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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
初等部編

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44/387

2-7

2021/12/01 加筆修正しました。

2023/03/03 加筆修正しました。

2024/08/23 誤字修正しました。

2026/02/19 加筆修正しました。

2026/02/26 加筆修正しました。

「では、魔術訓練を始めます」

「「「よろしくお願いします」」」


地球で言うところの小学校の5時間目にあたる時間で、ロキたちは第2訓練場に来ていた。

第2訓練場はそこそこの広さのある場所であり、魔術防御壁と魔力障壁の組み込まれた、一番安全と言われている訓練場である。もともと訓練場は魔力障壁を複数枚展開することで外部、内部両方からの攻撃に対応しているもので、初等部と中等部が合同で使用している。高等部は別で所有しているため初等部生と高等部生が訓練場で会うことはまずない。


「今日の訓練内容は何ですか?」

「はい、今日はロキ君が作り出した魔力結晶を砕いてもらいます」

「「「はーい」」」


1組と2組の生徒たちはロキの魔力生成量が尋常ではないことを知ってはいるが、実践訓練、とレイヴンが呼ぶほどのものになるのか、というところはいまいち判断がつかなかった。

勿論、ロキが見せた魔力結晶の膨大な量の記憶が消えたわけではないのだが、長らく見ていない、というかロキがコンパクトに収めてしまっているのでちょっと記憶から薄れてきたところ、くらいの具合だろうか。


「ロキの食事内容で講義変えるって、そんなにあれこれやってるの?」

「実践にするか座学にするかくらいの変更はよくやってるぞ。ロキの魔晶石は教室で作っても一角が埋まってしまうからな」

「そんなにすごいの」

「すごいかどうかはわからんが、俺の机の周辺は魔晶石で埋まる」


だからロキの魔力の生成量が多くなりそうな食事内容だったら実践に変更になる。これが、レイヴンの講義だった。一応本当は訓練場の外で座学の予定だったのだ。だが、これは実践にしましょう、というレイヴンの判断によって、アビゲイルの1組も巻き込まれている。ロキは苦笑を浮かべた。


「ロキ君、実際の戦闘訓練に近い形でやりますので、あちら側へ移動を。皆、ここから一列に並んで」

「「「はーい!」」」

「ルールは簡単、ロキ君が生成した魔力結晶を、割って割って割りまくってね。ロキ君、あまり硬くしない程度に魔力結晶を生成しておくれ! 魔力結晶自体はいくら生やしても構わないから」

「わかりましたー」


もうレイヴンが並ばせた生徒たちに対する位置まで移動したロキから、よく通る声が返ってくる。ロキの魔力結晶はロキ自身の性質の為なのか、生成したら終わり、ではなく、その後ある程度他に魔力を働かせることで、攻撃手段にもなる。レイヴンはそのことを知って、いずれ実戦形式の訓練を積ませようと考えていた。


尚、割った魔力結晶も、欲しいという生徒や教員がいれば、正当な金額を支払ってロキから購入するように、とアーノルドからサイン入りの文書まで貰っているあたり、レイヴンはわかっていてやっている気がしなくもない。


アビゲイルが状況の説明をして、1組の生徒たちも構えると、レイヴンが声を張り上げた。


「ロキ君が生成する魔力結晶を割って、ロキ君にタッチできれば皆の勝ち、ロキ君の魔力結晶を全部は割れなかったらロキ君の勝ちです。それでは、始め!」

「行くわよ!」


合図とほぼ同時に走っていく生徒たちがいる。ソルは最初から、魔力操作と初級魔術を使うつもりで準備を始め、ヴァルノスも同じように準備に取り掛かる。レインはそれを見て、初級魔術の準備を始めた。


