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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
中等部1年前期編
88/377

3-14

2023/04/18 加筆修正しました。

「……」


学生ロビーに差し込む日光が、少年の銀髪を照らす。きら、きら、金の光をはじく白銀がいっとう目を引いた。傍に控える黒髪の少年2人は主たる白銀の少年の静かな時を守る騎士のようだ。


デスカルからの手紙を読んだロキは、ほう、と息を吐いた。

デスカルたちがどうやら令嬢ロキを元の世界に送り帰したらしいことが手紙には綴られており、ロキはひとまず安心した。令嬢ロキが元の世界線に戻ったタイミングに合わせて干渉してきた者がいるという報告もあったが、其方は直ぐ直ぐにロキの元に来るわけではないらしいのでひとまず置いておく。


デスカルの手紙から視線を上げる。自分の身体から追い出してはいさようなら、と簡単に割り切らないのがロキらしいとシドは言ったが、ロキ的にはなかなか難儀な性格に育った自覚がある。


「どうした、ロキ」

「傭兵からの手紙だよ」


唐突にロキに声を掛けてきたのは見事な金髪碧眼の少年――第2王子カル・ハード・リガルディアである。ロキは特に驚いた様子もなく答えた。


ロキの中から、良く言えば異なる魂、悪く言えば不純物だった令嬢ロキという存在が消え去ったことによって、ロキの体調が万全に近い形に収まったのは僥倖である。とはいえ、アーノルドやスクルドを含め、ロキの周囲はそれを理解していたような反応だったので、ロキ的にはデスカルが先にいろいろと話してくれていたんだろうなと思った程度で済んでいた。


ロキの中に混じっていた令嬢ロキは列強の術式でロキへの憑依という形でロキたちの元に送られていた存在だったらしい。正しい手順で元の時間軸に送り返したとの旨が書かれていた手紙の字をツ、と指先で撫でて、ロキは口元を緩めた。


「デスカルはなんと?」

「……俺の晶獄病が完治した件について。中に居た彼女はちゃんと家に帰れたはずだ、とのことだよ」

「……そうか。よかったな」

「ああ」


ロキが解釈しているだけで、家に帰れたなど一言も書かれていないのだが、そこは御愛嬌である。令嬢ロキは別の世界線というべきか、ルートというべきか、そういうところのロキ自身だった。間違いなく彼女は前世が高村涼であるようだったし、別に嫌いでもなんでもないし。


できれば家に帰れていたらいいな、というのは、ロキの勝手な願望でしかない。だって彼女が戦争中だというのは、ロキとシドとゼロとデスカルくらいしか知らないのだ。少なくともカルは知らない事実であり、わざわざ言ってやる必要も無いだろうとロキは思った。


ロキは自覚がないだろうが、相手の目を見て話すことがほとんどなくなった。右から左に聞き流しというと聞こえは悪いが、話は聞いているので問題はない。おそらくロキという人間の本来の姿はこれが最も近い状態なのであろう。


「今日予定は?」

「特には」

「なら、浮島へ行くぞ。セトのコウがそろそろ走り足りないらしくてな」

「いいね、スーやフェンも思い切り走れて丁度いいかも」


手紙を封筒に戻して、虚空に仕舞ったロキは立ち上がる。セトの卵から孵ったのは鋼竜の子で、コウと名付けられた。

現在、2限目終了間際。ロキは時折こうして自分と従者だけで行動するようになったため、カルたちは後を追ったりはしなくなっていた。彼もなるべくカルたちといない時間を選ぶこともあろうという考えからである。1人の時間も大事なのかもしれないという勝手な判断の下だったが、間違っていなかったのならそれでいい。


ロキは結局、ループについては深く知ろうとはしなかった。ループを記憶している魔物の一種である不死鳥の件はいつかハインドフットが授業で勝手に語るだろう。何より、今までの自分が知らなくていいと、思い出す必要などないと思っていたであろうことを今知ってどうする、というのが正直な感想であった。


