2-18
2022/02/18 加筆修正しました。
2023/03/17 加筆修正しました。
アーノルドが珍しく今日は休みだと朝から寛いでいたので、ロキはフレイとスカジを誘ってアーノルドに飛びついた。ロキが魔術を扱えるようになったと聞いて一番喜んだのは間違いなくアーノルドだった。迷惑も心配も沢山かけた自覚がある、だからこそ、実際心配事が解消されつつあるロキがどんな状態なのかをしっかりとアーノルドに知っていてほしくて、ロキはアーノルドに組み手を挑んだのである。
「くそ、ロキ身体強化の適性高すぎないか!」
「父上もっと遊んでください!」
「よし来い!」
フレイはこの年齢としては異例の騎士団への入団試験を突破したらしい。腕試しでやるものじゃなかったなどと宣っていたが、アーノルドがフレイは15歳になったら領地経営より先に騎士団の下積みだと言ったので進路は確定したも同然だろう。下積みしながら高等部とか行けるのだろうかと一瞬ロキの頭をよぎったが、フレイならば大丈夫だ。天才と手放しに誉められまくっていたフレイならきっと行ける。
スカジの方は騎士団の入団試験に挑むようなことはしていないが、フレイに負けず劣らずの戦闘スペックであるのは間違いない。フレイより腕力も上だ。『槍姫』と呼ばれ始めたスカジは、その渾名通り、3メートル近い槍をぶん回すことで中等部では恐れられているらしい。
そして、ロキ。魔術を使えない状態から魔術を使える状態にまで至ったのがおよそ3日ほどのこと。上位者が対応したり召喚士が着いたりしていたとはいえ驚異的な第2魔力回路の形成に加え、その魔力操作には卓越したセンスと技量が垣間見える。初等部の子供ならもっと無駄が多くてもおかしくないのだが、高等部相当の技量を既に身に着けているとあって、ロキの担任をしている後輩が泣きついてるんだか文句言ってるんだかよくわからない手紙をアーノルドに送って来たりした。
さて、こんな化け物じみたスペックの子供たちではあるが、それでもまだ、アーノルドに本気を出してもらえたことはない。ただの一度も、だ。
アーノルドがいかに強いかの証明であり、子供の相手なんてまだまだ余裕の粋であることを子供たちに示す。フレイもスカジも決して弱くないので、ロキも加わった3人相手はそれなりに苦戦したと口では言っているが、事実はどうだろうか。
「あにゅーん」
「ロキ、なんだその珍妙な効果音は」
「撃墜音です」
「ロキもやられちゃったー!」
「父上に武器一本取らせられないなんて……!!」
フレイとスカジを先にノックアウトしていたアーノルドがロキの敗北条件を満たしたところで組手は終了。およそ30分に及ぶ3対1の武器、魔術何でもありの組手はアーノルドの1人勝ちとなった。
楽しかったよ、とアーノルドも笑っていた。今度はプルトスも誘って4対1だと息巻いたフレイとスカジを諫めるロキという何とも珍妙な光景が広がった。
「さて」
「ロキ、どこか行くの?」
「卵の様子を見に行こうかと思いまして」
ロキが立ち上がり移動のそぶりを見せたのでフレイが声を掛ける。ロキは今魔物の卵を観察している。初等部と中等部は全寮制ではないため、まだ比較的家族が揃いやすいのだが、ロキは初等部なので普通にタウンハウスに戻って来てま一二のように魔物の卵の観察日記を付けている。
最初はアリアーーもといセトナ・ノクターンが持ってきたというコボルドの卵。その後2つ追加されたというその卵は、ロキと従者のシド・フェイブラムの2人で面倒を見ている。
既に先日1つ目の卵が孵った旨を聞いていたフレイは、熱心だねとロキに笑いかけた。
「今度はどんな子が出て来るのか楽しみです」
「ロキは優しい子だね」
フレイの何とはなしに言った一言に、ロキは曖昧に笑って、ありがとうございますと返した後、シドを伴って着替えのために部屋へと戻っていった。
♢
先日、ロキがセトナから貰ったコボルドの卵は、ロキの魔力を吸って恐るべき魔狼の子を生みだした。割れた卵からは、青と白の毛並みの狼が現れて、その魔物が何なのかを、ロキは感覚的に分かったようだった。
「おはよう、フェンリル」
名付けられた名がフェンリルであり、彼の種族はまだ、星喰狼ではなかったものの。我が子を抱えるようにロキはフェンリルの愛称としてフェンと付けた。
新たに2つやってきた卵のうち1つはシドに預けられ、想定よりずっと短い日数で孵化した。シドが卵割り機だの呼ぶなだの言っていた理由の一端を垣間見た気がする。
