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2023/05/06 改稿完了しました。
ロキがカルとヴァルノスと話そうと思っていた内容、それはひとえに、弟妹の事だった。ロキの1つ下の弟、トール・フォンブラウは、ロキと同じ学び舎に通えるという事でとても喜んでいる。とはいえ初等部でも同じ学び舎に居たよねとか言ってはいけないのである。何せトールが入学した時には既にトールにとっては初等部は大好きな兄を傷付けた者がのうのうとのさばっている場所だったのだ。のさばらせているのがロキ本人だとかそんなことも突っ込んではいけない。
トールにとっては、“ロキが怪我をさせられたにもかかわらず寛大な心で許容した不敬をはたらく阿呆がいる場所”なのだ。ロキはトールを目に入れても痛くないほどに可愛がっているともっぱら噂になっているのだが、それのお返しだろうか。
トールの事は一旦置いておく。トールと同い年で来年中等部に上がってくる弟妹を持つのはロキだけではない。
中等部からはサロン室の使用が可能になる。サロン室というのは、座学と実技のテスト結果と日常の受講態度や生活面における態度の評価結果によって振り分けられる、サロンのための大部屋の事である。
サロン室の用途は様々だが、概ね勉強に使われている。勿論所属生徒による部分も多々あるものの、大抵は同じ学年の生徒が同じサロン入りを果たすので勉強の場になることが多いのである。ロキたちもサロンの振り分けがあるのだが、1年生は正直まだ評価対象の成績がそこまで出揃っていないので、サロンの振り分け発表はもう少し先だ。
中等部のサロンは花の名前を冠している。一番上級のサロン室は薔薇の間で、今現在所属している生徒の中でロキたちが知っている生徒というと、ロキの姉であるスカジ・フォンブラウだろう。スカジはロキと2つ違うので、今年中等部の3年生だ。
もうすぐ発表されるだろうとは言っても、1年生はまだサロン分けの発表がないので、誰かと集まりたいなら専ら食堂での集合になるのだ。
ロキもまた、集合場所として指定された食堂の、最も長時間の歓談に向いた席に着く。既に来ていたカルとヴァルノスが口を開いた。
「今日はお前の従者たちはいないのか」
「バルドル様たちが道開けてましたね」
従者の代わりに道を開ける者がいるならばそれもまたよし、とカルとヴァルノスの態度を読み取ったロキは口元を緩めた。
「ケビンまで混じっていたのには笑ってしまったね」
「良かったじゃないか」
「彼は多分良さげな行動をとっただけじゃないかな」
ヴァルノスが近付いてきた食堂担当の職員にロキの分の紅茶を注文する。
リガルディア王国における貴族の階級というのは、王族を頂点として、次に公爵家がある。大公家は特殊例であるため公爵家としてカウントされる。公爵家は、最も武功を上げた家が賜る爵位だ。現在存在する公爵家は概ね国の始まりから王家を支えてきた家ばかりだが、1つだけ、王家の影として始まり、何とかその爵位を維持している家もある。
祖が王家の血を持つ者も特にその血統に関係なく、功績のみで評価される国家体質の関係で、実力ある者のみが生き残っていくような体制になっている。とはいえ王家の血が入っている家が遺伝的に武力面で強力な個体が多いのは事実なので、血統に価値を見出すのはあながち間違いではない。だがそれは強力な個体が生まれやすいというだけで、必ず強い個体が生まれるわけでもない。
魔力量はわかりやすい指標のひとつだが、公爵家の平均と言われる魔力量なのはプルトスやカイウスである。ロキはそれより遥かに魔力量が多くなりそうだと言われているし、ロゼやレオンは少ない個体である。ロキは現時点、まだ魔力量が増えると言われる年齢で既に身体が成熟している大人の公爵たちの中で最も魔力量が多いグラート・ソキサニス公爵に匹敵する魔力量を誇っている。
