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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
初等部編
61/376

2-24

2025/03/19 抜けがあったので修正しました。

心地よい日差しの差し込む初夏の休日。ロキがタウンハウスの中庭で日向ぼっこをしている。くぁ、と小さくロキが欠伸をした。


「ロキ、進化の下準備が終わったみたいだな」


デスカルの赤い髪が風に揺れる。声を掛けてきたデスカルの方を見て、ロキは軽く首を傾げた。何か自覚のようなものは特になかったと思う。


いや、否。ロキはデスカルに言われて気が付いた。ここ最近ずっと身体が重たくて、眠たくて、読書にも身が入らなかった。進化の前段階というか、下準備が終わったと聞いて、納得したのだ。


進化直前の人刃というのは、基本的にイライラして暴れまわるものなのだとデスカルは言うが、ロキが暴れる様子はなかった。


「人間の血が混じっている所為は大いにあるだろうな」

「そんなもんなのか」

「人間は眠けりゃ寝るだろ。人刃は深い眠りと浅い眠りを自覚する奴が多いから、イライラしやすいのかもしれないね」


デスカルの言葉にそんなもんか、とロキは呟いた。浮草病が治ったから余計に進みやすかったかもしれないなと付け加えるようにデスカルが言うと、ロキは生返事を返した。どうやら相当眠たいらしい。


「ロキ、眠いか」

「……ん……けっこーねむい……」


少し舌っ足らず気味になったロキにデスカルが笑みを零し、じゃあゆっくり眠れる所に行こうな、と言ってロキを抱き上げる。ロキは抵抗しなかった。彼女は自分に悪意を為すものではないと知っているからこそ。


「よっしゃ、任せな。ちょっと寝とけ」

「ん……」


何でもかんでも任せっきりだな、と思った。ありがとう、と言ったつもりだったけれど、届いただろうか。


「――いいって。良い子、良い子、ゆっくりお休み」



「さて、お前さんらを招集したのは他でもない、ロキが1度目の進化に入ったよ」


王都フォンブラウ邸、応接間。

デスカルの招集でアーノルドをはじめとした、フォンブラウ家のメンツとその使用人たちが一堂に会している。


ロキの進化の知らせは彼らを湧かせた。中でも喜んだのはアーノルドだったのは言うまでもない。


「ロキが、進化、か……感慨深いな」

「ロキちゃん……」


また見え辛くなっちゃうわねえ、とスクルドは不満気味だったものの、アーノルドを見ているとまあいいか、となってしまうようだ。


「アーノルドがここまで楽しそうだとこっちも流されちゃうわね」

「そうね」

「そうだろうか? 考えてもみてくれ、ロキは割としょっちゅう体調を崩していただろう。少しでも落ち着く可能性があるのなら、私は賭けるさ」


ロキが体調を崩すのは今に始まったことではなく、年に数回はベッドの住人になっている日があった。アーノルドもスクルドも病知らずなのは言うまでも無く、かろうじてコレーが加護の関係で体調を崩す場合があるくらいの状況で、ロキは最も虚弱であり、アンリエッタが定期的にロキの体調に合わせて調合してくれた薬を服用し続けている。


学園に行くようになってからはだんだんそれも少なくなっていたのだが、まったくなくなったわけでもなく。最近嬉々として学園に登園しているのを見ていると、ごく普通の子供に見えるのだが。


余談だが、アーノルドのしょっちゅうというのは、おおよそ半年に1回体調を崩すのでもしょっちゅう体調を崩す、という認識である。数年に1回でも割としょっちゅうと思ってしまうかもしれない。それくらい色んな意味でアーノルドたちは頑丈、もとい頑強だった。