シドは白い鳥を孵し、それが鳳凰に進化する可能性のある魔物であるとデスカルに知らされて2人して驚いた。いや、どうやらシド自身は知っていたようだが、彼の元に来る魔物はランダムらしく、2週目よろしく、と言った。恐らくループの経験を含めて2度目なのだろう。
ロキが汗を流して着替えを済ませ、中庭へと降りていく。魔物の卵はある程度の温もりと魔力がなければ孵らないため、孵化を促すバスケット型の魔道具に入れて、日光を受ける場所に配置しておくのだ。火属性の魔物にしたいなら焚火や焼却炉の中にでも突っ込んでおけばそのうち火属性の魔物になるかゆで卵になるかの2択である。
中庭ではプルトスが自分の孵した魔物のケットシーを膝の上に乗せて読書をしていた。
「プルトス兄上」
「ん? ああ、ロキか。父上との組手は終わったの?」
「終わりました。負けました」
「懲りないね」
「楽しいからやってるんですよ?」
フレイだったらこの時点でプルトスを次回の組手に誘っていることだろう。ロキの目的はそれじゃないのでプルトスが読んでいた本に視線を移す。
「何を読んでいるんですか?」
「最近流行っている冒険小説だよ」
「面白い?」
「微妙。パクリ疑惑浮上中」
「あはは」
パクリに見えるのはおめーの頭に入ってる蔵書数が数千冊を超えとるからだ、と内心ツッコミを入れつつロキは表紙に視線を落とす。恐らくよくある英雄時代を舞台にした冒険小説だろう。
「まだお茶会の話題にもついて行けてるようで安心しました」
「小説読んでるだけで交友関係がだいぶ広がったよ。そこは本当にロキに感謝してる」
アンリエッタにできるのはプルトスに加護を抑えながら話をする訓練だけで、会話術までは教えてくれない。ロキはプルトスに、加護の影響が色濃いことを示しつつも、“誰がどんな意見を持っても許される話題”を振るように助言した。話すことが無いのは共通の話題が見つからないからだ。会話がブチ切れるのはいい質問が飛んでこないから。なら、プルトスが色々な小説を読んでいるよと話を振ったら?
小説好きな令嬢ならロマンス小説、令息なら冒険ものの小説の話題を振ってくれることもあるだろう。公爵家の令息であるプルトスは最初の話題のきっかけさえ与えれば、あとは勝手に侯爵家や伯爵家が回していくものだ。プルトスは話題を聞いていればいいだけ。今プルトスの傍についてくれているフックスクロウ侯爵家のアレクセイも、フレイとまとめてライバル視されていてバチバチ状態らしいシスカ伯爵家のモーリッツも、話題の提供と転がし方は上手い部類に入る。最悪フレイにどうにかしてもらえるので安泰であろう。
新しいネタをプルトスが仕入れたらそれを話題にしていけばいい。プルトスのインテリ度合いが上がっていく。小説を進めていたロキだが、歴史小説にあたった時に冒険小説やロマンス小説にも大元の記事が存在していることに気付いたらしいプルトスがロキに報告してきたときには、もう気付いたかとロキは少し嬉しかったものである。
中庭にロキが来たということは魔物の卵を見に来たんだろうとプルトスも分かっているようで、行っておいでと下手くそに話題を切ってくれた。どこまで話を続けていいやらわからないのはよくあることである。
では失礼、とロキはセトナが日光の当たる場所に定期的に移動させてくれているバスケットの所まで歩いていった。
バスケットは持ち運べるサイズ感ではなく、随分と巨大なものになってしまっている。この孵化機バスケット一応バスケットなのだが、見た感じがもう猫用ベッドなのである。誰かの小さなソファ? みたいなサイズ感。
正直自分の身体とどっこいどっこいのサイズの卵を抱えることはロキにもできないので、ぺたっと身体をくっつけることで抱っこの代わりとしている。
魔力を感じ取れる今ならばわかる。卵はロキの魔力をグングン吸い込んでいく。乾いたスポンジが水を吸うように。
けれど今日は、そこまで魔力を吸おうとしない。昨日まであんなに吸ってくれてたのに。ロキは身体を卵から離した。
「どうした、ロキ?」
後ろからシドの声がかかる。
「あんまり魔力を吸わない」
「お。ってことは、もうすぐ孵るってことだな」
良かったじゃねーか、とシドが笑いかけてくる。ロキは小さく頷いた。すると、ぱき、と音がして。
「……ろ、き?」
「おはよう、ヘル」