知らねばならぬ時が訪れるのであれば、その時に知ることになるだろう。それでいいではないかと、実に楽観的な考えだ。


「ならこの後食堂で久しぶりに一緒にどうだ」

「構わないよ。コレとソレも一緒でいいかな」

「従者をコレソレはよくないと思うぞ……皆で一緒に食おう」

「はいよー」

「了解した」


従者の方が態度がでかいってどうなの、というツッコミはもう無い。カルたちはシドが上位者で半精霊という究極系(笑)精霊であることを知っているし、ゼロに至ってはイミット、彼らは厳密には国民ではない、彼らが従うのはドラクルのみ。国の長に礼を払う必要自体は無いのだ。魔物が人間に礼を尽くすなどバカげている。


リガルディア自体が魔物や死徒の集団ではあるのだが、ずいぶんと人間の血が混じって、もはやかつての力強さはない。1000年も経てば流石に、元々そこまで血の濃くなかったガルガーテから分離した国である。あっという間に人間に呑まれてしまった。


その中でおそらく最も濃く血を継いでいたのはメルヴァーチ侯爵家であろう。その血が入ったフォンブラウ公爵家に生まれ、なおかつ高い魔力を持って生まれてしまったロキが半転身を習得したというのはまあ、ちゃんと説明すれば理解できないわけではない。


おそらく王族よりもよっぽど強くなっているであろうフォンブラウやメルヴァーチの面々は置いておくにしても、ロキの事情を理解していない者もおり、カルとロキがまるで同列の者のように言葉を交わすことをよく思わない者だっている。

ロキも意図してやっているわけではない上に、そういう神霊の性質であるということを考えれば文句など付けられないはずなのだが、それをあえてつつくのも貴族だ。フォンブラウ公爵家をよく思わない連中は実は割と多い。たとえその結果として護ってもらえなくなったとしても、そんなことになるわけがないとどこかで高を括っている。ロキはそんな者たちへ明らかに侮蔑の視線を向けているのだが、何故かバレないものである。


「……なんだかお前の従者たちは嬉しそうだな」


カルは、とめどなくロキについて考えを巡らせていたのだが、それを見透かしたように黒髪の従者2人は笑みを浮かべてカルを見ていた。


「俺はこの状態の方が生存率が高いらしいよ。ゼロについては……聞くな」

「お前が素の口調に戻るほど酷い理由ってことになってんの?」


皆まで言わすな、とロキが笑みを張り付けた顔で言う。なるほどお前の顔は引き攣ってないが本来引き攣った笑みを浮かべている場面なんですねと内心でカルはロキが自分の心情を表すために貴族的に表情を作ってくれるロキに感謝した。



ロキがカルやシド、ゼロと共に食堂へ向かうと、既に生徒が大勢食堂に来ており、カルの登場で上級生の人混みが割れた。

カルが護衛をつけていない原因は主にセトかロキが傍に居るためである。今日セトがいなかったのは恐らく、とロキが視線を周囲に巡らせば、手を挙げて場所取りをしている位置を知らせる黒と緑の髪の少年が見えた。


シドが何も言われずとも前へ出て行き、狭い中道を開けてくれた上級生へは軽くロキとカルでそれぞれ左右に手を持ち上げて礼を示す。

シドがカルが通りやすいようにとその後道を空けることができなかった生徒を掻き分け、セトたちが陣取っている一番景色のいい席へ導いた。


「何度見ても素晴らしい手腕だな、シドは」

「あげないよ」

「分かってる」


その内カルにもちゃんとこの手の従者はつくのだろうが、今はなかなかいい人材が見つからないらしく、大変なものだ、とロキは思う。

ロキもできることなのだが、流石にしない方がいいだろうと自粛している。何で公爵令息なのに使用人スキルを身につけているのかと問われてしまえば回答は、趣味、の一言に尽きるが。


カルとロキが席に着く。丸テーブルだが座れてもせいぜい6人がいい所である。その辺にあるテーブル一帯をアッシュとヴォルフを伴ったソルとルナやロゼとヴァルノスが陣取り、ハンジを伴ったナタリアやエリス、レインやレオンといったそうそうたるメンツが揃っていた。


これだけ揃うのは久しぶりである。結局4つもテーブルを陣取っていた。

ロキは平民に近しい貴族がいるということで慣れてきたハンジをセトと一緒に組ませることにし、ルナとナタリアと一緒に座らせる。爵位の関係でいうならこれが最も近いからである。


