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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
初等部編
46/376

2-9

2021/12/15 改稿しました。

「ロキ君って難しい本ばっかり読んでるなぁ」


ロキが本を読んでいると、誰かが声をかけてきた。

初等部の図書館は薄い棚が沢山あるタイプで、長机が置かれているので本を読むことができる。踏み台もあるが、司書が常駐しているので、背が高い所にある本が見たければ司書に頼めば良い。

ロキは本から視線を上げる。知っている顔だった。


上級生のゴルフェイン公爵家長男カイウス・ゴルフェイン。属性は風、髪は緑、瞳も黄緑で典型的な風属性である。


「魔術を早く使いたいって思いますしね」

「まだ習ってないのか?」

「浮草病を治すのが先だそうです」


ロキが読んでいるのは魔術の教本みたいなものである。アーノルドが書いていたりするのでこの辺で彼の家族大好きっぷりが見える。ロキのことがあったので、仕事の合間をぬって研究を続けているのだろう。発行年はサインで残っているのだが、つい去年の冬の日付になっていた。領地経営の傍ら執筆を進めるとはなかなかアーノルドのスペックの高さが伺える。


「……リガルディアってホント、転生者多いな」

「そうですね」


カイウスの言葉にロキは小さく笑った。今はロキが1人で本を読んでいるが、普段はソルやセト、カルらとともに来ていることの方が多い。


ロキはほとんど本を読み終わっており、カイウスがロキを捕まえられたのは、奇跡的なものだった。ロキは基本的に人の居るところには居ないからだ。図書館に居ることはわかっていても、本を読み終わるタイミングはまちまちであるため、昼休みいっぱい出てこない日もあれば、昼休みの半ばくらいで本を読み終わって出ていってしまうこともある。

本を閉じたロキはカイウスを見上げた。


「ゴルフェイン先輩は風ですよね」

「ああ。まあ、ものの見事に父方しか受け継がなかった。妹が土も持っている」

「そうなのですか」


ほとんど茶会に出席しないロキは他の公爵家のことは知識としてしか知らない。

政治利用されないようにとアーノルドやスクルドがほとんど外に出さないせいである。少なくとも、ロキ自身、魔術が使えるようになるまではその方針に反発する気はない。


「ロキ君は、属性は?」

「全属性だそうです。特に火と氷、闇。あと、闇系の祖ですね」

「祖なのか」

「はい」


属性の初代血統と言ってもいい、祖。貴重なものであり、対処もし辛く、そして何より、絶えやすい。

狙われるし、利用されるし、ろくなことがない。ロキからすればそうとしか思えない。


「何の?」

「変化」

「……戦闘には使えなさそうだね?」

「他で戦闘すればいいと思いますがね」


もうちょっと大きくなったら武器での戦闘訓練も始まりますね、とロキが言えば、小さくカイウスが頷いた。


「本を読んでいてもいいが、普通に体を動かすのも大事だぞ」

「ええ、重々承知しております」

「体調には気を付けて」

「はい」


ロキは本を返却棚に置いて図書館を出ていく。

カイウスは小さく息を吐いた。ああ、知っていたとも、あの日からずっと抱いていた感覚だ。突然乱入してきた令嬢を上手く躱して見せたあの日から。


「……お前はあまりにも、大人びていて気味が悪い」



存外、ロキに気味が悪い、と直球に気持ちをぶつけてくる者は少なくない。カイウスしかりである。表面上は取り繕えている気でいるが、ロキからすればバレバレだ。

遠慮されるよりはずっといい。話しかけてきてくれるのだから、決して印象は悪くないのだろう。ロキに対して抱く不安を払拭しようとカイウスも動いてくれているのかもしれない。まあ、そこまで都合良く捉えるのが良い事かどうかは、ロキにはまだわからない。


(さて……)


図書室は来客があったのでもう戻る気になれない。どこへ行こうか。ぶらぶらとその辺を歩いていてもいい。

なにもないから訓練場に行ってまた魔力結晶でも生産するか。


昼休みというのは案外暇なもので、ロキ以外は他にもやることがあるからと散っていった。これはもう致し方ないことである。カルとロゼが仲良くお茶をしているのは知っているし、誘われたが、断っておいた。カルとロゼの仲がうまくいくことを祈るばかりである。ロゼを悪役令嬢の立場なぞにしてくれたら、ロキはカルをブッ飛ばすかもしれない。


