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状況報告会その1です。ロキさんたちの前世の暴露会もあります。BLっぽい発言があります。苦手な方は注意。
2023/04/02 割と大幅に加筆修正しました。ストーリーの流れはほとんど変わりません。
学生ロビーと呼んでいる場所に到着したナタリアとエリスを見つけた黒髪の少年が近付いてきた。
「御案内いたします、ナタリア様、エリス様」
「お願いします」
「お願いします」
エリスの知り合いの少年――シドである。昨年の大事件以来顔を合わせることも無かった幼馴染の登場にエリスは驚く。そして納得もする。セーリス男爵家の関係者はそれぞれ近場の貴族が面倒をみるように指示を受け、その対策を一手に引き受けたのがフォンブラウ公爵家だったはずだ。シドは半精霊だったので、一番上の公爵家が引き取ったのだろうか。
話を聞きたくはあるが、今は待たせている公爵令息たちの方を優先すべきだろう。面倒くさいなと思いながら、エリスはシドの案内についていく。
案内された席は、対面に銀髪の少年――ロキ・フォンブラウが着席して本を読んでいた。この顔を正面から見ろというのかとでもいうような表情をしたエリスに、ナタリアが苦笑を零す。シドはエリスに気安く声を掛けkて来た。
「悪いな、うちのご主人様とびきりのイケメンだから目が潰れちまうよな?」
「ほんとですよ。ただでさえ階級違いすごいのにこんな綺麗な顔見てたら目が潰れます」
「お前ら不敬だぞ?」
本から視線を上げたロキが口元を本で隠しながら反応してきた。目元が笑っているのが分かる。あらこの人こういうことで笑う人なんだ。エリスはロキへの評価を改める。教室ではバカ騒ぎから外れて授業直前まで何かの本を読んでいることが多いし、親しい友達なんてほとんどいないんじゃないかと思うくらい周りに人がいないのである。
ロキからすれば、上流貴族のトップであるフォンブラウ公爵令息など皆を委縮させかねないと思って話しかけていないだけなのだが、そのせいで周りも話しかけにくいのも事実。話せばころころと表情を変え、柔らかな口調で話してくれる顔立ちきつめの美人、といったところだろう。
「まーま、あんまり緊張させすぎても可哀そうじゃないですか」
「だからお前に任せると言っただろ?」
顔と家の権力についてはきっちりと威力を把握している人だったようだ、とエリスは思う。それにシドがいるならば何となくだが心強くなるというものだ。何せ幼馴染である。
「んじゃ、紅茶淹れるからちょっと待っててくれ」
「はーい」
引かれた椅子にナタリアとエリスが座る。明るいオレンジ色の髪の少年が椅子引いて、そこにソル・セーリスが座った。
『こんにちは』
『こんにちは』
『こんにちは。急に呼び出してすまないね』
『こんにちは。今だけ敬語無しにしてもらっていいかしら? こいつに対してのは私が安全を保障しとくから』
不思議なこと言いますねとエリスが返すと、ロキとソルはニコリと笑んだ。これは先にエリス側の情報を渡さなければ自分たちのことを語ってやる義理がない、という意思表示だと思われる。先ほどソルから声を掛けたことに対するものだと気付いたのはすぐだったが。というかロキの微笑みの威力がえげつない。悪役顔、されど美形。
茶の準備ができ、クッキーが準備されて、じゃあ後はごゆっくり、と声を掛けたシドが遠ざかっていく。マジか、とエリスは内心焦った。
近くの席にルナとロゼ、そしてハンジが座っている。シドもそちらへと腰かけた。どうやら事情を把握している生徒で集まって周りの席を固め始めてくれているらしいことが伺える。カルやレインもやって来て隣の席で何食わぬ顔で聞き耳を立て始めたのがいい証拠だろう。ロキに話しかけるでもなく、ロゼの方に行くでもないのだからこれは良く見ていれば変ではある。ナタリアが口を開いた。
『ごきげんうるわしゅう、転生者の皆様』
『そう言ってくるってことは大体状況は把握してるとみていいかしら?』
