2-11
2026/03/03 加筆修正しました。
全身が熱い。焼け付く肌のひりつきが不快だ。
吸い込む空気に肺が焼かれる気がする。息を吐いても肺の中がいつまでも熱い。
ロキは金色の紅の入り混じる炎に包まれていた。これが上位者、極炎竜の炎。本来火属性に分類されるものに高い耐性を持つはずのロキが火属性によって火傷を負うという事の異常さが目立つ。
ロキがバルフレトに連れられてきたそこには、どこまでも続く白亜の地面と遠い白亜の霧の空間だった。
周りに何もない。影がない。平面世界にでもいる気分だった。バルフレトが起こしている紅蓮の炎と、それに照らされた周辺だけが立体感を持っていて、なんだか視界がバグりそうで気持ちが悪い。
「立ってなさい」
「ッ……!」
バルフレトに立てと言われたら立つしかない。全身が痛い。脚に力が入っている気がしない。身体は熱いのに冷や汗が出てきた。全身を襲うガンガンとした痛みにロキは歯を食い縛る。
バルフレトが立ったままのロキの周りをうろうろと歩き回り、時折手をかざす。そのたびに炎が舐めるように全身を這い、血液が沸騰する、という比喩表現をロキは体感した。とうとうロキは蹲る。苦しい。その呟きを噛み潰した。
「んー。なかなかうまくいかないな?」
バルフレトが呟く。しゃがんでしまったロキの腕を掴み引き上げる。加減を知らない上位竜の握力でロキの腕がミシリと嫌な音を立てた。
「~~ッ!!」
炎が一瞬青く染まった。ロキの身体がびくついた。目尻に涙が浮かんでいる。相当な苦痛となっているのだろうことは想像に難くないが、それが如何程のものかは量ることはできないだろう。
「うーん。火傷、させないようにするの、面倒だな」
「るせーわ太陽婆!」
赤毛の女――デスカルが、姿を現した。横に、鳥籠を伴って。
「……?」
一瞬緩んだ痛みに、ロキはデスカルの声がした方を見る。鳥籠の中身はゼロだった。ロキを見て驚愕に目を見開いている。
この場所には、ゼロは本来入ることができない。この鳥籠はデスカルが準備した、下位の世界の者をこの場所に連れてくるための、結界。
そして、生身でここに居られることこそが、ロキが上位世界へ踏み込んでいることの、証であった。
「ロキ、ちょっと俺の方に耳貸しな」
「……、」
「ここは上位世界、白亜門の間だ。俺たちの出身であるオルガントの周りを囲んでいる世界で、ここにお前が生身で来れることが、お前が上位者に突っ込んでる証だ。バルフレト、ここを選んで座標変えたドルバロムに感謝しとけ」
「はいはい」
白亜門の間、などといわれてもロキにはわからない。けれどいちいち反応を返すだけの余力はないのが一目でわかる。バルフレトに引き上げられている左腕、無防備に晒された魔力回路の中心部分、そこに灯った蒼い炎。おおよそ火傷しているであろうことを思うと、早く実行に移さねばロキが保たないかもしれない。
デスカルが魔力を纏わせた手でロキに触れて呟いた。
「【風鳥結界】」
「【火竜焔】」
デスカルの術に重ねるようにバルフレトが炎の火力を上げる。ちり、と炎がデスカルにも飛んで、デスカルの肌が焼け付いた。
「――――ッ!!」
ロキが声にならない声で泣き叫ぶ。ロキの魔力回路であるらしい細い線が浮き出るが、そこを薄緑の光が絡み合っている部分を重点的に通るように太く走り、薄緑の光の上を紅蓮の炎が駆け上る。焼け落ちる細い線、ロキは必至で目を見開いて、バルフレトが摑んでいないのに動かない身体を必死に捩って苦痛を逃がそうとする。
「ロキ!? ロキ!!」
ゼロが声を上げる。バルフレトはゼロを見やった。
「デスカル、これが柱?」
「ああ」
「わかった」
バルフレトの目が一瞬赤く光る。ゼロの身体が炎に包まれた。焼ける炎ではないと瞬時に判断したゼロは鳥籠の金網を掴んで吠える。
「魔力回路焼くってそんなに苦しいのか!?」
「魔力回路にバルフレトの魔力を逆流させてる状態だ、苦しいに決まってる」
「な――」
「今は黙っとけ」
デスカルから答えが返ってきて、ゼロが一旦口を噤んだ。
