3-12
2023/04/16 加筆修正しました。
ぱき、ぱきり、と小さな音がする。
命の息吹く、その音は。
「きゅいぃー!」
「わあ、コボルトね!」
ナタリアの声、ロキたちはテラスで卵から孵った魔物たちと戯れているところだった。
ロキの白銀の卵からは八脚神馬が生まれ、ソルの赤い卵からは双頭蛇竜が誕生していた。
「スレイプニルは最初から八脚神馬だったね。なんで?」
「知らん」
エリスは幻獣や神獣の類をよく調べていたらしく、スレイプニルと戯れたがった。八脚神馬は、八本脚の魔馬の事である。神馬となっているのはオーディン神やロキ神関係の神話の伝承によるところが大きい。
学園のテラスは学舎に入ってはいけない魔物たちと接触できるように整えられていた。
20人程度、だった今年の魔物学基礎受講者だが、それ以前に受講している生徒達も魔物の世話を続けており、魔物の数はなかなか多いようで、ロキたちの魔物は卵から孵ると同時に割り当てられた魔物舎に放り込まれている。
ロキとシドは2人が孵した魔物の進化経路を知ったハインドフットに捕まり、連れてこなくてはならなくなり、ついでにヘルも一緒に連れてきたという状況。ヘルの権能は大きく成長してこそしっかり発揮されるものであるため、首輪をつけることは何とかロキが回避しきった。首輪を付けていないと街中を歩いたら多分討伐される。
魔物であることに変わりはなく、テラスや魔物学基礎の時間くらいしかロキと触れ合う時間もないのだが、全寮制となって戻ってこなくなりまったく会えていなかったここ3ヶ月と比べればマシだとヘル自身が豪語したが。
ロキは現在ヘルを膝に乗せ、その髪を梳かしている。テーブルに置かれた紅茶を淹れたのはシドである。
「ロキ、今日はこれがいい」
「ああ、……これは母上が作ったのか」
「ええ。流石スクルドの名を継いでいるわね。私の好きなデザインを次々と出してくるのよ」
可愛らしい美しいシルクの青いシュシュを2つ示すヘルにロキは小さく笑む。シュシュ自体はロキが教えたもので、いつの間にかスクルドがはまってしまった手芸の一環として作られ始めたらしい。
レースが付き始めているので凝りはじめたようだな、とロキは思う。ソルは黒いレースのみ、ルナは明るい黄色のシュシュを、スクルドから受け取っている。ロキの髪留めは基本的にシドが選ぶリボンなので関係ない。シュシュをロキが身につけるのはきっとパーティの時くらいであろう。宝石が縫い付けられたものをスクルドが作り始めたらそういう事だ、多分。
ロキがヘルの髪をツインテールにまとめ、シュシュをつけて鏡を見せる。ヘルは満足した様子で笑みを浮かべ、テーブルに並べられたクッキーに手を伸ばした。
「ロキ、そう言えば終業パーティに来ていく服どうした?」
「まだ何も」
ソルの言葉にロキは答える。シドがぴく、と反応する。
「まだ何もしてないんスか……?」
「……こちとら気軽に買いに行こうって言えない立場ですよ?」
「作れよ! 俺腕のいい服飾師エルフ知ってる!!」
「死徒の服を亜人に作れと? 絶対呼ばんぞ」
亜人はヒューマンよりは死徒に理解があるものの、死徒を苦手とすることは変わらない。エルフは死徒として数えられているが、彼らは生き物であって、正式な意味での死徒ではない。
ロキは城下町に住んでいる亜人ならば人間不信だろうにと思いながらシドを見る。きっと、その服飾師のエルフはシドを信頼してエルフであることを明かしているのであろう。種族を偽っている者だって結構多い。
特に、服飾ということは宝石も扱う。シドたちメタリカはその最高峰にあるのだから信頼も絶大であろう。
「店バレ禁止」
「バレたところで問題ねーって」
「……ところでお幾つ?」
「320歳くらい」
「お若い!」
エルフの寿命は1000年ほどなので、エルフとしてはまだ若い方と言えるだろう。
ロキは少々考え込む。どうすればいいだろう、と考えているのだ。キラキラしたシドの目を見て、ああもう、と小さくロキは呟いた。
「分かった、分かった。その方を連れて来ても構わないよ。いつ帰省すればいい?」
「んにゃ、学校に来てもらうぜ?」
「ソル、王水は濃塩酸と濃硝酸3:1だったかな」
「そうね。ヴァルノスとアンタで作ったら?」
「ソル嬢まで本気の目ええええ!?」
学園にエルフを呼ぶなど言語道断だとロキはシドに拳骨を落とした。エルフは見目が美しいものが多く、ヒューマンによるエルフ狩りが行われたことでヒューマンへの信頼を無くしていった種族である。街中で暮らしているからには多少なりとも親しみやすく変わり者の部類なのだろうということは想像に難くないが、ヒューマン側の価値観に寄っている者が多い学園にエルフを入れていいものだろうか。
「ロキ、考え過ぎだ。とりあえず俺に任せとけ」
「……分かったよ」
ロキは小さく息を吐いた。こういうのは従者側に任せておいた方がいい。彼らの楽しみを取ってしまってもいけないからだ。
ロキの中ではひと段落付いたものの、ソルが口を開く。
「エルフって繊細なのよ。あんまこんな人の多いとこに呼ぶもんじゃないわ」
「ああ、構わねーって。アイツ学校来たいって言ってたし」
「コノヤロウ」
そんな好奇心旺盛なエルフ知らないわ、とソルは呆れたように背もたれにもたれた。ロキは少し困ったような表情を浮かべていた。