『ええ、構いません』
ソルが受け答えをする。ロキはクッキーに手を伸ばした。さく、と控えめな咀嚼音が聞こえてくる。
『ロキ様もですか?』
『そうよ』
大体の受け答えはソルがやってくれるらしい。エリスはいまいち状況が掴めず、首を傾げつつ聞き耳を立てる。
『エリス・イルディ様、早速で悪いんだけど、この世界によく似た世界観のゲームって知ってる?』
『あ、はい。『Imitation/Dragons』系の作品ですよね』
『そうそう』
ソルもこのゲームのプレイヤーだったらしいことに気付いたエリスは、周りを見渡す。ルナもいるのを確認して、本当にヒロイン多いなと内心呟いた。
『ルナもいるから『イミラブ』の方はヒロイン網羅されてるわよ』
『あ、やっぱりそうですよね』
『そうなのよ』
ソルの言葉に自分の考えが正しいことを理解したエリスは苦笑を浮かべた。それにしても何故自分たちに声を掛けてきたのか。エリスは転生者であることを周りにひけらかしはしなかった。言葉の端々に出ていただろうか。注意しておかなければ、と思ったところで、ナタリアが口を開いた。
『でも、どうして私たちに声を掛けようとお思いになったんでしょうか?』
『将来のためって言ったらいいかしら。とりあえずロキが死なないように』
『さらっと内容が重い』
『大丈夫よ。光と闇属性持ちに協力してもらわなきゃいけないだけだから』
今年の新入生で光属性を扱えるのはカル、レオン、バルドル、エリス、ルナ、ゼロ、さる伯爵令嬢の7名と全属性持ちということでロキ、この8人だけであるとされている。光属性案外多いなと思っただろうが、残念ながら前後3年以内には2人しかいないという希少っぷりなのだ。血統的な問題で光属性の子供が1つの学年に集中したとみていいだろう。
闇属性はナタリア、セト、ロキ以外にも複数扱える者がいるが、ここにイミットとして闇属性を持っているゼロを含めて10人となっている。1つの学年が200名まで増えていることを考えると、なかなか少ない。
『それで、協力内容というのは?』
『単純に未来の話。高等部で光属性の生徒が襲われるイベントの事』
『あー、ゾンビが侵入するやつですか』
『それそれ』
ソルの言葉にエリスはなるほど、と小さく納得したように呟いた。だいぶ先の話ではあるが5年以内に起こるトンデモ事件のひとつである。去年のゾンビの一件と言い、ソルには気になる要素が多いのかもしれない。
『ヒロインなす術なくやられてヒーローたちに助けてもらってましたもんね。……ロキ様女だったけど』
『何で? って思うところ多々あったわね。……ロキについても言っとくことがあるわ』
エリスの言葉にソルがロキに視線を向けた。ロキは小さく頷いて引き継いだ。
『エリス嬢。俺は生まれたときは女だったと言っておくね。もしも俺のきょうだいに会ったら聞いてみるといい。8歳までは女だったから』
『えっと、じゃあ変化魔術でその姿に?』
前世の影響かと思ったか、はたまたとりあえずの可能性潰しか。エリスは問う。ロキの回答はエリスの予想の斜め上を行った。
『変化魔法で姿を変えられていたらしい。ゼロに解いてもらった』
『……!!!!』
エリスが両手で口元を覆った。そんなに驚くことがあっただろうかなどと思っているらしいロキに対して、エリスは声を上げた。
『考察班の考察ガチじゃないですか! ロキ様TS説ガチだった!!!!』
『おっとこのフロ〇脳はかなり強火な御加減で?』
『えっもしかしてリョウさんの考察動画見てたんですか?』
『あっ』
ロキが固まる。エリスがロキの顔を覗き込む。ロキはしばらく逡巡した後、口を開いた。
『俺がリョウだよ』
『は?? マジですか??』
『マジだよ。Imitationシリーズの考察動画出してた奴なんていなかったし、その中でリョウって名前のチャンネルなら特定したも同然だろ』
『ミオですぅ、拙いコメントに返してくださってありがとうございましたぁ!』
『こちらこそいつも見てくれてありがとうございました』