しかし耐えるな、とデスカルはロキを見つつ思う。しばらく悶えていたロキが意識を失ったのを確認し、デスカルは手早く魔法陣を刻んでいく。
「それ、は」
「ロキの意識はない方が楽だからな。ゼロ、その炎消すなよ」
「……」
不服ですと顔に書いてある状態でゼロは胸の前で炎を抱えるように手を構えた。ゼロを包んでいた炎は集まってきて、ゼロの手の上に集約される。
バルフレトはロキの魔力回路を自分のマナで埋め尽くすと、パン、と手を合わせた。
じり、とロキの内側を焼き始める。
バルフレトは目を細めた。
「複雑だね」
「ゴーに確認しただけでループ回数100万回は超えてる。その絡まり方、だいぶ簡素な方だぞ」
「100万ってどれくらい?」
「お前とガイトルアサシアの年齢差くらい」
バルフレトはへー、と特に興味もなさそうな返事をして、ロキの魔力回路を焼き払った。ロキの身体が最後にビクン、と撥ねた。
「終わった」
「俺が火傷したわ」
「ごめんて」
「いい。俺が刻んどいたほうに魔力流しただけマシ」
余波はデスカルが負ったらしいことをゼロは悟る。デスカルの肩から先の腕と、膝付近と首元から背中にかけて火傷が浮かんだ。デスカルは小さく息を吐き、2つの石を取り出す。
「バルフレト、これに“浄化の焔”と“再生の焔”を」
「わかった」
取り出された石はガーネットとルビーだった。デスカルはそのままロキの傷の修復に取り掛かる。
「ったく、お前が何も介入しないから」
『あーあー、やだやだ、そんな言い方』
デスカルの声に応える形で聞こえた声にゼロは耳を疑った。
ロキの声が聞こえた気がしたのだ。
『おー、クラッフォンのヤンデレ坊やが来てるなぁ』
「なんだ、お前は一緒じゃなかったのか」
『俺に従者なんていなかったよぅ?』
いいねえ頼れる先をたくさん作れるようになったんだねえ、とその声は言う。デスカルはその声の正体を知っているらしい。
「で、これ以上介入する気はねえのか?」
『本当に必要な時以外はしないよ? ここから先の記憶なんて、もう部外者が見る必要はないだろう?』
「お前、消えるのか」
『そうだな。俺は消えたかったんだよ。もっといい道があるならそっちにぜひとも統合していただきたい』
「てめーの記録だけはキッチリ残してやる」
『え、嫌がらせかいそれ』
「当然」
デスカルはクスリと笑い、そして静かに目を閉じた。
「ちゃんと“白”と“紅”には事情説明しとけよ」
『わかってるよ』
デスカルの魔力が霧散した。
「……」
「はい全部終わり。これでロキの魔力回路の複雑化しすぎてた部分の除去は完了だ。変な位置に組まれてたキャップも外したから、魔力保有量の上限は本来のスペックに戻ったはず。つってもまだ晶獄病の再発リスクは完全にはなくなってはいないが、気を付けてればどうとでもなる。柱の形成も確認した。後はなるようになるさ。俺たちにあとできるのは中身の転送と戦闘のみだ。――ロキをしっかり支えろよ。そうするって覚悟決めたのはお前だからな、ゼロ」
一方的に色々決められて頭に来ない訳ではない。けれど、今は。
ゼロは小さく頷いた。デスカルはパチン、指を弾く。ゼロは意識を手放した。
さあ、もう戻る時間だ。
ロキを抱えたデスカルは鳥籠の中にロキを下ろし、バルフレトからガーネットとルビーを受け取った。
「ドルバロムが説教のために待ってるぞ」
「えー、アイツの話長い」
「闇竜なんだから仕方ない」
デスカルは受け取ったガーネットとルビーを仕舞いこんで、鳥籠を閉める。
「バルフレト、今度から降りるときはコート着ろコラ。魔力量だけで威圧しちまうんだよ、ロキに言われただろ」
「あ、うん、言われた」
「素肌晒して降りて来るな。ただでさえ魔力の塊なんだから」
「つまんないの。熱いとこ多いんだけど」
「そりゃおめーのせいだわ」
ドルバロムがゆらりと姿を現し、デスカルは再び指を鳴らす。鳥籠は白亜門の間から消えた。
♢
「――」
「ロキ」
「……」
ロキは目を開けた。
ああ、なるほど、ソルが自分の顔を覗き込んでいる。
ロキは気が付いたのだ。傍に見える金色も黒も緑も赤も、友人たちの色だと気が付いた。
「――ソル?」
「ええ」
ソルが小さく笑った。
