3-7
2023/04/12 加筆修正しました。登場人物に名前が付いたり追加されたりしています。
リガルディア王立学園中等部は、3年間の修学カリキュラムを組まれた大規模な学園である。授業形式は好きな講義を選んで授業を受ける、ルナに言わせれば大学形式の授業形態で、教員側から決まった時間割が持たされるわけではなかった。最初ロキたちも混乱したが、ルナが分かりやすく説明をしてくれたので大慌てせずに済んだという経緯があったりする。
初等部の授業は決まった時間割を教員側から貰っていたのだが、その時の講義は国語、算術、歴史、マナー、音楽、図画工作、体術、魔術入門の8種類しかなかった。これが中等部に上がると一気に分かれた。
国語と算術はそのままだが、歴史はリガルディア王国内部の貴族の血統をある程度教える血統史なる講義が追加された。マナーは中等部から通い始める生徒用に入門編と実践編とに分かれた。また、マナー系講義の必修としてダンスが追加。音楽と図画工作で別れていたものが芸術としてひとまとめになった代わりに音楽、図画工作の2つのコースから選ぶ形になった。体術は体術基礎と体術実践に分かれ、魔術入門は魔力操作、魔術入門、魔術基礎、魔術初級の4つに分かれる。魔術関係はかなり繊細に扱うことが求められているのが傍から見てわかる、とロキはぼやいた。
転生者だったら大体皆憧れるんじゃないかと思われる魔術に関しては、使えるようになるまでに割と努力が必要な代物であることと、いざコントロールを失った時どうしたらいいか周りが判断するのが難しいものであることもあり、結構な数の教員が配置されていたりする。生徒側の受け入れ人数もあえて絞ってある印象を受ける講義であった。
とはいえリガルディアの民は貴族だけでなく平民に至るまで基本的に魔力を持っている。魔術を扱えないほど低い魔力量というのも珍しくはないが、学園にまで来ている子供の大半は魔術が撃てるので魔力操作の講義が必修になっているのはおかしな話ではない。
今年の魔力操作、魔術入門、魔術基礎の担当教員はヘンドラ・フォンタリアとファビアン・エルバンス。それぞれ1人で3つの講義を持っている。1クラスに付き担当人数は50人程度で、AクラスとBクラス、CクラスとDクラスの各々合計100人程度を3つの講義で見ていた。補助の教員もいるので何とか回っているような状態だ。
ヘンドラは元宮廷魔術師である。世代的にはアーノルドたちより10歳ほど年上の世代となり、すでに引退している者がちらほらと現れている世代だ。
ヘンドラの魔術は楽しんでくれる生徒が多いので寝ている生徒は少ない。ほぼいないと言っても過言ではないのだが、座学だけの時には致し方ないだろうとヘンドラは思っている。魔力操作に慣れて来るとだんだん自主練が多くなって最後には寝る。ヘンドラも補助の教員も寝ている生徒を起こしてあれやこれやする余裕も無いので、叩き起こすことはしない。
さて、今年の注目株は何といってもフォンブラウ公爵家のロキだろう。ヘンドラは自分の10歳ほど年下でありながらあっという間に宮廷魔術師になり既に管理職として務めていたヘンドラを追い抜いて、宮廷魔術師団長というポストを射止めたアーノルドを覚えている。今でこそ公爵業や宮廷貴族の役割を優先して外交官のような動きをしているアーノルドだが、現在将軍職にあり、王宮魔導騎士団の火属性部隊を率いている。
ヘンドラは一時期部下だった男の部下となって動いていた時期があったという事だ。
なお、ヘンドラは薄緑の髪と銀がかった蒲公英色の瞳をしている。風属性だった。ヘンドラは魔導騎士になる実力はなかったが、たった2年という爆速で実力で軍事面の首脳部に食い込んで行ったアーノルドを見ていたので、アーノルドの子供が片鱗を見せると懐かしくなる。
初等部で子供らしく騒いでいたようだが、アーノルドが仲間内で大規模な儀式を行ったことは知っているし、十中八九ロキ関係だと予想が立つ。ロキが魔力結晶のやり場に困って中等部や高等部の教員にも配っていたのは教員たちならば知っている。初等部を教えているのは基本中等部や高等部の教員だからだ。レイヴンは教え方が良いので初等部に留め置かれているだけで、本来は高等部の精霊学、召喚魔法、精霊魔法の講義を手掛けている優秀な召喚士である。