そもロゼもレオンも魔力量は伯爵家の平均くらいはある。少ないと言われる所以は伯爵家の平均あるというだけで公爵家の平均には届かないからだ。爵位を継ぐにはいくつかの基準があるが、まず属性、次に魔力量の基準を満たさなければならない。フォンブラウ公爵家で言うと、長男プルトスは水属性なので次期公爵候補から除外され、火属性を扱える次男フレイが魔力量の基準も満たしているため、次期公爵候補となる。スカジは水属性がメインのため候補から外れ、ロキが闇、火、氷属性で魔力量が多いため候補である。トールはメイン属性は雷だが、火属性に高い耐性を持ち、適性を持っていて魔力量が多いため候補である。コレーは土属性のため候補から外れている。
どの家もこの調子であるため、後継者がいないなんて話になりやすい。ロッティ公爵家はそれが顕著で、ロギアの一人娘であるロゼは火属性しか扱えなかったのでその時点で次期公爵候補から外れている。まして魔力量が少ないので、言ってはなんだが火属性か土属性の適性が欲しい家に嫁入りするしかない。高い魔力量の土属性の適性を持つ婿を取る方法も無いではないが、ロギアがまだ暫くは健在だろうとの予測から、ロゼの子供で土属性を継いだ子供を次期公爵候補とする方針で進んでいる――子供の属性から判断できるほどとても分かりやすい。
クローディ家で大騒ぎにならないのはレオンが光属性を継いでいるからで、魔力量が少ないのはカバーする方法があるから何とかできるだろうという予測の許である。魔力量は他に補助できる者がいればいいのだ。だが、属性はどうしようもない。なので扱える属性が重要視される。
リガルディア王家は光属性または火属性を扱える者が国王候補として王太子となる。第1王子であるアルが立体視されないのは水属性がメインだからだ。その点、アリシャ第1王女は金髪碧眼で光属性の適性が高く、王太子候補ではある。だが、側室の子であることと、現時点で第2王子であるカルの方が魔力量が多いことから、王太子の第1候補はカルとなっている。次点で正妻の子供で火属性を持つ第3王子エリオが候補だ。さらにその妹である第2王女ソフィアも光属性を持つので候補となっている。
カイゼル伯爵家の場合は土属性の中でも金属に偏った適性を持っている子供が伯爵候補となる。カイゼル家には現在土属性の子供が2人居るが、金属偏重の適性を持つのはヴァルノスだけなので次期伯爵はヴァルノスで確実だろう。婚約者決めでレベッカ夫人が忙しくしているのはロキもスクルド経由で知っている。
3人が今日集まって話そうとしていた議題は、1つ下の弟妹の事である。カルにはエリオが、ロキにはトールが、そしてヴァルノスにはマリアがいた。
「今回はヴァルノス嬢の要請で集まったわけだが、何か問題でも発生したのか」
「はい、実は、マリアがあまり集団行動に向かない育ち方をしているんじゃないか? という疑問をお母様が抱いたようで」
「マリア嬢ってご友人は多かった記憶があるけれど」
「あの子気が強いから周りの子がくっついて回ってるだけなんです。トール様と激突する可能性があります」
「あぁ、手が出るのか」
「はい」
ヴァルノスからするととても可愛い妹だというマリア・カイゼルは、茶髪の髪とライムグリーンの瞳をしている。魔力の属性適性を見たら、土属性と風属性を持っていたという。
「……カイゼルって金属偏重だったような?」
「カル、マリア嬢は養子だ」
「ヴァルノス嬢は別に病弱でもなかったよな? 何故カイゼルに養子が?」
ロキはマリアに会ったことはなかったが、ヴァルノスから養子の妹がいるとは聞いていたのでマリア以外にヴァルノスのきょうだいはいないのでマリアが養子だと理解できるだけだ。何故養子が貰われたのかの理由は知らないが。
「俺もカイゼルの内情は知らないから、聞いたことはないよ。ヴァルノス、どうしてマリア嬢がカイゼルに?」
「私も詳細は知らないんだけれど、多分今土属性系の家が弱体化してってるせいじゃないかしら」
ロキは少し考えた。カルは首を傾げている。
