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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
初等部編
56/377

2-19

2023/03/18 加筆修正しました。

時間が経つのは早いもので、飛ぶように夏と秋が過ぎていった。ロキは夏休み明けから授業態度が悪い成績優秀者になっている。授業態度が悪いというのは本人談だが、たぶんそんなに態度は悪くない。


「もうすぐ学年上がるわねー」

「そうですわね」


ソルの言葉にロゼが同意した。ヴァルノスとロキはチェスをしている。軍事について学ぶ子供は少なくないため、チェスをやっていると特に男子生徒が観戦に来るものだ。現にヴァルノス対ロキの対戦を、カル、セト、バルドル、クルトが眺めていた。


冬、一面が銀世界に染まるころのこと。

王都は存外寒かった。馬車が動けなくなっているらしく、ロキが服を雪まみれにして登校してきたとき、雪だるまに見えたのは仕方がないだろう。

ソルやルナの故郷であるセーリス男爵領は冬は雪に覆われるほど寒い地域にあるものの、冬は“賢者の遺産”の魔術機構が働くため雪は積もらないとソルは言った。


「あの魔術機構未だに謎だわ」


ソルとルナの実家であるセーリス男爵領には、“賢者の遺産”と呼ばれる大規模魔術機構が存在している。一見城壁のように見えるそれは、セーリス領全域を覆っており、魔物が内部に存在せず、中世っぽい世界にしては珍しく、街と街の境目が分かり辛いくらい家が立ち並んでいた。


「まあ、気温とか一定に保ってるんでしょう? 確かに何のために作られたのかは謎ですけれど」

「ほんとなんなんだろ。ルナと調べたいねって言ってるんだけどね」

「冬休みに調べたらいいのではありません?」

「うん、そのつもり」


まいりました、とヴァルノスの声がして、ソルとロゼがそちらを向く。どうやらロキが勝ったようだ。


「はー、ロキってほんとチェス強いわね」

「頭の回転数が私たちとは違うのでしょう」


ヴァルノスもなかなか強いのだが、ロキは何らかの規定のあるゲームだと基本的に負けなしの成績を誇っている。囲碁と将棋はゼロに頼んで道具を揃えているところだとロキが言っていたので、そのうちできるようになりそうだった。


さて、そんな彼らを、最後の実技テストが待っている。2組が落ちるわけないと皆楽観視中で、思い思いに復習と、魔力操作訓練を行っている。


教師陣もこのクラスを危惧する声はほとんどない。ロキを筆頭とする公爵家の子供たちはどいつもこいつも化け物揃いとなっている上に、その補助に当たっている侯爵家の子供たちもメルヴァーチのレインを筆頭に粒揃いだ。


「皆さん、この雪を使って遊びませんか」

「やるやる!」

「はい、かまくら!」

「イミットの作るあれですか。いいですね」


最近、ロキは1人でいることが少ない。初等部1年後半になって、ロキが人刃族であることを明かした余波が襲ってきた。人刃族についてはよくわからない部分が多く、理解の浅い状態でロキに不敬罪をはたらいた者が出た、とそれだけなのだが。


――ほぇ。


心底どうでも良さそうに棒読みの反応を見せたロキは、自分が不敬罪をはたらかれた事にも最初は思い至っていないようだった。

その時近くに居たのはソルとルナで、最初こそ驚いて動けなかったが、相手が伯爵令息であることに気が付いて、ソルが決死の覚悟で声を上げたのだ。


――ロキ様を化け物だなんて、不敬ですよ! 何様ですか!

――男爵令嬢のくせに口出ししてくるんじゃない!!

――公爵令息に向かって化け物と言ったことの方が不敬です!!


いやはや聞く耳をこれっぽっちも持たなかったかの伯爵令息。ロキが自分の代わりに階級が上の者にソルが食って掛かったことに気が付いて、いいよとソルを諫めて、俺気にしてないから別にいいよと寛大に許した後、ソルにロゼに知らせるようにと言ってきた。

ロキは本当に気にしていない。ロゼにソルが掻い摘んでことを知らせると、ロゼが即手紙を王宮にあてて書いていた。その後あの伯爵令息は視界に入らなくなったので何か処分が下されたと見えるが、ロキはあいついなくなっちゃったねと呟いていたので、やりすぎたかなと思ったりもする。