「アーノルド、一つだけ覚えておいて欲しいんだが」


デスカルが口を開く。アーノルドだけでなく、スクルドもデスカルの方を向く。


「なんだ?」

「あのな……ロキ身体弱いって言ってるけど人間よりは頑強だからその辺だけはちゃんと覚えとけよ?」

「……そうなのか?」

「そうなんです」


デスカルは小さく息を吐いた。この人刃共、なまじ頑丈なためロキの身体がどの程度の強度なのかを把握できていない。


デスカルの見立てでは、少なくとも今現在のロキはよっぽど虚弱と言われる人間よりは虚弱ではないし、片手で人間の成人男性なら放り投げるだけの膂力もある。進化によってもう少し虚弱さも無くなるだろうが、アーノルドやスクルドのような、人刃らしい人刃から見たら虚弱であることに変わりはない。相対的に見ると弱いが絶対的なもので見たら決して弱くない、そういう話だ、これは。


戦う者としては強いが病には弱いという、なんともあれなバランスである。アーノルド自身が強力過ぎる為周りに集まるものもそれなりに頑強な個体が多く、人間であってもそれなりの実力者しか組んだことのないアーノルドは、人間は弱いと頭では分かっていても基準がずれている部分がある。デスカルはここ数年の間に大体それを理解した。


(いや、こういう種族にしちゃ分かってる方なんだが、まだ足りないんだよな。そもそもそういうの合わせて動くのは間違いなく部下の方だから、大まかなハズレじゃない指示が出せるだけでもすごい事なんだが)


国を回すにおいて現場の事をある程度理解できていることはアドバンテージである。アーノルドにはそれがある。部下からすれば十分だった。だからアーノルドは領地経営を十全に行えているのだろう。王都に居るにもかかわらず、だ。


リガルディアの貴族は他国の貴族と違い、政治をするメンツと領地経営をするメンツが分かれていることが大半である。政治のメイン舞台は王都であるから、政治に適性を持つ個体が王都に出て来る。だがしかし、領地経営――というより、魔物への対処を含む領地の防衛をするのが当主である。金の使い道に関しては政治担当とやり取りして決めている家がほとんどだが、基本的には戦闘力がより高い方が当主であることが多く、権限を持っているのも当主の方だ。その為リガルディア貴族は脳筋志向が強い。頭をかなり回せるがために爵位を息子に譲れなかったソキサニス公グラートは象徴だと言えるだろう。


その中にあって、アーノルドはグラートと同じく政治ができる当主という、かなり特殊な立場にある。単純な戦闘力ならば先代や先々代の方が強力だとも言われるが、アーノルドは何せ加護を持たない。加護なしで加護持ちと渡り合って加護持ちが辛勝するくらいの実力を持っているのだから、当主として推されるのも納得ではあるのだ。


一方他種族は爵位が高いほど魔力が多いことが多く、ヒト、ヒューマンもその例に漏れない。当主1人で領地経営も政治もやっている――語弊はあるが、責任者はどちらも当主である。そしてそんな当主たちと会うことが多いアーノルドでは、基準が上がっているのも致し方ないというところ。とはいえ、若い頃のやんちゃのおかげか、底辺層の事も多少は知っている。


「さて――そろそろロキの進化の準備に取り掛からなきゃいけないが、魔石のストックはどれくらいあるんだ?」

「ロキ様の体質に合わせて、魔晶石を全属性、半年分です」


ガルーが答えた。王都フォンブラウ邸に結界を張った時に、半年でなくなる量の魔晶石を溜め込んでいるらしい。デスカルはぎょっとした。そんなにか、と。けれどロキの体質を思い返して、足りないかもしれないなと零す。