ヘンドラもロキのタンザナイトのような魔力結晶を貰っていたうちの1人である。最初は魔力の質やら含んでいる属性の観点からロキの魔力について調べるようにと王命が下ったことでロキが初等部に居る間に中等部高等部の教員が駆り出されたのが始まりだった。下手に動くと魔術塔の方に話が漏れかねず、アーノルドがこれを嫌がったため、ある程度研究室に籠っていてもおかしいと思われず、魔術塔の覗きに堪えられる魔術師ということで、ヘンドラが代表となっている。
ヘンドラが理解している限り、ロキの魔力はある時から一気に闇属性が強くなった。深い暮空の様相を呈していた魔力結晶がだんだん色が薄くなっていったのである。貰うたびに色が抜けていっているものだから、なんだこれとヘンドラが思ったのも致し方ない。初等部2年目の担任をしていたオリヴァー・ルドゥが言うには、作ってすぐは変わらぬタンザナイト色らしい。ヘンドラの所に持ってくるにつれて色が抜けると宣った。これも何かの特性が出たのだろうということで、王室に報告をあげたら中等部でも観察経過報告よろしく、となったのでヘンドラは了承した。
♢
ヘンドラの授業に出て来たロキ・フォンブラウはどちらかというとサボり気味な態度だ。問題ないとヘンドラが判断しているのは、ロキに質問をしたらちゃんと理解している返答があるためだ。
今日の魔術基礎の講義では魔術における分類を教えていた。
魔術の体系がいくつかある、という話から始まって、呪文を唱える魔術、専門的な言い方をすると祝詞型魔術は一番ポピュラーな魔術であるということを伝えたところで、生徒から質問が飛んできた。
「ヘンドラ先生、魔術には何故呪文が必要なんですか?」
平民出身の少年、アリオス・セインの言葉に固まった。今ロキは勝手に教科書を読み進めており、全く以って話を聞いていなかったりする。突然上がった大声にロキが視線を向けた。
ヘンドラはこれから話そうとしていたことを質問してきたアリオスを「意欲があって大変よろしい」と評しながら答えた。
「呪文を唱える魔術というのは、元々魔法を行使するために神々に祈りを捧げていたことから派生したものです。祝詞ですね。現在の魔術の形になってからも呪文という形で残っています。また、種族によって呪文の基本形に差があります」
ヘンドラが答えれば、アリオスは小さく首を傾げた。アリオスは平民なので、他の種族とかいろいろ言ってもピンとこないのだろう。ロキは一連の流れを見た後、視線を教科書に落とした。ヘンドラが答えた呪文を唱える祝詞型の魔術については、多少なりとも詳しく教科書に記載がある。
魔術の術式というのは、使う属性や威力、術の効果対象・範囲を組み込むほか、一連の流れを動かしたいときにも組まれるものだ。言ってしまえばプログラムのようなもので、アニメーションを動かす感覚でロキは捉えていた。
よく数式として表現される魔術式は、イコールの先の数字を求めるための変数x混じりの式のようなもの。大雑把に例えると、こういうことをやっているんだよと言われると数式になるが、どうやっているのかと説明するときには、神々に祈っていました、となるのだ。これが祝詞型魔術の骨子であり、呪文が必要な理由だ。声を媒体として世界に干渉する力を揮うのが祝詞型魔術である、と表現すれば正解に最も近いだろう。
ヘンドラが細かく砕いて説明をしているのを聞き流して、ロキは教科書の記述を読み進めた。
「あの、種族の差というのは……?」
アリオスは首を傾げる。本当に意味が分からないらしいことを悟ったヘンドラは思案した。初等部に通った生徒しか突然入れ込まれた種族に関する話を知らないと考えるなら、その辺りも含めて教えていく必要はある。突然歴史に追加された血統史とかいう謎の講義の理由をヘンドラは悟ったのである。
少年が首を傾げているのを見かねたのか、少女が手を挙げる。
「はい」
「どうぞ、ミス・モルガン」
手を上げた瑠璃色の艶やかな髪の令嬢――ナナリー・モルガン男爵令嬢が立ち上がる。
「この国にはヒューマン以外に、死徒血統と、竜血統と、亜人が住んでいます。死徒血統には10種類、亜人には鳥人や獣人や竜人、エルフやドワーフなどがいます。皆それぞれで祈る神が異なっています。その為、呪文はその種族の祈る神に対してのものとなり、差が出ます」
「はい、その通りです」
ナナリー・モルガン男爵令嬢は満足そうに椅子に座った。アリオスは表情をしかめた。ロキはアリオスを見上げる。アリオスはロキと目が合い、驚いたように目を見開いた。
