2-22
2023/03/19 修正・改稿しました。
ロキ達の訓練場での風景というと、単純な訓練というより、戦闘訓練になっている。
訓練場に移動したら、まずは軽く準備運動をして、訓練場をジョギングで1周する。今日は第2訓練場を使用する。第2訓練場は小学校の200メートルトラック6本とれるグラウンドぐらいの広さがあるので、1クラスの生徒が広がったところで問題はない。
ジョギングを終えた生徒から各々魔力を身体に纏わせる練習を5分くらいする。ロキは皆から離れて単独で魔力を弄っていた。
「……こんなの、今までもやってたんだね」
フレッドの言葉に、そうですね、とルナが返す。
「怖くないの?」
「別に怖くはないです。あの人、私たちのことなんだかんだで気にする人なので」
本気で攻撃されたことなんてありませんよ、とルナが言う。レインらが魔力を手足に集中させたことで、オリヴァーからの合図が出る。
ロキの周辺に青紫の結晶が現れ、レインがそれを蹴り割っていく。カルも走って近付いていき、拳で結晶を割る。ロキがカルの方に指を振ると、結晶がカルを目指して生え始め、カルはそれを下から粉砕する。
クルトが横から走りこんできたのを見て、ロキが手をピストルの形に構え、クルトに向けて結晶を飛ばした。クルトは結晶を叩き落とし、更にロキに近付く。
ロキがその場でくるり、と回った。カルとレインが足を止め、飛び退く。クルトはそのまま手首をロキに取られ、ロキの放った魔力障壁の衝撃をまともに喰らって吹き飛んだ。
「ううっ……」
「ロキ様相変わらず容赦がないですね!」
「危機感のない訓練に意味などないよ」
クラスメイトの女子の言葉に当然のように返しながら、ロキは後方でまだ足を止めている生徒たちにも結晶を向けた。慌てて避ける生徒たちにそれ以上見向きはせず、近くに来ていたレオンに結晶を向ける。
ロキがちょっと楽しそうなのが気になったオリヴァーだが、自分も一応結晶を削る作業に入る。ロキの魔力結晶はかなり硬度が高く、オリヴァーも素手で傷が付けられるかどうかといったところだ。あくまで素手だ。吸血鬼族の力を舐めてはならない。
破壊した結晶はもらっていいとロキからは言われているため、小瓶に詰めて持ち帰る生徒もいる。オリヴァーもちょっと持ち帰って両親に渡したところ、何故か兄が喜んだ。上等な魔力をこんなに沢山結晶化して持って帰ってくるとは、と。出どころは言うまいと誓ったオリヴァーであった。
そのまま2時間近くロキは魔力結晶を生成し続け、最後の方は生徒たちがばてたので勝手に大きな魔力結晶を作り上げ、皆でちまちまと削る作業に入った。
「ロキ、大丈夫?」
「ああ」
「この野郎、またでっかい結晶作りやがって」
「これ硬いぞ畜生」
見渡す限り大量の魔力結晶が転がっている。特に大きな魔力結晶をレインとカルが魔術でがりがりと削り、ロキ自身もその右腕をハルバードに変えて結晶を削り取っていた。
「とうとうロキは半転身を身につけちまったなあ」
「闇精霊ってそういう容量の底上げがあるんだろ? あの横についてる子も関係してるんじゃね」
「あ、あの子名前は最初にロキ様に聞かせるんだって言って教えてくれなかったんだけど、人工精霊なんだって」
「「「へー」」」
ロキは半転身の訓練をしていたわけではないのだが、魔力操作訓練が終わるころ半転身を難なく行えるようになった。
理由が分からないとロキ自身デスカルたちに問うた結果わかったのは、転身がそもそもロキの変化属性の上級魔法に相当していることと、『ロキ神の加護』をうまく扱える状態になった結果、人刃の持っている『軍神の加護』が解放されたことであった。
ロキのハルバードは柔らかな光沢の白銀と、青紫の装飾面のある華やかなもので、無骨なハルバードのイメージよりは、式典用に前世でも見ていたものの方が近いなあとロキは思っている。
まさかこんなものにかつては身体が変化していたとは、人刃というのは本当に特殊なのだなと皆改めて思うのだった。
この刃を本気でロキが振るう時、刃からは艶の一切が消えているのだが、それに気付いている者は少ない。
オリヴァーは吸血鬼である。
上司に当たるのは『吸血姫』セトナではなく『吸血帝』ユスティニフィーラであるため、セトナの関係者であるロキをそこまで気にする必要はないが、問題はもっと別の点にある。
近頃、オリヴァーの両親や祖父母の動きがどうにもおかしい。
恐らく、だが。
ユスティニフィーラが動こうとしている前兆ではないかとオリヴァーは考えていた。
♢
「おーい、フォンブラウ」
「はい」
オリヴァーはロキに声を掛けた。放課後のこと、皆帰ろうと支度を始めた頃で、ロキに関して言うのであれば鍛錬をして帰ろうとするのが常にもかかわらず、今日に限って早々に帰る支度をしている。
「なんでしょうか、先生」
「ちょいと聞きたいことがあってな。ちょっと来てくれるか」
「はい」
ロキは特に急ぐ用事自体はないのか、普通についてきた。1組横の小さな相談室に入ってロキに座るよう勧め、オリヴァーも椅子に座った。
「防音、隠蔽」
「はい」
聞かれたくない話をするときにはこの小さな部屋は実に使い勝手がいいが、この部屋は元々小さな補助魔術系統の訓練室である。断じて相談室として造られていたわけではない。
ロキが難なく防音結界を構築し、さらに隠蔽を重ね掛けしてコンコン、とヒールで床を叩き、魔術の発動を知らせた。
