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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
初等部編
45/368

2-8

2023/03/06 改稿しました。


「ロキー」

「ん?」


家に帰ったロキの前に、リオことドルバロムが姿を現した。窓を開けているわけでもないのに、どこからか乗り込んでくるドルバロムは、あまりにも本人の魔力が周辺の魔力と大差がなさ過ぎて、ロキではまだきちんと捉えることができない。


「ロキの魔力安定したねえ」

「そうなのか?」

「ん」


ドルバロムが言うのだから間違いはないのだろう。ロキにはわからないが、確かに何となく足場がぐらついた感覚は無くなったような気がする。この調子で体調不良も無くなってくれると良いのだが。


「お前が言うならそうなんだろうな」

「んー」


ドルバロムは聞いていないような生返事を返してきた後、ロキの魔力をじっと眺めていた。ロキには何を見ているのかわからないのでドルバロムがぼんやりと自分を見ているように見えるのだが、時折視線がロキの周辺を動くので魔力を見ているのだと理解した。


「ロキの兄弟? レインっていったっけ」

「従兄弟だな」

「ふーん。あの子がロキと仲良くなってから安定してきたかなあ」


レインのおかげなのか、とロキは呟く。レインの言葉が響いたせいなのか、嬉しかったせいなのか、詳しくはわからない。けれど、少しでも皆に迷惑をかけるのが減るならばいいとロキは思った。



「ロキの魔力出力が安定した?」

「ああ」


アーノルドはデスカルから報告を受けていた。今日もロキは学園に行っている。デスカルは他の上位者よりはよっぽど話が通じるしわかりやすく話してくれるので、通訳としてメッセンジャーをこなしていることが多い。


「何があったんだ……」

「レイン、つったっけ、ロキの従兄弟君」

「ああ、レインがどうかしたのか」

「どうも距離が詰まったみたいだ。ドルバロムが言ってたから確かだ。何日前の話かってのは聞かないでくれ」


最上位闇精霊とも呼ばれるドルバロムだが、彼らの種族はそもそも非常に時間にルーズである。おやすみーと言って眠って次におはようと言って起きたら人間の世代が5つくらい変わっているとかがざらなのである。


「まあ、ドルバロムはかなり反応が速いから、せいぜい3日前後だろうだけど。今週だったのは確かだろうよ」

「……ああ」


とりあえず、情報を整理しようとアーノルドはデスカルが持ってきた資料を見る。


「……魔力出力が安定した、というのは上位者の目線で見ると具体的にはどういう状態なんだ」

「だいぶこの世界に足が着いてきたってことだ。完全に着く前に一度あの魔力回路は全部焼き払うぞ」

「……いよいよ、か」

「幼い時の方がいい。本当はもっと早く焼いちまいたかった」


できれば一桁の時にな、とデスカルは苦い表情を浮かべた。ロキの魂が浮草病を発症していたため敢行出来ず、ロキを延々と苦しめ続ける原因となっている魔力回路の絡み。ロキ自身の魔力回路が繊細ということも相まって、結晶ができようものならばすぐに魔力回路そのものがズタズタに引き裂かれること請け合いの爆弾である。


「あの太陽婆、竜は確実に巻き込むと思うぞ。ゼロには覚悟させときな」

「……ああ」


太陽婆とデスカルが称した上位者をアーノルドは知っている。直接の面識こそないが、ドルバロムと同じ系譜に位置する上位者である。

この世界では彼らが大精霊だの神様だのに祭り上げられ、神霊よりも信仰を集めている。信仰の集まり方で力の大小が変化する神霊と違って、“上位竜”はそういった干渉は一切受け付けない。


「あと、あの太陽婆はドルバロムの姉に当たる。ロキの魔力回路を弄った後は一旦馴染ませて、その後に、入り込んでるもう1つの魂の切り離しにかかる」

「わかった」


アーノルドにとってはロキはそのままでも凄まじい魔力量を誇っている子であるのだが、デスカルらの話を総合すると、ロキの魔力は今の状態でもかなり抑えられている状態であった。ロキ自身を苦しめている術の維持にロキの魔力が回されていること、別の何者かにロキの魔力が流れていることが分かっている。


「あとは、ロキの魔力回路を形成し直しつつロキから魔力を奪っている奴を叩かなきゃならん。少なくとも流れてる魔力の輸送路は断つ。これは俺達ネイヴァス側の仕事だ、任せておいてくれ」

