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2023/04/15 加筆修正しました。
スパルタクスは気付いた。
ロキの中から、僅かに在った違和感が、消えている。
「ふむ」
「スパルタクス? どうしたんだ?」
アランの問いに、スパルタクスは目を細めて笑った。
「ロキ・フォンブラウは、また一つ壁を越えたな」
「それって……」
晶獄病が、治ったってことか、とアランは判断した。
ロキは現在ペリューンが打ち合っても押し負けないということでペリューンの斧を受ける側に回っている。なんでまたそんなことになってんだと問いたいが。
生徒達が抱えていた魔物の卵は現在訓練場の隅に放置されている。
「スパルタクスをじっと見ているイミットの子の相手でもしてやったらどうだ?」
「うむ」
スパルタクスを見ている、というのはゼロのことである。
ゼロはスパルタクスが手招いてペリューンとは別の方へ歩き出したのを見て、シドをつつく。
「行ってくる」
「おう」
ゼロはスパルタクスの方へと向かった。スパルタクスの体術、剣術はともに剣闘士としての叩き上げのものであり、実戦的な部類に入る。
貴族子弟は基本的に流派として剣舞のような華やかなものを習っていることが多く、それを実践で使えるようにするには、スパルタクスやペリューンが非常に指導に向いているのである。無論型が崩れることはあるのだが、その辺りの崩れ方は大方想定されるものであることが多いので、それぞれが習った指導者が修正できるものが多い。
現在生徒たちは皆中等部で用意された武器を手に持っている。
ロキはハルバード、ロゼやソルはレイピア、ルナは弓、ヴァルノスやナタリア、エリスはナイフ、カルはバスタードソード、セトはロングソード、レインはスピア。
様々な武器ではあるがどれもこれも規格品であり、おそらく貴族子弟にはこれらではあまり合わない。それを分かっているからこそ、通常は中等部3年に上がる頃には高等部鍛冶科の訓練も兼ねて特注で武器を作るのである。
「よし。ロキ、もういいぞ」
「はい」
ペリューンとの打ち合いが終わり、ロキは防御のために構えていたハルバードの柄を降ろす。ペリューンが直後蹴りをかましたがロキはそれをハルバードの柄ではね上げた。
「お? 前より反応が早くなってるね?」
「ああ、晶獄病の完治を報告し忘れてましたね」
「なるほど。あの若干のタイムラグは魔力に堰き止められてたからか」
ロキたちの種族である人刃は身体を動かすのに魔力が必要であることが多く、魔力回路に異常があるとあまり強力な印象を受けないものなのだ。ロキはまさにそんな状態だった。
ペリューンは体勢を立て直すとはい、本当に終わり、と言ってその斧を降ろす。ロキも構えを解いた。
「ロキ、晶獄病治ったってマジか」
「3日ほど前にな。デスカルたちが連れて行った」
「ああ、なるほど……」
ソルたちは納得したと小さく息を吐いた。ペリューンが声を上げる。
「さあ、今のが大体の長柄斧の動きになるよ。バスタードソードとロングソードも似たようなもんだ。ただし、斧やハンマーはもっと攻撃範囲が狭い。それこそ一撃必殺だからね。ほら、これで全部の武器の動きは見せたよ。それぞれペアを組んで打ち合い始めっ!」
ペリューンの指示で生徒たちが組み始める。
ロキは自分のほかに似たような武器を持っているのが1人しかいない。
「今日もよろしくね、ロキ」
「こちらこそ、よろしくお願いします、バルドル」
バルドルはその白金の髪を揺らし、長柄斧を構える。
バルドルは本来槍を扱うのだが、貴族子弟は基本的に兄弟で同じ武器は使わない。バルドルにはホズルという弟がおり、ホズルの方が槍に適性が振り切っていたのだろうとロキからは簡単に予測がついていた。
バルドルは伯爵家の令息である。
剣ではないため剣舞のような儀式的なものではなく、おそらく直接私営騎士団で学んできたのであろうことが分かるくらいには、容赦ない太刀筋をしていた。しかしそんなものはロキも同じだ。
バルドルは特に防御に加護が全振りされているので多少怪我をするであろうと思われるようなことをされても問題ない。ロキが彼と問題なく組めるのはその部分によるところが大きかった。
問題があるとすれば、元々戦うのを好まないためか好戦的なロキの連撃に押されがちであるというところだろうか。そもそもロキだって長柄の斧槍で連撃を出してくるあたりに彼の筋力が伺える。見た目は細いのに侮れないというべきなのか、半転身が解放されたために変質したのかという話になるが。
皆ばらけてぶつからないように場所取りをした後は、それぞれ勝手に打ち合いを始める。アランとペリューンがそれを見て回る。スパルタクスは今はゼロに掛かりきりなので論外だ。
ルナは弓なのだが、これで近接戦闘をこなすには弓以外の人間と組まねばならない。よってソルと組んでいた。
ソルはレイピアであり、また前世でのめり込んだという演劇で培ったちょっとした振りをフェイクで交えるので面倒でもある。リガルディアの弓には簡素な盾の役割が備わっている。それを躱してレイピアの刺突を叩き込んでくるのだ。致し方ない。教えたのはアンドルフだ。
