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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
初等部編
52/376

2-15

その名を呪え。

「――」


ゼロは目を覚ました。

それはもう後味の悪い夢を見て。冷や汗をびっしょりとかいて、気持ちが悪い。

横で寝ていたシドを起こしてしまったらしく、身体を起こしたシドが眠そうに目をこすりながらゼロに問いかけた。


「どしたぁ……?」

「……夢見が悪かっただけだ」

「……あー、生きてるって大変だよなァ」


夢見が悪かった、の意味を理解したのかシドはそう呟くと、窓の外を見る。


「どんな夢だったのか、ちょっと言ってみ」

「……ロキが」


ゼロはシドに負けて以来シドの言うことだけは聞くようになっていた。ロキの言うことを聞く理由はそれ以上のものがあると本人は自負しているが。


「ロキが?」

「……処刑、されるまでの……夢だ」


ゼロの震えをシドは正確に理解した。それと同時に、自分にはどうしようもないことも分かってしまった。まだ知っていると言えたなら、どれだけよかっただろう。


「……処刑、ってことは、ロキがそう仕組んだんだな」

「……やはり、そうなのか」

「あいつが下手打って処刑されるタマかよ」


シドは知っている。ロキ・フォンブラウは心から悪事を為そうとするやつではない。自分の前だけかもしれないと言われても、それしか見せられていないのだから、自分にとってはそれが真実でよかった。


「……大切な人を裏切って、死ぬのが、仕組まれた事なのか」

「……おう、俺は、そういう事ならロキはやるやつだと思ってるぞ」


ゼロが視線を落とす。シドは小さく息を吐いた。


「それにしても、ロキが処刑、か。……すっげえな、胸糞悪さがやばい」

「……夢、だが」

「お前も分かってるだろ。お前が見たその夢は夢であって夢じゃない」


明確に過去とか未来とか言ってはくれないが、シドはゼロの夢を笑わなかった。それがこの夢の価値だとゼロは考えた。意味なら、あったのだ。

予知夢なんて力をゼロは持ち合わせていない。シドの言葉を否定しうる材料は持っていなかった。ゼロはベッドの上で蹲る。なんだかものすごくロキに会いたい。


笑って処刑台に立ったロキの顔が、思い出されてしまうから嫌なのだ。


「ロキのとこ行くか」

「ん」


ロキと同じ学校に行けるようになるのは1年後のことだ。王立学園初等部には、基本的に使用人の枠は存在しない。主な理由は、教員不足である。リガルディアの貴族は何故か教えることが苦手なのだ。研究には資金が必要で、必然的に、実力ある冒険者やら、貴族やら以外は研究職になどなれない。初等部教員なんてボランティアも同然の扱いであるので、基本は高等部や中等部の教員が掛け持ちしていることが多い。


初等部に来るのは1年の平均税収が小白金貨1枚を超えている領地持ち貴族の子供であることが多い。理由は、領地と王都を行ったり来たりするのではなく、ずっと王都で暮らしているからだ。多少資金に余裕がある家は、王家の子供が必ず王立学園に通うので、子供を通わせることが多い。


貴族子弟の入学義務は所定の年齢に達したとき、王都に居れば入学義務が発生する。初等部はその為、王都にさえいなければ別に学園への入学義務は発生しない。その分、社交界への参加は厳しくなるが。


義務で初等部に通っているのは主に公爵家の子供たちである。ロキらの世代だとロキ、ロゼ、レオン、学年は上になるがフレイ、スカジ、エミリオ、カイウスがこれに該当する。他にも、レインやヴァルノス、ソル、ルナも該当者だ。


義務でもないのに通っているので有名なのはセト・バルフォットだろう。騎士団団長である父が王都に勤務しているからというのが一番大きな理由であるが、彼は平民枠で特待生だったりする。普通に入ると一ヶ月につき大銀貨5枚の授業料を支払わねばならないため、珍しい闇属性の魔力持ちということで枠にねじ込んでもらった子供、というのが、セトに対する周りの評価だったりもする。