エリスが怒涛の勢いでロキと距離を詰めていく。シドが慌てているのが視界の端に入ったが知らない。エリスは前世の(ネット上の)知り合いの登場に大興奮していた。律儀に付き合うロキもロキだ、とソルは思ったが、ロキが少し耳を赤くしているのを見て、もしかしてこれ慌ててんのかと理解してナタリアと顔を見合わせた。
『エリス様、落ち着いて。ロキ様困ってるわ』
『はわっ』
エリスが距離を詰めすぎてロキの目の前に顔面がある状態なのだが、言われてようやく気付いたらしいエリスは慌てて離れていった。
「す、すみません」
「今はいいよ」
エリスは顔を真っ赤にして俯いてしまった。顔が良い、と呟いたところでシドがやってきて、そこに繋がりがあったなんて初めて知ったぞと呆れたように声を掛けてきた。ロキは俺も初めて知ったと笑って返す。
色々と聞きたいことが湧いてきましたとエリスは笑った。
実際雰囲気だけでエリスがロキの前世と同類の、この世界に惚れ込んでいるタイプらしいことはわかったし、後でゆっくり話させてやろうと考えて、ソルは口を開いた。
『そっちの話は後。先に情報共有しておかないといけないことがあるから、こっちを優先するわ。エリス様、もうしばらく付き合ってくださいな』
『かしこまりましたぁ!』
エリスという少女は結構ノリが良さそうだ。いずまいを正したロキが口を開く。
『ちょっと詳細を省くけれど、ナタリア嬢、ループを認識してるよね?』
『はい、相違ないです』
今ここで大切なのは、エリスよりもナタリアの方だったりする。エリスが転生者かもしれない話は初等部でも出ていた。その情報を集めて協力者にしたいなと考えていたロキに、中等部からしか現れない名前としてシドがロキに告げた存在がこのナタリア・ケイオス男爵令嬢だった。ロキはシドの言葉を受け入れ、ナタリアと接触できるタイミングを計っていた。
エリスは大人しく椅子に座り直し、シドが近くのテーブルを動き回っているのを眺める。いつの間にかカルたちも近くに来ていて、話を共有する人たちここに集合してるんだろうなと何となく理解できた。
ヴァルノスがレオンに何か言っている。恐らく一番ループについて持っている情報が少ないのはレオンなので、余計な口を挟まないように何か言われている所なのだろう。いつの間にか4つ分のテーブルにまで広がっていた転生者とループについて知っているメンバーの輪の紅茶の配膳を終えたシドが、エリスとナタリアがいるテーブルにやってきた。
『はい、転生者のシド・フェイブラムだ。今回ロキに入れ知恵したのは俺だ、よろしくな』
『改めまして、ナタリア・ケイオスです。エリスちゃんにはループの事情話してないけど、今回は大丈夫なの?』
ナタリアの視線はシドを向いている。シドもナタリアを見ているあたり、この2人はもともと面識があるのかもしれない、とロキが考えたのは自然な流れだったろう。
『今回が何かは知りませんが、リョウさんの動画でループについての言及はあったのでそんな考察なら知ってます!』
『前世のロキ様有能過ぎない? ほぼ部外者がいっそ詳しいレベルまで行ったんだけど』
『状況のすり合わせが必須だ。傍から見ていて証拠集めしてただけで故意に隠されてたところはわからないからね』
エリスの言葉にナタリアが反応し、ロキが補足を入れる。正直ロキ的には歴史の教科書の記述と前世の自分の考察がほとんど重なっていたことに驚きを隠せなかったし、多分動画で出していた考察内容を大体見てくれているならエリスはかなり状況の整理ができているということになる。
『ロキ、お前が前世で出してた内容って言うと?』
『前世の姉やその友人たちの協力を得てImitationシリーズの3作の情報をかき集めて作った動画だぞ。1本や2本じゃない、説明だけで1週間潰れる』
『おーう、思ったより本格的だな』
シドにロキが答えれば、シドは納得したと言いつつ呆れたような表情を浮かべていた。
『ループについての言及ってのは?』