「とりあえず、フォンブラウの作った結晶を割ればいいんだよね?」

「うん」

「おれたちには魔力結晶飛ばしてくるからなあいつ」

「実戦じゃん」


レイヴンも決して2組をすぐすぐ実戦に放り込もうと考えたわけではない。ただ、ロキがいたから、魔力操作の実践が多くなっただけだ。

ロキに必要なのは魔力を長く体内に留めず外に排出することだ。だから、魔力結晶を生成して、ロキの身体が少しでも楽になるようにする。


アビゲイルの1組もほとんど実戦はしていないはずなので、2組と状況は変わらないはずだ。走っていく生徒と、それに釣られてロキに近寄っていく生徒、様子を窺っている生徒、魔術の構築を始めている生徒と大まかに分ければこんなところだろうか。


ロキは早速タンザナイトの如き魔力結晶を、巨大な水晶の柱のように自身の周りに生やしているところだった。一本一本の太さが直径20センチはあろうかという六角柱に驚いた生徒たちが数名足を止めてしまう。ロキは自分の身体を覆い隠すように柱を建てていく。どんどん足の踏み場もなくなっていくのが、遠くから見ているレイヴンとアビゲイルにはよく見えるのだ。


「……相変わらず、すごい魔力量」

「そうですねえ」

「だから、危なくなった時のために、武具を持って来い、だったのですね」

「はい。……ロキ君のあの魔力生成量は、特段おかしいことではありません。ロキ君は人刃ですし、神子ですし、加護持ちです。魔力量は多くなるに決まってますし、晶獄病になりやすい土壌は揃ってますからね」


なるほど、聞けば納得しかない理由だった。アビゲイルは、ロキの担任ではないのでロキの詳細な情報は知らない。だが、そんな細々した情報が無くてもわかることがある。ロキは魔力回路を使わないように意図的に妙な魔力の使用方法を取っている。そこに何かの意図があるのは明白だが、そこまでまだアビゲイルは踏み込むつもりはなかった。


アビゲイルは魔術学を専門にしているため、中等部で初級魔術を教える、魔術の基礎基本の講義を受け持っていたが、初等部に必要な人材と判断され、基本的には初等部で教鞭を執ることになっている。そんなアビゲイルから見たロキは、魔術回路の発達をあえて遅らせているように見えた。


ロキは現在11歳であり、魔力生成量が特に伸びる時期ではあるのだが、それにしたって魔力量が多すぎないか、と思うような魔力生成量を誇っている。そもそも10歳前後の子供など、アビゲイルたち貴族の大人からすれば遥かに魔力が少なく見えるものなのだが、ロキは既にアビゲイルの魔力生成量を遥かに超えてしまっていた。アビゲイルは子爵家の出なのでそこまで魔力生成量は高くはないのだが、それでも子供には流石に負けない。


だが、この年は、どうにも勝手が違うらしい。アビゲイルの魔力量を超えている子供が多いのである。それはセーリス男爵家の双子娘ソルとルナや、シスカ伯爵家のバルドル、そしてリガルディア王家のカル第2王子、その他数名。カル以外はほぼ加護持ちのため、加護持ちは魔力量が多いな、と改めて認識することになった。


「……怪我しないと良いけれど」

「どうでしょうねえ」


アビゲイルとレイヴンが見守る中、生徒たちがロキの生成した魔力結晶を壊していく。壊れる速度と壊す速度がほぼ同じだ。ロキはその場から動いていない。カルもレインもヴァルノスもソルもセトも、近くに生えてくる巨大な結晶の柱を折っていくが、次々に足元から柱が現れて大きくなっていく。


「わあ!」

「もう無理ー!」


足元が安定せず、ロキの傍から撤退してきた子供たちもちらほら見受けられた。ロキが生成している魔力結晶はそれなりに脆く作ってあるが、その分量が多くなっている、とレイヴンが呟く。あまり硬くしないように、とレイヴンがロキに言っていたのを思い出したアビゲイルは、素のままの魔力結晶は子供の力で割れるものではないのではないだろうか、と思い始めた。


