1-8,5
2022/09/21 挿入という形になっちゃいましたが、これで繋がるはずです。用意してたものが抜けていたことに気付いたのつい最近でした。すみません。
男が木の影から見ている中、赤毛の弓兵は魔力を使い果たし、地に伏した。腹を撃ち抜かれた蜘蛛は声こそ上げたものの、すぐに再生が始まる。
壊れた馬車から這い出してきた銀髪の赤子を見つけた蜘蛛が、その前脚で突き始めた。容易く転がる赤子の身体。そしてその白く柔らかそうな身体を包む赤子用の服が、蜘蛛の脚に引っかかって裂けていく。
「やめて!」
赤毛の子供が飛び出してきた。手には脆そうな木剣。蜘蛛が振り上げた脚を、それでも子供は一瞬受け止める。
ああ、吹き飛ばされるな、と思ったところで、流石に男は木陰から出て行った。
「あーあ、見とられんぞ、ぬしゃ」
男は長筒を構えて、引き金を引いた。
♢
アーノルドがスクルドと合流して子供たちの所に辿り着いた時には、見知った男が破損した馬車からサシャを引っ張り出したところだった。サシャの頭から血が流れ、エプロンドレスまで赤く染めている。
「おー、思ったより早かったなぁ」
「大公殿! どうしてここに?」
アーノルドは男に質問をぶつけつつもサシャに駆け寄る。スクルドは悲鳴を上げて子供たちの方へ走って行った。
「んー、婆さんに頼まれてのお使い。森が騒がしくてな、探っとった。したら、馬車が蜘蛛に突かれとったからの、撃ち殺した」
「……それは、助かりました」
アーノルドは一旦礼を言い、サシャの傷を診る。アンドルフが近くに倒れているが、魔力が少ない気がして、思った以上に危ない状況だった可能性を考えた。
「俺が見つけた時には、そこの弓兵が矢ば射るとこだったけん、その前は知らんよ」
「分かりました。ありがとうございます」
割と方言が強めなので、アーノルドも若干イントネーションが引っ張られる。
ドラクル大公、ドウラ・ドラクル。列強に名を連ねる、大陸イミットの長。
サシャは思い切り頭を割られていた。連れてきている治癒術師が使える程度の治癒魔術で何とかなってくれそうなのが救いか。スクルドが見に行った子供たちの方をちらと見やると、フレイが目元から血を流しており、ロキは服が裂けて中の柔肌に青痣が見えた。
「アーノルド!」
「スクルド」
「フレイちゃんは目元を切ってるわ。傷は浅いから眼球は無事だと思うけど、血が止まらない」
顔に怪我をすると血が止まりにくいが、そこまで深い傷ではないことが多い。どちらにせよ治癒術師に見せた方が良いのは明白であるので、とりあえず清潔な布でフレイの血を拭き取っていく。
ロキもトールもぐったりしていて動かない。あまりこちらもよろしい状況ではなさそうだ。ドウラ・ドラクルが声を掛けてきた。
「おい、銀髪の赤子は魔力が漏れとるけど、どうした」
「!?」
「嘘っ!?」
ああ今自分たちは冷静ではないんだなと、アーノルドは思った。そんなことにも気が付けないなんて。
ロキを見やると、確かに魔力が漏れていて、このままだと魔力枯渇が起きてしまう、とアーノルドは思った。
――こんな時に。
「……?」
「アーノルド?」
「……なんでも、無い」
今私は何を考えた、とアーノルドは蒼褪めた。その答えを、出さなければならない、けれど、今は、そんなことは。
まとまりのなくなってきた思考を払うために、アーノルドはぱん、と自分の両頬を叩く。アーノルドも頬を切っているために手に血が付いてしまったが、気にしている場合ではない。
この世界の生き物は、魔力が完全になくなってしまうと死んでしまう。魔力が漏れ出て行く状態は、よろしくない。魔力の操作を覚えるのは10歳前後。それまではそもそも魔力自体が上手く作れていないので論外。
魔力がこれ以上垂れ流しになるのは、ロキの寿命を縮めているのと同義だ。
封印術が必要だ、と考えて、封印を出先で使えるほどの高水準の魔術師は騎士団には居ないことに気が付く。となると。
「ドラクル大公、封印は使えるかね」
あまり年齢が変わらないことを知っているのでとりあえず聞いてみる。
「はっはっは、流石だのアーノルド!」
「他に使えそうなのが居ないのでな。実際どうだ」
「使えるよ、お粗末だけどな。子供にゃ丁度良いくらいになるだろう」
