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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部1年前期編
90/376

3-16

……魔物が……転がっている……

2019/05/11 改稿しました。

2023/04/20 加筆修正しました。

入らないようにと言われたはずの森の中でソルとルナは固まっていた。いや、正しくは、カルもセトもナタリアもレオンも、エリスもレインもロゼもまた。

ただ、そんな彼らを守るためにゼロとアッシュ、ヴォルフガングが油断なく構えている。


「学園内でも武器の携帯が許されているのがこんなところで役立つなんて嫌ですね」

「本当にね」


3人で守るには少々人数が多い。ゼロに至っては武器をそも携行していない。ロキとシドがいないのは痛手である。

せめてシド、いや、ロキの精霊さえいてくれれば。


「ああもう! コウ! 早く戻って来いッ!!」


セトが己の孵した魔物の子供の名を呼ぶ。

一番早くコウが森に駆け込んでしまったのだから仕方ないだろう。何故森に入ってしまったのかは謎であるが。


森には近付かない、暗黙の了解であり、彼らもそれを直前に教えられてやってきた。

ドラゴンは幼生であろうと知能は総じて高い。ロキの分かりにくい指導さえも理解している節のあるコウがルールを分かりやすく教えてくれた教員や衛兵の言葉を理解できていないとは考えにくかった。


にもかかわらずこの暴挙である。

落ちるなとは言ったが森に入ってはいけない。


周りに殺気を帯びた気配が現れるのと同時にゼロたちが警戒態勢を取り、カルを中心にセトたちが固まって今の状態になっている。どうして森に入ってはいけなかったのかよくわかった。魔物の巣が近くにあるのだ。森の中は森に棲む魔物のテリトリーで、人間は自由に動けないとはよく聞く話だったが、聞く話と体験では随分と印象が変わる。


やばいかも、と小さくソルが呟いたのと同時に、がさ、と小さく梢の葉が触れ合う音がした。


「!!」


音がした方を振り向いたソルは、がさがさと続けて近付いてくる気配と音にすくんだ。片方確実にやばい気配だ。これこのままだと死ぬんじゃないの、と思ったけれども身体が動かない。


「ギュァァアアアアアアアッ!!」


ソルたちの前に飛び込んできたのは、銀の羽毛の頭、焦げ茶の羽に覆われた前脚、赤茶の獅子の身体の魔物と。


「……ロキ!?」

「うん」


銀糸の髪が木漏れ日を受けて煌めく。さっきまで自分が気圧されていたはずの気配がロキのものだったことに気付いて、ソルは目を丸くした。


「……ロキの気配めちゃくちゃ怖かったんだけど」

「ここはグリフォンの巣がある森だってシドに聞いて全力で突っ込んできたからね」


結局鈍足なシドを置いて単独で突っ込んできたらしい。少し後ろからシドがガサガサと音を立てて茂みをかき分けて姿を現した。


「おー、やっぱグリフォン暴れてるな」

「グリフォンに意識を向ければいいのか、ロキに意識を向ければいいのか分からなくなるものだな」


カルが小さく息を吐く。ロキがその細腕の腕力で押さえつけたグリフォンは、ロキが頭を押さえようとしているのではなく、嘴を押さえようとしていることに気が付いたらしく、少し落ち着いて周りの様子を見始めていた。


「ゼロ、周りのグリフォンに話して来い。人刃の気配が強いセトが巣に近付いたから警戒されているだけだ。殺すなよ」

「ッ、ああ」


ゼロは小さく頷き、ロキが抑え込んでいるグリフォンを見つめる。ゼロがグリフォンに一礼すると同時に、ロキもグリフォンの嘴を放した。グリフォンは身体を揺すって、身体に張り付いていた葉を落とす。


シドがロキの傍に来ると、ゼロは踵を返し、近くの茂みに入って着ていた上着とシャツを脱ぎ始めた。細身の体躯を晒し、ゼロはぐ、と身体を解す。日に焼けた健康的な肌が見える。