「え、と、何、でしょうか」
「――中等部から来たんだろう? 知ないことは聞くべきだよ。聞くは一瞬の恥、知らぬは一生の恥だ」
ロキはふ、と柔らかく微笑んで見せた。ロキを見たアリオスはへた、と椅子に座り込む。ソルとルナが顔を見合わせた。
「ロキ、伝わったと思ってる?」
「別バージョンやるか」
「やめてさしあげろ?」
ソルの言葉にロキが返せばロゼが笑った。令嬢らしからぬ口調になっていることを咎める者がいないのは幸いだろう。カルとレオンも笑い声を抑えて肩が揺れている。
種族については初等部で急遽授業が行われるなど、対策が早々に打たれた。教員の個人裁量に任されたものではあったものの、対策が打たれたこと自体は喜ぶべきところだろう。しかしそれはあくまでロキがことを大きくしなかったから許された事であって、公爵家の令息を巻き込んだこと自体が醜聞である。ロキがただの被害者であるのも、カル第2王子殿下が一部始終を見ていたことも、各貴族の思考に一石を投じたのは間違いない。
生徒側からすると血統史は、ロキと同じクラスになった経験がある者たちからすればやっとやってくれるんだ、くらいのものだが、カルに睨まれたクラスの者たちからすれば、もっと早く教えてほしかった、という類のものだ。
「ロキ様……ロキ様はご存知だったんですか……?」
「うん、その件について盛大に初等部の者を巻き込んだのは俺だからね」
血統史でしっかり学べよ、とロキは朗らかに言う。アリオスは小さく頷いた。
初等部でロキと同じクラスになった生徒は、ロゼが火属性しか使えなかったことを知っており、且つ土属性が扱えるようになったことも知っていた。ロキの魔力の影響だろうと教員が言うのでそうなんだろうと漠然と受け入れた部分もあるだろうが、実際に変質と呼ぶべき変化が表れている子供を探して、魔力の属性検査をやり直したり、血統を正しく遡って調べたりと大人も子供も忙しかった。
貴族子弟たちは皆が皆死徒だ竜だと血統を知って多かれ少なかれショックを受けたものである。
それは、ソルとルナも同じこと。圧倒的にヒューマン血統が少なかったのは記憶に新しく、来年から各貴族の血統まで一緒に覚える授業が組まれるとオリヴァーから知らされて、ロキは暗記が苦手な弟を心配したものである。
ロキはアリオスに問う。
「この国の貴族のほとんどに死徒の血が入っている、などと聞かされたら、死徒への反発がすさまじくなりそうだね?」
「え、えええ!?」
「ゆっくり知って行けばいい。もし気が向いたならば、俺たちの話を聞きにおいでよ。流石に最初は騎士爵と男爵に任せるけれどね?」
「任せてくださいな」
「任せろ」
ロキの言葉にエリスとセトが声を上げた。この2人は男爵令嬢とはいえ庶子と、騎士爵令息だ。平民と変わらないようなものである。平民が一番話しやすいといえばこの2人になるだろう。
アリオスはにっこりと笑みを向けてくるエリスとニヤリと楽しげに笑うセトを見て引き攣った笑みを浮かべた。
「貴族が皆死徒……?」
「公爵家ほぼ人刃らしいぜ」
「人刃、吸血鬼、竜混じりだっけ?」
「ドラクル公がいるんだから死徒嫌いも何もねえよなー」
順にアリオス、セト、エリス、セトの台詞である。
貴族たちはといえばもう授業そっちのけにしてわいわいと騒ぎ始める。ヘンドラは諦めて息を吐いた。彼らはこうなったらきっと止まらない。それに必要な事だろう。血統史とかヘンドラから見てもどう考えても暗記系の講義なのでテストのとき生徒たちが悲鳴を上げそうな気がする。今はそっとしておこう。
魔術についてはゆっくりと素人たちにも教えていけばいい。その為に魔力操作、魔術入門、魔術基礎、魔術初級と4つに分かれているのだから。
「ああ、そうだ。皆さん履修登録で魔術系の4つの講義取ってますよね?」
「「「はーい」」」
「どうせなら、魔力操作と魔術入門の子たちへの指導やってみませんか? 基本的な座学部分はもちろん私が教えますが、初等部に通っていた皆さんからすれば内容は本当に初歩の初歩でしょうから」
魔力操作と魔術入門は必修なので全員取っている前提だ。この講義は魔術基礎であるため、ここにいる生徒は基本魔術が撃てる程度の魔力はあると判定された生徒たちなのだ。また、本人たちが魔術を覚える気があるからここにいる。