「足りないか」

「属性の割合にもよるけど、闇が多いなら大丈夫。それ以外が多いなら足りんな」

「ガルー、割合は?」


アーノルドがガルーに確認すると、ガルーは少し顔を顰めたので、デスカルの読みが当たったのだろう。


「闇2、光1、火3、水2、風1、土1でございます」

「ま、火が集まりやすいか。闇属性の魔晶石なんて少ないのによく集めたな」


デスカルは立ち上がる。


「ロキの部屋に運んでやって」

「どこへ行くんだ?」

「ドルバロムの親父殿の所だ。下地を整えるのが大切だからな」


窓を開け放ち、デスカルが飛び降りて行ってしまう。アーノルドはそれを見送って、自分もソファから立ち上がる。


「支度を。私は他家へ手紙を書く。スクルド、メティス、手伝ってくれ」

「分かったわ」

「いいわよ」


アーノルドがスクルドとメティスと共にペンを手に執った。



ロキの部屋に異常なまでの魔力が溜まっている。人間では近付けないレベルの、瘴気と呼ばれる濃度に達したそれは、混血でさえ耐えきれない。


「すごい濃度ですね」

「これが人刃の進化ってやつなんでしょーよ」


メイド服の少女と使用人服の白い髪の青年が言葉を交わす。アリアが口を開いた。


「ルート、イゴー、準備は良い? 行くわよ」

「はい!」

「へーへー」


せーの、とセトナが声を上げ、ばん、とドアを開ける。両開きのドアに施されていた術式が消えて、留められていた刺すような魔力が3人を包んだ。


「痛い!!」

「冷てぇ!!」

「文句言わずに魔晶石の配置を早く!」


ルートとイゴー、2人が廊下に用意されている木箱に手を伸ばし、方角を見ながら魔晶石をひっくり返していく。


「南火でよかったよな!?」

「東が風と植物混じり、西が金属系、南が火、北が水と氷、部屋の真ん中は土、闇と光はベッドの周りにって言われたでしょ!」

「確認だろうが!」

「ぐずぐずすんじゃな、ぃわ……!」

「「アリア侍女頭!」」


部屋の真ん中に土属性の魔晶石をひっくり返していたセトナが膝を突いた。


「純血の吸血鬼はお呼びじゃないみたいね……」

「吸血鬼の魔力耐性ぶち抜くってどういうことだよ……」

「アリア、早く部屋の外に!」


血を溢したらダメ、とセトナはスカートで口の端から溢れる血を受け止めながら部屋の外に出る。次の箱を運んできたゼロとシドが目を丸くして声をあげた。


「セトナ! 大丈夫っスか!?」

「何が、あった?」


シドとゼロが掛けた言葉に、ひとしきり血を吐き出して、セトナは部屋の中を指す。


「ロキ様の進化用の魔力に障ったのよ。吸血鬼が障るなんて、思わなかったけれど」

「やべえなオイ」

「だからガルーさんとリウムベルさんが離れてるのか」


セトナぐらいしか耐えられないという判断だったのだろうと理解して、平気な顔でセトナが障ったはずの魔力の溜まった部屋の中で動き回っているルートとイゴーを見やる。

2人とも障っている様子がないので、何か理由はあるのだろう。


「体質か、あれ」

「ルートの方はそうね。イゴーの方は理由は不明よ」

「へぇ」


2人が次の箱を寄越せと手を伸ばす。シドとゼロは箱を渡した。

少し触れただけで呼吸が止まりそうなほどの重圧を感じて、ゼロが目を見張る。


「どした」

「呼吸が止まるかと思った」

「ああ、ありゃ半精霊が魔物堕ちするレベルだわ、流石ロキ」


そも精霊とは身体の殻を持たないマナの集合体の事を指す。

半精霊も精霊ではあるが、半分は生身の肉体を持っている。身体が完全に魔力で侵されると、生身の部分以外も殻を持つに至り、晴れて魔物になるというわけだ。


「次の箱寄越せ」

「ほい」


山と積まれていく魔晶石と、運び込み続けるルートとイゴーをしばらく眺めて、シドは動き始めた。まずはゼロをここから遠ざけることと、セトナの治療が必要だ。


「ゼロ、空になった箱持ってくぞ」

「ああ」


箱を回収してシドが立ち去ると、ルートとイゴーはあっという間に他の箱も空にした。あと少しあったよねとルートがイゴーに確認したところで、最後の箱を持ってアーノルドがやってきた。