「ああ、頼むぞ」


アーノルドはデスカルを見やった。

デスカルはいつも通りに余裕のある笑みを浮かべている。


この女は、いや、この神は。

少なくとも、楽しそうだから、という理由で人間をもてあそぶことは少ない。

だからロキを任せることもできる。


「ところで、アーノルド」

「なんだ」

「ループしてる人間って、どう止めた方がいいと思う?」

「……は、ループ?」


アーノルドは首を傾げた。

デスカルは小さく頷いた。


「そうだ。ロキはループ、つまり世界回帰に巻き込まれている。その影響が魔力回路に出ているだけで、経験は引き継がれているが記憶の引継ぎはない。つまり、ループのせいでロキの体調不良は表立って問題になっている」

「……それは、また」


世界回帰など、許されるはずがない。そもその所為でロキが理不尽に苛まれているのはいただけない。ループというからには時の流れさえ遡るのだろう。時の神は何をしているのかと問いたくなってしまう。


「クロノス系列なら頼ったって無駄だ。この世界の時間はクロノスではなく世界樹が決める。つまり、このループは世界の存続に何か関係する」


そこまでわかっておきながらなぜ何も動かないのかとアーノルドは問うことはなかった。それは、デスカルの職務を知っているためである。


「……破壊神として、目的は何になるのかね」

「世界の時間回帰はそもそもが異常事態なので、まずはこれの解消。ただし、世界樹が認めている形跡があるのでループ現象そのものを断ち切ることはしない」

「……どう解決するんだ?」

「解決の糸口を探すのに、積み上げられたものを積まれたのと逆から降ろしていく作業時が必要だ。その前にまず、巻き込まれてる上位者――この場合、シド・フェイブラムの事だ。こいつの周りの整理をする」


整理という言い方をしたことにアーノルドは引っかかった。


「整理?」

「半精霊だから契約やらなんやら周りとの縁が繋がってるんだよ。そこを一旦綺麗にリセットするか何かしなきゃいけないのよ」

「……」


ロキが彼と契約をしていないと話を聞いて、デスカルが最初に考えたのはこれだった。小さな細々した理由がたくさん集まって面倒に見えているが、放置し続けると余計大変なことになる。嫌でもどこかで手を入れなければならないので、まずはここからだ。


「んで次に、こちらの世界のキーマンであるロキ・フォンブラウの魔力回路と魂に関する問題の解決。さっきも言ったが、火竜に話を通してある。先触れで伝えてた義体の準備は進んでるかい」

「ああ。ただ、本当にただの義体だ」

「器になれば何でもいい。ドッペルゲンガーが自分の身体に入っていたら、普通のアヴリオスの住人なら拒絶反応出してぶっ倒れて死んでる」


アーノルドは黙った。ドッペルゲンガーと呼ばれる症例は数は少ないが、致死率は9割を超える。ロキは恐らく1割弱の方だっただけなのだろう。複合的に事情が絡んでいるとデスカルは言う。結果的にドッペルゲンガーが出たのではなく、何かを為すために差し込まれたドッペルゲンガーだとデスカルは付け加えた。


「ロキの方は、魔力回路の形成し直し、ドッペルゲンガーの解消を行う。浮草病は快方に向かってるからもう少し様子見だな。魔力回路を焼いても大丈夫そうなところまで来てよかった」

「……ロキ……」

「ドルバロムが隷属契約を結んでることもデカい。よくぞ闇竜を動かした。褒めてやりたいね」


本当に、上位者の手を借りなければどうにもならないところまで来てしまっていたのだろうということが簡単に予想で来て、アーノルドは息を吐いた。


「アーノルド、お前には知らせておくよ。これ、ロキが持ってる祝福と加護についてなんだが」


デスカルは小さなメモ書きをアーノルドに見せる。アーノルドはメモ書きを覗き込んだ。


「シヴァ神とロキ神の加護が見当たらないが」

「それについてなんだがね」


シヴァ神の加護はロキを神子たらしめるものだ。銀髪と白い肌の理由だ。加えてロキに加護を与えているはずのロキ神の加護さえも見当たらない。何で、とアーノルドが思うのは致し方ない事だ。