「ソル嬢たちも一緒に作らねえか? 流石に野郎の一着で呼ぶのもあれだしな」
「ロキが3着くらい買えばいいんじゃない? どうせ青紫とか藍とか紺とかに金糸銀糸でトレンチコートみたいなの頼んで終わるんだからこいつ」
「そこは問題ない、そんなシンプルなのこいつが頼んだらもうちょい中二心を加えてだな」
「シドそこに直れ」
主人のパーティ用の衣装に中二心を加えてとは何だとロキがイイ笑顔でシドに問う。シドは笑い転げてここに、と腕周りを指す。
「御守り」
「「――」」
ソルとロキの動作が被ったのは前世故か。左右対称で目元を覆ってシドから顔を反らす。
「……毎度思うけどお前らのそうなるポイントって何?」
「うるさい萌え死ね」
「急にお前がそうやってオタク根性出して来るとこ好きよ?」
「……」
「……」
「……ソルさーん」
「……」
「戻ってこーい」
♢
魔物舎というのは管理をハインドフットが行っているのだが、ロキはここに足を運ぶことが増えた。ここにヘルもフェンリルもスレイプニルもいるためだ。
「おや、また来たんだなあ」
「こんにちは、ハインドフット先生」
まだ卵が孵っていないセトやルナ、カルは一緒には来ない。ソルは今日は図書館へ行くと言ってついて来なかった。よって今ロキは単独行動中である。ゼロやシドは平民用のマナー授業に出ねばならずここにはいない。
「熱心に魔物をみてるのはお前さんたちくらいだなぁ。うれしいねえ」
「可愛いじゃないですか」
「神獣1匹孵した子の言葉じゃないなぁ?」
八脚神馬は最初から巨体なのではなく、生まれたとき八脚神馬だった場合、少しずつ大きくなっていくらしく、現在は80センチほどのサイズにまでなっている。
黒い地毛に銀の鬣。アメジストの瞳がまた美しいとハインドフットは手放しにスレイプニルを褒めた。
こういう時、孵した生徒ではなく、魔物の方を褒めるのがハインドフットの特徴でもある。孵したお前がすごいんじゃない、お前が孵したことでその姿に自分を高めて生まれてきた自然界の“弱者”だったこの魔物こそがすごいのだと言い聞かせるように。
フェンリルはまだ幼い上に進化でしか辿り着けない高みの種族であることと、進化したほうがもともと星喰狼種として生まれるよりも強い個体になるという経験から進化するために弱い形態を選んだのでは、というのがシドの見解である。強くなってくると人間の言葉を話せるようになるのでそれまで待てと言われたのは記憶に新しい。
「ハインドフット先生」
「ん? なんだい?」
「……魔物も、ループするんでしょうか」
「ループ? ……うーん、どうだろう。不死鳥はループしてるのと変わらないって話もあるがなぁ」
ハインドフットはロキの問いに苦笑を浮かべた。きっと何かループに関して辛い経験でもしているのだろう、と思いながら。
通常ループというと、世界回帰の事を表す。世界回帰とは、名の通り、世界が一定の時間まで回帰する現象の事だ。この事象に関する研究や魔術で観測しようとする試みは魔術塔でもよく行われているものの、真っ当に叶った試しはないという。
子供からループの話が出て来るのはあまりよろしい事ではない。とはいえ放置するのも憚られたのだろう、ハインドフットは口を開いた。
「ループの魔法があるのは知ってるかぁ?」
「え?」
「本当は禁呪なんだがなぁ。昔居たらしいんだ。導王ルシフェルの加護『傲慢』を持っていた人間が」
ロキは耳を疑った。導王ルシフェル。地球では七大魔王“傲慢”のルシファーなどと呼ばれることもある神霊の一角である。この世界には天使も悪魔も存在しない。故にただ、王。
「……!」
ロキは思い出した。自分の持っていた加護と祝福を。在ったじゃないか自分にも。
「禁呪、ということは書物はない……神霊系の本に加護は書かれてないから……」
「お前さんが」
「?」
自分の思考に沈んでしまったロキが顔を上げる。ハインドフットの表情は真剣そのものだった。
「お前が、ループをしようというんじゃないんだな?」
「……はい」
ロキは頷いた。ハインドフットは普段こそロキ神の加護を持つロキを腫物のように扱わないが、本当はロキ神の加護の危険性だって理解しているはずなのだ。だってロキ神は魔物の親とさえ呼ばれる神格なのだから。魔物を好んで世話を焼いているハインドフットがそこを知らないはずはない。
「俺の周りに精霊も魔物も集まりやすいんじゃないかと、言われました。ループのせいってのが理由にあるぞと、上位者に言われました」
「……もう既にループしている、と」
「俺がループ云々をどうこうする気はありません。ただ、ドラゴンは覚えている可能性が高いと言われたので、きっと生まれてくる環界蛇竜が悲しい思いをするんじゃないかって」
まだ生まれてくるかもわからないのにバカみたいだなあ、とは、ハインドフットは言わなかった。ハインドフットは笑みを浮かべ、ロキの頭を撫でる。
「考え過ぎは禁物だぁ。抱え過ぎも、な。……もしも不死鳥に進化する個体がいたら、その時に。もし待てなかったら、聞きに来い」
「……はい。ありがとうございます」
ロキが礼をしたところで、そろそろ構ってほしいヘルが柵を越えて飛び出してくる。ロキは舎の中に入って用意していた椅子に座り、ヘルやフェンリルを膝に乗せてうたた寝を始めたのだった。




