2-13
「……つまり、普通にアリアって偽名で屋敷に入り込んでたところを、ロキの世話係に任命されてそのままやってた……」
「簡潔に言えばそうなるわね」
「マイペースかよ!」
セトナはメイド服のまま紅茶を飲んでいた。これは彼女がこの家で生活するにあたっての制服なのだし、仕方がない事かもしれない。ロキも気付いたのに何も言わないあたり、確信犯だったのかもしれない。
「ま、これで死徒とは繋がりができちゃったわけね。ロキ、頑張んなさいよ」
「言われなくても。それに、リーヴァより先にエングライアに会ってしまったしね」
「あら、薬のおばあちゃんに会ってらしたんですか?」
「父上が気に入っている店の店主がエングライアだったんだ。父上も店主がエングライアだとは分かっていたんだけど、俺が気付いたことには驚いてたね」
つまり死徒の店だと知ってたのか。
それでお気に入りに入れてたのか。
なんて豪胆な父親だ。
流石フォンブラウ。
皆のツッコミは言葉にはならなかった。
「とりあえず、他の死徒列強も実はロキ様には会いたがってまして」
「そうなの?」
「はい、特に会いたがっていた『白雪ノ人』はもう呼んでます。今頃お土産選んでこっちに上陸したころじゃないでしょうか」
違う大陸の出身で現在も違う大陸に住んでいる状態だという『白雪ノ人』。ロキに会いたがっているのだという。ロキは首を傾げた。
「その方もループを?」
「まあ、してると言えばしてるかしら。彼がループの話をしてくることは無いから確証はないけれど」
竜族はループしていると言ったが、吸血鬼はループしているわけではないと、リーヴァが答えた。とはいえ死徒列強クラスになると大体覚えているらしく、アリアも覚えていることはあるという。ただ、どの時点のループを覚えているかは個人差が大きく、アリアは比較的最近のものを覚えているらしい。
「完全に覚えているというと死徒というよりは本当に竜帝関係者って感じだな」
「そうね」
「そうだな。ああでも、『狂皇』は全体をぼんやりと覚えているようだったな」
「やっぱり加護持ちは違うわね」
ロキ達の前でセトナと示し合わせたように死徒たちから情報を託されてきたというリーヴァは、ブローチをいくつか持っていた。ロキは目を細める。
「このブローチはお前との同盟の証だ。その内皆と会うことにもなろうが、今はこれだけで我慢してくれ」
「十分すぎるというか、身に余るね」
「何をいまさら。余が知らぬだけで、お主はもっととんでもない者だったと聞くぞ」
リーヴァの言葉にロキ自身なんだそれと疑問を抱かずにはいられないのだが、リーヴァがその先を話す気配はなかった。ロキに渡されたブローチは6つ。
「ガーネットがロード、トパーズがロルディア、この紫のは余だ」
「ドラゴンの鱗かな?」
「左様」
「ラベンダーアメジストは私よ。ミスリルはクラウン。琥珀はエングライア」
オーバルにカットされたガーネットを光に透かして、ソルの瞳のようだと思った。トパーズはインペリアルトパーズらしく、濃い蜂蜜色が美しい。紫のドラゴンの鱗は、雷属性を帯びているようだった。ラベンダーアメジストは珠を台座に固定したもので、ブローチよりはペンダントが合いそうな繊細な台座を設えられていた。琥珀のブローチに関しては4つある。
「エングライアが渡してくれと言っていた。ロゼという者にだそうだ」
ロキたちはなるほど、と小さく呟いて、ブローチを受け取った。ロキ、ソル、ヴァルノスの分と、よく一緒に話をすることになるであろうロゼの分をリーヴァに託したということだろう。
ロゼも転生者である。エングライアはおそらくループしている記憶があるのだろう――ソルはそんなことを考えて、クッキーを口に運んだ。
「いろんな人に見守られてるなあって改めて思ったわ」
「同感」
「いつの時代も子供は大事ってことだよ。私たちだって子供は大事にするんだからね」
セトナの言葉にロキが目を伏せて笑った。
「俺は、本当に大事にされているね」
「そりゃもちろん。神子とか加護持ちとか抜きで、子供大事に思ってる親元に生まれてるんだから当然」
セトナの言葉にロキはくすぐったそうに身を屈めて、伸びをする。青い空を見上げて、眩しそうに手で光を遮った。
「……セトナ」
「何?」
「……余の思い違いでなければ、ロキは」