割れた卵の中から、少女が姿を現した。ロキをロキと認識した彼女は、ロキに飛びついた。
「ロキ! 会いたかったわ!」
「おわ」
ずる、べしゃ、と音がする。まだまともに動けないうちから彼女はロキに飛びついたのである。当然だ。加えて、少女の下半身は腐敗していた。
「うぉぁ! シド、布!」
「あいよ!」
魔物とはいえ少女の脚が、腐敗しているとはいえ人目に晒されてもあまりよくない。シドに布を持ってこさせたロキは手早く少女の身体に布を巻きつけた。
「ロキ~!」
「分かった、分かったから、ちょっと身体拭こうな。セトナ、微温湯の準備を!」
「かしこまりました! ってヘル様じゃないですか! お召し物も一緒にお持ちします!」
少女、もといヘル女神。
ロキ神の娘、死と極寒の世界の女王。
ロキ神の加護持ちの元に、降り立った。
♢
翌日、王宮にて。
「……一ついいかしら」
「はい」
「もしまたロキを処刑したら殺してやるわよ」
「はい」
何故現在正座でカルがヘルに叱られているのかというと、ヘルは流石に魔物落ちしたと言えども神霊だったわけで、ループに巻き込まれてはいるが記憶は保持している状態にあったのだ。
ヘルが一番最初にやったことがロキに抱きつくことで、次にやったのがシドへの叱責で、その次はセトナをボコること、そして今現在ロキが公開処刑になるというルートの説明をゼロと共に作り上げ王宮へ乗り込んだ次第。
「シド、なぜ止めなかった」
「あのなロキ、俺目の前で女将殺されたことあるんだ?」
「わかった理解したからその表情止めろ目が据わってる」
シドとゼロの必死さが伝わってくるレベルである。デスカルって死ぬのかとシドに問えば、不死鳥だから死んでまた復活する、と返ってきた。デスカルも結構苦労してるんだなと思いつつロキはカルを怒鳴っているヘルを止めるためにヘルたちに近付く。
「ヘル」
「……来るのが早いわ」
「俺にもカルにもセトにも記憶など無いんだから、そう責めてくれるなよ」
「でも私はもう十二分に待ったと思わない?」
「思うよ。だが、俺を基準にするなよ。この国の基準はカルなんだからさ」
ロキはヘルを抱え上げる。
カルから見ると、ロキが幼女に囲まれているように見えるのだが、まあそこは言っても仕方ない。もちろん、他の幼女は精霊だと思われる。
「ロキはいつでもそう言う。もっと自分を大事にするべき」
「俺がそんなことをしたら周りが消し飛んでしまうよ」
「……たまには子供心に周りを滅ぼしてもいいとは思わない?」
「子供と言ってもスタート時点で18歳だけど」
「……」
ヘルは小さく息を吐いて、ロキにしがみついた。18歳はこちらでは十分大人の年齢だ。成人可能年齢は15なので。
ロキはヘルを抱え、カルに手を差し出す。
「まったく、ループ前、か? 本当に、俺はいったい何をしていたんだ」
「聞きかじっただけだけれど、どうやら俺に手酷く裏切られて俺の描いたシナリオの上であがいていたようだよ」
「ああ、つまり【ラグナロク】をお前に使わせたということか。その後は?」
「ソルが黒くなるかセトが黒くなるか……あとは、ロゼもかな。国としての体裁は保ったからカルは傷つかずに済んだけど、俺は死んだようだよ」
ロキの言葉を聞いたカルが小さく息を呑んだ。瞑目し、小さく息を吐いた後、ロキを見据えてロキの手を取る。ゆるりと立ち上がり、口を開いた。
「裏切りの神格……なんてことだ、一番人間からの信用無いじゃないかお前」
「分かり切ってたことだろ? 裏切らせてくれるなよ?」
夢でループのことを理解していたり、どこかの回を見たりしていると話が通じやすいようで、カルとロキは、ループしている現状の認識を同じくしたことで、夢についての相談をすることが多くなった。レオンやレインも夢を見るという話をしてくれるようになったし、ループの影響めちゃくちゃ濃いなとはロキの言だが。
「俺が何か間違えたのであれば早々に知らせてくれる人員が必要だな……」
「いや、お前が間違えたとは思わないよ。おそらく周りの流れに流されるんだろう」
「お前は……」
カルは悟った、恐らくカルを一番甘やかしているのはロキだ。
俺を甘やかしたら碌な王にならん、とカルが言うと、ロキは首を左右に振る。俺にとってはそんなの関係ないんだよと笑う。
「お前が間違うとは思わないよ。俺が守るのはお前とこの国だろ」
「……残されるものが大きすぎるな」
「ふは!」
ロキはカルの肩を叩く。
