備に使えるんじゃねって話になって日の目見てお前が最高責任者で1人だけ作ってた人工精霊を基にあれこれ計画が立ったせいだからな。緊急でどうこうじゃなくて平和な時代にゆっくりお前が育ててたの。お分かり?」


長文を喋ったシドにロキは目を丸くする。平和なご時世に人工精霊を育てていたのか。子供いないんか。別ルート扱いとはいえ自分のやっていることに疑問しか抱けない。ロキは神妙な顔になった。


「アルバはその内の1人ということで合ってる?」

「おう。当時既に仲間というか、一緒に研究してたやつらの1人がアッシュなんだよ。アルバはアッシュが恐らくヴォルフをベースに作った人工精霊だ」

「その当時ヴォルフどうしてたんだ」

「結構どこそこ別行動してて、アッシュ寂しがってたからなあ」


あ、これアッシュには秘密な、とシドが言うので、アッシュに言ったら怒られる案件であることをロキは認識する。実は照れ隠しが凶悪なアッシュとの上手い付き合い方は、シドの忠告には従う事である。


ロキのループの夢とアッシュ、ヴォルフの言葉をすべて信じるなら、アッシュとヴォルフは間違いなくロキとオーディンの加護持ちだった人物たちだ。英雄の行先(ヴァルハラ)に行ってないあたり、最期の死因は察せられる。


「アルバは回復魔法が使えるの?」

「使えるが、お前かアッシュが居ないと上手くコントロールできないぞ。そこは主人に似たな」


シドの言葉にロキは首を傾げた。


「……アッシュは魔力のコントロール上手いよな?」

「あー、アルバの主人はヴォルフの方だぞ」

「作った奴が主人じゃないのか」

「おう、アッシュは魔力量が少なすぎてアルバと主従契約が結べなかった」


色々と聞きたいことがさらに増えて、ロキは苦い顔をした。


「とりあえず、こいつ起こすぞ。起こせばアルバも来るだろうしな」

「分かった」


アルバ、イタリア語で夜明けだったかとぼんやりと記憶を呼び起こし、ロキはゆったりとした動作で鋼竜に触れた。


この世界においてロキの名は黄昏時の代名詞となっているらしい。おそらくその体系を作ったのは転移者の類であろうとロキは考えているが、それはともかくとして。


眠らせることでこの竜の生命維持を優先したのであろうアルバを思う。どんな姿をしているのだろう。ロキの記憶にアルバと呼ばれる精霊の姿はなかった。この鋼竜をここでアルバが保護しているのは偶然だったとしても、デスカルたちと情報共有をすればそれなりに使える情報になってくれそうだとも思う。


「――眠り続けるのもいいが、そろそろ目を覚ますべきだろう。お前はまだ生きていられるよ、剣竜」


ゆっくりと、鋼竜あらため、剣竜が目を開け、その琥珀色の瞳が開かれた。


『――うん』


子供っぽい返事と声に、ロキはこの鋼竜が恐らくコウの現在の肉体年齢とほとんど変わらないことを悟る。コウはただでさえあんなにチビ扱いされるサイズである。このサイズに成長するのに50年はかかるとロキは見積もったが、まさか、もっと幼いのか。


まさか、とシドが呟く。


「こいつもしかして“眠る黒鉄”か?」

「“眠る黒鉄”?」


ロキが繰り返したことでシドは言葉に詰まる。


「……()()()()()で、竜種なのに晶獄病を発症してる珍しい症例だ。この結界を張ったのはアルバで、こいつ自身から魔力を補ってんだろう。そうしてこいつが晶獄病で死ぬのを防いでいた、んだと思う」

「治りもしないのは魔力の取られ過ぎ?」

「それもあるだろうが、おそらく鱗の下の皮膚が勝手に割けちまうんだろう。こいつの羽の枚数数えてくれ」


シドは相手が何者なのをはっきり認識したらしく、てきぱきと指示を出し始める。


「4枚だな」

「本来こいつは6枚持ってるはずだ。切られてるとこあるだろ」

「ある」

「そこで飛行に使えるはずの魔力を消費しなくなってんのと、チビの時に切られたせいで飛ばなくなってんのが原因だろうな」

「……なるほど?」


竜種が晶獄病になるとは、人刃の晶獄病もそうないが、竜種はさらにない。この鋼竜もまた、ロキと同じく体の不調を抱えてこうなっているらしい。


背中側に回ったロキが見たのは、背中から大きく突き出した鉄色の魔力結晶である。剣とはまた別に生えているのがなんとも痛々しい。微かに死の匂いがして、この剣竜と別にドゥーの言った人刃がどこにいるのか悟ってしまう。考えないことにする。そんなこともあるだろう。


「この結晶を叩き折るだけではすみそうにないな」

「対応できなくて殺した覚えが」

「よしスパッといくか」


ロキはイイ笑顔で虚空から刀を取り出した。それを剣竜に見せる。


「しばらくこれを持ってうろうろするが気にするな」

『それで気にするなは酷いと思う』

「同感だぜー、でも諦めな」

『カナト様酷い』


ロキは寝転んでいる剣竜の背に触れる。

結晶が出ているのは骨を避けている位置のようで(むしろ骨の一部のように剣が生えていた)、ロキは問題ないなと判断して結晶が生えている部分を見るために【探知(サーチ)】を使った。


「……ふむ、ここか」


ロキはズド、と刀を剣竜の身体に突き立て、結晶を切り離した。


「ガギャアァァァアアアアアアア!!!」

「静かに」


痛みに暴れ始めた剣竜はロキが一声かけただけで大人しくなった。


(かなり魔力を取られてやがる……が、鋼竜は持久戦に定評のある種族だ、すぐ回復すんだろ)


口調はあれでも中身は違う意味で荒れているロキである。


(あとは、ああそうか、こんな傷があったら剣が生えてくんのか)


少し奥に剣の切っ先を見たロキはその傷を治して次の結晶を切り離すために移動する。次々と結晶を切り離し、虚空に放った。

よく見れば背中の剣は二列に互い違いで生えていることに気付いた。ステゴサウルスみたいだと思いながら剣竜の顔の前に戻ると刀をしまう。


「もういいぞ」

『……うにゅ?』


やっぱりこいつすっげえ子供じゃね、とロキは内心複雑な気分になった。そこにどこかで見たことあるような黒い円を作り出して姿を現した色の薄い金髪の少年が、ロキを見て声を上げた。


『ネロキスクっ!?』

「誰お前」

『アルバだよとうとう僕の名前忘れちゃったの!? 僕そんなに存在感ない!?』


どことなくアルバと名乗った人工精霊の少年にヴォルフの面影を見出しながら、ロキはひとまず彼に告げる。


「悪いが俺はまだネロキスクになっていないぞ」

『チクショウ、守りたいこの笑顔!!』


アルバが言うには、ロキはとてもいい笑顔だったのだという。

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