リガルディア王国では灰がかった茶髪の人物以外は基本魔力があると思っていいので、魔術を撃てないまでも、体内の魔力が暴走しないように、訓練は必須である。初等部に通っていた生徒たちは入門までの内容は既に終わっているので、魔力操作と魔術入門はほぼぼんやりしているだけの授業なのだが、どうせなら多くの生徒を見なければならないヘンドラの手伝いをしてもらおう。決してヘンドラが楽をしたいだけの発案ではない。
ヘンドラは我ながらイイ提案ではないか、と考える。授業に関しては基本的に教授側に一任されているのでヘンドラがどうしようと関係ないのだ。ぼんやりしているだけ、というか例年魔力操作ができる生徒は自主練になりがちなこれらの講義、どうせならば生徒同士の交流の場にもなると良い。魔力操作ができる生徒とできない生徒である程度好きに組ませて教える側と教わる側にして、ヘンドラが全体にある程度目を懸けておけば慌てふためくことも無いだろう。
「いいですね。やりたいです」
ロキが乗ってきたので他の生徒もやってくれそうだ。ソルが手を挙げたので質問を許可する。
「指導側に回る生徒はどうやって分けるんですか? 初等部に通っていた人だけが魔力操作に慣れてるわけじゃないですよね?」
ソルの疑問は当然のものだった。初等部に通っていたのは適齢年齢到達時、つまり10歳の時に王都にいること、という条件に当てはまった貴族子弟と多額の入学金を支払った裕福な平民の子供である。平民だと魔力を上手く扱えない者もいるし、中等部から通ってくる貴族子弟の中には家庭教師と一通り魔術入門に相当する勉強をしてきた者もいるのだ。
「個別に小試験をして、そこで分けようと思います。一番得意な属性で試験を課します。ロキ様は申し訳ありませんが変化以外でお願いします。私は解析の適性が低いので、申し訳ございません」
「ヘンドラ先生、お気になさらないでください。俺だって相手の名前がヘルメスだったら同じような反応します」
近い神格を持ち、同じような属性を発現する可能性がある神格を引き合いに出すのは御愛嬌である。
ヘルメス神は錬金術を作ったとも言われる神格で、物質変換に関しては一部の上位者よりもよっぽど名前が出て来るのだ。
ヘンドラは小さく笑みを浮かべ、では、早速、と言った。
「やってみましょうか。ここで」
「え」
「いやですねえ、抜き打ちですよ? 皆の実力を見ることができるのですから」
案外行き当たりばったりで生徒を弄ぶいい性格した先生なんだな、とロキの中には刻まれたことだろう。とはいっても、ロキには特に問題にはならないためあまり関係ない。
この試験の結果を表すなら、初等部でロキと同じクラスに当たった経験のある生徒のみが合格した、とだけ。ロキやソルを筆頭にしていたため特に公爵家だからとかは関係ないのだともすぐに知れることである。やはりレイヴンが始め、オリヴァーが引き継いだロキの魔力結晶を割る訓練がかなり効いていたらしい。
ヘンドラとしては、生徒たちが粒揃いでほくほくなのだった。ファビアンにも伝えよう、とヘンドラが思うのも時間の問題である。
♢
「お久しぶりですー」
「レイヴン君お久しぶりー」
「オリヴァーも、久しぶりですね」
「ヘンドラ先輩、お久しぶりです」
レイヴンとオリヴァーはこっそりと中等部を覗きにやってきた。
ロキの噂はよく聞くのだが、まあそれなら見に来ても問題ないだろうと判断して足を運んだのである。なかなか楽しそうに過ごしているじゃないかと。
ヘンドラはロキがいるグループともう一つのグループに課した抜き打ち試験の結果を資料にまとめてアランとスパルタクス、そして通称アマゾネスのペリューンと共に眺めているところであった。
「ペリューンがいるのは珍しいですね」
「あたしがいちゃおかしいってのかい黒もやし?」
「やだなあ、僕は、単純に君が暇なときに乗馬をしていないのが珍しいと思っただけだよ」
レイヴンは笑ってペリューンに答える。ペリューンの美しい黄緑の髪は彼女が風属性を操ることを示している。彼女は近接格闘のエキスパートにして、斧の使い手であり、女子の体術指導を行うのだ。
「ペリューンはロキ君の指導したほうがいいですよ」
「あ、それ聞いたぞ。長柄斧が出たんだってな?」
「斧含むメイス化した杖と槍でハルバードが変質して斧メイン型ハルバード的な」
「また妙な変質したな……」
ペリューンはロキの名を出されて苦笑を浮かべた。
「アーノルドのガキかい。どう考えても名前的にレイピア系なのに」
「レイピアの適性も非常に高いですよ。ただ、転生者だった分“刀”に傾倒してしまったみたいで」
