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2023/03/30 加筆修正しました。
「おはようございます、ナタリア様!」
「おはようございます、エリス様」
エリス・イルディ男爵令嬢は、女子寮の2人部屋にいた。リガルディア王立学園は、1人部屋が用意されるのは実家が侯爵以上の爵位を持つ生徒に限られる。男爵令嬢であるエリスと同室となったナタリア・ケイオス男爵令嬢はピンクパールの髪をポニーテールにしており、瞳は黄色に赤やら緑やら青やらと不思議な色の瞳をしていた。
2人は入寮した日が同じだったこと、家門のトップが同じ家であることなど様々な理由により同じ部屋となったのだ。それぞれ珍しい光属性と闇属性だったこともあり、お互いの事を知ろう、というエリスのアクティブっぷりに押されたナタリアが一緒にお茶をすることで仲を深めつつあった。
エリスは初等部に通っていたが、ナタリアは通っていなかったという。ケイオス家は領地持ちなのでさもありなん、と言ったところだ。イルディも領地はあるのだが、エリスは諸々の理由で王都に居たので初等部から通っていた、それだけだ。家庭教師をイザークとエリス分雇うよりも2人とも初等部に通った方が安上がりだったのだきっと。
エリスのアクティブさに驚いたナタリアがぽろっと零した一言によって、エリスはナタリアが自分と同類であったことを知り、一気に距離を詰めた。そう、ナタリア・ケイオス男爵令嬢も転生者だったのである。前世の名前は思い出せないとナタリアは言う。エリスは前世の記憶も割とはっきりしているので、そんなこともあるのかと不思議に思っていた程度だったが。
「今日って何かイベントありましたっけ?」
「今日はこれといったイベントはなかったはずですよ」
エリスがナタリアに確認する。このイベントというのが、2人に関係する『イミラブ』のイベントであることは言うまでもないだろう。
そう、このナタリアという少女、『イミラブ』シリーズのヒロインの1人だったのである。
ナタリア・ケイオス男爵令嬢が登場する『イミラブ』シリーズのタイトルは『Imitation/Lovers MEMORIA』、通称『イラメア』である。こちらもヒロインが3人おり、2人が最初から選択でき、1人が隠しヒロインとなっている。ナタリアは最初から解放されている2人のヒロインの片割れだ。
ナタリアの属性は闇属性。1作目のヒロインが光、光、火ときて、ここで闇属性のヒロイン。幾ら同人ゲームとはいえ自由だなとエリスでさえ思った。因みに他のヒロインの属性は風と土である。
因みにナタリアの外見的なカラーリングは光属性を主張している。ピンクパールの髪は光属性に多い色で、桃色の頭は火属性よりも光属性の可能性を考えた方がいいくらいだ。因みに、桃色の頭に黄色い瞳だと光属性に準じた色となる。ナタリアは光属性の色を纏いながら、その瞳の特殊性によって闇属性と判断されていた。ナタリアの瞳は黄色なのだが、見る角度によって赤や緑や青が混じるのだ。
ナタリアは9歳で魔力を発現したという。エリスは10歳で魔力を発現したので貴族としては平均である。ナタリアは若干早いくらいだ。2人の魔力量は比べるべくもないほど現時点でナタリアが多かった。
ナタリアはノートを机から引っ張り出し、書き留めているイベントを確認していく。
表紙も中身も日本語であり、なるほど明らかに転生者ですと宣言しているようなものであった。
「よく覚えてますよね」
「割と見直してるんですよ?」
何せずっと覚えておくことはできないので、とナタリアは苦笑を浮かべた。ノートは小さい頃に拙い文字で書いたものを何度も何度も更新しながら読める字に変えてきた様子が伺える修正だらけのぼろぼろのノートだ。
「うん、特に何もないですね」
「特に気を付ける様なことも無かったですよね?」
「ないですよ。お互い頑張りましょう」
ナタリアのノートを見ていると、ナタリアって結構いろんなイベントを覚えていて、それらの回避のために動き回っていたのではないかといろいろ勘ぐってしまうのだ。特に、『イラメア』のナタリアでの攻略対象の中で1人だけ、正規の攻略対象だったものがハズレになるキャラクターが居るのだ。