王族が何言ってんだ。
「まあ、俺のことは留意してくれるだけでいいよ。まだ問題も残っているしね!」
「ああ、もう1人の魂の件か」
「彼女が目を覚ますまでは何ができるわけでもないけどね」
ヘルがロキの傍に寄った闇精霊に触れる。2人は知り合いのようである。
小さくヘルがロキとカルにわかるように言った。
「変だなって思っていたのだけれど……そういうことかぁ」
「まだ生きているんだろ、この魂は」
「うん……私にはどうもできないわ」
ヘルは興味深そうにロキの内部に存在する2つの魂を眺める。面白いものね、と小さく呟いた。
片方は男子としての魂。
それがはっきりしているのはヘルがそういうことを見ることができるため。
また、ヘルを孵したのはこちらである。
もう片方の、女子の魂は、それは少し赤みが強い、それ以外はまったくロキと同じもの。ロキ自身といっても過言ではないほどに似たもの。並行存在であることこそ疑わしいほどに、あまりにも似すぎた存在。
ロキを表すなら、青紫。
端的に彼自身の魔力結晶が彼のすべてを雄弁に語っている。
高い硬度を誇り、内包魔力も一粒一粒が対軍級。宝石のように加工された結晶はサファイアかはたまた青きゾイサイトか。
青紫、見る者が見れば夕暮れ空と称するこの結晶の価値を、ロキ自身はちゃんとは分かっていないだろう。
将来的に自分よりも高い力をこの世界において持つことになるロキを、それでもヘルは守ろうと思う。
だってあんなに頑張れる子なんだ。
もう死なせたりしない。
「その魂が目を覚ませば、ロキはきっと今よりも人刃の本能みたいなものが表に出てくる。攻撃的になり、きっとこの魂の持ち主を攻撃するようになるでしょう」
「それについては引き離せばいいのでは?」
「どうやるのさ。この子の魂も英雄系なのよ」
「ロキの知り合いに上位の死神がいる。その方の力をお借りして、魔導人形に一度憑依させ、元の世界線に帰す」
カルが自分が把握しているこれからの展望を話すと、ヘルは小さく息を吐く。
そして多少は落ち着いたのか、ヘルは笑顔でカルの鳩尾に一撃拳を叩きこんだ。
「ぐはっ!」
「ふんす」
カルが鳩尾を押さえて蹲る。
「落ち着いたか、ヘル」
「うん」
「カル、いたいのいたいのとんでけー」
「お前にされるとものすごく馬鹿にされたように感じるの俺だけか?」
「ばれた?」
「ロキ手前えええ!!」
カルが元気になったようなのでロキは笑い、ヘルを抱えて踵を返す。
ちなみに王宮にまで出てきてしまったのでロキはこのままお茶会に参加となるが、ヘルはさすがに帰さねばならない。
どれだけあがこうと彼女は魔物区分であり、本来王宮内に入っていいものではないのだ。
「ヘル、悪いが先に帰っていてくれるかい」
「はーい。ちなみに私はチョコレートが好き」
「俺はチョコレート嫌いでね」
「嘘吐き。甘いチョコレートが好きなの知ってるわよ」
カルはロキにおねだりを始めたヘルを見送る。最近出回り始めたチョコレートという菓子が令嬢たちに人気だ。南の方で育つ植物が原料であるらしいが、リガルディアの南には沼地が広がっていることもあって、王都まで広がるのに時間がかかったようだ。
リガルディア王国の南方はリザードマンや獣人族が住んでいる。間を取り持っているのはソキサニス公爵家で、リザードマンや獣人族の味覚は人間とはズレていることから、恐らく転生者がいるのではないかとロキは思った。
「まあ、買えたら買って帰るよ。期待するなよ?」
「ふふ、その気持ちを持ってくれるだけでうれしいの。待ってるね」
ヘルが馬車に乗り込むと、御者を務めるアンドルフがロキとカルに一礼して去っていった。カルが口を開く。
「よかったのか」
「ヘルがいくら元は女神と言えど魔物として縛られては、こんなドラゴンの血統ばかりのところに置いていては可哀そうだろ?」
「どうだか……」
「少なくとも俺の知り合いはあの子には救えないよ」
ロキの言葉にカルは目を見開いた。カルがロキと話そうとしていたことを見破られていることが分かったからだ。ヘルに尋ねるまでも無いと。
そして、それはつまり。
「……彼女もまた被害者としてカウントするのか」
「被害者とは呼ばないよ。けれど、覚えている者として大変な思いはしてきただろう。ねぎらうのは俺たちの仕事ではないんだ」
「本当にそう思うか?」