「アイン、キャンベル、これで最後だ」

「当主様!」

「お、旦那様。お手紙は終わったんですか?」

「ああ、コウモリで送ったところだ」


どん、と箱を床に置く。アーノルドが手ずからやろうとしたということは、間違いなくアーノルドがロキを気にかけているという事なのだけれども、それを見てイゴーは目を細めた。


「……何か?」

「いンえ、珍しいなァと思っただけですよ。これ終わったら俺らは退きますんで、あとはお願いしますね」

「ああ、ご苦労だった」


最後の箱は黒と紫の混じった闇属性の魔晶石だった。ロキのベッドの近くにばらまいて箱を空にして、イゴーはルートを伴って部屋を離れる。あとのことは人刃たちが勝手にやるだろう。アーノルドの後ろにいつの間にかスクルドが居て、転移門が開いた気配がした。


「大掛かりっスね」

「そうだな。ここまでになるとは、私も思っていなかった」


イゴーが離れていく。

駆け足気味にアーノルドに近付いてくる足音。


「アーニー! スクルドも、随分大変なことになっているじゃねーか!」

「来たか、ロギア」

「いらっしゃい、ロギア」


どうやらロギアが駆けつけて走ってきたらしい。そのうちリベルトも来るってよ、とグラート公の息子の名前が出て、恐らくグラート公が寄越したのだろうなと想像できるアーノルドだった。


「ランベルトも来た」

「一緒に来たのか」

「おう」

「置いて来るんじゃない」


いつぞやのデジャヴを感じながら、集まってきている他の人刃族を待つ。じきにやってきたクローディ家新当主とソキサニス家当主の息子に礼をして、アーノルドとスクルドはロキの部屋に入った。


「いかにも進化前です! という感じだな」

「ここまでの濃度の魔力はなかなか見たことがありませんね」

「ゴルフェインの阿呆は来なかったんだな」

「ユーディットが来ないと意味がないからな。今領地に戻ってただろ」


アーノルドが考えたのは、魔晶石では足りない分を補えるだけの魔力を持っている者から魔力を徴収するという方法だった。だがしかしこれでも足りないだろうな、と思う。直感的に分かる。


「足りんな」

「進化2回に分けようぜ」

「どうやって」

「気合」

「ロキ君はお前の根性論は合わないだろうなぁ」

「スクルドだって似たようなもんだろー??」

「あら、一緒にしないで頂戴?」

「えーっ」


これは学生時代に同じ学年に居た面子だ。アーノルドは考える。


「進化を2回に分ける、となるとある程度の所まではこちらで持って行くか。デスカル、調整を頼めるか」

「ロキが一時的に体調崩しやすくなるけどいいんか」

「ああ」


アーノルドの声にどこからともなく姿を現したデスカルに青い髪が跳ねた。


「進化に失敗すれば弱体化も著しくなるはずだ。シラー入りの個体をそれで失うのは惜しい」

「素直に息子が可愛いって言えや」

「息子が可愛い」

「よろしい」


親バカになったなあとロギアに背中をバンバンと叩かれながら、アーノルドは準備を始める。ベッドの傍らに立つ。すやすやと小さな寝息を立てているロキのまろい輪郭に触れる。すり、とアーノルドの手に頬を寄せたロキを見て、瞑目した。


「アーノルドって陰キャだったんか」

「こいつ以外に陰キャいる?」

「俺の妹」

「あれ陰鬱っていうより闇属性」

「外野、煩いぞ」


何とも締まらない。アーノルドは手を引っ込めて跪き、スクルドたちもそれに倣った。




「いくぞ」


デスカルの一声で、フォンブラウ邸に黒い帳が下りた。魔力の渦は闇の中。王都に滞在していた者たちの中にはふと、空を見上げた者たちも居ただろう。気取られず、気取らせず、人刃族は一つ、前へ進んだ。


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