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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
幼少期編
5/353

1-5

2021/05/29 加筆加筆修正しました。

「ロキ様、弟君がお生まれになりましたよ!」

「あぅぁ!」


ロキの部屋にはしたなくも駆け込んできたアリアが告げたその一言。ロキは嬉しそうに思いっきり手足を伸ばしたのだった。



その日、アーノルドはまた外交で出張中。スクルドの体調はすこぶる良かったが、出産予定日が近いということで、大人しくしておくに越したことはない。その分、フレイとスカジの相手を、メティスが担っている。ロキも一緒が良いとスカジが言い出したために、アリアはロキをメティスの部屋に連れて行くこととなった。


スクルドの出産のために、先に産婆をあらかじめ呼んでおり、そちらはリウムベルが対処している。アリアはメイドたちがぱたぱたと駆け回っている邸内を悠々と歩いて、スクルドの部屋のある本館からメティスのいる東館に向かう。ロキはこんなにフォンブラウ邸内を移動したのは初めてだったので、周りをきょろきょろと見回していた。


フォンブラウ邸内は大理石を敷き詰められた床が長く続く。彫金の施された重厚な木製のサイドボードには鮮やかな焼き物の壺や純銀の燭台が並べられており、白亜の壁には繊細な細工の施された額縁に入った絵画が飾られている。


赤いタペストリーもかかっているが、時折見える青いタペストリーに、銀の狼が見えて、ロキは首を傾げた。気付いたアリアが【念話(テル)】を繋げる。


「どうしました?」

(あのタペストリーは何?)

「ああ、あれは旦那様の家紋と奥様の実家の家紋のタペストリーです。フォンブラウ公爵家は黒いスレイプニル、メルヴァーチ侯爵家は白いフェンリルを家紋としているんですよ」

(そうなんだ)


赤いタペストリーをよく見ると、前足だけで4本の足を上げた跳ね馬が描かれていた。そして、ロキの母スクルドの実家はメルヴァーチというらしいことが分かった。


渡り廊下を通って東館へ踏み入れると、赤いタペストリーと青いタペストリーの代わりに、空色のタペストリーがかかっているのを見ることができる。


(アリア、こっちは?)

「こちらは精霊竜と言って、宗教派閥としては少数派ですが、世界の恵みは精霊竜が調和を保つが故に得られるものだという思想を持っています。メティス様の実家がこの思想をお持ちだったそうですよ」

(へー)


宗教には割と緩そうな印象を受けるからこそ、カドミラ教徒を邸内から追い出すというある種過激な方法を取った母スクルドを、ロキは不思議そうに眺めていた。スクルドの瞳に宿った強い光が、自分を守る為だけに瞬いているように感じて、ロキは少し嬉しかったのだ。


話は変わるが、メティスはアーノルドの第二夫人、所謂側室である。スクルドとアーノルドは別に家同士の方針で婚約したとかそんな話ではなく、自由恋愛の末に結婚したので、第二夫人が愛人だった可能性はかなり低い。その辺の話は直接メティス様に聞くといいとアリアが笑って言うので、ロキは暇潰しに話を聞いてみようと思った。


アリアが扉の前で止まる。フォンブラウ家の扉はどれも重そうな一枚板の扉で、彫刻と彫金が施されているものの、豪華絢爛といった派手さはない。ロキはこれくらい落ち着いている方が好きだ。アリアがドアをノックした。


「アリアです。ロキ様をお連れしました」

「入って頂戴」

「失礼いたします」


アリアがドアを開けて中に入ると、ロキの視界には白と青と緑で彩られた部屋の内装が飛び込んできた。フォンブラウの部屋を彩る布製品は基本赤だが、この部屋だけは、青と緑のさわやかな印象を受ける内装をしている。


「ロキ」

「ろき!」


フレイとスカジがメティスの傍からアリアの方へやってきた。アリアはスカジに注意しつつフレイにロキを抱えさせる。賢き神フレイの加護を持つフォンブラウ家次男フレイは聡く、賢いのだ。赤子の抱え方を教えてもいないのに、フレイはロキを安定した体位で抱えてみせる。


「にぃさま、わたしもろきをだっこしたいです」

「スカジはロキの手を折ってしまうからだめだ」

「なんですと!」


スカジの握力調節はまだ上手く行っていないらしい。ロキの腕が潰されては大変なので、アリアもしばらくついていることにしたようだ。メティスがこっちにおいで、とフレイとスカジを呼び、フレイからロキを受け取った。