ロキはどうやら、膝枕されているらしい。薄いアルコールと薬草の香りを嗅ぎ取って、今居るのが保健室らしいことに気が付いた。
そういえば保健室にはベッド以外に、高くなった座敷の様な一角があったな、と思い返していると、デスカルの鮮やかな紅い髪が目に飛び込んできた。
「……俺、は」
「魔力回路は全部焼き払った」
「……」
デスカルがロキの聞きたいことを先に教えてくれる。そうか、と呟いて、ロキがふと口元を緩めた。
そうか、終わったのか。
よかったよかった。
身体の節々が痛い。
けれど身体は軽い。
自分の身体の奥に空いた部分があるような感覚があり、魔力がどんどんそちらへ流れて行っている感覚を捉えることができた。
「こら、まだ安静にしてろ。魔力操作は最低でも1日間禁止」
「うぐ……」
ここは大事を取りなさい、とソルにも言われて、ロキは動くのも魔力操作も諦めた。
「それと、もうひとつ」
「……?」
ロキが落ち着いたのを見計らってかデスカルは少しばかり困ったように言葉を紡ぐ。
「お前さんの前世の記憶とやらだがな、今までよりはちょっと遠くなってると思う。浮草病の方も発作は起きにくくなるはずだ」
「……ああ、分かった。っていっても、浮草病の発作なんてほとんど出たことないけど」
「そりゃお前さんが感知してないだけだ。お前さん見たら結構どっちも発作起こしてたからな」
「え、マジ?」
ロキはそんなまさか、と呟いたが、よくよく考えてみれば、アンリエッタにいろいろと薬草を調合してもらって薬として飲んでいる身の上だった。完全に発作として表に出る前に薬でどうにかしていた部分もあったのかもしれない。
「アンリエッタ先生にお礼言わなきゃ……」
「おう、あの子が居なかったら大変だっただろうからな。しっかりお礼しろ」
そうする、とロキは呟くように返事をした。ソルはデスカルに問いかける。
「ロキはこれで健康になった、って言える感じなの?」
「ああ、基本はな。ただ、逆に今、ロキは色んなものの影響を受けやすくなってるんだ。魔力の分厚い壁を作ってたから干渉されなかった加護とかな。今後はロキ神の加護とか守護精霊の祝福だったモノの成れ果てとか、スキルに付随してくるあれやこれやの影響がより強く出るようになると思う」
「……そう」
ロキは今まである程度加護から身を守っていた、という、リガルディア王国での常識では到底考えられない状況を説明され、ソルはとりあえずそうなんだ、と飲み込むしかない。
「ま、ロキは文句なしの加護レベル5、転生者じゃなきゃ人間社会を模倣している今のリガルディア王国で生きていくのは難しかっただろう個体だ。他にもまだまだ足らんものはいっぱいあるし、それをこれから順調に手にしていく他ない」
「俺たちはその手助けをしていくのが今後の動向になるかねえ。ま、ロキに限った話じゃないが、加護には基本的に無理してまで逆らおうとするな。寿命が縮むし、魔力関係のステータスも下がるからね」
「……わかった」
デスカルに細かな部分を訊ねていくと、どうやらロキ神の加護の長所をほぼすべて潰すことになる、という事であるらしい。ただでさえ使い勝手が悪い加護の長所がさらに潰れるのは流石に避けたい、とロキは呟いた。
「人を弄り倒したくなるだけだ、ちょっと友達減るだけで済むだろ」
デスカルの言葉が容赦ない。ロキはからからと笑った。
「ま、これからはやりたいことをやりたいようにやればいい。ああそれと、精霊が見えないってあれだが」
「ん」
「今回ので精霊の干渉を受けやすくなった。その内精霊たちを見ることもできるようになるだろうさ。それでも。ゴー……シドとの契約はしてやってくれ。どっちのためにもな」
「……いずれな」
ロキは小さく頷いて、身体を起こす。
視線を上げると、レイヴンやレインが保健室に居座っているのが見えた。他のクラスメイト達も廊下でロキが起きるのを待っていたらしい。
「レイヴン、ロキの魔力回路は焼いたから真っ新になった。浮草病と晶獄病の発作も起きにくくなったはずだ」
「おお、よかったです」