実際、ロキが今生成している魔力結晶は近頃流通している魔晶石や魔力結晶に比べるとかなり色が薄く、折る時も軽くぱきん、ぱきん、と少し高く短い音を立てている。魔晶石などはとてもではないが多少の攻撃程度で割れるような硬さをしていないので、子供の力で割るのは難しいのだ。


セトとカルがソルと同じようにロキの周りで結晶を砕いている。白金の髪の生徒がたまに結晶に触れると割れるのではなく結晶そのものが崩壊しているので、魔力の解体を行っているのであろう。名前は確か、バルドルといったか。青緑の髪の生徒と黄緑の髪の生徒は魔力結晶を砕いて退けてを繰り返している。


「つ、疲れてきた……!」

「ソル嬢、もう少し頑張ってくれ!」

「はぁい!」


ソルは魔力結晶を、魔力を纏わせた足で蹴り折っている。覚えている初級魔術で割っていくカルとレイン、拳で割っていくヴァルノスとセト、既に魔力切れの生徒たち、皆それぞれ訓練場中に広がってわいわい声を掛け合っていた。


「割るペース落ちてるぞー」


ロキの方から声がかかる。ロキは座りやすく加工したらしい四角い柱に腰かけてカル達を見ていた。


「余裕ぶってー!」

「もうやだぁ」

「うわあ!」


ロキに反応したのは休憩状態の撤退してきて座り込んでいた生徒たちである。ロキの態度に唇を尖らせた生徒たちが立ち上がろうとしたとき、彼らの足元から結晶が生えてきて、何人かはひっくり返った。


安全地帯がもっと遠いと察した生徒たちが退避していく。一方でまだまだ戦意を失っていない生徒もいた。


「【ファイアバレット】!」

「【ファイアボール】!」

「【ウィンドエッジ】!」


声の主たちは詠唱を終わらせていたのだろう、魔術をロキに向かって撃つ。レインの横を掠めて飛んで行った魔術は、それぞれソル、ロゼ、セトが放ったものらしかった。結晶に中てる分にはロキは全く避けないので、ソルたちも魔術で結晶を割ることに決めたらしい。レインもそれに倣うことにする。


「虚空を割くは凍てつく刃、軟きを刻み、硬きを砕け。【フロストエッジ】」


透明な氷が結晶に中ると、結晶が砕けた。こんなもんか、と思うが、結晶の色が薄いよな、とロキの魔晶石を思い返して、脆く作られているのだとレインは納得した。


大半の生徒が魔力結晶を削る方に回ったためか、ロキの周りの結晶がどんどん剝がれていく。


「――もう少しだ!」


カルの声に一層魔術がロキに注がれる。最後の結晶が割れて、ロキのガードが無くなった。


「よしっ!!」

「あと一発!」


先ほどと打って変わって勢い付いた生徒たちを見て、レインは小さく息を吐く。カル達が頑張っていいところまで行ったらとたんに乗っていくなんて、現金なこと。


「レイン」

「レオン?」


1組所属の公爵令息――レオンがレインに声を掛けてきた。


「光魔術をあまりロキの近くに飛ばさないようにって言われたからちまちまやってるんだが、面倒になってきた。撃っていいかな」

「貴方一撃で倒れるでしょう」

「むぅ……」


レインから返ってきたのがド正論だったので、レオンは唸る。レオン・クローディ、魔力量が男爵並みと言われたり、魔術を一発しか撃てない欠陥品と呼ばれたり、結構散々な評価をされている公爵令息である。公爵家の子供というのは、そもそもの期待値が高いせいで、要求スペック以下だった時の扱いが酷いものになりがちであった。これはロゼも似たことが言える。


ロゼはもう魔術は撃たずにゆっくり結晶を手折っていた。その横で、青緑の髪の少年が足元に生えてきた大きめの結晶を手折っている。


もうこれは決着がついたも同然では、とレインが呟いたところで、ロキのすぐ傍に迫ったセトが行く手を阻む魔力結晶を借りた木剣で叩き折っていくのが見えた。少し色が濃い魔力結晶がセトの前に生えて、割るのに四苦八苦し始めたセトはそのまま魔力結晶を一気に成長させられ遠くへ突き飛ばされる。