名は、レオン・クローディ。
クローディ公爵令息である。
ナタリアはす、と目を細める。
今日は確かに、攻略対象とのイベントはない。だが、他にもやっておくべきことがある。エリスの事についてもいろいろと手を打っておくべきだろう。
そろそろ行こうか、と言ってナタリアは出発準備を整え、エリスと共に食堂へと向かった。寮生は朝食から学食が解放されている。早く行かないと時間ぎりぎりになってしまうので、2人は先を急いだ。
♢
中等部では、初等部ではあまり教えてこなかった、国の成り立ちを含む歴史や神学といった授業が必修となっている。初等部であった一連の騒ぎの反省をもとに必修化されたといった方が正しい。その分歴史や神学を教える教員は張り切っている。
ロキはノートを開いてこそいるが、特に板書を取るでもなく、メモを取るでもなく、ひたすら教員が話す内容と教科書を見比べているばかりだ。それで覚えられるし、ノートをとるよりも話を聞き終わってから大事なところをまとめた方がいいと思ったからだ。初等部の時はまだもう少し板書を取っていた気もする。
その横でノートを丁寧に取っているのがレイン、ざっくりとしかノートを取らないのがソルである。ルナはどちらかというと丁寧にノートを取るタイプらしく、きっちり板書内容を写している。その横ではロゼがメモ書き程度のノートを取っている。
中等部からは平民の入学枠が大幅に拡張されることもあって、貴族子弟が従者を連れて来ることもよくある。ロキはシドとゼロを平民枠で連れてきたし、ちらほら従者に入学枠を当てている貴族子弟が確認できた。
ロゼはあえて大人の従者を2人連れて来ているのだが、これは同級生に付きまとわれるのが嫌だから、だという。要は、一番信用できる人間を傍に置くということであろう。その内生徒に替わっていくだろう。変な取り巻きができないと良いが、とロゼは心配を口にしていた。
シドはその性質の関係上、ロキらが受ける授業の内容をほとんどそらんじて言える状態であるため、ロキは注意などしない。
ゼロは何とかガルーの許可をもぎ取って従者としてついて来ている状態であるため、特に注意すべき点が無いのはよい点であろう。初等部の間もロキと毎日顔を合わせていたはずなのに、中等部に入ってスキンシップが多くなってきた理由をロキは知らない。
歴史の講義は大半の貴族子弟が家庭教師や初等部で学んできたことのおさらいであるため、さらっと流されることが多いが、今習っている所は随分と丁寧に講義が行われていた。というのも、昨年のロキへの出自種族を理由にしたあるまじき教員の行動とそれを助長しかねない生徒側の態度をどうにかしようということで、貴族の出自血統についてとその関係の授業をすることになったのだ。
まず、今現在ロキたちが住んでいる大陸を“魔大陸”と呼ぶ。これは、魔力を扱う種族が多く住むために名付けられた名であり、今現在貴族階級が魔力を持つこととそれなりに関係のある名となっている。
次に、旧帝国と呼ばれる国家――ガルガーテ帝国が建国されるまでの流れを学ぶ。
簡潔に表すのであれば、かつて他種族を激しく迫害する魔人族の国があり、数が少なかった種族の者たちが手を取り合って生まれたのがガルガーテ帝国である。王族に選ばれたのは、いわゆる器用貧乏で知れた“ヒューマン”であった。
ガルガーテ帝国の建国に寄与したのは亜人に分類される人刃族と獣人族、鳥人族、魚人族とドワーフであり、彼らは貴族に登用され、魔人族との戦争に勝利し、広大な土地を治めるようになった。
「――このようにしてガルガーテ帝国は建国されました」
この部分は、丁度今年度から新しく追加された、ガルガーテ帝国建国史とそれ以前の範囲である。ノートを取りつつも貴族の一部を除き、大半の生徒が驚いて声を上げた。
「ガルガーテって死徒の国なんですか!?」
「ええ、その理解で間違いありません」
