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2021/11/09 加筆修正をしました。
2023/03/02 改稿しました。
ロキとレインが学校でも食堂で隣に座るようになった。
「ロキ」
「ン」
名を呼ばれただけで、ロキとレインがクラス同士の端っこに座った。基本的に食堂ではクラスごとに分かれる必要はないのだが、何となく仲良し同士で集まってしまうので、大体クラスごとに分かれてしまうのである。ロキとレインは周りの様子を窺って、大体空いていた席に座るようになったところ、こうして2人だけ仲良しのような雰囲気になってきている。
近くにはカルやレオンも寄ってくるので、必然的に上流貴族の子息ばっかりのエリアが出来上がり、その周りに令嬢たちが群がるような形になっていたりするのだが、ロゼやソルは、女子だけで固まってしまうため、必然的な配置でもあったのかもしれない。
レインには取り巻きと呼べる者たちがいるが、ロキの傍にレインが行くようになってからはあまり近寄ってこない。レインは、言葉こそ辛辣ではあるが、基本的には柔和なのだ。だから、人が寄って来易かったとも言える。
「あれらがいると碌に周りと交流が図れないだろうな」
「あれらと言ってくれるなよ」
レインはそう言いつつもまあ、その通りだがと小さく同意を示した。
レインは、できればフォンブラウ家にとって良い条件を作れる家との関係を大事にしたいのである。せめてフレイに繋げる状態にはしておきたいと考えていた。
2組の生徒に他のクラスの生徒が寄ってくるのは当然のことで、カルと関係を持ちたい家など沢山ある。動くのはほんの数名だが、その数名の家さえチェックしておけば、あとは、どれだけ嫌な命令でも公爵家が言えば必ず従う家ばかりだ。レインはつい最近知った。
「そういえばロキ、後嗣の話はあった?」
「まだないな。まあ、フレイ兄上だと思うけど」
「魔力量はお前が上なんだろ?」
「虚弱が過ぎる。兄上の荷物になるつもりもないから何とかしたいけどな」
王家は王太子に選ばれるのは第2王子のカルか、第3王子であるエリオ・シード・リガルディアのどちらかであるともっぱらの噂である。第1王子であるアル・ルード・リガルディアは、王になる資格がない。才能云々の話ではなく、第1王子は髪が青い。代々王は金髪か赤毛の魔力が多い王子王女の中から選ばれてきた。それにそぐわないからという理由でアルはその才能を惜しまれながらも、王となることは叶わないのだといわれている。あとは、王家に関しては男系優先だ。
「生徒諸君、今日もこうして皆と共に食事が摂れて嬉しい。今日は精霊たちが楽し気に踊っていたよ。午後からも頑張ってね」
校長、とロキが呼ぶ人物――正確には学園長――が、毎日のように精霊やら生徒たちの特に目立った様子を昼食の場で話してくれる。精霊の話だとロキはまったくついていけないとレインは聞いていたが、たまに精霊がいる方を見ているので本当はわかっているんじゃないかと疑っている。
席に着き、学園長の話が終われば、神に祈りを捧げ、食事を始める。ロキをはじめとして数名は祈りの方法がカドミラ教のものではないため、入学当初は驚かれていた。とはいっても、確かめてみると上流貴族の大半がカドミラ式ではない作法で祈っていたため、下流貴族の息女もそのうち気にしなくなった。
ロキ達の作法だと、イミット流のやり方とされ、神にではなく、食物の生産者への感謝と食物となった生き物、そしてそれらの恵みを与える自然への礼とされる。ようは「いただきます」なのだ。西洋風の格好をしていて日本文化の残滓のようなものに触れていることに違和感を覚えたこともあるが、フォンブラウでは割と当たり前だったためロキの違和感はもう仕事をしていない。