ヴァルノスからはソルの対応が正しくロキの反応はあまりにも薄すぎると言っていたが。

カル殿下からは、ロキはそういう()()()があるから気を付けていた方がいい、と言われた。自分が貶しの矛先を向けられた時の反応が薄いのは、強い人刃の個体の特徴であるらしい。


「ロキ、雪だるま作りしよう!」

「わかったよ」


コートを着込んだり帽子を被ったり、マフラーを巻いたりして温かくして外に出た2組を見て、1組の生徒が数名出てきている。ソルの言葉にロキが返事をして、出てきたレインと共に氷で雪の結晶を拡大したものを作り上げていく。

ロキは氷でオブジェを作り上げるとレインを引っ張ってソルのところへと向かった。


「雪だるまってスノーマンのことか?」

「ああ」

「私たちは2個で作るんだよ」

「へえ」


レインとロキが一緒に雪玉を転がし始める。


「帽子とかは?」

「だれか掃除用具からバケツ持ってこーい」

「手袋いるー?」


皆で大騒ぎしながら雪だるまとスノーマンが作られることになった。空は曇天、寒いと子供たちが騒いで教室に戻ってくるのはあまり遠い未来ではなさそうである。



「ちょ、スノーマンが乱立してるんですが!」

「あー、1組と2組ですねー」


レイヴンが笑う。

1年3組と4組は呼んでもらえなかったらしい。まあ、あんなことがあった後では当然だろう。


先日起きたロキへの不敬発言事件。レイヴンがその場にいなかったのは残念だったが、3組に所属していたパントナ伯爵令息がフォンブラウ公爵令息であるロキに化け物発言をした事件の事である。何らかの形で示されている化け物級の実力に対してであれば多分誰も何も言わなかったのだろうが、残念ながら彼はロキの出自である人刃族について言及してしまったらしい。


人刃族が化け物級の実力者が多いのは文献にも多く残っているのだが、その力を恐れて“人刃狩り”が行われていた時期があるのだ。とはいえリガルディア王国内で起こったことはなく、旧帝国ガントルヴァの時代にちらほらみられたくらいで。まあ、その時代の生き残りが人間に敵対心を抱いたせいで、死徒列強に並んでしまっているのだけれども。


元々数が少なかった人刃族は“人刃狩り”の時代にヒューマンとの混血の人刃1人を残して全滅してしまった。人刃族は遺体が遺体として残らず、武器の形になってしまう。戦場を漁る者たちからすればよい資金源だっただろうが、そんなこんなで人刃は一度ほぼ絶滅してしまったのである。


生き残った混血の人刃は、今現在、死徒列強第10席『人刃』クラウンとして、今の人刃族の一部に続く祖として人刃たちを見守ってくれている。最後の“ニホントウ”型の人刃であるらしい。

クラウンの血統の人刃はしなやかな身体と高い靭性、剛性を誇る基礎スペックマシマシの、速度と切れ味に重点を置いた技量型のステータスを誇っていたらしいのだが、今の人刃の大半は、後に現れた耐久性と重量重視のパワー型のステータスとなっている。


フォンブラウ家とメルヴァーチ家は両方ともクラウンに連なる血統の家なので、ロキが身体が弱いと言われているのはどちらかというと耐久が低いだけで、技量型ステータスなだけではないか、とレイヴンが思っていることに関しては、そうだったら嬉しいなというロキの一言と共にアーノルドに提出した。


話を戻そう。

人刃族を化け物と呼ぶということは、パントナ伯爵家は人刃を苦手としている家系である可能性が高い。ヒューマンだけが人刃を嫌っているわけではないので、その辺りの線引きは難しい所だ。学園に来れなくなってしまっている時点で、家で何かあったとみるのが正しいだろうけれども。


「今皆は?」

「寒くなっちゃって皆それぞれ火属性の子のとこに行ってるみたいですよ」

「まあ、雪なんて触ったら冷たいものなあ」

「ロキ君の機嫌を損ねない限りは冷たくないはずなんですけどねえ」


レイヴンの言葉に、そんなものの性質変換までできるのかと目を見開く者もいる中、レイヴンはのほほんとした口調で続ける。


「大体、気温を高めたところでソル君たちに窓開けられちゃってるので関係ないですね」

「鬼かその子は」

「空気が淀むと体調を崩す子がいるので配慮の結果だと思いますよ」


あの子たち皆優秀ですから、と実に楽観的の極みであることだが、レイヴンはサクサクと資料をまとめて席を立つ。


「どちらへ?」

「あの子たちには何か読み物を渡しておかないと、長時間放置してると勝手に訓練始めちゃうので」


できる子どもたちはさっさと先に進めてしまうのがよかろうと思ってやったのだが、まあ、思った以上に先を行ってしまい、本来2年間でやることの大半を終えてしまった2組である。残っているのはダンスや礼儀作法の仕上げくらいか。