「あぁ、やっぱりロキは美人さんね」


メティスはたびたびロキを見かけてはいたものの、スクルドがほとんど手放さなかったこともあり、ここまで間近でまじまじ見ることはなかったようだ。ロキの柔らかな頬をぷにぷにと指先でつつくと、ロキが指に頬を押し付ける。大変に可愛らしい。


「あああ可愛い……!」

「ロキ様は愛らしいでしょう?」

「ええ、とっても愛らしいわ!」


メティスが小さなロキにメロメロになっているのを、ひっそりと後ろから眺めている少年がいた。アリアはそれに気付いて声を掛ける。


「どうされたんですか、プルトス様」

「……」


青い髪に青い瞳の少年。メティスの息子、フォンブラウ家長男プルトスだった。


「……母上によくないものがちかづいてる」

「プルトス様、そんな言い方ないですよぉ」

「……」


アリアはプルトスの言葉が何を指しているのか分かったため、苦笑しながらプルトスを諫める。あまり効果はなかったようで、プルトスはメティスの方へ向かった。


「母上」

「あらプルトス、おかえりなさい。どうしたの?」

「コレはなに?」

「!」


プルトスの言葉にメティスが目を見開く。フレイとスカジが割り込んでいく。


「ロキだ、ぼくらのいもうとだよ!」

「コレじゃないもんろきだもん!」


プルトスも加護持ちだ。しかも割と厄介な方の。

メティスがロキを抱きしめる。プルトスはむっとした表情をした。


「母上、もう一度おたずねします。ソレはなんですか」


プルトスの言葉にメティスは小さく息を吐いた。


「スクルドの娘の、ロキよ。プルトス、お前の異母妹よ? コレとかソレとか言うのは止めなさい」

「そんなへんなものがいもうとのはずない! きもちわるい!」

「プルトス!!」


ロキを前に始まった突然の親子の怒鳴り合いにアリアはどうしようか、と暢気に考え込む。ああそうだ、とロキに【念話(テル)】を繋ぐと、やっと喋れる、とロキが安堵の息を吐いた。


(ちょっと失礼しますね)

(構いませんよ。それより、プルトス兄様って、割と加護の力が強そうですね)

(そうですね。あんまりロキ様とは仲良くできないかもしれませんね)

(相性悪そうですもんねえ)


加護によっては相性が存在する。同じ神話体系の中にある神格ならばわかりやすいが、異なる神話体系の加護だったとしても、その神格の性質によって相性の良し悪しは存在するのである。


(とはいえ、プルトスは根っからの善の神です。そりゃーロキの事嫌いますわ)

(ロキ神ってまあ、あんまりいい神話ないですもんね)

(そうなんですよねー)


ロキは随分と大人っぽい対応をしてくる。気持ち悪いと言われたら流石に傷付きそうなものなのだが、おくびにも出さずにニコニコしていることにしたようだ。そりゃあ気持ち悪いかもしれない。普通、自分を抱えている大人が怒ったら赤子は不安がって泣くものだ。


メティスはロキをゆりかごに寝かせて、プルトスと視線を合わせる。プルトスはほっとしたようで、ロキを一瞥してから母親に抱き着いた。相当ロキを嫌っているようだ。


アヴリオスにおいてロキ神の神話はほとんど変化が無い。トリックスターなのか悪役なのかよくわからない神話を持つロキ神は、基本的に悪神やら悪戯の神やらと呼ばれており、根っからの善の神には理解できない快楽主義的な性格に映ることが多いようだ。プルトス神はその行き過ぎた善性から盲目にされた逸話を持つ神格である。アーノルドの子供たちは皆加護持ちとして生まれているが、中でもプルトスと相性が悪いのは間違いなくロキだ。


「先が長そうですね」

「そうねえ」


アリアの言葉に苦笑を返したメティスが次に口を開こうとしたところで、メイドが駆け込んできた。


「失礼します! アリアはいませんか!?」

「あら、どうしたの?」

「手伝ってほしいの! 奥様のお腹の子、雷を持ってるみたいで……!」


アリアを視界に入れたメイドはほっとしたように用件を話し始める。メティスにちらと視線をやったアリアは、頷きだけで許可を出したメティスに礼をして、部屋を出て行く。


「それトール神じゃない?」

「やっぱりそう思う? 私の耐魔力じゃ弾かれちゃって」

「まじかー」


出て行ったメイドとアリアの会話を聞いていたロキは、無意識に祈っていた。


(今度こそ、母上が亡くなりませんように)


その願いは、ちゃんと聞き届けられた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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