『キャラクターの発言を全部拾っていくとこれ別エンドの話じゃないか、とか『イミラブ』での発言内容が『イミドラ』の方の内容にかかっていたりとか、同時成立し得ないエンディングに同時に言及がある場合があるんだよ』
ロキは虚空から自分のノートを取り出す。その数およそ10冊程度。読みたきゃ読み込め、とシドにノートを渡す。うわ次までに読んどきます、とシドが蚊の鳴くような声で言った。
『ロキならやりそうなことだってのが正直なところだ。俺の上司超有能』
『ベッドの住人だったころは本当にやることが何もなくてな、字の練習ついでにいろいろ書いてたらそうなったよ』
ここに居るのはロキが病弱だったのは聞き及んだことあるくらいのメンツである。ロキが何と言っているかを理解できている奴とできていない奴が居るのは大前提だが、日本語をはっきり理解できるロゼやヴァルノスまで居るのだからレオンやレインにも情報が正確に伝わると考えておくべきだろう。
『ナタリア、どこまで覚えてる?』
『貴方が私に次回のための指示を出したのは初めてだったけれど?』
『うわ、どのルートだ』
『いくつかあるの?』
『ある、とりあえず5つ』
シドが持っているループの情報量の多さにソルは目を細める。分かってはいたけれど、シドは本当にループの順番を整理できるほど情報を持っているのだと改めて認識したと言ってもいいだろう。
『……令嬢ロキ、レイン様バッド寄りトゥルーエンド、片目の無い傭兵、9年後にガントルヴァ帝国と開戦』
『9年後って言うと、22の時か。レインのバッドってどんなんだっけか』
『令嬢ロキが行方不明になる。隻眼の神子の傭兵が出て来るわ』
ナタリアとシドの間でのみ言葉が交わされていく。シドの記憶の特定を急がなければいけない。傭兵の事をナタリアが言及するとロキが目を細めた。気付いたソルが声を掛ける。
『どしたの、ロキ』
『いや、本当にゲーム世界に迷い込んだ気分になってる』
『今更ゲームの世界とか言ったらぶっ飛ばすわよ』
『そんな不謹慎なことは言わん』
ロキとソルを横目に、シドとナタリアは世界線の特定ができたらしい。これか、とシドが満足そうに笑い、ロキに向き直ったところだった。
『ロキ、特定できた』
『そうか。で、今の口ぶりからすると、ナタリア嬢が覚えているループには限りがありそうだね?』
『はい。私の記憶があるのは20回がいい所です』
ロキの言葉にナタリアが答える。デスカルたちに言葉だけで伝えられていたループについて、自分の記憶を語ってくれそうな人が増えたことにロキは感謝しつつ、ふと別の方へ思考を飛ばした。
シドの転生の仕方は特殊である、とロキは思う。
というのも、パラレルワールドもすべて一点に集束して次の転生へと向かうのだという。転生先の自分は前世の記憶を思い出すこともあれば、思い出さないこともあるとシドは語った。今回は思い出したけれども、というのがシドの口癖みたいなところがある。
また、シドはこれらの記憶を整理することで大体のループの流れを把握できる。そこで、ループに段階があったというのならば、と、シドの記憶を借りて何度かループしている人間がいるのかを調べさせた。
結果として、今回のループで初めて転生者として記憶が戻ったのはハンジとルナだったということが分かっている。
恐らくルナは予定外だったのでは、というのはアツシの言である。
ループを解決するために、世界樹が何もしなかったわけじゃない、と上位者が言うので、じゃあ何をやっていたのさとロキが問いかけたことがあった。デスカルは、世界の大まかなイベント以外の流れを変える存在として、転生者が使われていると述べた。つまり、転生者は同じ数だが覚醒している人数が異なるという事だと告げた。100人転生者が居たら、その自覚をしている人は1人くらいなものらしい。これが、ループの回を追うごとに、1人が2人に、3人に、4人にと増えていって、今では転生者100人中転生者として自覚がある者だけで50人近くなっているという。
