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2023/04/13 加筆修正しました。
「やっぱり手前か」
「やっぱりとは何だやっぱりとは」
ロキは小さく息を吐いた。目の前には、紺色の髪をなびかせた巨漢が立っている。
軽々と棺桶を片手に持っており、横には紺色の髪の青年が立つ。
『狂皇』グレイスタリタスが、王立学園にやってきた。従者のロイを連れて。
対応しろと言われたのはロキ・フォンブラウである。最も彼らと関係が深い彼が選ばれるのは致し方がない。ロキはグレイスタリタスを見上げ、笑った。
「とりあえず、移動お疲れ様。お茶は要りますか?」
「いらん」
「カモミールティーでお願いできますか」
「はい。ついて来てください」
グレイスタリタスはいつでも誰にでもこんな感じらしく、ロイが慣れたようにグレイスタリタスの意見を翻して注文を述べる。ロキは頷いてテラスヘと向かった。
ロキはゼロとシドに目配せし、ゼロとシドが一礼して下がる。
生徒たちは皆グレイスタリタスを見るために庭に押しかけているが、平民たちはガタガタと震えている生徒がほとんどだ。
「……今のガキどもは本当に学ばねえな」
「貴様は“キング”なのだから当然だと思いますが」
「……そんなにオレを持ち上げるな」
グレイスタリタスの時代には“貴様”は最上級の敬称だったのだろう――そんなことをロキは考えつつ、白いテーブルの前で止まる。
促せばグレイスタリタスとロイが座った。
茶の準備をしたゼロとシドがやってくる。
ロキがカモミールティーを淹れてクッキーを出す。グレイスタリタスの前にロキが座り、ゼロとシドはそっと下がった。
グレイスタリタスが口を開く。
「……茶なんぞ淹れてどうする」
「気持ちだと思っていただければ。貴方に味覚がほとんど無いのは知っています」
ロキはそう言って小さく笑う。グレイスタリタスが棺桶をロキの方へ押しやると、ロキはそれを受け取って虚空にしまい込む。
グレイスタリタスはクッキーに手を伸ばした。
ロイはカモミールティーを飲む。
「おいしいですね」
「ありがとうございます」
「……」
グレイスタリタスはバリバリとクッキーを噛み砕き、首を傾げる。自分で味覚が無いと言っているのだから何も言わなくていいのに、とロキは笑みを浮かべた。
「グレイスタリタス、本当に美味しいと思ったもの以外は特に感想を言う必要はありませんよ?」
「……そうか?」
「……下手に感想を言ったら傷付けますよ?」
貴方はただでさえ恐ろしいと言われるのだから、とロキは小さく付け加えた。
グレイスタリタスは狂戦士である。故に生物たちは気圧され、恐ろしいものとして感じてしまうのである。見に来ている生徒たちは貴族ばかり、死徒の血を継いでいるものが大半であり、死徒の“キング”が出現しても問題が無いのである。
逆に、死徒の血を持たない平民たちはガタガタと震えているのだ。
“キング”、という言葉がここで表すのは、“王種”である。狂戦士族はヒューマン族の一派であるため、魔物の王を表す王種ではなく、キングと呼ばれるのだ。同族への包括的な命令権を得る王種の特徴をグレイスタリタスも持っているので、ヒューマンの生徒を守るためにも、ロキが表に出ていた方が良い――と、アランが大慌てで教えてくれたので、大人しくロキが表に出てきているのだが。
「……まずは、魔導人形を届けて頂いたこと、感謝いたします。ありがとう」
「これ以上死なれるのが面倒なだけだ」
グレイスタリタスの言葉にロキは苦笑する。
これ以上、と言ったということはやはりグレイスタリタスもまた、ループを知っているということであろう。
「頼みますからウチの閣下を頼らないでくださいねロキ様。なんかよくわからないですけど無残な最期みたいなんで」
「は、はい……」
「同じ理由でクイーン・ロルディアは貴方に手を出すのを諦めたようですね」
「おうっふ……」
ロイの言葉に苦笑しながら答えたロキは、ロルディアの名が出て頭を抱えた。
「ロルディアの被害には遭ったんだ俺」
「割と惨いそうです。クラウン殿が心配しておいででしたよ」
出迎えた時はポーカーフェイスで対応してくれたロキが今は多少なりとも子供らしい表情を出して反応しているので、相当ショックだったのだろう。
ロイには回帰に関する記憶の一切が存在しないためなんとも言えないのだが、主であるグレイスタリタスはなぜか覚えているような口調であるし、それゆえなのか本来一歩も立ち入ったことが無いはずのこちらの大陸を迷わず進むあたり、相当回数この地を踏んでいるはずだと考えている。
そのグレイスタリタスにロードが「ロキを壊すな」と言ったのである。
パワーバランスや普段の列強の繋がりの希薄さを知る者からすれば、気にするなという方が無理というものだ。