ぼんやりと庭を歩いていると、鮮やかな赤がロキの視界に入った。赤、というよりは深紅。豊かな髪をなびかせた女。胸も豊か。


露出度の高い服が特徴的だが、その頭についている角に目を留め、ロキは踵を返した。

大振りな角だが、気にするのはそこではない。暗い赤の角が生えているのだが、左右で形が異なっているのだ。


通常、竜種、ドラゴン種の角のみならず、基本的に角のある種族は皆左右でほとんど同じ形の角を持っている。


異なる角の形が、より荒れ狂う力の本流を表していると知ったのは、誰の本からだったか。

ロキはあの角を知っている。


(あれはやばい)


あの女はまずい。

語彙力の著しい低下を自覚しながらロキはその場を離れようと踵を返した。。


関わったらとてもじゃないが対処できない。


それだけは、分かる。

マナなど見えなくたってわかってしまう。


「どこへ行く、幼子」


一瞬考えたのがいけなかった。

目の前に、さっきの女がいた。ロキは目を見開き、立ち止まる。


「……教室に戻る」

「医務室に行った方がいい」


女は目を細めて笑う。ロキが後ずさる。


何でここに上位者が、とロキは思う。

いや、火を象徴するその赤毛。

日光の反射ではない光が揺らめいている。瞳の奥の猛る焔を見た。

角はおそらくドルバロムと同質のモノか。


竜。しかも、上位。


「こらこら、逃げるな」

「逃げるに、決まってん、だろ……」


口が上手く開かない。呼吸はできているだろうか。震えが止まらない。

ロキは左腕を掴まれる。


「ふーん。これはずいぶんと絡んでいる」

「……ッ」


ロキはこのままでは逃れられない、と瞬時に判断する。


(――切るか)


何を切るのか、よく分からない、なんでだ、とロキは混乱し始める。自分が腕を切り捨てようと考えていることに気付いた。ロキは混乱していた。


「おっと、転身するのは右側だったっけ」

「ッ!」


右手まで掴まれ、ロキは暴れた。

声を上げないのはあげられないからだ。認められない、認めたくない。怖い、なんて。

だからロキは、恐怖を押し殺した。


ただそれはきっと、上位者に気圧されているからだ、と。


「うん、そうだな。落ち着けとか言っても無駄だな。よし、このままいくぞ」

「は?」


ロキは一瞬呆けた。目の前の女が何を言っているのか分からなかった。

くい、と引き寄せられそうになって、ロキは踏ん張ろうとした。


ちらと中庭に、倒れている生徒を見かけた。それが意味するところを理解して、ロキは声をあげる。


「――お、い」

「ん?」

「マナの放出を、止めろ、今すぐ……!」


きっとあの倒れている子は、この女の放つ魔力に耐えられなかったのだ。何故気が付かなかった。中庭には他にも何人も生徒が倒れている。

膝を突いて、かろうじて意識があるらしい赤毛の男子生徒が、ロキを見ていた。


ロキは女を睨みつける。

このままでは皆潰れてしまう。ロキはそれが()()()()()()


「どっか、連れてけ、皆を巻き込むなッ!」

「――」


女は小さく笑う。


「ああ、そんな顔もできるんだ。いいな」


分かった、お前の要求を聞いてやろう。


女はそう言ってロキを抱き寄せる。ロキの身体から力が抜ける。

ガタガタと震え始めるロキを、紅蓮の炎が包み込む。


「バル(ねえ)ー」

「んー?」


ドルバロムが姿を現した。いや、随分と中途半端な姿である。半分は闇色の靄に包まれている。


「ドルバロムじゃないの。お前にしちゃ随分と反応が速かったね」

「契約者とのパスを乗り越えられたら気付くよぉ?」


ドルバロムが笑っている。ロキは霞がかってきた思考を何とか回す。ドルバロムの身内で間違いないであろうこの女、ドルバロムが一度威嚇しているのだが全く効いた様子がないのがなんともまあ悲しい。