また、転生者同士は集まって行動する可能性が高い。日本人は特にその傾向が強いという。さらに、年若い頃に日本で死んで転生した魂は余計同郷の者を見つけるとつるむらしい。その傾向を利用して、複数の転生者を同じ場所に放り込むことで、ループの解決が図られているという。ただし、そうやって介入できるのも一度に1人が限界であり、今こうしてリガルディア王国に転生者がやたらめったに集まっているのは、それだけループを繰り返してきたことの表れだと。
転生者が1人ずつ増えているらしいことはシドの報告の結果ロキにも把握できていたので、そうだろうなあとは思う。生まれついて記憶のあったハンジよりも、ショックで戻った形になっているルナの方が異常であると考えるのが普通であろう。
『ナタリア嬢には、シドと協力して、ループについてというか、ループした、君が覚えている範囲の出来事なんかを知識として俺たちに提供してほしいのさ』
『ああ、なるほど』
ナタリアは分かったと小さく頷いた。前回もこの会話の流れ合ったんですよとナタリアが言う。つまり、ロキが言おうとしている意味を正確に読めているぞという事なのだろう。
『ロキ様的には、ソル様たちが持っているゲーム知識だけでは不足が多いと見て、私の知識を提供してくれ、って言ってるって理解であってますよね?』
『あっているよ。聡い方は嫌いじゃないぞ』
『お褒め頂き光栄ですー』
全然光栄と思ってないのウケる、と言いながらロキはクッキーにまた手を伸ばす。そろそろ紅茶冷えちまったかななどとシドが呟いた。すかさずゼロが動き始めたのでそれは良しとする。
『まあ、正直、ゲーム知識フル活用で殿下のサポートしなきゃ駄目ですよ。私が前回として覚えていレイン様のバッド寄りトゥルーエンドだって、殿下を庇い立てしたレイン様を助けるのにヒロインの好感度足りなかった感じでしたし』
『そのヒロイン、名前は?』
『ヒロインが複数いることを理解したうえで言っておられるのなら、レイン様を攻略できるヒロイン全員です』
全部で6人いますよと言ったナタリアに後でちゃんと情報を吐いてもらおうと思いつつ、ロキはそれで、と先を促す。
『そのヒロインたちは何かしら関わってくるものなの?』
『まちまちです。がっつりかかわってくる人もいますけど、そんなのない人の方が多いですから』
ヒロインに選ばれている人が何人いて、どの家の人で、というところからまず考える必要がある気がするのはロキの気の所為ではないだろう。実際ルナがロキたちの知らない新作の情報を持っていたことから考えても、『Imitation』シリーズはその後も続いて行ったと考えるのが自然だ。魅力的なユニットはいくらでも居た。ヒロインがその都度3人追加されるような気もするし、調べておく必要はあるだろう。
『令嬢ロキよりロキ様が男性の方が殿下のカバーできる部分が多いので、令嬢ロキがいた5回分の記憶だと結構穴が多いんですよね。ロキ様が真っ当にカル殿下とゴールしたの1回くらいですし』
『中身が俺だとカル殿下の婚約者願い下げで婚約破棄万歳とか叫んでるんじゃないか?』
『そこまではなかったですよ。私は彼女が転生者だという事を知っていましたけれど、教えてもらえたのは1回だけでしたし』
男性の時もとにかくガードが堅くてですね、とナタリアが言う。まあ公爵令息ならそれもやむ無しだろう。ナタリアは男爵令嬢であるし、とはいえ関わりがあるのは同じ闇属性を扱うせいだろう。ロキは肩をすくめた。
『令嬢ロキは本当に、あれです。今思うと、前世の男性の感覚が抜けないまま令嬢を演じ続けていたんでしょうね。ロキ様は今回は、男の子だったんですか?』
ナタリアの言葉にロキは軽く首を左右に振った。
『女として生まれて、5歳の時に男に。父上はその時戸籍も登録したと言っていたから、書類上は生まれた時から男のはずだよ』
『まあ、色んな意味で政治的な利用価値が否応にも高まっちゃいますもんね』
『好き勝手男女変われる奴とか厄ネタだとしか思えないけど』
『アーノルド閣下ならその辺上手く使いそうですけど』
『否定できないね』