「え、」


ルナとエリスが目を見開く。

バキリと音がして、ゼロの身体が折れ曲がる。ゴキベキと人の身体にあるまじき音がし始め、ぶわりとゼロの肌から羽毛が生える。


羽毛が散ってゼロの姿が見えなくなり、息を呑んだのは誰だったか。


ぶわりと強烈な風が吹き、羽毛が散ってマナに還って行く。

中から現れたのは、全身真っ黒なグリフォンだった。


「……これが、イミット」


ソルは黒いグリフォンに見惚れた。ロキはゼロの名を呼んで黒いグリフォン近付く。


「ゼロ、これだけの数がいるのだから群れの頭がいるはずだ。話を聞いて来て」

『わかった』


白と茶のグリフォンは固まってしまっている。ロキは静かにす、とグリフォンの前に片膝を着いた。

ロキの傍に立ったシドがグリフォンに語り掛ける。


「いきなり驚かせて悪かったな。巣に踏み込んじまって悪かった」


ああなるほど、と納得したのはカルだけではなかろう。やっと状況が理解できてきた。しばらく何か喋っていたシドはじきにロキを見る。ロキは恐らく、というか確実にロキはこのメンツの中で最も攻撃力が高いのである。ここで掌を見せておくことが皆の安全に最も近道である。それを分かっているからロキは膝を着いているのだし、武器も手に持たずにいるのであろう。先ほどステゴロで突っ込んできた事にはちゃんと意味があったのだ。


シドにとっては本契約したのはついさっきでも、ロキは主人なのである。ずっと守りたいと願っていた存在なのである。迷惑はけして掛けない――そんな気持ちでシドはグリフォンに向かっていた。


「ありがとう」

「グルッ」


グリフォンは最後の方は上機嫌になって、シドが手を放す時には名残惜しそうに擦り寄った後、踵を返した。


ロキがすっと立ち上がった時、ギャアギャアとまたグリフォンたちが騒ぎ始めた。


ぴぃ――


小さな細い音。

それはセトの耳に届く。


「コウ!?」

「え?」

「コウの声だ」


ロキはそれを聞いた瞬間、パン、と小さく手を叩く。それと同時に黒いグリフォンが戻って来てその姿はゼロの姿に戻る。ロキが服を投げつけたのは御愛嬌。


「ロキ」

「何があった」

「卵泥棒だ」

「なッ、」


反応したのはカルだった。


「捕えねばならない。ロゼ、ロキ、レオン、先に行け」

「ナタリア嬢を借りるぞ。彼女の闇属性は使い勝手が良い」

「ああ」


ロキたちはすぐにその意を酌んで歩き出す。ナタリアもついて行った。

どういうことですか、と小さな声でエリスが問うと、セトが答える。


「グリフォンはグリフォンの卵からしか生まれないんだ」

「あっ」


エリスたちが習った魔物学基礎での知識によれば、魔物の卵は育てる者やその時の環境によって生まれてくる魔物が変わる。親と同じ魔物になり、人間に取られれば人間に合わせたものに育つ。


が。

稀に、親が特定のものでなければならない魔物が存在する。親と同じ形になる以外の成長過程が存在しない魔物だ。グリフォンはそれである、と。

ルナとエリスは目を見開いて顔を見合わせた。


カルはセトを見る。セトは小さく頷いて歩き出した。すぐ前をゼロが先導し始める。本当は子供だけで動いていいことではないのだが、一刻を争うというカルの判断に、皆は指示を委ねた。



「ッ、何だこのチビは!」

「邪魔だッ!」

「チッ」


3人の男がいた。それに対して果敢に挑みかかる玉のようなころころした存在は柔らかな金色。


「びぃーッ!」


ころっとした可愛らしい身体で精一杯男たちに挑みかかる。

こんな状況を作ってしまったのは自分なのだから、と。


「くそ、ちょこまかとっ」


ガンガンガンッ


コウの耳にも痛い音が至近距離でする上に、コウの身体のすぐ傍に何かが撃ち込まれる。これをコウはなんと呼ぶのかよく知らないが、同じようなものを持っている死徒列強を知っている。


