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2021/05/30 加筆修正いたしました。大幅に内容に変更が入っており、現在次の話と繋がっておりません。お気を付けください。
2025/11/27 加筆修正をしました。
2026/01/14 加筆修正しました。
2026/02/19 ブラッドサイスの紹介をしてませんでした……。
フレイとスカジとロキに、ブルーバイオレットの髪の弟ができた。名前はトール。アリアの予測通り、トール神の加護持ちが生まれたのだ。
フレイは、この先もきっと、ロキのあの顔を忘れることはないだろう――あの、アリアが戻ってきて、弟が生まれたと言った後の。
『母子ともに、健康です』
トールの誕生を喜んでいたらしいロキの動きが止まって、声も無く泣いていたのを。アリアが何か言って抱き上げて漸く、大声を上げて泣き出したのを。
母親が死ぬことを予感でもしていたような、あの表情を、きっとフレイは、忘れない。
♢
メルヴァーチ侯爵家。スクルドの実家であり、水と氷の魔術を扱うのが得意な家系である。現当主はスクルドの弟であるゼオン・メルヴァーチという。スクルドは実家と仲が良く、フレイたちが生まれたときにはメティスもともに挨拶に行くくらいの関係があるのである。
アーノルドが出張から戻って来て最初の一言は「スクルド、ありがとう」だったのだが、加護持ちとわかって、「またか!」と言っていたのが印象的であった。自分は加護を持っていないのに子供たちが加護持ちしかいないのが不安なのだろう。
アーノルドは外交関係で飛び回っていたためそもそもリガルディアに居ないことが多かったのだが、それもこれもまとまった休暇を取るためであり、アーノルドはスクルドの実家へ行く計画を立てていた。トールが生まれて暫く経つ頃に丁度メルヴァーチ侯爵家領地への旅程が組まれていたのである。
アーノルドが担当しているのは現在外交大臣と言って差し支えないポストだが、外交大臣に任じられているわけでもないので何とも中途半端な立ち位置だったりする。早くちゃんとしたポストをくれ、とアーノルドが思っているのは同僚たちから見ればバレバレだった。そうでなければ、領主としての仕事も延々と兼任することになるからだ。
リガルディア王国の貴族というのは、武力に秀でた当主と、より頭脳労働に秀でた当主補佐の2名が権限を握っている。領地持ちであれば当主にとって武力は必須の要素となり、領地のない法服貴族と呼ばれる貴族はどちらかというと頭脳労働が求められることが多い。無論、武力で成り上がったタイプの法服貴族もいるにはいるのだが。
アーノルドはリガルディア王国が国家として始まった時からあった古い貴族の家を背負う当主である。フォンブラウ公爵家の歴史はリガルディア王国そのものよりも古いとすら言われ、それだけ誇るべき由緒正しき貴族なのだ。
諸事情により現在の領都は新しく遷都したものだが、そこでもフォンブラウ家は上手く領主の仕事をできていた。そこに湧いた外交官としての仕事。アーノルドの忙しさは推して知るべし。
勿論領地の運営は代官に任せている部分が多いのも事実なのだが、その代官は数年に一度入れ替えがあるので領主の仕事は決して大幅に減っているわけではないのだ。
閑話休題。
