3-19
2023/04/26 加筆修正しました。情報が追加されています。
何もない、真っ白な場所。
「やっほー、でっちゃーん」
「よぅルイ」
デスカルが赤い髪を風になびかせながら対面している少女は水色の髪で、片目を髪で隠し、金色の瞳でデスカルを見ている。
この世界において、創造神、破壊神と呼ばれる存在は複数いるが、この少女がその創造神の一角と知ったら皆驚くのだろうなと、人間の反応に詳しいデスカルは思う。
「なんだ、今日お目付け役は撒いてきたのか」
「撒いたんじゃないよーお仕事押し付けてきたんだよー」
「余計タチ悪い」
デスカルの言葉にルイと呼ばれる創造神は笑う。水色の髪が翻る。
赤と緑の色彩を持つデスカルと青と黄色に近い色彩を持っているルイは笑い合う。
「それで、お前がとうとう引きずり込んじまったあの子についての言い訳を、お前の弟の代わりに聞いてやるよ?」
「わーいでっちゃんもお仕事熱心だー」
「創造神より破壊神の方が仕事が多いのは分かり切ってる話だろォ?」
デスカルが獰猛な笑みを浮かべてみせれば逃げることを諦めたルイが静かに手を振ってイスとテーブルを出した。
「しょーがないなぁ」
「お前さんはもうちょっと周りを気にしろよ」
「やだめんどくさい」
ルイは椅子に腰かけると足を少し揺らしながら口を開いた。
「えっとね、まずあの子がいると黒ちゃんが多少なりとも動けるかなと思いました」
「その為にわざわざ生身の人間にいきなり権能なんざ付与したのか」
「やだもースピカと言う事同じじゃーん!」
「当然」
生身の人間に付与してどうするというのだ。
デスカルは巻き込まれた人間に同情した。いったいどうして、どういう選定基準でルイがその人間を選んだのかは不明であり、デスカルはそれを知らねばならない立場にあった。
理由など簡単なことだ。
ルイとスピカは本来、デスカルとは少々立場が異なっており、直接ロキたちのいる“アヴリオス”へ干渉することはないからである。にもかかわらずルイが動いた。そこに何か原因があるとデスカルは踏んだのだ。だからわざわざ幼馴染と呼んで差し支えない彼女を呼んだ。協力だけならばスピカの方が話も分かってくれるのだからそちらの方がいい。
「黒ちゃんを助けるってでっちゃん言ってたでしょ。その為になりそうだしって思って、あのループを止めるスイッチにしちゃえと考えますた」
「……それで、あの子個人的にどっかのラノベ主人公みたいに死に戻りしまくってんだけど?」
「だってあんなに弱っちいなんて思わなかったんだもん」
「お前もうお前が管理してる世界で満足しろ!?」
デスカルの前ではこうしてのほほんと喋っている彼女も元の世界に戻れば神である。デスカルもそう変わらないが。
「魔法も魔術もない世界の人間がこんなマナに押し潰されそうな濃度ヤバいとこに来て平気なわけあるかドアホ――!!」
「ごめーん!」
絶対悪いなんて思ってないだろうと言いたいが、これも彼女なりの気遣いの上に成り立った状況であることを知っているデスカルは静かに息を吐いた。
「もういいや……スピカもスピカで事情知ってほっといてるみたいだからなんかあるとは思ってたがな」
「え、スピカも?」
「なんでも、ループに使われてる魔力の影響で“門”がヤバいらしい。最悪“カルディア”と“ディアステーア”を借りる」
「ほーい」
ルイの反応に互いに情報をやり取りしていなかったらしい、見たよりは仲が悪くない双子の姉弟に驚いていたデスカルだが、これだけの情報だけで彼女には十分だった。
「はー。もう少しいろいろ動いてはみる。お前がもう少しいろいろ考えて動いてくれてたらよかったんだけどな、そんな気が利くことしたらお前じゃねえわ」
「酷い」
「自覚あるだろ」
「まあね!」
「ちったあ反省しろ」
デスカルは椅子から立ち上がる。ルイも見送るために立ち上がった。
「お前らがくれた駒は精一杯使わせてもらう。ま、こっちを引っ掻き回すだけで済むとは思ってないんだろ?」
「うん。たまには神様らしいことしてあげる気だよ?」
「そりゃ心強いな」
デスカルはこん、とヒールで床を叩く。白が晴れて、白亜門の間が姿を現す。
「じゃあね」
「ああ。お前も、あんまり辿られるようなことするなよ?」
「うん」
デスカルはそっと白い門を押す。ドアは開いてその先へデスカルは踏み出した。残されたルイもまた、静かに姿を消した。
