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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
初等部編
70/376

閑話 プリンと米

書き直しました。

レイン・メルヴァーチは甘党である。

最近特に、フルーツタルトがお気に入りだった。


「お邪魔します」

「いらっしゃいレインちゃん。ゆっくりしていってね」

「ありがとうございます、スクルド伯母上」


レインがロキと仲良くなり始めてから、レインが時折ロキの元を訪れるようになった。ロキが菓子を作れるということを知ったらしいレインが、ロキの元に入り浸るようになったのである。


「アリア」

「はい」


近くにいたらしいアリアにスクルドが声を掛けると、アリアが近付いてきた。彼女の正体を身内とはいえ今レインに伝える必要もなく、対外用の態度で偽名のまま呼ぶ。


「ロキ様のところへお連れいたします」

「ああ」


王都にあるフォンブラウ家の邸宅は、白亜の壁にところどころ赤い金属の装飾が入っているのが特徴である。リガルディア貴族の邸宅としては最大級の敷地を持つが、建物自体はそこまで凝ったものではなく、どちらかというと武骨な砦の印象を受ける作りとなっていた。


レインの自宅であるメルヴァーチ家邸宅は侯爵家ということもありそれなりの大きさではあるが、フォンブラウ家の屋敷ほどではなく、部屋数もそこそこ多い程度である。フォンブラウ家の部屋数を一度ロキに尋ねたら、30以上の部屋があった。ロキ自身もすべての部屋を把握しているわけではないらしい。


廊下はピカピカに磨かれた赤い魔晶石のタイルが敷き詰められ、窓の装飾は恐らく魔導鋼で作られている。贅の限りを尽くすというより、過剰なまでの防衛体制といった方が正しいのかもしれない。以前は大理石だったのだが、ロキ様があんまり倒れるから魔力の伝導率がいいものに替わっていった、とアリアが笑ったことにレインは苦笑を零す。リフォームするレベルでロキは倒れていたという事か。それともただ単にアーノルドが過保護すぎるだけなのか。両方か。


レインの前を歩いていたアリアが扉の前で立ち止まり、ノックする。


「ロキ様、レイン様をお連れいたしました」

『入れ』

「失礼いたします」


どうやらレインを待っていてくれたらしい従兄弟。今日は読書でもしていたらしく、中に入ると栞を挟んだ本を机に置いていた。


「よく来たね、レイン」

「僕の方から行くって言ったんだ。いいよ」


何かあればお呼びください、と言ってアリアが退出すると、レインとロキは早速テーブルに移動して、ロキが書き出したレシピを覗き込んだ。


「これ何のレシピ?」

「プリン」

「ぷりん」


レインは甘党である。ロキはそこまで甘党というわけでもないが、甘いものが嫌いというわけでもない。プリンのレシピ自体はロキの前世から引っ張ってきたものだった。


「……転生者って、ほんとそういうの得意だよね。料理人形無しじゃないか」

「俺の前世の人間が生きていた時代は、そういった情報を集約していた時代だったみたいだよ。光る画面の向こう側には壁しかないのに、光る画面の中に別の領地の人間の顔が映ったりする」


テレビやビデオ通話のことだと、ソルたちがこの場に居ればすぐに理解できただろう。ロキは今現在、最低限電話のようなものを作りたいと考えている。レインにも持たせてやりたいと。


「ロキの前世の話ばかり聞いて申し訳ないけれどさ。僕ら貴族よりよっぽど上流階級みたいな生活だよな」

「それは俺も思った。鉄でできた車が走るんだぜ。今の街並みなんか、道幅が足りない。馬車よりデカいのだって走ってた」


自動車は大小様々ではあるが、この世界ではきっとあまり普及しないだろうなとも思った。いや、いっそ普及すると面白いかもしれない。ミスリル製の自動車とか、絶対強い。材質によっては魔術を怖がらなくてもいい装甲車になる。


「ま、軍備のことは後だ。今はとにかくお前にこれを食べてもらいたいのさ」

「結構重要なことだと思うんだけどなあ」

「そんなものはフレイ兄上に任せておけばいいのさ」


家を継ぐ気が全く無いロキは、既に試しで作ってみたというプリンを虚空から取り出した。レインはロキのほぼ無尽蔵と言っていいアイテムボックスの容量がちょっと羨ましかったりするのだが、恐らくそんなことを言えば容量が小さいソルは勿論、そもそもアイテムボックスの適性がないヴァルノスが敵に回ること請け合いである。レインは残念ながら彼女らを上手く釣る餌の準備の仕方が分からないので、何も言わない方が吉。


「そういえばアイテムボックスってどういう原理で皆使うんだろう?」

「七眼竜の加護だって話があるな」


プリンをレインの目の前に置き、スプーンをロキが並べる。一応お試しで作ったものだからとは言っているが、レインはロキが作るお菓子類が美味しいのはここ2年の間に嫌というほど理解した。まずハズレはない。正確には、恐らく失敗したとしても表に出していないだけだろうとは思うが。