ドウラ・ドラクルは笑って了承した。アーノルドが小さく息を吐いた。ドウラとは学年が違ったので、アーノルドの学生時代でもあまり会ったことはなかったし、そもそもその時はこいつがドラクルだなんて思ってもいなかった。
「じゃ、封印するから離れとけ」
ドウラ・ドラクルが魔法陣を描き、中心にロキを置く。
「お、これ丁度いいな」
ロキが首から下げていたチェーンを摘まむと、先に壊れたアミュレットがあった。酷い破損の仕方をしているので、ロキが受けたダメージを肩代わりしたのだろうと容易に想像がつく。
せっかく媒体になっていたものがあるのなら、再利用するのが丁度良い。直接ロキの身体に刻んでやろうと思っていたが、起点があるに越したことはない。
ドウラがペンダントの再利用を始めたのを見て、アーノルドはそのペンダントの存在を思い出した。
どうやら今回は、ロキを守るのに一役買ってくれたらしい。
「紅狼」
「ん?」
「このアミュレット、再利用するぞ」
「もう弄っているではないか」
「事後承諾ってやつだな」
「……まあ、いいが」
アーノルドとスクルドがフレイたちの手当てを進めていると、アンドルフが起き上がった。
「う、ぐ……!」
「アンドルフ、起きたか」
「アーノルド様、申し訳ございません……!」
「いや、いい。あれはウンゴリアントに進化する直前の個体だった。よくぞ誰も死なせずに守ってくれた」
アーノルドはアンドルフに声を掛ける。
襲ってきた蜘蛛には、2つ目のものと、4つ目のものがいた。2つ目の方が、ブラッドサイス・スパイダー。4つ目の方は、シェロブという。シェロブが進化を起こすと、3種類の魔物に分岐するのだが、その1つがウンゴリアントという、雌蜘蛛型の魔物である。というか、何故か蜘蛛型の上級種は雌型しか存在していない。
アンドルフとラファエロとサシャしかいない状況で、ウンゴリアント一歩手前のシェロブに対して有効な手立てはなかったと断言できる。そもそもウンゴリアントもシェロブも苦手な属性が一切存在しないのだ。強いて言うならば自分たちと同じ闇属性の攻撃は認識できないのか中ることが多いくらいか。
ラファエロとサシャの手当は、追い付いてきた騎士たちの中である程度治癒魔術が使える者が担当した。
荷物の積み直しやらなんやらとこなしていると、ドウラが終わったぞ、と声を掛けてくる。
「お前の奥方にめっちゃ見られてて緊張したんじゃが」
「いい監視になったろう」
「ほんとにな!」
アーノルドがしっかりとロキを診る。少々雑なところがあるが、先ほど見たほどロキの魔力が漏れている、という状況からは脱したので、ほっと一息吐いた。大陸イミットはそこまで指先が器用というわけではないので、完全に封印状態にはならないらしい。下手に完全に封印してしまうと今度は別の問題が発生するので、これはこれでよいものとした。
「ドウラ・ドラクル」
「なんだ」
「何かあったのなら言え。陛下に奏上する」
「……」
アーノルドは自分の子供の事がとりあえず終わったので冷静になった。そして次に思ったのは、婆さんと呼ばれる列強、エングライアと直接のやり取りがイミットにはあっただろうかという疑問。結論から言うと、恐らく無い。エングライアの力を借りるようなこと、イミットはまず無い。
なら何故エングライアのお使いなんて言い方をしたのか。
アーノルドは、ドウラがここにいる理由は、話したくないことなのだと思った。敢えて一度は問うてみるが。
「……いや、じきに分かるだろうさ。急ぎじゃないからな、ゆるりと行こうや」
分かりやすくはぐらかされた。アーノルドは、ここでは答えないだろうなと思ったので、先を急ぐことにする。一応治療は施したとはいえ、できれば安心できるところでちゃんと子供たちに治療を受けさせたい。
「ではな、ドウラ。我々はそろそろ発つ」
「おう、達者でな」
漸く意識を取り戻したらしいサシャがスカジとトールを抱き締めているのが見えた。
逃げ出したはずの馬たちは近くを彷徨っていたらしく、連れ戻されて連れて行くことが確定した。
「荷物の纏め直し終わりました」
「あらかた負傷者の治療も終わりました」
「閣下、いつでも出立出来ます!」
「では、行こうか」
アーノルドの声で馬車が進み始める。ドウラはアーノルドたちが見えなくなるまで見送って、姿を消した。