「……俺たちの人生のどこに彼女をねぎらうだけの記憶があるのさ? 言葉は存外重くもなるけど、案外軽いものだって多いよ。シリアスな台詞はその経験に裏打ちされて重みを持つものだ。俺たちにその経験はない。少なくとも、覚えていないのだから俺達には関係のないことだよ」
ロキが神格を心配していることにも驚いた、が。
ロキの言葉を薄っぺらく感じることが無いのはカルだけだろうか。こんな玄関口で話していいことなのかは置いておくとして、カルはロキがループのことをしっかり考えている事実を知って、少し、うちのめされていた。
「ねぎらうのは、覚えている者の役目だ。だが、少なくとも、俺だったらどれだけ俺が覚えていようがねぎらわれたくなどないね」
ループについての話し合いを、何度も行うようになったのは必然だったのではなかろうか。カルはロキとよく話すようになった。夢についても、ループについても。
「……そういうものか?」
「考えてみろよ、保守的なまでに自分を大事にしてきたくせにいきなり投げ出す。大事に育ててくれたのに唐突に今まで使わせることのなかった権能を強制的に使わせる。その結末が、その選択の先で死ぬ、なんてさ。巻き込まないためも自分の理想もただの言い訳だよきっと。俺だったらこんなやつにねぎらわれたくなどないよ」
ロキの思考はカルにはよくわからない。とりあえずわかるのは、ロキがものすごく意地っ張りで強がりであることくらいだろう。あと、自己卑下が凄まじいのも理解はした。
「自分なのにか」
「自分だからこそ余計にそうだ。例えばこのねぎらってくれるやつがカルだったら、俺はそれを受け入れることもできるだろうね。だが俺である限り気持ち悪すぎて敵わない」
カルにはロキのその価値観がいまいちわからない。案外まっすぐであるのにどこかに歪みを感じる。多分、ループのことで一番苦しんでいるのはロキなんじゃないだろうかとカルは思うのだ。
「守ってもらえて嬉しいかもしれない、それを繰り返すことは確かに辛いだろうが」
「繰り返すことが定められているから辛いのだろう、と俺たちは考える。けれど必ず繰り返すのか、と問われればそれは否。ちなみに俺は嘘を吐かれるのが大嫌いだ。けれど嘘を言うのは好きだ。バレて幸せな嘘とバレたら不幸な嘘があり、俺は基本的にその使い分けをしていたのだと。その結末がどうなるのか、1度目を過ごした者たちは分かる、その次へと進んでいくだろう。でも俺がその嘘をつき始めたこと自体がそもそも間違いだとしたら? バッドエンドへの選択肢を選び取った者がいるとしたら?――そう考えて、俺は行きあたってるんだ、もうとっくに」
ロキは息を吐いた。茶会に行く前にこの話題は切り捨てようというように。
「俺はおそらく、この世界側の人間だったのだろうよ。俺がいなければ世界は回らないくせに、俺は世界を何も変えられないんだ」
「……それ、は」
「ああ。先日お前に言ったのと同じことだ……デスカルから、俺の持っているスキルと加護、祝福の詳細を聞いた」
カルは思う。
これはきっと、そういうことなのだろうな、と。
「『世界の支柱』持ちだったんだな」
「デスカルたちは何かと理由をつけてこの祝福の詳細を俺に伝えずにいたからな……」
カルにはロキが絶対に“変わらない”ことを知らされようと、あまり関係がない。だってカルとロキは同じ時を生きているのだから。
「まあ、俺には関係ないな。どうせ俺にとってお前はお前でしかない」
「ヘルに対してもそういう考え方はできないの?」
「何故そっちに飛躍した……ああ、そういうことか」
カルはわざわざロキがそちらに話の路線をずらした理由に思い当たる。
だがまあ、追及はしないでおいてやろう。
「さて、そろそろ茶会だ。ゆっくりしていってくれ」
「お言葉に甘えさせていただこうか!」
ロキ・フォンブラウが、転生者であることすらシナリオ上の設定だったのだとしたら、彼が転生したことでロゼやヴァルノス、ソルが騒いでいることにも意味などないのかもしれない。ループは終わらないかもしれない。ロキは自分にそこを変える力がない可能性が高いことを、既に悟っている。
だが同時に思う。
ロキがどう足掻いても上手く行かないと嘆くのならば、そこに手を貸すことぐらいはできるだろう、と。
カルは漸く加われるようになった転生者たちとの話し合いを、大事にしようと決めた。
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