そんなアーノルドにこれとこれ、とデスカルは2つの加護を示した。


「『破壊神の加護』――こいつがシヴァ神の加護を上書きしてしまった。『闇竜の加護』――これがロキ神の加護を上書きした」

「待て、加護の上書きだと?」

「ああ。んでもっておそらくロキと波長が合う方が残った」


波長が合う方、とアーノルドは呟く。どういうことだとデスカルに視線を向けてきたので、デスカルは答えた。


「ロキはループを繰り返す中で、上位者に割と協力を求めている。自分たちだけじゃどうすることも出来ないと思ったんだろうね。精霊や上位者との契約は魂同士のお約束だ。なのに何かあるとロキは必ず上位者との契約を切る」

「そんなことができるのか」

「ロキ神の加護に頼ったバチバチの裏切り行為ですが何か」

「そんなところにロキ神の権能使ってるのか」


それができるのが問題さね、とデスカルは言う。


「んで、同一の魂で上位者との契約があんまり多いもんだから、元々変質しやすい変化属性抱えてるロキの魂は、上位者に近いものになってしまってるんだ」

「……つまりあの子は上位者になっている、と?」

「魂だけはな。でもそれじゃ器である肉体が耐えられない」

「進化も起こすという事か」

「その通り」


アーノルドは背もたれに深く沈んだ。アーノルドの予想よりもずっとずっとロキは危うい状況に置かれていたらしい。


「ロキは何度か進化すると思う。あいつ人刃と竜とヒューマン混じってるだろ」

「ああ」

「一番頑丈なのは人刃だし、人刃の特殊個体だからダンジョン産の人刃と変わらない強度にはなれるんじゃないか」

「それは喜ばしい事だが……魔力は、足りるのか?」

「足りなきゃ補ってやりな。休めるタイミングを間違うんじゃないぞ。屑鉄になるぞ」

「鉧だ」

「そこはアツシ置いて行くから見てもらえ」

「ありがとう」


デスカルはすっかり冷めた茶を飲んで唇を湿らす。


「ループを止めるのは俺自身の仕事ではないのが一番残念なところだな。世界樹が認めている以上はロキやお前さんら今生きている命にやってもらうしかない」

「……子供に背負わせるべきことでないのは確かだな」

「だから転生者が選ばれたんだろう。ガキのままでいてくれる転生者の方が珍しい」


デスカルの言葉に、アーノルドは息を吐いた。転生者の方が対応が利きやすいのは事実だろう。精神年齢も高めな子供なので大人の言う事をよく理解して動ける。でもそれは大人の事情であって、転生してきた誰かさんに背負わせるべきものではないと、アーノルドは思っている。


「まぁ、まずはロキの問題解決とシドの周りの整理を同時に進めて行って、地均ししてからだな。お互い頑張りましょうや」

「ああ……」


デスカルは話は終わったと席を立った。部屋を出る前にふと振り返って口を開いた。


「ああそうだ、アーノルド閣下」

「ん!?」


傭兵としての口調になったデスカルにアーノルドは一瞬驚いた。


「セーリス家の御令嬢たちに気を配っておいてください。嫌な予感がしますんで」

「……分かった」

「では、失礼します」


デスカルはアーノルドの執務室を後にした。出口で突っ立っていたシドとゼロに目を向ける。聴いていたんだと察せられるが、とりあえず問うてみた。


「どうしたんだい2人とも」

「……女将、今のマジか」

「どのことかね」

「ロキが何回も進化繰り返してるって話」

「事実だよ」


アーノルドに伝えたかったことの大切な部分だけを抜き出すと、シドの言った通りである。アーノルドは頭がよく回るし、ロキの親であることも、公爵という権力者であることもあって、事情をある程度つまびらかにしてやったが、事実だけ見るとロキの現状は世界樹の重荷以外の何者でもない。


「……よく今の今まで保ってたな?」

「ま、“世界樹の支柱”サマは何かやらかしてんだろ。」


ロキがどういう経緯でループをするようになったのかなんてデスカルには分からない。しかし、何らかの脅威への抵抗策として起こったことだとするなら、世界樹の毒になるような状況を作り続けるのはよろしくない。今更かもしれないが、とデスカルは独り言ちる。


「上手く行かないから進化したり誕生前に時間が戻るんだろ。それに、同一の魂の時間が戻るのに上位者と契約して契約破棄した事実だけ残っていくのも、おかしいんだよ。ロキは上位者だ、間違いない」