もとはそこまで切れのある動きではなかったソルだが、ルナと共にフォンブラウの後見を得てからはロキと共にフォンブラウ邸で過ごしていたこともあり、剣術を教えてくれるのはアンドルフになっていた。アンドルフの実力は獄炎騎士団所属経験者の中でも屈指であり、専門がハルバードだからといって他の武器が使えないわけではない。
レイピアも弓もアンドルフから教わった。しかしロキにはイマイチ叩き込めない。彼にはそもそも魔力の絶対的な防御力があるのだから当然と言えばそうなのである。
セトと組んだのはカルである。
セトはロングソードではあるが、本来はもっと小振りな武器が得意である。つまり、セトは大振りな武器を持っておきながら、ここぞという時にはナイフのような小さな武器で軽快に一撃を叩き込みに行くスタイルをとる。
カルはバスタードソードを構え、セトの出方を窺った。
セトは基本的に基本に忠実に動く実直な男だ。しかしそれは、その基本の動きを最大限に生かす、将来的には巨躯に育つであろうその腕力に裏打ちされた純粋なパワー戦法。
カルも見た目以上に腕力のある男なので受け止め切れる範囲ではあるが、走る衝撃はなかなかのものだ。
同じ規格に収められるならこんな面倒な訓練はしない。
同じ規格では動けないから個別指導をせねばならないのだ。
高等部に上がれば10人につき1人くらいの割合で担当教官が付くため、高等部での訓練は苛烈を極める。
また、武器を落とした時点で負けではなく、その先まで行うのも特徴的ではあるだろう。
がきぃぃん、と金属の震える音がして、ペリューンは斧を持ち直し、飛んできたロングソードを払い落とした。
「持ち方が甘い!」
「ひえええええ」
別にセトではないのだが、セトとカルの近くのペアから吹っ飛んだロングソードだった。
「バルドルが結構耐えてるな」
「ロキの連撃きついもんなー」
勝敗が付いたペアからまだ打ち合っているペアの方を眺めて感想を言い合う。経験者は語るのである。
じき、唯一バルドルのみが使っている長柄斧が吹き飛び、再びペリューンに叩き落とされた。
「なんで私を狙うように武器が飛んでくるのか知りたいねえ」
「「スンマセン」」
長物の武器は危ないので早々にペリューンが叩き落としている、というのも一理はあるだろう。
スパルタクスがじきに伸びきったゼロをロキの所へ持って来たのでロキは武器を降ろした。
「派手にやってましたね」
「筋がいい。あまりムゲンとはいなかったのだろうが」
「はは……」
イミットの戦法は日本的で、ゼロが使う格闘技は空手である。ロキは前世で柔術を齧っていたこともあるため座っている体勢からの格闘戦はそこそこ強い。ムゲンが職業柄あまり王都に寄って行かないこともありほとんど習うことはできなかったが、よくよく見ていれば太極拳・八卦やら少林寺やら、空手、柔術、日本で見られた格闘技の基本的なものは一通り揃っていたのをロキは知っている。
使う武器も刀といった切れ味重視のものである。
ロキにゼロが多少基本を教えれば、ロキはすぐに実戦レベルでその技を使えるようになる。羨ましい、とゼロは言っていた。組む相手がいれば練習も格段に実践的になる格闘技である。ゼロとロキはお互いに技を掛け合って訓練をしていた。それはつまり空手と柔術で戦っているようなもの。
ゼロの武器は、ここにはない。本当は徒手空拳では、と言われてしまえばそこまでだが、帯刀しているのが普通のイミットは刀を好む。日本刀、特に打刀に近い形状をしているものだ。
刀を打てる者はいるだろうが、規格品には存在しない。
刀は規格品にはなりえなかったからだ。
最初の人刃は刀型だったという。
人刃がそれだけで一大勢力となった原因は、その切れ味にあったと伝わる。つまるところ、人刃ほど強ければ、切れ味が加わってさらに強い武器と化したと、それだけのこと。刀を打つ技術は継承されたものの、生産性に劣るためやはり廃れていき、島国にしか残っていない。
その島国を本拠地とするのが、イミットである。
しかし鉄鉱石から作られる鋳造の剣は生産性に優れるものの切れ味が悪く、重量で叩き切ると言った方が正しいのに対し、刀は鍛造で生産性は劣るものの切れ味がよく、なおかつイミットという贅力の塊が振るう武器としては、あまりにもハイスペック過ぎた節がある。イミットは結果的にほとんどその姿を魔物へ転じさせた姿を確認されることが少なくなってしまった。
ドラゴンさえも切り捨てるその切れ味に、人間ではどうあがいても出せない剣速を上乗せし、イミットの剣兵に切れないものはないと言わしめるまでになっているのだった。
――つまるところ、ゼロはいまだに武器を持っていない、ということだ。そも、格闘家の息子なのだから問題はないのだろうが。
「ゼロ、起きろ」
「――!」
ロキがゼロの傍に膝を着き、耳元で声を掛けてやればゼロは跳び起きた。
顔を真っ赤にしているゼロを見てロキはけらけらと笑う。当然のごとくゼロの蹴りを避けて、ロキはふわりと身体を浮かせた。
じきにチャイムが鳴り、集合して講義の終わりの号令をかけて解散する。
ゼロはシドに叩き伏せられて引きずられて帰って行った。
「……ロキ、楽しそうよね」
「見てるこっちも楽しいじゃない?」
ソルとヴァルノスの言葉に周りの令嬢たちが小さく頷いていた。
面白かったら是非評価をお願いします。