カラメルソースをかけて召し上がれ、とロキが言う。早速スプーンで掬ってみる。


「冷えてるな。それに、甘い香りがする」

「いくつかバリエーションがあるみたいだが、俺はこれしか知らん。シェフにレシピ研究してもらおうかな」

「それも面白そうだね」


ちなみにロキが言っているのは焼きプリンのことだ。ソルなら理解したかもしれない。


「……美味しい。口どけがいいね、これ」

「ん。いい感じ。まあ、結構道具も選んだしな」

「へー」


スプーンであらためてプリンをつつくと、ぷる、と揺れた。型に流し込んで固めたのだろうと想像はつくのだが、ここまで柔らかなものがよくもまあ高さを保っているものだと思ってしまうのだ。


「そういえば、これ、ソキサニス領のトーフに似てるな」

「!」


ロキが少し目を煌めかせる。レインも一度食べただけなのだが、滑らかな舌触りと少しの甘みが特徴的な食材だったと記憶していた。


「トーフに興味があるのか?」

「ある。割と本気だ。ゼロの食生活もかかってるかもしれない」

「それお前の使用人候補の名前だよな? 気に入ってるのか」

「まあ割と」


どんなものだったの、とロキが尋ねるので自分が覚えている限りのことを話す。ロキにとっては前世から馴染みのあるものだったようで、ソキサニス領のことを伝えると納得したように、でもちょっと諦めが含まれた態度でソファに沈んだ。


「海があるのはソキサニスだったな……」

「トーフを作ろうと思ってたの?」

「俺は割と好きなんだ。同じ大皿をつつく習慣がないから鍋もないだろうし、というか大豆があるならソキサニスとはもう少し食文化的な意味で父上に交流を持っていただきたいな」


ロキの言葉にレインは遠い目をする。


「アーノルド公ソキサニス公の教え子じゃん……」

「かわいい子供の我儘くらい叶えてほしいね」

「ロキのそういうとこ可愛くないと思う」

「いいじゃんかちょっとくらい」


話が飛躍した気もするがロキとレインは楽しそうだ。


「イミットの食文化に近いものをソキサニス公がお持ちだとは知らなかった」

「僕だって、母上が僕を公に見せに行くとか言わなかったら知らなかったよ……」


5つある公爵家の中でも最も力があるのはフォンブラウだと言われているが、ソキサニス公爵家との差は正直、領内の民をまとめられているかどうかと、資金力ぐらいしか差はない。国にとって国民をまとめられていないというのは大問題と感じられるが、理由としてはそもそも、ソキサニス領に住んでいるのが蜥蜴人(リザードマン)が多いというのが大きい。彼らは自分たちの領域を侵す者に対して容赦がないため、冒険者でも顔馴染みでなければ、下手な場所に入ると殺される。ソキサニス公爵家はそんな彼らの血を混ぜることで交渉の席に着きやすい立場を確立してきた。


沼地が多く水はけが悪いので麦が育たず、フォンブラウ家とは別の意味で主食の調達に四苦八苦している領地でもある。


「米あるかなあ」

「こめ?」

「稲」

「え、あんなものどうするのさ」


レインの反応にロキがニヤ、と笑みを浮かべた。


「食うんだよ」

「??????」


レインが宇宙猫に見えたとか、ロキはそんな野暮なことは言わない。


「プリンを作るときにもぶち当たった問題ではあるんだが」

「うん」

「蒸すとか炊くとかの調理法がこの国にはありません」

「どんな調理法なんだよそれ」

「とりあえず油は使わないな」

「へー」


簡単な調理であれば、行軍訓練で学ぶというから、その練習くらいはレインもしているのだろう。油を使わない調理法と聞いて、レインは興味をそそられたようだった。


「どうするんだ」

「水を沸騰させて、その蒸気で加熱するのが蒸す、工程がほぼ煮ると同じなのが炊く」

「お前意外と大雑把だろ」


米が手に入ったら実際にやってみるのが早いと思う、とロキは言った。プリンも蒸してるんだよと付け加えれば、それでそういう説明に繋がったのかと何か納得されて、少しロキは複雑だったりする。


「とりあえず、父上に米を取り寄せてもらおう」

「主食にされていないなら安いかもしれないな」

「まあ、フォンブラウ領で育つとは思わんが」

「お前……」


フォンブラウ領は暑いうえに湿気が多い。日本の夏が一年中続くような領地だと思えばいい。大半の気候変動が精霊の移動によって引き起こされる以上、一定のサイクルこそあれど、フォンブラウ領の気候が変化することはそうないと思われた。


「とりあえず、伯父上も大変そうだね」

「まあ、俺は普段我儘を言わない分ここぞって時に使うからな」

「タイミングは見てやりなよ?」

「わかってる」


プリンを気に入ったレインは、両親と兄弟にも持って帰りたいと言い出した。ロキはそれが分かっていたようで、もうすぐ冷えるんじゃないかな、と笑って答えた。


「ロキが作ったものじゃないんだね」

「シェフが作った方が美味いに決まってる」


なおこのシェフは実際にはラックゼートなので、名前だけは伏せておこうと誓っていたらしいロキであった。


作者が実際にプリンを食ってた時の話です。

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