「まだ待ってねぇ? デスカル呼んで来るよぉ」

「先に行ってると伝えな」

「俺はメッセンジャーじゃないよぉー」


ドルバロムはロキを見る。炎に包まれてはいるが問題はなさそうだ。


ロキは人刃。半分転身するというのなら、火への耐性は人間よりは相当高いはずである。焼けないと良いが、とドルバロムは小さく呟き、姿を消す。


炎はロキと女を包み込んで掻き消えた。



「――ッ、今のは何だ!?」


カルは声を上げた。

周りにはセト、レイン、ソル、ヴァルノス、ロゼがいた。彼らがいたのは教室である。カルとロゼは茶会を終えて撤収してきたところであり、ソルとヴァルノス、セトはレインにロキの近況を聞かれて応えていたようだ。


「……今の……」


ソルが小さく呟いた。


「デスカル……じゃ、なかった」

「リオでもなかったわね……」

「でもあんな精霊はいない。あんなやつ、ロキの傍にはいなかった」


セトが小さく呟けば、レインが言った。


「おそらく、上位の住人だろう」

「――まずいわ」


ロゼが言った。


「え?」

「ロキの魔力回路を焼き払って修復するって話だったの。聞いてない?」

「……え、じゃあまさか」

「……該当する上位者は、バルフレトよ」


ロゼは眉根を寄せた。話が分かってきたレインが青ざめる。


荒療治にもほどがある方法を取ろうとしていたのは、今の話だけで分かった。

バルフレトという上位者はそもそも人間にほとんど関与しないことで知られているので、気変わりでも起こして人間の生活に首を突っ込んでくると、どんな影響が出るかわかったものではない。


魔力の元となるマナが魂から発せられるこの世界では、魂と肉体を繋いでいる魔力回路を焼くことと魂を焼くことがほぼ同義となる。つまり魔力回路を焼くということは、魂にも重大なダメージを負わせることと等しいのだ。ロキの魔力の絡み方を正確にレインも理解しているわけではないのだが、ロキと触れ合ううちに幾らかは理解していたらしい。


「早く行かないと、」

「どこに行くのさ」

「ロキの所よ!」


ロゼの言葉にレインが首を左右に振った。


「もういない。連れて行かれたんだ」

「そんな……!」


単に上位者がいなくなっただけではなかったらしい。まだ混乱しているらしいロゼをヴァルノスが諫める。小さく息を吐いて、カルが踵を返した。


「カル殿下、どちらへ?」

「王宮に上位の住人が2人ほど居座っている。彼らに連絡が取れれば」

「馬鹿言うな、マジでバルフレト相手だったらそこんじょらの上位者じゃどうしようもない」


もっと上位者について調べておくべきだった、なんてソルが呟いたところで。


「待って」


ヴァルノスは不意に空間が歪むのを感じた。


「どうした?」

「――」


皆がヴァルノスの視線を追う。

そこには、いつの間にか赤い髪の女がいた。黒い髪の少年を2人連れている。


「えっと……」

「デスカルだ」


教室に突然現れた3人。突然の事に動きを止めたカルたちに名乗って、赤毛の女が口を開いた。


「レイン・メルヴァーチ」

「は、はい」

「――」


レインが返事をしたため其方を見やる。女は小さく頷いて、金目の方の少年に言った。


「碇はここに降ろす。お前は残って事情説明、ゼロ、飛ぶぞ」

「了解」

「ああ」


赤毛の女とオッドアイの少年が踵を返し、姿を消した。


「……何、今の」

「女将はロキ様の魔力回路以外をバルフレトが焼かないように防御壁張りに行った」

「え……」


シドが口を開き、ロゼたちに緊張が走った。もう何がなんだか分からないとセトが頭を抱える。カルとレインはデスカルとゼロと呼ばれた少年が消えた扉を見ていた。

既にシドを見知っているロゼたちが小さく息を吐いて、シドの頬を平手で打つ。


「いッてえ!」

「今世もよろしく、前世で明と涼を即死させた金子奏斗君。今それはどうでもいいわ。どうしてもっと早く教えてくれなかったの! さあさっさと事情を説明しなさい!」


ロゼはまだ殴り足りないと言わんばかりの表情のまま、シドに説明を求めた。


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