「来年は一度クラスの組み直しがあるでしょうね」

「ああ、ロキ君のクラスになったら気を付けた方がいいですよ?」

「そうなんですか?」


職員室を出ていく間際、レイヴンは笑って言った。1人が問いかけると、笑顔のまま振り返った彼は言った。


「彼、自分の事に気を使いませんから」


この時問い掛けた教員がこの言葉の真実を知るのはこの数日後の事。



「おーい、ロキ?」


終礼後、どこかへと消えたロキを探し回って、カルが校内を歩き回っていた。荷物が置きっぱなしになっていたのですぐ戻ってくるだろうと思い、待っていたのだが、1時間待っても戻ってこないので、探しに出かけたのである。


窓の外を見る。暗くなるのがかなり早くなっているので、見知った校内が少しばかり怖く思われた。しかも今日は曇天で、今にも雨が降りそうだ。ロキはこういうのはまったく怖がらないので、ある意味傍にいると安心するのだ。


もう少し探したら一度教室に戻ろう、と思った。そもそも、既にロキが帰っている可能性もある。カルは別に用事があるからとロキを呼んだりはしていないのだ。


「――化け物め」


――ピシャァンッ


「!?」


すぐ近くに落ちた雷にカルの身体が強張った。声が聞こえた気がしたが、分からなくなってしまった。魔力と気配を辿ってみると、近くの部屋に入っているようで、声はくぐもっていて聞き取り辛い。加えて雨が降り出していた。気温が一気に何度も下がったような気がする。


声のする部屋は図画工作準備室。なんだか嫌な予感がした。


「――何をしている!」


カルがドアを開けると、部屋の中にはロキと、他に3人の生徒と教員が1人いた。ロキが3人から詰め寄られていたようだが、怯えているわけでもなく、少しばかり、困ったなというような表情をしていた。


「で、殿下……」

「えと、これは、」

「……」

「こんなところに、どうしたんですか、カル殿下」


クラスメイトではない、そしてこの教員は3組の教員だと理解して、カルは自分の魔力を抑え込めなくなった。


「お前、何故止めない! お前たちは何をしている!」


カルが怒りのままに魔力を振るった。ロキはヒッ、と引き攣った表情を浮かべた生徒3人を見て、小さく嘆息する。教員も固まったように動かない。カルの瞳孔が縦に細くなる。


「こ、これは、ですね、」

「何故、ロキ1人に対して3人で詰め寄っている、そしてなぜそれを止めない! ロキに何をしようとしていた!! 言え!!」


カルがアイテムボックスから訓練用の剣を取り出そうとするのと、ロキが3人を避けてカルの元へ向かい、カルの手を止めるのが同時だった。


「へー、殿下ってそんな怒り方するんですね」

「――」


カルはロキを見やる。ロキの言葉に棘はない、色は、強いて言うなら、明るかった。


「……何があった」

「途中まで魔術が使えなかったのに急速に追い越したことを恨まれただけですよ。あとそちらの先生は、人刃を化け物だと仰ってます」

「……そう、か」


カルの怒りは収まってはいないものの、ロキからの説明に小さく息を吐いて、落ち着くことはできたようだ。


「まあ、実害はないので。それより、殿下、俺のこと探してましたね。御用件はなんですか?」

「……もう、いい。帰る」

「おや、残念」


一緒におやつを食べに行きたかったのだけれど、雨が降り出してしまったし、そんな気分ではなくなってしまった。レインとばっかり帰りにおやつを食べているのを、知っているから。


「今度誘う」

「ああ、そっか。そんな気分ではなくなってしまったんですね。それじゃ、明日何か持ってくるよ」


ロキはカルを部屋から押し出しながら振り返る。前を向いていたカルはロキがどんな表情をしていたかは知らない。けれど、翌日から、この3人の生徒はやたらとロキを前にすると固まるようになった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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