頭回しまくってる貴族やっぱすげえ、と女子としてあるまじき口調で呟いたエリスにシドを含め周りはクスリと笑う。こういう反応をされるのは悪くない。
『まあ正直、今回はロキの命にも割としっかり関わってくる案件になりがちなんで、ゲームを知ってる御令嬢方には積極的に情報提供をお願いしたいところなんですわ。ロキはそこまでゲームの中で書かれたリガルディア王国の内情については詳しくないしな』
『恋愛イベントばっかりだしまだ時間軸的にはゲーム開始時より前の時間軸だけど大丈夫?』
『どんな会話があったとかまで覚えている範囲で情報を出してくれ。それと俺たちのループの記憶を照らし合わせる。フォンブラウの使用人としては、ロキがリガルディア王国を出て行くことは認められないんでな』
カルがテーブルに突っ伏し、ロゼに慰められているのが見える。以前は反応が違った気がするが、関連の夢でも見たのだろうか。そんなことを考えながら、ロキは周りに座っているメンバーを見やる。ギリギリ声が聞こえるか聞こえないかくらいの所にいつの間にかケビンが座っていてちょっと笑ってしまった。
『で、情報共有も大事じゃあるんだが、その前にいくつか折れてるフラグがあるから報告させてもらう』
『分かったわ』
シドの声にソルが応じる。過去の時間軸でどうにか変えられることがないかと足掻く逆行モノや先の展開を知っているからこそ過去を変えようと足掻く転生モノなどは前世にも創作物としては割とあったが、自分たちがまさしくそれだと言われると苦笑を禁じ得ない。
シドの報告はロキが回避しきったイベントのまとめだった。
『まず、フラグばっきりへし折ったのはゼロの母親の件だな』
『そう言えば、ブラックドラゴンの遺体の話聞かなかったわ』
『死んでねえからな。クフィ草回収イベントはロキの親父さんがこなした。マジロキナイスだったぞ。ドルバロムから聞くまでゼロをどうやって殺すか考えてた俺の時間返せ?』
『物騒な上位者様だね』
クフィ草の回収イベントがこなされている――聞いた瞬間、ナタリアがあからさまにほっとしていた。
ゼロが敵に回る可能性が色濃くなるゼロの母の死には『蟲の女王』ロルディアと『呪い師』エングライア関連のイベントが絡む。クフィ草という植物はポーションのベースとなる薬液を生成するのに使用されるのだが、大体のポーションにはこのベースを用いるため基本的に潤沢に在庫が存在するものでもないのだ。そしてクフィ草自体はエーテルの濃い場所にしか生えない。所謂魔物の多い危険なエリアである。またこれを精製・濃縮をせねばならないが、このクフィ草はロルディアの子供たちの食糧にもなる。色んな意味で在庫切れ待ったなしな状況。
子供たちがエングライアの住む場所の近くのクフィ草を平らげてしまえば、エングライアは他の場所へ足を延ばすしかない。が、エングライアは回復魔術以外魔術は使うことができない錬金術師である。彼女に薬は作れても、一瞬で移動するようなスキルの一切をエングライアは保有していないことになる。
その為、近場で済ますには多少強烈な魔法を使用する。
人間には影響はあまりないものの、これに引っかかって弱体化するのがゼロの母で、人間の姿になっている術が解けてしまえば人間は彼女をただブラックドラゴンとして判断し、冒険者ギルドから人員が出動し、彼女は殺される。
これが本来のイベントの流れである。このクフィ草回収イベントはイミドラ内では主人公が10歳までの間に一度、16歳から18歳までの間にもう一度、イミラブではゼロルート分岐を迎えて少しした頃に似たようなイベントが発生していた。
『……シド、ゼロって今もしかして』
『ああ、すっかりロキに心酔しちまってるよ』
『やめろあいつが病気みたいに思えてくる……』
『半分正解じゃない。頑張ってヤンデレを捌きなさい』
ロキが小さく息を吐いた。ゼロのロキへの心酔、と言っても表面上は全く分からないので困りものである。ヤンデレ、これほどゼロを端的に表した言葉は無かろう。
『半分くらいマゾだったけどな』