リーヴァの言葉にセトナが首を左右に振った。私は覚えてないから、と。気にならなかったわけではないが、自分が聞くのもなんだかおかしい気がして、ソルは口を噤んだ。
ヴァルノスが受け取った琥珀を眺めて感嘆の息を吐いている。ヴァルノスの家は、錬金術に詳しいのだが、その中で鉱物にも詳しくなるようで、琥珀のインクルージョンを眺めて一人で勝手に楽しそうに顔をほころばせていた。
ロキは6つも渡されたブローチを抱えて、そこに流れる魔力を眺めている。まだ本調子ではないのだ、無茶をする前に魔力を見ることにしっかり慣れておく方が良いというのが、ロキ自身の意見だった。
「でもあれね、私これからもいていいの?」
ふとセトナがロキに問う。ロキはアリアを見て、首を傾げた。
「いいのも何も、俺の守役はアリアと名を偽っていたセトナ・ノクターンでしょ。父上は他を宛がうなんてことをする人ではないよ?」
「……はー。敵わないわね」
セトナは小さく笑って言った。
アーノルドを幼い頃から見守っていたのは誰だと思っているのか。
「ここまで堂々とアーノルドを語られるとね」
「仕方あるまい。セトナの事情などロキには関係ないのだからな」
セトナの言葉を受けたリーヴァの返事に、セトナは、敵わないわ、と肩をすくめて見せた。ロキにとって確かにそれは気にすることではない。
ソルとヴァルノスとのお茶会の時間もまた、終わりを迎えようとしていた。
「今日はそろそろお開きにしましょうか」
「そうね」
空がオレンジに染まって美しい。
ロキはふと、どうするかなと空を仰いだ。
「どうした、ロキ」
「……いや、伝えておくべきかな」
「?」
リーヴァは少し悩みすぐに何かに思い至ったらしく、苦笑を浮かべる。
「なに、どういうこと?」
「ああ、ロキの中にいるもう1人の話だな」
「「――は?」」
本当は伝える気なかったのだろ、とリーヴァに言われて、ロキは苦笑して見せた。そっと胸に手を当てる。
「俺はまだ、女の姿になれる。本来は一から別の姿を構成するために魔力を必要とするはずだけど、入れ替わっているだけなんだ」
「えっと、つまり身体が2つある」
「ああ。つまり、女の身体を本体とする魂が俺の中に在る、らしい」
伝聞系なのはデスカルから聞いたからだ、とロキは言う。
「……その魂っていったい誰?」
「別の世界線のロキに相当する者だそうだ。いつ目覚めるかは不明、俺に取り憑いている理由は魔法による強制付与、本人の意思は関係なし、目覚め次第俺とのガチバトルで消滅の危険性が高いため魔導人形に付与し直して元の世界線に送り返すまでの時間を稼ぐ、って手筈になってる」
「あー、父様が王都に上がって来たのはそのせいか」
ソルが納得したように呟く。
現在ソルの父リンブルとアーノルドは全自動魔導人形の共同開発を行っている。そのためソルとルナは夏休みの間に実家にゆっくり滞在しなくても両親に会うことができていた。
「ガチバトルって、マナでの潰し合いでしょ? 別の世界線でも同じ人なら起きないんじゃない?」
「今デスカルがそのあたりの調査をしてくれてる。それにどうやら、ドルバロムと契約したのは俺が初めてらしいんだ。ドルバロムの魔力量に押しつぶされるのが関の山だそうだよ」
これはゼロが、バルフレトの魔力の通り道を刻む以外にデスカルがちょくちょく魔法を使っていたことを疑問に思って問い掛けたことによって判明した事実だったのだが、その時点で既にデスカルはもう1人の魂の存在に気付いており、保護を始めていた。
「デスカル……彼の死神の名を聞くことになろうとは……」
「魂の扱いには慣れていらっしゃるでしょうからね。デスカル様がいるなら何も恐れず思い切って行動していっていいと思うわ」
「デスカル殿がいなくても思い切りよすぎてこっちがひやひやするのだがな」
席を立ったリーヴァは静かに離れていく。
ソルとヴァルノスも席を立ち、ロキも彼らを見送るために席を立つ。
「またいつか」
「ええ」
「では、リーヴァ、またいつか」
「事故にお気をつけて」
「じゃあねリーヴァ。ソルちゃん、ヴァルノスちゃん、馬車がお迎えに来てますよ」
「「はーい」」
ロキは3人を見送って自室へ戻った。
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