♢
ロキが食堂に足を踏み入れると同時に、ばっと人混みが割れる。
公爵令息たるロキを前にした時の当然の反応だが、ロキの知り合いが人込みを割る原因になっているのは否めない。
ロキは貴族らしくポーカーフェイスを鍛え始めたらしい。穏やかな笑みを浮かべて、軽く手を挙げて道を開けてくれた生徒たちに礼を示した。
リガルディア王国の貴族はあまりポーカーフェイスが上手ではないので、ロキが大体何を目指し始めたのかが分かってくるところだ。ポーカーフェイスを用いるのはリガルディア王国の貴族としては浮いてしまうし、あまり信頼を示してくれない人だと受け取られても文句は言えないが、そこはどうにかする算段でもあるのだろう。
開けてもらった道を進んで、ロキは最も日当たりの良い席へ近付いて行った。
今日はカルとヴァルノスと共に昼食を摂ることになっている。
ロキの従者2人は今はついて来ていない。致し方ない理由ありきであるが、シドはかなり渋っていた。「従者として生を受けたならば従者を極めるのが俺のスタンスなんだよ」とはシドの生き方を端的に表しているだろう。
「……なにあれ」
小さく、文句を呟いた生徒がいた。その音はロキには拾えただろうな、と、ぼんやりとクルトは思う。クルトの横にはバルドルがいた。
クルト・ブリンガー男爵令息は、バルドル・スーフィー伯爵令息の護衛兼従者として学園に通っている。バルドルは光明神バルドルの加護持ちであり、白金の髪とトパーズの瞳の持ち主だ。彼はクルトを連れて初等部から通っており、初等部ではロキと同じクラスになったこともあり、ロキ・フォンブラウ公爵令息という人物についての理解度は比較的高い。
クルトは深緑の髪にペリドットの瞳を持つ、風属性を得意とするブリンガー男爵家の三男である。クルト本人はロキよりもセトやゼロと仲が良く、ロキの身の回りの情報をよく得ることができていた。何せ相手は公爵令息。何をするにもいろいろ目立つ。加えて連れている従者もシドとゼロの2人なので色んな意味で目立つのだ。
「……ロキは外交官でも目指すのかな」
「法務官かもしれないですよ」
「それもあり得るね」
バルドルの呟きにクルトが返す。傍目から見てポーカーフェイスなのでロキはポーカーフェイスを鍛え始めたのだと仲良しの間では広がってしまっている。実際ロキは穏やかな笑みで周りに礼を示すことが増えたし、それが王族でそういう微笑みの訓練をしているであろうカルより様になっているのだから致し方ない。ちなみにロキは己の知る今上天皇の笑みを真似ただけである。
バルドルは嘆息する。ロキの体調が芳しくなってゆくにつれ、周りがロキに対して抱く印象が悪化して行っている。加護を遮るものが無くなったので当然ではあるのだが、バルドルがいると余計ロキに負担をかけかねない。バルドルとロキがなんとも思っていなくても、周りには何故かそうは見えないらしく、ロキがいちゃもんを付けられることが増えている。
ロキは公爵令息なので、伯爵令息であるバルドルが優先されることなどあってはならないのだが、そうはいかないのが加護なのだ。ロキもバルドルを安心させようといろいろ試してくれているので、寧ろバルドルの方が居心地は悪い。周りの生徒は、他人に掛かった加護に振り回されないでほしいものである。
光明神バルドルは、世界で最も世界から愛される神なのだ。対してロキ神は、そんなバルドル神に嫉妬を募らせ、その命を奪う神格として描かれている。バルドル神が善なる神なので、そんなものに嫉妬するのは悪の神だ、となる。そして実際ロキ神はバルドル神を間接的に害した。
ロキ神の加護持ちが必ず邪悪であるわけではないし、ロキ神の話を聞いていれば、ロキ神が邪悪ではないことなどすぐにわかるのだが、神話を読み込んでも最初からロキ神を悪なるものと捉えていれば、客観的に物事を見ることはできないだろう。
バルドルとクルトは、ロキが実際には他の生徒と何ら変わらないことを知っている。まずロキは人混みを割ろうとするのではなく、避けて通ろうとする。ゼロやシドがいない時には基本的に人が少ない端を通って移動しているのだ。そんな隅っこを移動中のロキは無意識に気配を消すようなスキルを使用しているらしく、パッと見た時には認識できない。ちなみにこの状態のロキをバルドルは見つけられるがクルトは見つけられない。バルドル以外にロキを見つけられるのは今のところセトとソル、ルナ、シドだけだ。シドは理由は不明だが、セトは軍神、ソルとバルドルは太陽・光明神、ルナは月神の加護持ちということで、もしかすると加護持ちでなければ見つけられないのかもとバルドルは考えている。シドは半精霊なので、理由は似たり寄ったりかもしれない。