『イミットって基本サドでしょ? なんでそんなことに?』
『ロキのSっ気に中てられたんだろ。あ、いっけね今いらん事思い出した』
『本人がいる前でカップリングの話するのやめないか?』
『腐男子のくせに』
『自分が絡むのは違うんです』
ソルがくすくすと笑う。
『そんなに楽しそうな話はこんな場所でする話じゃないわね』
『俺で話を進めないでくれないかな!』
『是非とも薄い本として世に出していただきたいもんだな』
『……作画に口出す権利があるなら容認する』
『ロキ、お前たった今ロキ絡みのカップリングの話するなって言ったじゃん』
『腐男子ですけど何か!』
『あっこいつ開き直った!』
話の風向きが変わったとシドがツッコミを入れる中、ロキとソルは顔を見合わせて笑った。平和なものだ。漏れ聞こえる会話にエリスが悶えていたことなんてロキたちは知らない。
『てか実際ロキってどっちなんだい』
『自分の事を自分じゃない奴みたいに語るなや』
『……』
『……』
『……』
『……ああもう、わーったよ! 基本右! たまに左』
『リバは?』
『ある!』
『よっしゃ解釈一致!』
『このめんどくせーオタクがよォ……!!』
ロキが自分の事を他人事のように言う事は時折あるものの、ここまで露骨だったのもそうはあるまい。解釈一致とか言っている時点でそれじゃいかんだろというツッコミ待ちだ。
ロキって自分のことどう思ってんだろうという疑問がソルの中で生まれた瞬間である。
『ソル様戻ってきて、宇宙猫してる場合じゃないのよ』
ナタリアの声掛けもむなしく、ソルはしばらく宇宙を背負っていた。
『……まあ、悪ふざけはここまでにして、ナタリア嬢の口ぶりからすると女の方が回数少なそうだけれど、シドが見てきたロキって男と女どっちが多かったのかな』
『本当に唐突に本筋に話し戻したなお前……』
テンションジェットコースターかよとツッコミを入れて何とか呼吸を整えたシドが口を開いた。
『俺が知ってるロキは基本男だな。女になるようになったの本当にここ数百回ぐらいだ』
『ロキ様ってそんなに女だったことあるんですか』
『おう、ナタリアは何回くらい覚えてて何回くらい女のロキに会った?』
『私は20回くらい覚えてて、その内令嬢ロキに会ったのは5回です』
ロキは頭の中の情報を整理する。少なくともロキが知っているループについての情報は両手で数えられないくらいの回数を繰り返していることと、ロキ自身はループを夢として見るが記憶にはない事、前世でやった考察は無駄じゃなかった事、ゲーム知識を現実に照らし合わせる方法が分かったことくらいだろうか。
『そういえば、ロキ様がループの記憶を引き継がなくなったのってなんで?』
「「「は?」」」
ナタリアの言葉にロキ以外にも振り返った者が居たのは致し方ないだろう。
『おいバカ今言うな!』
『大事な事でしょ』
『収拾がつかねーんだよ! いずれ説明するから今は流せ!』
このシドの慌てっぷり、シドが関わってそうだなとロキは思うが、今は置いておこう、とも思う。おいておこうと自分が思っているということは、そういう事だ、と一瞬よくわからない思考をまとめて、ロキが口を開く。
『気にはなるが、いずれ言ってくれるというなら今は流す。ナタリア嬢も、それでいいかい』
『……ロキ様がそう言うなら』
ナタリアは今の内に情報をすべて渡そうとしたのかもしれないが、皆の頭がパンクすることを危惧したロキはシドの提案を飲んだ。どうせ知る時が来たら知ることになるさ、と小さくロキが呟いたので、ナタリアは肩をすくめた。
『折角なんでナタリアには言っとかないといけないことを伝えておく』
『何?』
『ロキな、まだ晶獄病治ってないんだよ』
ナタリアが目を見開いてふざけてんの、と低い声で呻くように言った。
作者「うん、正直、ゼロごめん」
ロキ「ゼロより被害に遭ってるこちらに謝ってほしいくらいだが」
作者「元々お前らそういうキャラだったじゃん!」
ロキ「もう少し設定をマシなものにかえて書き始めればよかったものを――!!」