ナタリアにはソルと座ってもらう。そこにヴァルノスとレインというとんでもない高さまで爵位が上がってしまうが致し方ない。


カルとロキとロゼとレオン、王族と公爵家が座るのは必然である。よってこれで問題はない。


使用人のゼロ、シド、アッシュ、ヴォルフガングは会話においてゼロを置いてきぼりにする以外問題点は存在しない。


ルナが言う。


「アッシュ、ヴォルフ、今日はレオン様達のテーブルを優先してちょうだい」

「「畏まりました」」


とはいっても、僕は取りに行けないからお願い、とアッシュに頼む、相も変わらずうなだれるヴォルフがいた。


「狐なもふもふですもんね仕方ありませんね」

「僕は狐じゃないよ! ……止められるならこの尻尾止めたいよ……」

「切りましょうか!」

「ヤダすっごいイイ笑顔! まずはその大きな鋏をしまおうか、アッシュ!」


変わらない2人のやり取りにロキがくつくつと軽く肩を揺らして笑う。いや、嗤っている。


「ロキその表情酷い!」

「あ、合法的に狼さんを牢屋にぶち込めるようになりましたよ!」

「ごめんなさいいいいいやあああ見逃してえええええ!」

「ごめんで済んだら警察はいらねえんですよ!」

「チクショウ僕が悪いから何も言えない!」


食堂で騒ぐな、は言うだけ無駄だ。

とはいっても、ロキがさらっと消音魔術を行使したため周りはここがこれだけ騒いでいることにすら気付いていないが。あとこの世界に警察はいない。アッシュお前現代とか何かそれに近い世界の記憶あるんじゃないのとはここでは誰も触れない。


「ロキ様ってホント便利よね」

「俺エアコンの次は何に進化するんだ。自動車か?」

「馬車でロキ様と一緒になったらきっと快適だわ」


自由過ぎる彼女らにカルが笑う。

皆で注文を決め、シドたちに取りに行かせている間、ロキはふとテラスの方を見やった。


戸を開けたいが開かないので開けてくれアピール中の猫よろしくテラスヘ出るための大窓をカスカス引っ掻くコウの姿を確認する。


コウ、すなわちセトが孵した緑と黒の卵から出てきた鋼竜の幼生である。

不思議な鳥のような鳴き方をするのだが、その身体は鋼鉄の如き鱗に覆われる鋼竜の幼生。しかし現在の身体の色は金色に近く、その鱗はものすごく柔らかい。


ロキはそっと席を立ち、コウの許へ向かった。

コウは開けてくれるのかと期待に満ちた眼差しでロキを見上げるが、ロキはそっと大窓を開けてコウを蹴りやった。


「きゅぅ!?」


ロキが外に出たことにセトが驚く。カルが行け、と目で示したのでそちらへ向かう。


「ちょ、ロキ、人の魔物蹴るなや!」

「ルールくらい身に付けさせろ」


ロキはコウが伸びてしまったのでそっと掴み上げて、振りかぶり、投げ捨てた。


「え、あ、ちょ、酷っ! コウー!」

「ぴぃー……」

「幼生とはいえ鋼竜だ。そう簡単にはくたばらないよ」


遠くなっていくコウの声にセトはうわー、と素直にロキを白い眼で見る。

ロキがさっさと戻っていき、セトは小さくはあ、と息を吐いた。コウが頑丈なのはセトの方がよく知っている。そして恐らくロキがコウを掴んだ瞬間に治癒系の魔術を掛けてくれたであろうことも分かっている。


いや確かに窓枠なんてコウがかすかす引っ掻いたら間違いなく木がボロボロになる。木は塗装されているし下手をしたらガラスをコウの爪が引っ掻いて傷を付けるかもしれない。コウの爪より輸入に頼るガラスの方を気にするのは致し方ないとセトでも思う。だけど、だけど。


「……でも、嫌われるやり方はよくないぜ、ロキ」


赤子を蹴りやるやつがあるか。セトはそう小さくぼやいたが、当のロキは既に室内に戻って椅子に座っていた。幼い竜種はよく狙われるので、鍛えると思えば、心を鬼にすれば、何とか。


「……俺には向かねえや」


セトはまた小さくぼやく。


きっとコウは強く育つのだろうな、と、そんなことを思いつつ、セトも食事のために食堂へと戻った。もちろん後で迎えに行かねばならないのだが、今は置いておく。

何故か皆の魔物に割とあたりが強いロキの背中を眺めた。

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