「ああ、ロキ様、この後はどこへ行けばいいんでしょうか?」
「そうですね……学園長の許へ行っていただけると助かりますが、『狂皇』にはここでお待ちいただき、話を通すために俺とロイ殿のみ学園長室へ向かうのが良いかと思います。学園長はあまり魔力が豊富な方ではないので」
「ああ、了解しました」
ロイは納得した。魔力が多くないのでは、グレイスタリタスに会った途端に肝を潰してしまうかもしれない。グレイスタリタスがロキの髪を手に取った。
「【バーサク】くらい切れる」
「……無茶はなさらないでくださいね」
「闇の回復できる小娘がいただろう。あれを寄越せ」
「俺以外の生徒を向かわせることはできません」
グレイスタリタスの要求をロキがぴしゃりと跳ね除けた。ロキの答えにグレイスタリタスがロキの髪を引っ張って引き倒す。
「ならお前が来い」
「承知した」
ロキは何でもない事のように受け身を取り、グレイスタリタスに答えた。
ロキはさも当然のように答えているが実際は知り合いに既になっているナタリアの方が危険性は少ない。ナタリアは回帰を知っており、グレイスタリタスもそれは同じ。今回が初対面でも、記憶の中では知り合いだ。
当然この後ロキはナタリアに説教を食らった。
♢
「……」
興味本位でグレイスタリタスの傍にやってくる生徒というものはいるもので、ロキ達のクラスにいる灰茶髪の少年がグレイスタリタスの傍にやってきていた。フレッド・アネモスティである。魔術は髪の色を見てわかるとおり、あまり使えないが、頭と口の良く回る、珍しいヒューマンの貴族令息である。
「……灰茶……」
グレイスタリタスは物珍しそうにフレッドを見る。フレッドはロキと同じクラスにいる自負もある。魔力量はとんでもなく少ないかもしれないが、何もできない事とイコールではないのだから。
「灰茶がオレに寄ってくるのは珍しい」
「今威圧感あんまないですしね」
グレイスタリタスは椅子に座っており、【バーサク】も切っている。普段放っている威圧感自体はほとんどない状態であると言っていい。
「……少し変質してるか」
「ロキ様と少し一緒にいたので」
なるほどな、とグレイスタリタスは言う。
要するにロキと一緒に居れば何か変質してもおかしくないということだろうか、とフレッドは思う。実際は少々違う。
「よかったな、テメエはあの銀髪にとって多少は気にかけている存在らしい」
「……そういうものなんですか」
「気に入らんやつは徹底的に無視するやつだからな」
気にかけるものが多いということは、それだけロキは傷付きやすくなっているということでもある。
勝負はもう少し先であることをグレイスタリタスは何となく感じていた。ならばそれまで守ってやってもよかろうと。
あれは庇護を求めるタイプではないのだが、何も知らずにボロボロになり、ボロボロになったことにも気付かず突き進むタイプだ。
バーサーカーか何かかと思うほどに突き進むのだ、その歩みは止まらず、止められず、悔しい思いをしてきたのはグレイスタリタスだけではない。死なすのが惜しいと思う程度の愛着は、あった。
「国のためではなく、自分の誇りのために死ね。お前も、あの銀髪も」
「……自分の誇りのため、ですか……?」
「国を守って何になる。国の民のために戦うのは構わん。だが死ぬのは民のためにならん。だから民のための死など無用だ。貴族を名乗るのであれば、それくらいは頭に入れて行動しろ」
何が国のためだ。国は結局民のためではないか。
民を守れぬならば王などいらぬ。
これは自分の死を以て長いスパンで民を救って見せたロキへの、グレイスタリタスの挑戦だ。己の死を以て国の在り方と進むべき道へのシナリオを用意した回帰前のロキ・フォンブラウという男への。
「――フレッド?」
「あ、帰って来た」
学園長に事情説明に向かっていたロキとロイが戻ってくる。
フレッドとグレイスタリタスが話していたらしいのを見て、ロキとロイは顔を見合わせた。
「で?」
「教員宿舎に部屋を用意したとのことです、閣下」
「ふん。案内しろ」
「はい」
ロイには学園内の地図が手渡されていた。グレイスタリタスもそう長時間は常時発動型のスキルである【バーサク】を切るのは難しい。早々に姿を消すことを選んだ。
「ロキ」
「なんでしょう」
グレイスタリタスが一度振り返る。
「お前はこの学園生活の中で何度か戦うことになる。何も考えるな。感情に任せてしまえ。傷など、負うなよ」
一方的に言い放ってグレイスタリタスは姿を消した。返答など待っていない。ロキの判断など関係ない。怪我をするな。それだけ。
「……狂戦士とは、一体なんなんだろうな」
「狂戦士のイメージ崩れますよねアレ」
ロキの呟きにフレッドが感想を述べた。