「ロッティ公爵家の派閥がそんなに弱っていただろうか」
「カル殿下、少なくとも侯爵家だった土属性の家はもうないよ」
「あ、クレパラストか」
「クレパラストは砂とはいえ土属性ですからね。もうロッティ公爵家以外は伯爵家しかありません」
クレパラスト侯爵家が無くなる前にはもう1つ土属性系の侯爵家があったのだが、其方はロキたちが生まれる直前に伯爵家に降爵されている。事実上、ロッティ公爵家を本当の意味で補助してくれる侯爵家は無くなったに等しい。
「ってことは、マリア嬢はタルタラ伯爵家出身か」
「なんで分かったのロキ」
「カイゼルほどの家が嫡子がいるのに養子に迎えなくちゃならない子供なんて、元々上の階級の子供で伯爵家相当の魔力量が期待される子供くらいだろ。土属性の女の子なんて特にさ」
ロキはみなまで言わなかったが、土属性の子供というのは基本的に発育が良いことで知られる。男性であればがっしりした体形になりやすく、女性であれば所謂グラマラスな体系になりやすい。大元の土属性が豊穣の神格を持つ神々の派生であるとされている理由もここにあるが、持っている魔力の性質によって体型が左右されるというのは他の属性にもある話である。栄養状態が良い環境に居ればさらにその傾向は顕著に出る。ロゼもヴァルノスも体型的にはそこまでグラマラスと呼べるほどではないのだが、それは2人とも金属偏重血統だからだ。金属は土属性の中でも豊穣の神格には属さない。
とはいえプロポーションがとても良くなりそうな雰囲気はロゼからもヴァルノスからも感じるので、土属性ってすごいなとロキは思うのだ。闇属性はガリガリになりやすい。ロキはそれが顕著である。筋肉があまりつかないのである。
「……つまり、土属性というだけで、大人の庇護があった方が良いという事か?」
「その通りだよカル。ましてもともと侯爵家の子供だったなら、魔力量は低くはない可能性が高い。んで、タルタラ伯爵家は魔物の大量発生に悩まされてる。降爵理由もそれだったはずだ」
「ああ、領地の管理を当主ができないと判断されて、領地を削って別の法服貴族が領地持ちになったんだったな」
「うん、だから魔物の被害からの復興のために資金繰りに困ってたはずだ。タルタラ伯爵家は子供が既に3人いるから、末娘を育てる余裕もなくなって養子に出したとかそんな感じじゃないかな」
「ロキそこまで予想立てて来るの怖い」
「父上の役職が役職だからね、他の皆より情報が手に入りやすいだけさ」
カルが分かるところまでロキが持っている情報を開示したところで、ヴァルノスが息を吐いた。ロキの父アーノルドは宰相に近い立ち位置に今はいる。宰相という役職を正式に拝命しているわけではないが、じきにそうなるだろう。ロキに情報を齎しているのはアリア、ラックゼート、シド、ゼロの4人である。大体の情報が網羅できてしまうのではなかろうか。
「……昔はもっと侯爵家も多かったんだって聞いて、随分脱落したなって思っちゃったわ」
「それはそう」
「侯爵家ってそんなに多そうなイメージないのにな」
「10以上あったんでしょ?」
「入れ替わりも考えたらリガルディア王国史上15家ぐらいありそう」
「半減か、なかなかだな」
現在リガルディア王国に存在する侯爵家は7つあるが、その内4つが水氷系のソキサニス公爵家の分家から派生した家だ。火属性は1つ、風属性が2つで7家である。
「……水氷って強いな」
「グラート公の強さも当然みたいな」
「リガルディアの貴族でソキサニスの血が入ってない人なんているのかしら」
「いないと思う。ヴァルノスは?」
「お婆様がツァル侯爵家の人よ」
「カルは近辺には?」
「曾御婆様が」
「ソキサニスの人でしたね」
「ロキ様はお母様がメルヴァーチの方ですね」
一大勢力がっつり築いてるじゃんと3人で思考を飛ばした。
「ロッティとフォンブラウがいろいろ頑張ってるのってそのせい?」
「かもね」
「うわぁ……」
話を戻そうか、と顔を見合わせて、弟妹に話へと話題を移す。