さて、長期休暇でもロキは学校へ行ってしまうので、今日は早く捕まえねばなるまい。ロキは自ら従者に話しかけてくるような甘く優しい男ではないのだ。



「おはようございますロキ様ー!」

「おはようございます、ロキ様」

「おはようシド、ゼロ」


ロキの部屋に行くと、ロキは今日もやはり学校に行くらしくしっかりと着替えていた。

シドはゼロを促してロキの部屋に入る。

ここは自室の方だ。


ゼロがロキに跳び付いた。

ロキは驚いて目を見開き、そして苦笑した。


「ゼロ、どうしたのさ」

「悪夢で飛び起きちゃった系ゼロ君」

「そっか」


ロキはシドの説明を受け取ってゼロの頭を撫でる。


『お前の処刑エンドだとよ』

『俺の処刑エンドなんてあるのか』

『俺が傍にいなかった時のことみたいで、俺にはさっぱりわからないけどな』


日本語で会話すればゼロにはちゃんとした意味が通じないので多少のえぐい話もできるが、ゼロが疎外感を感じるのであまりしていなかった。それをシドから切り出したということは相当なものなのだろうとロキは考える。


『簡潔に教えろ』

『おそらく“ラグナロク”のあったルートだろうな。死んだのはお前のみ、他の一般人は殺した奴ら皆生き返ってお前だけ死んだ、ってとこじゃないか』

『おーいなんだその俺の救いのないルートは』

『お前がそれ選んだりしたからゼロがこうなってんだろ』

『ヤンデレルート突入しなかったのかね』


ソルからもらった情報によると、ゼロは『イミラブ』におけるヤンデレ枠だ。悪役令嬢とはいえ令嬢ロキを、変な事件やら、婚約破棄やらといった別口の事件に巻き込まれる前に殺してしまうというから、ロキにとっては万が一の場合命を奪われる対象であったようだ。そんなゼロが随分と、こう、独特ではあるが、ロキを大事にしようとしているのだ。ロキは苦笑を浮かべた。


「ゼロ」

「……」

「大丈夫だ」

「……笑ってた」


ゼロが呟くように言った。


「笑って死んだのか、俺」

「公開で……首、とんだ」

「マジかよギロチンか。俺家から除名されなかったの」

「フレイ……譲らなかった、から……」

「……フレイ兄上か……」


優しい兄のことを思い、ロキは笑みを浮かべた。ゼロをぎゅうと抱きしめて、ありがとう、と礼を述べる。


「ま、ロキって名前の宿命だな」

「……ッ」

「それに、それが俺の望んだことなんだろ」


だったらそれはそれでハッピーエンドだ。


ロキの言葉は柔らかい。

それがとても悲しくて、ゼロの目から涙が溢れた。

それ以外今できることなど何もなくて、ただひたすらにどうやったら彼を引き留めることができるのかと、ただそれだけを考えていた。夢の中でゼロが感じたことは、思ったことは、鮮明に、鮮烈に、ゼロの中に爪痕を残している。


お前が死んだらはっぴーえんどとやらにはならないんじゃないのか。


「……ま、ロキ、お前を早々に軍人にしたらアウトってのは割と本気で女将が言ってる。だからお前は戦場には出ないようにしろよ。出ても一兵卒な? お前たぶん中枢にいると裏切りパターン多くなりそうだから」

「そこはもう親たちの人選によるだろう」


シドの助言とも取れる発言を受けても、ロキは笑って答える。


「ロキ、あんまり無茶は、しないでくれ」

「ああ」


ゼロの懇願に似た口調を聞いたロキは小さく息を吐き、ゆっくりとゼロを押し返す。


「そろそろ行かせてくれるか、ゼロ」

「……ん」

「そんなに不満なら早くガルーから許可をもぎ取って来い」

「……ん」


ゼロはまだ従者としての訓練も全く足りない。いや、シドがいるため問題はないのであるが、しかしそれだとシドが全く戦えないという条件でないとゼロが必要なくなる。

ちなみに、シドは半精霊である以上、魔力のごり押し戦法もとることが可能だ。


「そういえばシド、お前には金属の首輪をつけておけと父上から言われたんだが?」

「ああ、神子がタンクになるのは知ってるだろ? 半精霊もタンクにできるんだよ」

「なるほど、先に奴隷にしろってのはそういうことか」


ロキはアーノルドに言伝られた意味を理解して、少し考える。


金属製の首輪をつけられている状態というのは、リガルディアにおいて奴隷を表すものである。タンクというのは、一般的な盾役のことではなく、魔力タンクのことであり、要するに魔力を補充するためのものとして扱われる。人として扱われない、と言えば分かりやすく、人として扱うことを自分自身の匙加減でどうこうできる立場からすると、味方を奴隷にしておけば、味方の扱いを自分で決められた。奴隷にしておけば他人に奪われることもない。