カルが我慢が効かなかったのか、ロキの近くに初級魔術を着弾させたため、ロキが驚いてロキの周りにさらに色の濃い結晶が生えた。加えて、ロキが魔力放出をしたらしく、訓練場の気温が一気に何度も下がったような気がする。レインはそういえば何だか周辺気温が下がったなと、今更ながらに思った。ロキの母親であるスクルドの出身はメルヴァーチ侯爵家であり、メルヴァーチは氷を得意とする家柄だ。しかもロキに加護を与えているロキ神は霜の巨人(ヨトゥン)であり、ロキが寒さを得意としていることは想定されるべきだったのである。


流石にこれ以上は無理だろう、と判断したレイヴンが声を上げた。


「そこまで! 今回は、ロキ君の勝ち!」


撤収の準備をしようか、とレイヴンが続けたとき、ロキの魔力の発散がもう少し足りない、とリオが突然顔を出したため、ロキにさらに魔力結晶を普通の硬度で生成してもらい、レイヴンとアビゲイルが残りを割ることになった。訓練場が冷えてしまったので、白湯やらブランケットやらを生徒たちに配ってから、だ。


支度を終えてアビゲイルは杖とは逆の手に小さな金槌を持つ。レイヴンは魔力を腕や脚に纏わせた。これは彼の得意な魔力の活用法である。レイヴン、彼はそこまで魔力量が多くない。平民出身なのだから当然だが。


「左半分は私がやりますので、右半分をお願いします」

「分かりました」


レイヴンは肩に魔力を集中させる。彼はそこまで体格がいいわけでもないし、魔力が高いわけでもない。だから、肩でぶつかる――その直前。


「闇の精よ、我が身に砕けぬ強靭さを! 【魔力障壁(マギカ・フラクタル)】」


黒と紫の靄がレイヴンを包み、肩の部分に肩当状のモノが出現する。それでもって、レイヴンはロキの魔力結晶を横から粉砕した。砕け散った結晶がガチャガチャと重たい音を響かせながら地面に落ちていく。反対側を小さな金槌で掘削していくアビゲイルの姿が見えた。



それぞれかなり動き回ったので身体を落ち着けたり水分補給をしたりと思い思いに過ごす生徒が多い中、レイヴンとアビゲイルは怪我人がいないかを確認して回っている。擦り傷が多い中、他の生徒が撃った魔術に巻き込まれて多少怪我をした生徒たちが、アビゲイルの治癒魔術を受けて完全回復していく中、ロキはレインと2人で皆を眺めてぼんやりしていた。


レインは、ロキの顔に走った火傷に冷水を宛がっており、ロキの瞼がとろとろと落ちてきている。カルの魔術でロキは火傷を負った。小さいので気にしなくていい、とレインにも言っていたが、レインはロキの主張を許さなかった。現に怪我をしているのだ、言い訳は聞かない。


ロキの話が正しいならば、光属性以外の魔術は平気とのことで、水には治癒魔術があるので、レインはそれを使うことにした。少し難易度は高いが、まったく成功経験が無いわけではないので、何とかなるだろう、とレインは判断したのである。


レインが火傷を冷やすだけから治癒に移行したのを勘付いて、ロキは目を開けた。


「……無理、するなよ」

「ん。無理はしてないから、平気だよ」


レインの魔力をゆっくり流し込んで、治癒魔術を発動させて、火傷という状態異常を解除して、傷を癒していく。ロキの魔力はひどく澄んでいて、レインの魔力が馴染んでいくと、それだけで若干色が変わったようにレインには見えていた。透明な氷のようで、ヒビひとつ無い、内包物(インクルージョン)も無い水晶のようだ。


レインは知っている。魔力の性質は、その人の性質の影響を強く受ける。これは、父であるゼオンが言っていたことだ。つまり、澄み渡るような、美しさを感じさせる性質の魔力なら、その本人がそういう性質だということだ。