また貴族子弟は順番待ちを厭う傾向が強いが、ロキは使用人を並ばせるのではなく自分で並んでしまうし、いろいろと自分で行動している姿を見かけることができるのだ。ちょっとした小物を持ってきて、と誰かが言ったとき、最初に動くのはロキだ。上流貴族が動いてはいけないなんて誰も言っていないが、ロキが動くと周りも動かなければと思うものだ。あと最近、この小物が必要だとかあれがいるんじゃないかとか予想を立てたロキがいつの間にか教員に聞きに行っていたりするので、男爵令息や子爵令息などがロキを押しとどめて準備に奔走する姿を見ることができる。使用人であるシドとゼロはロキと一部の異なる講義が同じコマに被っているので、その間は他の下流貴族がロキを見ていないとロキが講義の事前準備を行うなんていう地獄を見る羽目になる。
学生としては正しいが、貴族子弟としては減点ものだ、と一部の貴族子弟は言っていた。ロキはまったく気にした様子がないので、貴族子弟としてなどと説いているのは恐らく、上流貴族の子弟であるロキが権力を笠に着ないことで身動きが取れなくなっている一部の親の七光りだろう。
授業態度も特に悪いわけでもない。表情が作り物めいているのは、バルドルは気にならない。何故なら貴族子弟なんてそんなものだからだ。ロキを作り物めいていると言っているうちの何人が、貴族の嗜みとしてポーカーフェイスを鍛えているだろうか。まあ全員だと断言できる。バルドルヤクルトだって、揚げ足を取られたくないのでポーカーフェイスは鍛えていた。
ロキの常に作り物めいた表情というのは、貴族としてはこれ以上ないほどの完全武装だ。本人はそんなに気にしていないかもしれないが、自然に零れる表情というものが全く無いわけではない。傍から見ていると、小さな動作とわずかに垣間見えた表情が、本来のロキの感情表現だと思ってしまう。バルドルは知っている。ロキは常に感じたことを表に出さないのでは無くわかりやすく大げさに表現しているだけだと。
今回人込みを割る手伝いをした2人だが、何も最初からやっていたわけでもない。バルドルもクルトも初等部からあまり身分による行動をとらないロキを見ていたことも大きい。その当時はロキもシドとゼロを連れておらず、それが普通だったのだ。カルは流石に誰かが付いていることが多かったが、ロキのみならず、ロゼやレオンといった公爵家の息女が自分で動くところはよく目にしていた。生徒の数が少なかったことも拍車をかけていたかもしれないが、とうとう初等部1年末のロキへの暴力沙汰が明るみに出たことで、大人側からの警戒度が高まったのだ。
そもそも公爵家の人間に怪我をさせた時点で相手の処遇など概ね重罰である。ロキが表に出したがらなかったことで取り繕われたが、そもそもこんなことにならないためには、となるとやはり従者を付けて主人の安全を確保をする、という話になるのも必然である。
学園の中では、身分は問わないとする規律の文言があるが、学園内部はリガルディア王国の縮図だ。公爵家の子供が奔放なのは今に始まったことではない。必然的に公爵家の下の侯爵家が手綱を握ることになる。ロキの一件があった後、レインが他の侯爵家の息女と緊急会議を開いたのを知っているバルドルとしては、早く掌握してほしいなと願うばかりである。
そういう点では、ロキを知っているとなんかほうっておけなくなってしまって自発的に動いている伯爵令息や男爵令息の存在は、レインたちへの猶予かもしれないとも思う。
「せっかくバルドル様たちが動いたのに、お礼も言ってくれないなんて。ロキ様ってなんかお高く留まってる印象ありますよね」
「そうかなぁ?」
「そこまで酷いとは思わないっすけど」
バルドルとクルトにつられて人混みを分ける手伝いをしてくれた騎士爵令嬢が不服そうに呟く。ロキが愛想よくしたらそれはそれで時間を取られるはずなのであの態度で間違いではないとバルドルは思っている。
「ロキの顔で愛想笑い以上の笑みなんて向けられたら、女の子たち卒倒しちゃうと思うよ」
「そんなにですか?? あんなに目が吊ってていつも憮然とした表情をなさっているのに?」