「……学園にいる間、非常に不便な思いをさせる気がするんだが?」

「あーもーどのルートでも同じこと言いやがって。マジ変わんねーな」

「俺ですから」


ロキとシドの会話を聞いていればまあ、ゼロは面白くなくなってくる。せっかく引きはがしたのにまたロキに引っ付いてきた。ロキはそれをもう引きはがそうとはせずに、ゼロの頭を軽く撫でてやりながら、シドに言葉を返す。


「そういやロキ、前世の記憶はどんくらいになってきた?」

「どう、と言われてもね。表し辛いけれど、いうなればそう、本を読んでいる感覚かな。自分の記憶というよりは、こんなことがあったらしい、という感覚。ほぼ知識に近いね」

「ん、やっぱそうじゃなきゃな。この世界に本当の意味で足が着いた、いや、根を張った状態と言っていいと思うぜ。もう魔術使ったって魔法使ったって死にかぶりやしねえよ」


もう大丈夫だ、皆が動いた甲斐があったってもんだぜ。


シドの言葉にロキは苦笑を浮かべて見せた。漸くお前たちに応えられたか、とロキが呟く。シドは応、と返して笑みを浮かべる。


「ああ、ついでだから本契約してくれよ?」

「待て、どこでついでが出てきた」

「お前最後の最後に俺のこと“カナト”って呼びやがったからな! “アウルム”だっつってんだろうが!」


シドの精霊としての言葉にロキはたじろいだ。本契約に対する足踏みの理由はまだ、分からないままで。


「知らん、俺にとってお前はカナトまたはシドでしかないっ!」

「強情なやつ! バルフレトのがもうちょい遅かったら俺を本契約にしてくれたかもしれなかったのに、くそっ、やっぱドルバロムみたいに騙してでもやるべきだったか!?」

「あのな、闇竜はロキ神より上だがお前程度の嘘ならロキ神の神格の方が上だからな?」


シドの嘘ならすぐわかる、とロキは言い放った。もう嘘で誰かを踏み躙るのは御免だと。その嘘で最も踏み躙られている本人がそれを言っていては本末転倒だと、シドは言葉を投げようとする。


「ロキ、自分を早々に諦めないでほしい」


ゼロがロキの胸に頭をぐりぐりと押し付ける。くすぐってーなおめーは、とロキはゼロをひとしきり撫でてから離れた。


「俺は自分を諦めているつもりはない。何も知らんのだから、諦める理由も無いわ」


ロキは自分の服を整えて、息を吐く。


「もう行くよ。今日はわざわざ非番の先生を呼び出してしまったんだ、遅れるわけにはいかないの」

「そうか。早めにゲート使えるようになると良いな?」

「ああ、それは精進あるのみだね」


ロキはシドに答えて、髪を整え、鏡で具合を見る。

髪は後ろに流しているのだが、それをシドがそっとスカーフで留めた。


「これでどうだよ」

「……いいな、これ」

「やっぱ気に入ったか?」

「ああ」

「お前が最終的に行きつくのこれなんだわ」

「俺発案かよ」


色はこれだろ、とシドは青紫のシルクのスカーフを決めつけて結んだようである。ロキ的にも文句はないので問題はなかったのだが。


「では、行ってくる」

「おう、行ってら」

「行ってらっしゃい」


ゼロが人間のあいさつの仕方を覚えようとしたのはロキの傍にいやすいと考えているからのようで、じゃあその調子で使用人として、ロキ専属になる者として必要なことを叩きこんでやろうとガルーが息巻いた結果がこれである。


本人は苦労しているが苦ではないらしく、案外楽しげに過ごしていた。


「あー、くそ、ロキのやつ、覚えてねえから無自覚なんだよな、あれ、くそ」

「……もう、諦めてしまった、のか」

「いや、焼却処分前のゴミ溜めに放置状態だな。まだ諦めてねえけど、一瞬で放り投げるぞ」


白銀を見送った2人はへたり込む。本当は駄目だけれども、今だけはちょっと休ませてほしい。ロキの中のロキ自身の価値が低すぎて、ちょっとうまく拾える気がしない。


「……俺があんなこと言わなきゃ、もっとロキは自分を大事にしてくれてたかもしれねえのになぁ……」


シドはぼやいて、すっくと立ちあがる。切り替えなければ。

ゼロはパン、と頬を叩いて、深呼吸をした。ロキが捨てたものを、拾っていこう、シドの言っている意味はよくわからないけれども。


かつかつかつ、とヒールの音。ガルーが目を光らせてやってくる。何時か教えてくれると信じている、とゼロは言い残して、ロキの部屋を出た。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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