(――こんなやつが、悪人なわけがないんだ)


レインは、最近見るようになった、覚えていない悪夢に思いを馳せる。あの内容はいったい何なのか、何だったのか、どうしてあんなに悲しく思うのか――何も覚えていないから、何もわからない。ただ、今感じているものと、結びつくような気がしている。


ロキはまだ、魔力を視認できない。レインにも、カルにも、恐らく男爵令嬢であるソルにすら見えている、マナの流れ、魔力の流れを、見ることができない。

ロキ神の加護は、魔力を十全に扱うことができることで有名な加護である。つまり、今のロキは、加護の長所を丸っと潰されている状態に等しいのだ。


それは、不調だって出るはずなのだ。有るものが無い、できるはずの事ができない。それは、ロキ自身にも過大な負荷を掛けているはずだ。


レインはここに来てあらためて、ここまで魔力結晶を大量に生成できるロキが苦しむ晶獄病の症状に身震いした。


晶獄病は、一般的には、身体の外を包むように結晶が発生することで、結晶の監獄に囚われるように見えることから名がついた、身体的欠陥による病である。先天性も後天性もあるが、先天性の場合は致死率が約9割という、ほぼ助からない病であった。対処方法がそもそも身体の外に魔力を放出し、結晶化した場合はとにかく患者を結晶に閉じ込められないようにすることくらいしか存在しないのである。魔力を自力で放出できるようになるまで生きていられれば良いが、という話になるのだ。


自力で放出できない場合、発作を起こして突然結晶化が始まり、早いと10分程度で全身を結晶が覆い、そこから中の患者は水を飲むことも、食事を摂ることもできなくなる。晶獄病患者の一番多い死因は、餓死や脱水である。凄惨な獄中死のような状態になることも多いためこの名がついた、とも噂があるくらいだ。


――というのが、魔力回路が普通もしくは放出型と呼ばれる人の場合である。


レインはロキの主治医と化したゼオンから、ロキの身体について最も気に掛けておくべき症状を聞いていた。それが、とにかく、手足の関節に違和感をロキが訴えること、だ。


ロキの身体の魔力回路は閉鎖型と呼ばれるタイプであり、晶獄病と最も相性が悪い体質である。閉鎖型魔力回路の体質の人は、基本的に、晶獄病の発作が起きると、身体の中の比較的細い魔力回路で、魔力があまり放出されにくく溜まっている場所から結晶化を引き起こす。これがよくあるパターンだと、手首や肘、足首、膝といった関節部分から結晶化した魔力結晶が飛び出すのである。このパターンの場合、さらに症状が進むと未発達な身体だったとしても魔力の通りが良い場所、すなわち生殖器付近も結晶化していく。最も多い死因は失血死となり、次いで内臓破裂である。こちらは発作を起こしたかどうかが分かり難く、発作を起こして結晶が皮膚を突き破るまでには平均30分ほどあると言われているが、気付かぬまま末期症状の出血が起こってしまうことが多い。


そして、この閉鎖型魔力回路の晶獄病は、魔力量が多いほど発症しやすい傾向にある。

ロキは、ある意味発症して当然だったのかもしれない。


レイン・メルヴァーチはロキ・フォンブラウの同い年の従兄弟である。2歳の時が初対面だったらしいが、生憎とほとんど覚えていない。ただ何となく、レインはロキの事が気に入らないと感じることがあった。ロキに嫌がらせの類を仕掛けたことはほとんどないが、ロキに何かあるとレインの父・ゼオンはフォンブラウに出向いていた。転移門を設置しているとはいえしょっちゅう父親を取られるのは面白くなかったことは覚えている。


姉と弟はほとんど気にした様子がなかった。レインは次の侯爵になる予定なので、ゼオンから直接仕事の手ほどきを受けている。だからこそ、ゼオンから優しくされているロキの事が羨ましかったのかもしれない。