魂に刻まれた事実は過去返りを起こさない。時間を戻したところで、起こった事実は変わらないからだ。時間が戻っても、戻ったという事実がある以上は逃れられない過去となる。シドが言っていたことが事実であるのであれば、ロキは精霊契約の再締結はできるのだろうが、一度結んで契約破棄をしたことによるデメリットも発生している。それはつまり、時間は間違いなく進んでいるという事だ。ループによって過去はなくならない。


そして、そもそもロキが上位者との契約の再締結ができるというのがおかしい。特異個体か何かかという話なのだが、上位者が気にするような特異性をロキは正直抱えていない。上位者との契約を破棄できていることも含めて、同等程度の力は持っていることが伺えるのだ。だから、ロキは上位者だ。少なくともアヴリオス出身の種族が上位者にならずに上位者を下した記録は今のところ残っていない。


「……!?」


シドが何だよそれ、と小さく呟く。ロキは上位者だ、魂だけな、と端的に伝えれば、シドは俯いてしまった。信じられないのだろう。それよりも、自分がその事実に気が付いていなかったことに愕然としているようにも見えた。


「シド、俺は全部ロキたちにぶん投げようと思ってる」

「……正気っスか?」

「もともと今生きてる奴がどうこうしなきゃならんだろ」

「それはそうっスけど」


シドはデスカルの介入を望んでいたのかもしれない。


「シド、俺は今回上位者としてここに来てる。協力するのはやぶさかじゃないが、ロキが契約をするってなったらの話だ。それ以外での俺の介入はどうせ後でツケを払わなきゃならない」

「うぐ」

「そしたらまたアヴリオスが悲鳴上げるだけだ。ロキ単独でやらせようってんじゃないんだから、お前も頑張るんだよ」

「うス……」


シドは返事をして、小さく息を吐く。シドは自分の記憶を基にした世界線の考察に余念がない男だが、今回ばかりはズレが大きすぎて役に立たないとぼやいた。


「多分俺が思っているより前に“初回”とか“原点”があるんじゃないかなと思ってるんだけれどな」

「うわマジか」


「……俺にも、分かるように言ってくれ」


ゼロが不安を滲ませた声音で呟くように要求してくる。デスカルは、俺の悪い癖がまた出てたか、と苦笑した。


「ゼロ、世界樹による回帰現象は認識してるか?」

「……分からない。だが、初めてのはずの物事への既視感はある」

「それが回帰の片鱗だ。お前、一目見てロキのこと気に入ったろ。ずっと前から探してた探し物が見つかったように、もうロキの傍を離れたくないと思ったんじゃないか?」

「……!」


ゼロが少しばかり頬を染めた。そして、求婚ミスのような会話だった、あれさえもまた、回帰の片鱗だったのだと言おうとしていることを察したゼロは、徐々に表情が険しくなっていく。


「あれも、か……」

「思ったのはお前だが、影響が出てるって話だ」

「……それで、回帰、つまり繰り返している、というのはわかったが」


自分の感情の如何についてはこの上位者と話すべきではないと判断したゼロは本題に話を戻した。


「その繰り返す時間の中で、ロキの存在値、というか容量が、元々上位者だったシド並みに膨れ上がってるんだ。このままだとアヴリオス自体が保たない」

「存在値も容量も分からない」

「10個のリンゴが入るフルーツ籠があります。ロキは1個のリンゴを持っています。プルトス、フレイ、スカジ、トール、コレーも1個ずつリンゴを持っています。皆のリンゴは籠に入り切るでしょうか?」

「入る」


デスカルが分かりやすくするために説明を始めた。ゼロは即答する。馬鹿にされては困ると思った、が。


「はい正解。じゃあ、ロキがリンゴ2個持ってた。プルトス、フレイ、スカジ、トール、コレーはまた1個だ。籠に入り切る?」

「入る」

「正解。じゃあ、ロキが大きなメロンを持ってきました。プルトス、フレイ、スカジ、トール、コレーはまたリンゴ1個ずつ持ってる。籠に入り切る?」

「……分からない。メロンの大きさも関係するんじゃないのか」

「はい、正解。」


デスカルはゼロの言葉に満足したように頷いた。


「今回の場合は体積で感覚的に捉えると分かりやすい。ロキは今ものすごく大きなモノになっていて、この中に詰め込んでねって言われたケースに入り切るかどうか怪しいって状況なんだよ」