「……単刀直入に聞くぞ、フォンブラウ。お前さん今何人の死徒列強と会ってる」
「……間接を含めて9人ですよ」
「誰だ」
ロキはああなるほど、と何か察したように微かに笑むと、つらつらと列強の名を並べ始めた。
「『人形師』ロード・カルマ。『蟲の女王』ロルディア。『竜帝の愛し子』リーヴァ。『狂皇』グレイスタリタス。『吸血姫』セトナ・ノクターン。『人刃』クラウン。『魔導王』リリアーデ。『白雪ノ人』ラックゼート。『呪い師』エングライアですね」
「うっわなんだそれ1、3、4、5と8,9、11、12、18か、それマジ?」
「わりとマジです」
ロキの言葉にオリヴァーはうわああああ、と内心転げまわりたくなってしまった。
第8席『吸血姫』セトナ・ノクターンは分かっていたが、他の、特に第5席の『狂皇』グレイスタリタスは問題外である。
「なんでまた『狂皇』なんて……」
「まるで俺たちの事情を知っているかのようでした。でもまだ直接顔を合わせているわけではありません」
「使者が来たのか」
「賢者でしたね」
ロキは小さく言って、王都にまで使者が入ってくるのは大変だったろうになあと苦笑を零した。グレイスタリタスは元々この大陸の住人ではないため、リガルディアでも入るのは難しかったことは想像に難くない。
「胃に穴が開きそうでしたよあの人……」
「そういや王家もギルドも何も騒いでないもんな……うわあ、グレイスタリタスの従者とか大変そう」
そんな感想を言いつつも、オリヴァーは分かったことがあった。
「まだ会おうとか言ってる奴らがいるだろ」
「『魂喰』カガチ、あと『狂魂喰』シグマ……」
「2と7なわけか。お前大丈夫?」
「俺よりも父上の心配をお願いします」
「なあ、赤い傘持った黒髪おさげの吸血鬼には会ったりしてないよな?」
「……」
ロキが黙ったので、オリヴァーはああこれ会ったことあるんだなと思う。
「……赤い“ビニール”傘を持った“大和撫子”になら……」
「びにーるもヤマトナデシコもわからんがそれ俺らの姫サンというか一番上だわ」
「……あの人死徒列強だったのか……」
ロキは少しばかり遠い目をして、すぐに切り替えてオリヴァーに言う。
「というか先生、耳いいですね」
「吸血鬼だもんよ」
ロキはふ、と遠い目をする。どうやっていれば正解だったのだろうか。
そんなことを考えて、考えるだけ無駄と知っているのにと苦笑を浮かべた。
「それで、そいつらは今どういう状況だ」
「……ほぼ全員俺にブローチやらブレスレットやらを押し付けていきますね。同盟関係ということで間違いないかと」
ロキの言葉にオリヴァーは小さく息を吐いてポシェットから小さなブローチを取り出した。
金の台座にオニキスの組まれたものだ。
「……まさか」
「ああ、うちの姫サンから渡しといてくれって頼まれた物だ。もう分ってると思うが、うちは第6席『吸血帝』ユスティニフィーラ派閥だ」
ユスティニフィーラからの同盟を組もうという話は、ロキは一度も聞いていなかった。しかしあの場所にいたということはと考えて、ああ、と納得する。
恐らく、いや確実に。
デスカル・ブラックオニキス。
彼女にその名がある時点で、気付かねばならなかったということか。
「デスカルも楽しんでそうだな……」
「黒水晶じゃなくて黒瑪瑙ってのがまた」
石は持っている意味が少しずつ異なる。
その分御守りに持たせるときにはかなり石選びに気を配るのだ。
「同じ水晶系統なのに持っている意味が違うというのは実に不思議なものだな」
「効果も違うからな。特に、結局水晶か瑪瑙かって話でしかねえ。効果も似たようなもの。それでも違うところって言ったらせいぜい……精神安定?」
「俺は情緒不安定だと思われているのでしょうか?」
「さあ?」
もしかすると、とオリヴァーは口にする。
「精霊側の干渉を弾かないために黒水晶を使わなかったのかも知れねえ」
「……そう、なのですか」
「ああ、知らなくていい、当然だ。中等部2年で習えるようになる授業だから気にするな」
「はい」
鉱石魔術学は面倒だからな、とオリヴァーは言う。吸血鬼血統であるなら恐らく邪気祓い系の石に触れるのは相当な苦痛になっていただろう。
オリヴァーはロキにオニキスのブローチをしっかりと手渡した。
とりあえず、必要なものは渡した。
オリヴァーの仕事は終わった。
「俺の用事は終わった。そっちはなんかないか」
「いえ、特には。せいぜい今夜ラックゼート殿がやってくるくらいでしょうか」
「マジかよ」
ラックゼートは違う大陸の人間だったにもかかわらずやたらとこちら側の大陸でも伝説に出てくる人間だった死徒である。何せ、竜帝の関係者だったと言われている。死徒血統にとってはヒーローも同然の男だ。
「もしいろいろ話が聞けたら、竜帝の話とか聞いて欲しい」
「ええ、分かりました」
俺もいろいろ話せる話題があると嬉しいですしね、とロキは言って聞いて欲しい質問をオリヴァーから受け取って帰って行った。
♢
「オリヴァー君機嫌イイね」
「あ、わかります?」
「うん」
お花飛んでるって言ったらどんな顔するかな。
レイヴン以外はそんなことを考えつつプリントを作っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