死徒と呼ばれるものは、今でこそゾンビに限定されつつあるものの、本来の意味では、死神の代理人足り得るものである。主に知られているのは、人刃族と鳥人族、魚人族だ。人刃族は人間と血を混ぜて今も生き残っているが、魚人族は陸の生活が合わず、直ちに海と川に還っていったと言われていた。鳥人族も、時代の流れとともにその美しい羽根を目的に狩られることが増え、人間への信頼を無くしていき、今はエルフと並ぶ人間嫌いの種族として有名だ。
勇気を持って問い掛けた生徒は何を考えていたのだろうか。ロキはその生徒をちらと横目で見やった。人間が非常で狡猾な種族だと教えるような講義になっていることは否めないが、歴史上事実として存在した事実でしかないため、ロキは何か言おうとは思わない。どんな種族にも悪い奴は存在しているものだ。悪い奴の行動が目立つだけだ。
歴史学と銘打たれるこの科目のことは、ロキはとっくにアンリエッタから習っていた。話半分もいい所であろう。
自分たちを人間だと信じている死徒血統は案外多い。ロキが幼少期には自分の家系が人刃血統とは知らなかったように、自分たちの血統というのは案外知らされていないまま時代が下っている家が少なくない。カイゼル伯爵家のような特殊な家でもなければ、代々伝えるということはほぼないだろう。
ロキだって、公爵家はそれぞれの死徒血統が元だろうと思っていたのだ。まさか5つの公爵家のうち4つが人刃族だったなんて、知った時には驚いた。偏りすぎだろう。なお、前世の記憶に頼ろうにも、そも舞台がリガルディア王国ではなくガントルヴァ帝国であるため、ガントルヴァ帝国の歴史はある程度理解できても、リガルディアの話はまったくといっていいほど出てこない。
さて、ロキたちは案外前の方に座っているのだが、そのすぐ後ろにエリスとナタリアも座っていた。
「……初めて知った……」
「うん、まああんまり知る機会ないもんね」
エリスの言葉にナタリアが苦笑を浮かべる。
ナタリアは生まれも特殊ならば現在いる家もちょっとばかり特殊な家であるため、知る機会も多かったのだが、それ以前の問題もまた、存在している。
ナタリアは、授業が終わったら話し掛けようと思いながら、前の席に座っているロキたちを眺めていた。あまり視線をぼんやりと向けていたら、ロキがちらとナタリアの方を見た。
――熱烈ですね。
口の動きだけでロキが言った。ナタリアは後で話しかけてやると決めた。
じきに授業の終わりのチャイムが鳴る。
挨拶をして荷物をまとめ始めると、エリスとナタリアに1人の令嬢が声を掛けてくる。
「ちょっとよろしいでしょうか、ナタリア様、エリス様」
「はい」
「へっ? あ、はい」
声を掛けてきたのは赤い髪の少女――ソル・セーリスだった。
にこりと微笑んだソルはそのまま続ける。
『この後お話したいのだけれど、お時間あります?』
日本語で掛けられた言葉に、2人は顔を見合わせ、小さく頷く。特段この後は午後からの授業のない身であるし、問題ない。ソルは満足そうに笑みを浮かべて、ロビーで待ってるわ、と言うとそのままロキたちの方へと戻って行った。
エリスはロキと少し目が合った気がしたが、そのままロキはゆるりと視線を外し、2人の黒髪の従者を伴って出て行った。
「……ロキ様、初等部の間に精霊見えるようになってたのね……」
「え、見えてらっしゃらなかったんですか?」
「うーん、まあね。大まかな場所とかは分かってたみたいですけど、今回ははっきりとエリス様の横にいるその子を見てたから」
エリスは示されたところにいる下級光精霊を見る。淡く黄色に光っていて温かそうに見えた。実際はただマナが集まって光っているだけなので熱いも冷たいも存在しない。これが火のマナであれば熱いも冷たいも存在するのだが。
「……それにしても」
「はい?」
「……ロキ様ってホントなんか……こう……目に毒?」
「あー、ロキ様お綺麗ですものね」
「エリスちゃんは平気なのかよー!」
「なんかホントアイドル見てる感覚なので」
「うわーヒロインらしくねー!」
「ちゃんと教育受ければこうなると思いますよ?」
エリスとナタリアも荷物を纏めて、おそらく先に出て行ったソルがいるであろうロビーへと向かった。
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