アーノルドは出張ばかりの仕事に対し、出張先で子供たちにお土産を買うのを一つの楽しみとしている。必ず全員分あるわけではないが、無いなら無いで食べ物などを買ってきてくれたりするので、子供たちからの評価はそれなりである。普段いない父親に対し顔を覚えているだけでも御の字であろう。
ロキが2歳の年になり、トールは満1歳を数えた頃、アーノルドがロキに土産を買ってきた。それは帝国土産の可愛らしいペンダントであった。アンティークの小さな銀細工ものである。御守りの効果が付いていたのが決定打となったらしいアーノルドの買い物は、小さなレッドベリルのアミュレットだったのだ。
ロキはまさかこんなものを貰えるとは思っていなかった、と後に語る。
ロキは加護持ちの関係か、はたまた転生者である関係なのか、あまり自己評価が高くなかった。それでお土産がもらえないとか、子供を贔屓したり仲間外れにすることなどないとアーノルドはロキに対し熱弁することとなったが、今は脇に置いておく。
メルヴァーチ家の領地は王都から見て南東にあり、本来ならば熱帯に近い気候をしている緯度に存在するのだが――アヴリオスにおいては気候を決定付けるものは緯度やら自転やら回帰線やら気流やら気圧やらといったモノだけではなく、マナの属性が関係する。空気中の一部の属性マナの含有量によって気温の上下が起きるのだ。具体的に言うと、火属性のマナが多いと暑くなり、水属性や氷属性のマナが多いと寒くなる。水属性のマナは湿度には関係しないが、水害の威力を高める。そしてメルヴァーチ領は氷のマナが多く、寒い土地である。
トールが生まれて1年、猛暑というか夏ど真ん中の七の月。避暑地としてもよく選ばれるメルヴァーチ領へと、フォンブラウ一家は出発した。
父親が長く自分たちと過ごしてくれることが珍しいせいか、フレイとスカジはアーノルドと同じ馬車に乗りたがったし、メティスはプルトスがやたらロキを嫌っていることを理由に、プルトスともに邸宅に残ることを決めた。
馬車は2台、1台にアーノルドとスクルド、スクルド付きの侍女サシャ、フレイ、スカジ、ロキ、トールの7人が乗る。かなり大型の馬車だが、いざとなったらアーノルドは外に出て戦わなければならないから、といって窓際に陣取っていた。もう1台の馬車はメルヴァーチ家への土産物を乗せている。
ロキはサシャに抱えられている。騒ぐフレイとスカジを落ち着けるために抱き上げる羽目になったアーノルドと、トールをしっかり抱きかかえてそんなアーノルドを見て笑っているスクルド、この姿を見ているだけで、アーノルドが子供慣れしていないのが丸分かりだ。だからと言って無暗に怒鳴ることも無いのが、アーノルドの寛容さを表しているようだと、ロキは思う。
「転移陣に乗ります」
「ああ」
窓の外から騎士の声がした。リガルディア王国の王都は特殊な造りをしているため、転移魔法陣での移動が必須となる。ロキは、フォンブラウ家の屋敷から何故遠くの景色が見えるのか不思議に思っていたのだが――その理由は、転移陣を抜けて振り返ったら分かった。
「サシャ、ロキちゃんに王都を見せてあげて」
「畏まりました」
ロキが落ちないようにしっかり掴んで、サシャがロキに王都が見えるように持ち直す。ロキは王都を見上げてぽかん、と動きを止めた。
「ロキちゃん、王都はどう?」
珍しく年相応に間抜けな顔を晒したので、ちょん、とロキの頬をつついてみる。【念話】でロキに呼びかけてやると、ロキは興奮した様子でスクルドに聞き返してきた。
(あの山のような塔が王都なのですか!?)