最初に気付いたのは、変な匂いのする魔物がいること。何の匂いだろうと興味を持って森の中に入り込んだ。周りにはグリフォンの巣があったようで、けれどグリフォンはコウに爪を立てたりはしなかった。


もともと鋼竜は温厚なものが多い。グリフォンたちもそれを知っているのだろう。コウは移動を始めた変な匂いを追いかけて走った。セトがそれに気付いて追いかけてきたがもう遅い。グリフォンは縄張りに死徒の血統の者が入り込むのを厭い、セトたちは足止めされた。


変な匂いに混じって人間の匂いがした。あんまり好きな匂いではない。周辺にグリフォンの気配があまりないことに気が付く。しまったと思った。セトたちの方にグリフォンが集中している。


人間の匂いに近付いた時、見てしまった。男が3人、グリフォンの羽を使った首飾りを下げている。仲間の匂いがするからグリフォンたちはこちらではなく主たちの方に行ったのだと悟った。


麻袋に詰められていく自分より大きな卵を見つめて、自分は所詮小さく非力で自然界では生きていけない程度の卵だったことを思い出した。


「ぴぃー!」


男たちに向けて精いっぱい鉄の玉を吐き出して威嚇する。声をあげて、主人を呼ぶ。

あの緑と黒の髪の主人を。


そうでなくてもいい。

金髪碧眼の少年でもいい。

赤い髪の少女でも構わない。

それでもできることならあの白銀の人を連れて来てくれ。


幼竜の牙は確かに鋭いがまだ小さすぎて、人間の着けている簡素な革の鎧すら貫通しやしない。噛みついても下手に力を籠めると牙が折れるだけ。

コウは体当たりを選んで人間の脚に挑みかかる。卵を割ってはいけない。

皆の注意を聞けばよかったとは思っていない。不安そうにこちらを見る人型の角付きの少女(ヘル)の顔が浮かんだ。


役に立てるかもしれないなどと思ってはいないが、如何せん今のコウではこの男たちに捕まるのも時間の問題だろう。


ガン、ガン、ガン、とコウが走る横を何かが掠めていく。鉛の匂いがした。

鋼竜の中では身体がまだやわらかめの段階にあるコウは、刃物相手ならば鱗表面が傷付くだけで済むが、打撃にはめっぽう弱い。殴られたり蹴られたりするだけなら問題ないが、木に打ち付けられたらそれなりのダメージを負ってしまう。地面に穴を開けていくことから見て、これはどうやら貫通力のある物のようで、コウはもしかしたら喰らったら一撃で死んでしまうかもしれない。


周りが騒がしくなってきた。グリフォンが戻ってきたのか、鎌鼬が飛び交い始める。


「チッ、グリフォンが戻って来た!」

「くそっ、このチビ予想以上にタフだな!」

「当たり前だ、そりゃ鋼竜の幼生だぞ。とっとと掴んでそこの石にでも叩き付けろ!」


石などに叩き付けられたら話にならない。懐かしい白銀と濃桃色の美しくも冷たい()()を思った。


――石はとても硬い。腹に受ければお前の命など容易く散る。分かっているな? 人間は強化魔術の適性が高いのだから、幼いお前など簡単に死ぬ。決して人間に挑むな。


口調は厳しいけれども、直前に語り掛けてくれたあの声は確かに彼だった。

主人が共に戦いたいと願った彼の声だった。

裏切った彼の声だった。


裏切りの理由を知って絶望した主人たちにそれでも後を追うことを許さなかった彼の声だった。


「びぃいいいいいッ!!」


小さくてまだ飛ぶ力もない羽根をばたつかせてコウは鳴く。

早く来て。

僕だけではどうすることもできないから。


「!」

「どうしました?」

「やばい――人刃が来るッ」


男の1人が少しばかり焦った表情を見せる。コウはその瞬間、すぐ傍に迫った、膨大過ぎる魔力量にほう、と息を吐いた。


グリフォンの声はもうしない。

木々の間から飛び出してきた白銀。


彼はただ小さく嗤って言った。


「凍り付く準備はよろしいかな」


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