「あー、あのやたらイミットに近い文化体系を持ってる謎の転生者な」
ていうことは、とペリューンはオリヴァーを見やる。
「もしかして切れ味すさまじい質量武器なんつーアホみたいな性能を?」
「してるぞ。“斬”属性を無意識に放出してることに気付いてて魔力結晶の属性を“鈍”で抑えてるようなやつだ」
「経験がモノ言ってるんでしょうねー」
「召喚士は黙っとれ」
ワイワイと最近ブームが来ている煎茶を飲みながら、レイヴンとオリヴァーも交えて試験結果を熱心に読み込んでいく。ファビアンのクラスの分もあって、そっちもやるんだとレイヴンが零した。
「やっぱりロキ君魔力操作の正確さが抜きんでてますね」
「ロキ神の加護持ちってだけで細かい作業向きだろうからねえ」
「そういえばロキ君の転生元の方たちって細かな細工が得意な方が多かったと記憶しているんですが」
「性質としてそっちが付いてるなら今の状態も納得、か」
「可能性はありますね。アーノルド公爵にも聞いてみましょうか」
転生者を保護するという法律はない。ロキたちが比較的自由に動けるのは、公爵家に生まれ落ちた転生者が自分の同類を囲い始めているからだ。今後ロキたちから目を離せないだろうなと、ヘンドラは独り言ちた。
「レイヴン、オリヴァー、ロキ様たちが言っていた魔力結晶を使った戦闘訓練って何の事かしら?」
「あー、ロキ君の魔力がやたら多かったのと、当時はまだ浮草病の兆候があったので併発している晶獄病の症状緩和のために魔力を放出させてたんです。その時に、結晶にすればより多くの魔力が外に出せるから、と」
「ロキ様の魔力量じゃ教室でやれること少なかったですから、訓練場を午後から解放して魔力結晶をバンバン作ってもらって、がっつり減らしてその後の授業の時はちょっとずつ魔力結晶にして出血しないようにしてましたね。午前中は多少魔力結晶を置く音がしても気にしない感じで」
レイヴンとオリヴァーの言葉を聞いてペリューンが首を傾げた。
「魔力量がアホほど多いってのは分かったけど、何で晶獄病で出血するんだ? 晶獄病って閉じ込められるから獄の名が付いてたんじゃなかったかい?」
「ペリューン、貴女にはちょっと分かり辛いかもしれないんですが、ロキ君の魔力回路ってとことん閉鎖型なんです。上位者が無理矢理魔力回路を引いてくれてたんですけれど、それもいつの間にか閉じちゃって、無意識では放出がほとんどできません。なので、晶獄病の発作が起きたら、魔力回路が身体を構成する柔らかい部分を全部突き破って外に出てきます」
「うわ、閉鎖型か――アーノルドの息子なのに!?」
「あらペリューン、アーノルド公爵は閉鎖型ですよ?」
「あれで閉鎖型とか信じられん」
呆れるペリューンに魔力量が多いと分かりにくくなるから、とヘンドラは苦笑した。ヘンドラが直接見たロキは既に浮草病の症状が無くなっているらしく、魔術を撃つことで魔力をある程度放出できるようになっていた。親元を離れた晶獄病患者をよく生かし切ったと後輩2人を誉めてあげたくなった。
「レイヴン、オリヴァー、良くロキ様を生かし切りました。上位者が下りてきたのも、学園での事でしょう?」
「あの時は肝が冷えました。“風怪鳥”と“金人”が直接乗り込んできたので大丈夫だろうと思いましたけど」
「あの上位者が下りてきたのそんな状態になってたのか」
「極焔竜バルフレトでしたからね。直接魔力を浴びちゃった子もいましたし」
「思ったより酷いことになってたんだな」
「陛下から箝口令までは行ってませんが言いふらさないでねって言われたので伏せてました」
ワイワイと話しながらヘンドラの手伝いが出来そうな生徒を選んでいく。早く高等部に戻りたいとレイヴンがぼやくのもいつも通りだ。せめて中等部に行かせてもらえないとロキの観察ができないと言うのもそう。
ふと、スパルタクスは窓の外を見た。弾かれるような反応だったのでヘンドラは声を掛ける。
「うかない顔ですね、スパルタクス?」
「……何か、大きな力が、来るだろう。凶か、吉か……」
おっとこれは思ったより厄介そうだぞと職員室に居た教員全員がスパルタクスの方を見たのは致し方ない。こういう時スパルタクスの勘は異常なまでに当たるのだ。そしてこの予感が的中するのは、『狂皇』の到着する日――この日からおよそ、5日後のこととなる。
面白かったら是非評価よろしくお願いします。