ロキは指先で魔晶石の生成を始めているが、その表情は少し暗い。どこからどう見ても皆に迷惑をかけたので気にしている表情にしか見えないが、気にしていないと取り繕う気だろうか。レインはロキが気にしいであることにもう気付いている。


レインはロキの背中を擦ってやる。多分、今一番フォローが必要なのは、ロキだ。


「ロキ」

「レイン?」


ロキがレインに向けた視線には、レインが知っている強さはなかった。


「……抱えすぎるなよ?」

「……大丈夫だ」


少しそっけない返事。表情に出ていたことを悟ったロキは表情を繕ってしまった。

ほらな、やっぱりだ。


父ゼオンも、分かっていたからレインよりもロキを優先していたのだと思った。やっぱり両親がレインの事よりも甥であるはずのロキを気にしていたのは、ただ事ではなかったんだ。


転生者だけが罹る病、浮草病。晶獄病も大変だが命に直接かかわりやすいのは浮草病の方だ。転生者が前世の記憶を引き摺って新しい今世に定着していないことで引き起こされる病。

原因が、本人だけの所為な訳はない。育つ環境の影響も多大にあるはずだった。


きっとゼオンは、そこをどうにかしようとしたのだ。レインたちを置き去りにしてまで。本当の意味で置き去りになっていたのはレインだけのようだけれども。


「……父上は頑張ってた。僕には何も言ってくれなかったけれど、お前のためだったんだろ」

「……ゼオン叔父上には本当にお世話になっているよ。浮草病の治療にあたったことがあるんだって。父上はあまり家に居ないから、母上と、プルトス兄上、フレイ兄上と、スカジ姉上と、使用人の皆への指導役で来てくださっていたんだ」


――お前がそれ言うのかよ。


怒りを、感じた気がした。


けれどロキは苦笑を浮かべていた。怒ってなど居ない。今、なんて言ったんだ? 何かを飲み込んだような?


――……ゼオン叔父上には、俺よりレインたちとの時間を大切にしてくださいと言ったんだが。


「そっか。それならそうと言って欲しかったかも」

「そこはゼオン叔父上なりの考えがあっての事だと思う」


――ふざけんなよ! 僕から父上との時間を奪っておいて何様のつもりだよ!!


幻視、幻聴。レインはそれらを無視した。ロキが飲んだ言葉を暴く必要を感じないからだ。


「……なら、いいかな。それよりロキ、お前思ったより危なっかしいね?」

「そうか?」

「僕の仕事が増える」

「フレイ兄上じゃなくて俺に付く気か?」

「少なくとも卒業まではね」


代わりにレインは、自分が感じたロキの欲しがっているものを、自分の手から上げることにする。あげられるものでよかったとも思う。欲しがっている、と感じただけ、フィーリングなので、根拠はないが、それでもこれはきっと、レインが対応するべきだとレインは思った。


「ロキはもっとロキ神の加護のメリットも考えていいと思う。悪い所ばっかり見てるじゃない」

「そうかもな」


転生者の特徴の1つだ。持っている知識に引きずられ、足が着かないまま。


「しょーがないな」

「よろしくな」

「よろしくしてやるよ」


本当は、頼らせなかったのはレインなのだろう。

ロキに個人的な感情をぶつける機会を窺うばかりで、ロキが絡んでくるたびに少し嫌味なことを言っていた。本当はもっとちゃんとロキに向き合わなければいけなかったのに。


今は、言いくるめてしまおう。

――巻き込む道を決断しておきながら肝心な部分には皆を立ち入らせようとしないらしいこの不器用の鑑を蔵から引きずり出してしまおう――


「子供の内は人に頼りまくっていいと思うよ」


レインの率直な言葉に、ロキはふわりと笑んだ。


ああ、なんだ。

そんな表情、できるんだな。


人間離れした従兄弟の柔らかい部分を――人間味を感じた気がしたレインだった。

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