「そうよ、あの巨大な塔が王都」
(バベルの塔かよ……)
ロキの言葉は尤もである。やたら傾斜が急な山をそのまま都市にしましたと言わんばかりの巨大な都市が、馬車の背後にそびえ立っていた。彼らはこれを塔と呼ぶ。
「……ロキ、王都は王城を頂点として、貴族街、商人街、平民街、貧困街に階層が分かれている。我々が住んでいるのは貴族街だ。あの塔状になった上にあるのが王城だ」
アーノルドの言葉にロキが首をアーノルドへ向ける。王都の構造についての情報をくれた、と理解したロキは改めて王都を見上げる。山のてっぺんに巨大すぎる塔があるような印象だ。地上何百メートル、では済みそうにないのがなんとも言えないところである。それともこの辺りは海抜マイナス地点なのだろうか。
「王都は平民街の一部と貧困街が地下にございます。正確には、外輪、今ロキ様たちのおわすこの場所よりも低い位置に存在しています」
サシャの言葉にどうやら視界に収まり切れていない地下があることを悟ったロキは、少しブルった。いや、リガルディアの王都デカすぎるだろう、と。ゲームの中でガントルヴァ帝国の帝都が水の都と言われるほど平面的で水に近しい都市であったことを考えると、とんでもない山岳都市である。
すげえ、と思いつつもサシャがそっとロキを下ろしてくれたタイミングでフレイがロキに構いたがり始め、アーノルドがサシャに眠たそうなスカジをパスしてロキを受け取った。
この時までは、特におかしいことはなかったように、ロキは思う。フレイに撫で回されてロキは疲れたけれども、アーノルドも時々撫でてくれるものだから、それだけで嬉しくなるという不思議な感覚を覚えながらの旅路だった。
今回の旅程に、ロキ付きの侍女アリアは付いてこなかった。正確には、本邸の守りが手薄になるのもよろしくないということで、戦闘ができるアリアが残されたというのが理由としては大きい。ガルーもリウムベルも残ってはいるが、フォンブラウ家が保有する私営騎士団である獄炎騎士団の半数ほどを旅程の警護に回していたからだ。
「……少し騒がしいな」
「そうね」
「少し見てくる」
「お願いね、アーノルド。今回予知はないみたい」
「分かった」
アーノルドの言葉にスクルドが返す。フレイがロキを抱えてアーノルドを見上げた。アーノルドはフレイの頭を軽く撫でて、馬車から出て行く。そのまま警護についている騎士たちの輪に加わったようだ。
長時間の念話はよくないと既に念話が切られていたロキは、詳しいことをスクルドに聞くことはできなかったのだが、何となく、周りの騎士たちがピリピリしていることだけは感じ取って、フレイに抱き着いた。フレイはロキが不安がっていると分かったのか、「だいじょうぶだ。父上なら何とかしてくれる」と返してロキを抱きしめ直し、背中を軽く叩いてやっていた。
♢
メルヴァーチへの旅程は3日間の予定だった。割とゆっくり移動したとしても、転移陣を何度か利用するため、そこまで長時間の移動にはならない。割と無口なサシャにスクルドが話題を振ることはなく、寧ろ2人とも馬車の外の事に気を配ってばかり。スカジがいつの間にやら眠ったことだけが救いかもしれない。
宿で、ずっと見られている気がする、というスクルドの言葉をロキは聴いた。しかしスクルドもアーノルドもロキに念話を繋いできてくれることも無く、ロキも、2人が忙しいならばと特に主張もしなかった。
そして、3日目、メルヴァーチ領まであと少しというところで、それはやってきた。
「ブラッドサイスです!」
「耐熱系の魔物か。舐めたことをしてくれる!」
ブラッドサイス、全体的に暗い赤の体色を持つ蜘蛛型の魔物で、通常は森の奥深くにいるため、人と相対すること自体が珍しい。しかし、動くものに本能的に飛びつく習性があり、逃げる人間の背をその鉄を切り裂く赤い前脚で追い打ちする話には事欠かない。
「ブラッドサイスは1体のようです! 赤目!」
「術者を探せ!」
馬車の外が騒がしくなっていた。ロキは馬車での移動が予想以上に疲れとして溜まっていたらしく眠っていたようだ。騎士たちの声で跳び起きた。緊迫した表情のサシャと、目を細めて窓の外を鋭く睨んでいるスクルド、窓から遠ざけられてぶすくれているスカジ、スカジの手を握って不安そうな目を窓の外に向けているフレイ。ロキは、自分たちが置かれた状況が予想以上にヤバいことに気付いた。
「行け!」
「御武運を!」
アーノルドと御者の声がして、馬車がいきなり速度を上げた。ガタンッと大きく車体は揺れ、ガツガツガツガツ、とすさまじい音を鳴らしながら何かが追いかけてくる気配がし始める。ロキは何となく状況を理解して、「……ぴえん」と呟いた。
「どうやら、魔物に襲われているみたいよ、ロキちゃん」
「あぅあーぁぅ!」
どうすんのさ!
ロキは珍しく念話を使ってくれないままのスクルドを見やった。
この日、フォンブラウ公爵家の子供たちは怪我を負ったし、この日のことで大きな傷を負うことになる。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