「マリア嬢は性格以外に何か問題が?」
「性格を起点とした問題が多いの。カイゼル家の人間ですけど何か?みたいな」
「それで血統の話になったのか」
「後で困るのはマリアだもの」
知らされていないとはいえ継いでもいない血統の話をするのはよくない。そもそも家の権力を笠に着て行動すること自体がよろしくないが。
「……トール様ってあんまり家の名前出さないらしいですね」
「トールは多分その辺何も考えてないだけだよ。家の名前より誰がどう悪かったかって考えて自分が相手の嫌がることをしてないかって考えるようにって口を酸っぱくして母上が言ってたからね。加護持ちは相手を傷付けやすいから」
「それで……」
ヴァルノスは少し考え込む。
ヴァルノスだってあまりマリアにかまけている暇はなかっただろう。何せヴァルノスはソルとルナの補助と、ロゼとロキの補助をこなしている。ロキは男なのであまりヴァルノスの補助が必須というわけではないし、ロゼも転生者である関係上、権力も十分にあるし問題という問題はない。が、ソルとルナ、エリスとナタリアは男爵令嬢であり、寧ろロキやロゼとの接触が本来難しい立場となっている。そこの補助に入っているのがヴァルノスである以上、彼女がやるしかない。ヴァルノスは色々と気を回してくれているのである。
妹の事を可愛がっているらしいことは間違いないので、もっと交流を持ってもいいかもな、とロキは呟くように零した。
「あまり俺たちの事ばかり気に掛けなくてもいいよ、ヴァルノス。他家の事より自分の家の事を優先したらいい」
「……夢の中と、私だけ、違うから。やれることはやっておきたいの、それはわかって頂戴」
「それは嬉しいな。君がやってくれていることをしっかり把握しておかないとね」
ロキの言葉に、ヴァルノスが小さく息を吐く。
「……私が貴方の意見に反対意見を言っても受け入れるのね」
「そこはヴァルノスの意思によるところだからね。それに、いろいろやってもらって嬉しいのは事実だから」
せめて口にはしていかないとね、とロキは笑った。
「……そうね。入学してきたら積極的にかかわりに行こうかしら」
「それがいいかも?」
「何でマリアに嫌われてるのか分からないのよね」
「嫌われているのか」
「そうなんです。私よりマリアの方がドレスも派手なことが多いので、みすぼらしいなんて言われることはないはずなんですけれどねえ」
浪費家呼ばわりされて気分を害しているのでは、とロキは思ったが、土属性の家は宝飾品にもこだわっていることが多いので、土属性としては平均的な感覚だろうと思い直す。そもそも身に付けている宝飾品が髪飾り1つ程度で済んでいるロゼやヴァルノスがおかしいだけだ。制服たる制服がかっちり決まっているわけでもないので、宝飾品がじゃらじゃら鳴っていても厳しく罰されるわけではないのだし。
「それを考えるとヴァルノスの態度の問題ではないかな」
「そうかしら」
「マリア嬢を可愛いと思うのはどんな時なの?」
「えー、新しい服を作って来て見せて、お父様とお母様に似合ってるねって誉められて、私にドヤ顔向けてるときかしら」
「ヴァルノス嬢の感覚も特殊だな……」
ドヤ顔してる妹が可愛い、とヴァルノスは言っているが、ロキはヴァルノスの感覚を何となく理解した。ロキの知っている感覚で合っているなら、ヴァルノスは確実にマリアから苦手意識を向けられている。しかもヴァルノスが十中八九悪い。
「ヴァルノス、このままだとマリア嬢周りから弄られそうだなって思いながら見送ったりしてないかい? 弄られて帰ってきたら可愛いだろうなとか思ってないかい?」
「え、ロキ様エスパーですか?」
「十中八九ヴァルノスが悪い」
カルもロキが言わんとしたことを理解したらしく、小さく息を吐いた。ロキはヴァルノスに分かりやすく言ってやる。
「君のような人を人はサドって呼ぶんだよ」
「私がサドですか!? ロキ様の方が酷いと思いますけど」
「咎めないでいてあげよう、ヴァルノス嬢。俺がサディストだなんて自覚とっくにあるんだがね!」