「……それが、世界樹への負担?」

「1つ目はな。2つ目は、ロキは魂の方だけなら上位者に変質してる可能性があるってこと。上位世界の者を下位世界の者が時空間操作に巻き込むと、下手したら世界樹が捩じ切れる」


廊下でなんて話をしているんだという話ではあるが、周りの使用人たちも聞きたかったことだったのだろう、遠くから耳を澄ませている影がちらほらみられる。


「だからさっさとどうにかせにゃならんのだ」


いい加減部屋の前離れるぞと、デスカルが2人を伴って歩き出す。頭を整理する時間はこの2人にも必要なはずだ。


「……女将」

「どした、シド」

「……ロキの事、頼むわ」


お前が言ってくるなんて珍しいな、とデスカルが笑みを浮かべると、シドはバツが悪そうに頬を掻く。


「俺だけじゃ、一緒に居続けられなかったからよォ……」

「ハ。いいぞ、存分に力は貸してやる。でも、契約者としてロキがこっちを受け入れたらの話だ。そこまで持って行くのはお前に任す」

「うげぇ」


俺の説得あいつを動かせないんですってば、とシドが苦虫を噛み潰した表情をしたのを見て、ゼロは噴き出すのを堪えた。


「ああそれと、ゼロ」

「?」


デスカルが改まってゼロの方を見る。ゼロは立ち止まった。


「この世界は竜の持ってる力が想像以上に伸びが良いんだ。お姫様を掻っ攫う竜になる気はないか?」


――フフ、もっと早く言ってくれていたら、その手を取ることも出来たかもしれないわね。


ちら、と、銀糸がゼロの脳裏を掠める。ああ、俺は、あの手を、()()のが遅すぎた。


「……その時が来たら、分かるだろうか」

「……そういう考え方、嫌いじゃないぞ」


デスカルはニッと笑う。


さあ、やるべきことは山積みだ。デスカルは踵を返す。


ゼロはガルーに呼び出されたためそこで別れることとなったが、シドはそのままデスカルの後をついてくる。


「どうした」

「……あんなんで良いのかなって思っただけだ」

「良いんだよ。少なくとも()()はゼロはロキの傍に居たわけだしな。それに、今詰めたって、そん時になったらどうせそれを選ぶって、あの手のやつは確信してるんだよ、腹立たしいことにな」

「――」


デスカルがロキと契約を結んでいたことがあったというのは聞いたことがある。その時の経験をもとにデスカルが言っているのだとしたら、確かに今は何も言うことはないのかもしれないが。


「それにな、俺もロキに言われたが、『どうせこの選択肢を選ぶのさ、俺は俺だからな』って、言われんのがオチだわ」

「!」


シドは何か言おうとして、やめた。デスカルはシドが立ち止まったことに気付いて、振り返る。その表情を見て、ほら見ろ、と言ってやった。


「お前も言われた経験があるんじゃねーか」

「……!」


シドの目に浮かんだ涙の意味は、何時かロキへと伝わることだろう。

デスカルは自分の数少ない、下位世界へ力を貸した経験を記憶から引っ張り出す。


(ロキのやつ、2回目の時は『変わらねえな』って言ったら、記憶なかったくせに『まあ、俺だしな』とか宣いやがるんだからな)


自信満々というか過剰というか。だがその割と強引な考え方に引っ張られ、今こうしてまた手を貸していることを考えると、ロキってやっぱりやばい奴なのかもしれない。


彼はきっと、どれだけ追い込まれても似たような判断をするだろう。ただの一度も同じものをなぞることこそ勿れ、似た道ばかり走るだろう。

きっとそれが彼の癖で、その癖はどこまで行っても治らなくて、それでいて誰かの救いに何度だってなってくれるのだ。


(――どこの世界でも、お前はお前らしいな、“黒”)


デスカルの独白は誰にも届かない。

けれど。


「世界云々より、友人を助けたいとかいうワガママで動いたら、アイツも楽しいかね」

「そっスね。俺はあいつを助けたいですよ」

「じゃあ、これからはワガママのぶつかり合いなわけだ」


ラスボスからとっととロキの魔力回収しますかね、とデスカルは呟いてそのまま与えられた客室へと引き上げていった。


ここまで読んで下さりありがとうございます。

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