「あの顔だからこその笑顔の破壊力さ」
バルドルも人刃ではあるが、ロキよりは圧倒的にヒューマン寄りだ。武器適性が近いので組むことも多く、「今日も組んでくれてありがとう」なんてロキが屈託なく笑顔を向けてきたときは、その時はそつなくこちらこそ、またよろしくね、なんて返したが、その後挙動不審になった。クルトに散々弄られているので最近は平気になってきたけれども。
「むしろ、今の公爵家はちょっと気さく過ぎると思うね」
「ケビン……」
バルドルとクルトとは反対側に人込みを分けたケビンが戻ってきて口を開いた。
「ケビン様、それって悪い事なのですか?」
「まったく悪いってわけじゃないと思うけど、どいつもこいつも簡単に呼びかけに応じるじゃんか。上に立つ奴としてはよくないと思うね」
「上に立つ人としては、ですか」
「命令されたら動くけどお願いされても動かない、それが人間ってもんだろ」
ケビンは吐き捨てるように言って、カルとヴァルノスがいるテーブルにロキが着いたのを見て、小さく息を吐いた。
「学生の間くらいはいいんじゃない?」
「バルドル、お前も一応クローディ下の家なのになんでそんなにお気楽なんだよ……」
「だって、私たちの学年で一番強い力を持ってるのはロキじゃないか。その内ロキが全部制圧してレインが掌握するよきっと」
「んでその後ロキ様がカル殿下に恭順の意を示すまでがワンセットっすね」
簡単に予想できるなその未来、とケビンも呟く。そういうものなのだ。何となくそうなる未来しかないのだ。騎士爵令嬢が首を傾げているのは、まだ彼女がロキとそこまで関わっていないことの表れだろう。
「大体、ロキは私たちの王種だから、僕らが彼のために動きたくなるのは当然なんだけれどね!」
「えっ、もしかしてロキ様を恐ろしく感じるのってそのせいですか??」
「待ってそもそも王種って何」
騎士爵令嬢は意味を理解できたようだが、他の周りに集まってきた生徒はそうでもなかったようだ。伏せられた情報じゃなかったはずと思いながら、バルドルは耳を傾ける生徒たちに、魔物の王種の話をし始める。
「……おいブリンガー、俺の分も注文して来い、日替わりご飯大盛りで」
「……よろしくお願いします、シスカ様」
ケビンとクルトはそこまで仲良しというわけでもないので名前で呼び合ったりはしない。家名で呼び合うのは交流がありますよ程度の関係性だ。
クルトはバルドルをケビンに見守ってもらっている間に、自分たちとケビンの昼食を調達するために、カウンターに並んだ。
ふとバルドルがロキたちの方に視線をやると、カル、ヴァルノス、ロキが軽くバルドルに手を挙げて礼を示してきた。ロキが口元を緩めているので、バルドルがこのタイミングで顔を上げられたのは、ロキに呼ばれたのだろう。
ロキ神の神話のこともあり、ロキは積極的にバルドルに関わろうとはしないが、それもまた配慮のひとつだろう。
3人が座っているテーブルの近くに青い髪が見える。やっぱりロキの近くに居座ってるな、とバルドルは小さく呟いた。メルヴァーチ侯爵家のレインである。初等部からそうだったが、中等部に上がってからはロキの傍に控えていることが多くなった。ロキと一緒にスイーツを食べている姿からデートしてるなどと揶揄われたりもしているが、本人たちがまったく気にしていない。
「……レイン様のガードが堅いなぁ」
「おいバルドル、流石にフォンブラウに手を出すなよ、今ただでさえ面倒なことになってんだから」
「それケビンのお兄さんの所為でしょ」
「あの脳筋兄貴俺が何言っても聞かねえもん」
ケビンがバツの悪そうな顔をする。バルドルは別にフォンブラウ公爵家に喧嘩を売りたいのではない。ただ、ロキ神の加護持ちでランク5の恐らく生活に支障をきたすレベルの加護を受けていながら、神話で関係が言及されているバルドルを害そうとしないのか、その理由を知りたいだけだ。
「私もっとロキと仲良くなりたいんだけどな」
「兄貴には言っとくよ……でもいざとなったらそっちから牽制してくれよ」
「大商会抱えてるシスカ家に私の家では何もできないよ」
「大臣の力借りろ」
「そんなことしたらロキにばれちゃうでしょ」
「あー、そうだった」
じきにクルトが3人分の食事を運んできたので今回はバルドルと共にケビンも食事を摂ることになった。
面白かったら是非評価をお願いします。