飛び火して来た、とロキはヴァルノスに反応する。なかなかはっきり言いやがる、と内心思いながら、気を遣いすぎないでいてくれるのも一つの友人の形かと勝手に納得した。
「まあ、マリアは学園で叩き直されてくれると思います」
「だといいな」
「悪役令嬢だもんな」
「うん……」
最後に苦笑したヴァルノスはカルに話を向けた。
「エリオ殿下はどうなんですか?」
「エリオは少々気難しくなってきたな。周りの会話についていけないらしい」
「展開が早すぎるのかしら」
カルの言うところによると、エリオは周りの会話を聞き流していることが多いらしく、どちらかというと大人の研究者の会話の方が興味を引かれるらしく、其方にばかり寄っていってしまうとか。同年代の友人と呼べる存在が全く会話を気にしていないトールぐらいしかいないらしい。
「うちのトールはただにこにこして鍛錬の話だけしていれば同じ趣味の人だけが寄ってくるよって姉上が言ってたので実践してるようだけれど」
「エリオはそれに救われているそうだ。俺にもあまり話してはくれないが」
「そうだったんだ」
研究者気質なんだよ、とカルは呟く。ゲームの俺様ってどうやって形成されるんだと視線だけでロキがヴァルノスに問うが、ヴァルノスも首を傾げるばかりだった。
♢
ヴァルノスがマリアを心配しているからこそ持たれた今回の話し合いの場だが、特にロキは心配はいらないと思っている。何故なら、マリアがカイゼルの血を引いていないのは大人たちが理解しているであろう事項だからだ。カイゼルの後継者はヴァルノスしかいない。マリアはいずれ元の家に戻されるか、カイゼル家の政略結婚という形でカイゼル家を出て行くことになるだろう。
カイゼル伯爵家はもともと女性当主が多い。ロキは同年代でヴァルノスを超える錬金術の使い手を知らないので、余程の事がない限りはヴァルノスが次期伯爵だ。ヴァルノスは錬金術と回復に特化している。つまり魔術の授業が本格化する中等部に来れば自然とマリアの魔術適性から見て彼女がカイゼルを継ぐことはできなくなる。
「……マリアを傷つけないか心配だわ」
「……大事なんだな」
「10年以上一緒に育って来たんだもの、当然よ。普段の言動がどれだけ我儘で世間知らずでおつむが緩めで好きな人に気に入られたいばっかりに姉の婚約者と2人きりになったり背伸びして似合いもしないドレスを着てみたりしてても、大事な妹です」
ヴァルノスはそう言ってロキを見る。カルの弟もロキの弟も同じ母から生まれている。血の繋がりが全く無い妹を大事にしているのはやはり彼女が可愛くて仕方がなかったと言う事なのだろう。ものすごく扱き下ろしている気がするが。
久留実という少女が妹か弟が欲しいと言っていたのを知っているロキとしては、妹可愛がり過ぎてわがままになったのはお前のせいだ、と言ってやりたいのだが、それ以上は口をつぐんでいた。あまりのディスりっぷりに閉口したと言った方がいいのか。ヴァルノスの瞳が本当に妹を慈しむ目をしていたから引いたとか、そういうことでは決して、無い。先ほど意趣返しもしたことだし、断じて。
ヴァルノスの両親はきっと出来のいい娘が上にいたので、手のかかる養子を猫可愛がりしてしまったのだろう。結果親にお願いすれば大体のことは要望が叶うことを覚えてしまった我がまま娘の出来上がりだ。
「あと、マリア、去年の最後にロキがちょっと出てきたの見てたみたいで」
「まさか俺をタゲってるというのか」
「アンタ動揺するとなかなか口調が面白いことになるね?」
ほら、とヴァルノスが手紙を取り出して差し出し、カルとロキがそれを覗き込んだ。内容としては、昨年度の初等部の修了パーティで皆が王族と喋りたがるところで、1人抜け出して歌っていた白銀の髪の神子様のことを教えてほしいのですお姉様、といったところか。
「……あー、これはロキだな」
「うそ、歌ってたの聞かれてたとか死ぬわあんな拙い歌を」