「んでもって、ロキの魔力回路を形成するのは明日か明後日から。今日授業ができなかったのはロキを責めないでやってほしい」
「ええ、分かっています」
レイヴンは苦笑を浮かべ、デスカルは礼をすると、傍に座っていたシドと倒れたままのゼロを伴って黒いドアを形成する。
「デスカル」
「なんだい」
「俺が帰るまでにゼロを叩き起こしておいてくれ」
「あんまり乱暴はしてやるなよ。お前夜の方も主側だろ」
「ザ・俺」
「その立ち方止めなさい」
ジョ〇ョ立ちを披露したロキに回復早々お前楽しい奴だな、とデスカルは笑った。ロキは小さく、ゼロには感謝を伝えないとな、と呟く。
従者に労力を掛けることを厭わない主人様だねえ、とデスカルは言って、ドアを開けて姿を消した。シドは振り返り、綺麗に一礼してドアを閉めたのだった。
「ロキ君、回復してよかったよ!」
「レイヴン先生……」
レイヴンはロキの頭をそっと撫でて、さ、帰りの会をしようか、と笑った。
「明日からロキ君も一緒に魔術の訓練を始めよう。魔力回路を形成するところからだからね。そうだ、皆で教えてあげるのもいいと思うよ」
「周りへ頼ることを覚えさせろって言われましてよ。皆さん、明日からちょっとの間だけ皆でロキの先生やりましょう!」
「「「はーい」」」
ロキは教室に入ってきた皆に、礼をする。
「皆、明日からよろしく!」
「なんかロキ君明るくなった?」
「そう言ってもらえると嬉しいよ!」
「違和感ががが」
ソルの言葉にロキはニッと笑った。ソルは悪戯っぽいロキのその表情に、今までロキに掛かっていたロキ神の加護が全く持って本気を出していなかったことを悟るのだった。
♢
帰り道、ロキはスイーツ店に寄った。ゼロが甘党であるからだ。
馬車での送り迎えだが、魔術が使えるようになったら転移でもゲートでも使ってやろうと心に決めているロキである。
ロキだって甘いものは割と好きだ。甘すぎると駄目なだけで。あと、カロリーの高いものを食べていると魔力の生産量が馬鹿みたいに上がるので自制していただけだ。
「ロキ様」
「ちょっと待って」
アンドルフが今日はついてきた。ロキは笑ってアンドルフをとどめる。
「ゼロは食う量が多いからね。ああ、このベリータルトとチーズケーキ1ホールずつ」
「畏まりました」
氷が必要です、と小さく店員が呟くと、ロキは笑む。
「普通の氷なら出せるから」
「えっ」
「ありがとうございます!」
店主が困惑した表情を浮かべたが、ロキは屈託のない笑みを浮かべて見せた。
「家族への感謝の気持ちを表したいんだ。一学生の行動だと思って、ね?」
「しかし……」
「ほら父さん、せっかくなんだからいいじゃん。お客様、ここから何分くらいかかりますか?」
「30分ほどです」
「ならこれくらいで」
ロキに普通の客に対するのと同じような対応を始めたスイーツ店の娘に、ロキは満足そうに笑い、注文に応えて氷を出し始めた。
「包装はこれでいいですか?」
「その青金のリボンがいいな。母上が好きそうだから!」
「はい」
「それと、ああそうだ、こっちのモンブラン追加で、黒金のリボンを」
「はい、畏まりました!」
少女は笑っててきぱきとケーキを包み、ロキに渡す。
「小金貨5枚になります」
「……高いなぁ。やっぱり小麦の問題かな?」
「え、あ、はい」
独り言を呟いたつもりだったのかはたとロキが顔を上げる。口に出ていたことを今のでロキは完全に理解しただろう。誤魔化すようにロキは笑って、小金貨6枚を少女に渡した。
「え、6枚ですか」
「1枚はチップだと思って。君は俺の望む対応をしてくれたから!」
ロキはアンドルフに向き直る。
「行こうアンドルフ」
「はい」
見送りのために少女は外に出て、去っていく馬車の紋章を見て、絶句した。
「と、父さん……」
「どうした、マール」
「今の人……」
「フォンブラウ公爵家の人だった……!」
翌日、この店にはフォンブラウ公爵夫人がおいしかったとつづった手紙が届いたとか。それからこの店は王都でも有名な店になっていくのだが、それはまた別の話。
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