「精霊ガンガン呼び寄せる歌声で拙いとか死になさい」
ヴァルノスはロキの背中を思いっきりバシバシと叩く。そしてふとその手を止める。
「ロキ、アンタ大分筋肉ついてるねえ」
「?」
特に気にしたことが無かったらしいロキは微かに首を傾げたが、まあ、と呟く。
「ハルバード使ってて筋肉がない、はちょっとな」
「人刃にはありがちだぞ?」
「カルの筋肉が薄いのもドラゴンのせいじゃ?」
「可能性は高い。……父上ってそれ考えるとかなりすごい?」
「ジーク陛下と比べてはダメでは?」
ジークフリート、生ける英雄。
彼の話題となれば国中が湧くほどの人気ぶりを誇る国王。
前世では割と有名な英雄の部類の名だったことを知っているロキとヴァルノスからすれば、戦闘に秀でた加護を持つ名を持った、政治に長けた御方、という評価が最も下している評価に近いだろう。
「大体ドラゴンの血統で竜殺しの名を持つ御方だ。……イメージよりだいぶ悪ノリする人だったが」
「それはあるね。ただの真面目一辺倒じゃなかったってところに好感持ったけどなあ」
「お前の家ほど堂々とそんな評価下せるほど冷めた目で王族見てないんだが」
「まあその血統が違うとこんなに差が出るのねー、って感じね」
ヴァルノスはふと結晶時計へ目を向けた。
日光が差しこんでキラキラと煌く結晶は美しい。下に一緒にふわふわ浮いているタンザナイトカラーの結晶はロキが作った魔力結晶を見て一緒に浮かべていいかと言い出した結晶のメンテナンスをしに来たドワーフによって浮かべられたものだ。
「あ、そう言えば今年は鍛冶師志望の人が多いからって、私たちにも武器発注の話が回って来そうだって話聞いたんだけど」
「ああ、姉上がやたら喜んでいたな……」
「俺は兄上から昨日手紙をいただいたばかりだ」
武器かあ、と3人はそれぞれの武器を思い浮かべる。
はっきり言ってロキに関しては材料さえあれば特に問題ないので作ってもらう必要はない。使い捨てにはなってしまうが。
「ロキの変化魔術ってどこまでできそう?」
「……俺の頭が化学を知っているせいで線引きは楽だったけど。素材を体積のまま別の材質に変化させた時点で魔法という線引きにしようと考えているよ」
新たに判明する祖、というのは珍しい属性である分解明は急務となる。ロキは攻撃に炎だの氷だのばかり使うことになり、万が一ロキが祖としての血統を重宝される場合はフォンブラウ家から分家して新たに家を起こさねばならない。
ロキのように様々な実験をその場で行える属性はさっさと論文にまとめて陛下へ献上するのが習わしである。
「……俺にも分かるように説明してくれ」
「単純な話だよ」
ロキはぽいと赤いガラス玉を2つテーブルに出した。
「ガラスか?」
「ああ。ほら」
まるで手品のように片方のガラス玉を握り、再びテーブルに置く。
色は金に、曲がった鏡面のように周囲の景色を歪めて映すようになった玉にカルは目を丸くした。
「ほとんど魔力の動きが感じられなかったが」
「元々着色に金を使ったものを使っているし、ガラスはそもそも鉱物としての体をなしていないものの総称だからね。別の元素鉱物としての体をなしていればまだ魔力を食う」
「ガラスが一番加工しやすいの?」
「今のところは、ね。シドと契約してしまったからもうまともには測れないんだ。シドの協力が必要になるよ。俺の適性は火、氷、闇に振り切っているから」
土は元々門外漢なんだ、とロキは言う。ああなるほど、とヴァルノスは思う。
「土と悉く相性が悪いのね」
「そんなもんはロッティとクレパラスト任せだったのさ……」
「「あー」」
ヴァルノスとカルは苦笑を浮かべた。
「まあ、もう大体どういう属性なのかはわかって来てるんでしょ?」
「うん。予想範囲内だったよ」
「錬金術師の食い扶持が無くなるからあなたの代で終わらせてちょうだい」
「構わないよ?」
「俺が構うわ」
カルがすかさずツッコミを入れる。今度は3人で笑みを零した。
面白かったら是非評価をお願いします。