教会――カドミラ教がリガルディア王国を侵食し始めたのは最近の話ではないが、浸透が遅いのは、頑なに上流貴族が受け入れないためだとロキは思っている。カドミラ教の始まりは随分と古いのだ。一説によれば、1万年ほど前にあった“神々の戦争”のさらに前からあったものの、当時の神々によって押しやられていたのだとか。リガルディア王国は一神教に似た平和を謳うカドミラ教よりも、北欧神話やケルト神話の神々の影響が色濃く残っているにすぎず、竜を聖なるものとして扱う一部の神話の残滓がちらほらと見受けられる。上流貴族たちは戦場に自ら赴くことも多く、魔物と戦っていることもあり、戦闘民族的な宗教の方が残りやすかったものと考えられる。逆に、あまり魔物の直接の討伐などをしないことが多い下流貴族は、カドミラ教が浸透してしまったようだ。
ロキは学園長の横に座っている神官を見やった。神官は最も階級が下の司祭でしかないが、教育機関に来ているのは、もしかしたら生徒たちの監視かもしれない。神子を探しているのかもしれない。疑念は絶えない。
神官は別に祈りを強制してくるわけではない。祈らねばならないわけではないし、無理に祈らされるくらいなら祈らなくていい。
王家が祈らないのだから公爵家だって祈るわけがない。
その補助である侯爵家も祈らない家がほとんどだ。男爵家などが祈らないのは珍しいが。
ロキたちの反対側に座っていたソルがふとロキの皿を見る。
「ロキ、今日は野菜メイン? 調子いいの?」
「ああ、普通に食べると次の時間がしんどそうだ」
「しんどいのアンタじゃなくて私たちじゃない??」
「それはそう」
ロキがさらにサラダをメインに取っているのを見てソルは午後の授業の事を考えた。ロキはサラダにのっているハムを追加で取った。肉を食べないとずっとぐちぐち言われる気がする。
フォンブラウ家に帰ると主治医がガッツリ食べさせてくるのでロキは彼女と一緒に食事を摂るのは苦手だったりする。
和食の再現に余念がないゼロのせいでロキが食べられるものが増えつつあるのがちょっと喜ばしいもので、あっさりめの味付けならばロキは大体食べられることが分かっている。脂っこいものをあまり食べられないのはロキの舌の問題かもしれない。栄養を少量の食事で多く取らせる工夫をフォンブラウのシェフに強いている自覚はあった。デスカルが来てからそれが楽になったことも知っている。
「転身制御できないならカロリーしっかり摂っとかないと、ただでさえガリガリなんだから」
「ほっとけ。どうせ魔力にしか変換されないんだから」
早急に竜田揚げをメニューに追加してもらわなければならないとソルが呟き、ああそれは食べられるかもしれないなとロキが小さく返したので、ロゼとカルがアイコンタクトを取っていた。
「ロキ、今日はどんな感じだ」
「調子が良いから、教室じゃ足りないかもしれない」
「そうか……だからといって食べないのはだめだ。俺たちに気を使う前にちゃんと食え」
カルがロキに声を掛ける。ロキは当たり前のように答えたが、これは魔力結晶の話だ。午後からは魔術訓練の授業が入っているが、訓練と称して、ロキの魔力結晶を皆で割るのが常になりつつある。2組にとっての日常で、1組にとっての非日常。いきなり実践なんてできない。けれど、実践しないと掴めるものも無い。幸い魔力結晶を生成するのに魔力回路は通さないので、ロキでも問題なく行えるのだ。
「え、今日は調子いいの?」
「ああ」
「食事の後は即刻飛ぶか?」
「ああ。でもすぐに動かされても困る」
「それくらいは分かる」
何をするつもりなのだろうかと周りの生徒たちは顔を見合わせる。身内ゆえに唯一事情を知っているレインは、ならば担任から許可を貰えばいいじゃないかと思い至ってアビゲイルから許可を貰うために言い訳を考え始め、食事の手が疎かになってくるとロキがすかさずサラダを山のように積む。
「う、わ!?」
「さあ食え」
「やめろその顔! よくないことを考えているのが丸わかりだぞ!?」
「殿下、俺はレインの体調がだんだんと悪化しているのが非常に気になります、なのにレインは俺の気遣いを受け取ってくれません!」
「何故殿下に振るんだロキ!」
「殿下は臣下の味方だ」
唐突に始まったやり取りで激しいツッコミ不足に見舞われたレインはテーブルに突っ伏しかけた。
「ロキ、流石に僕こんなには食べれない……」
「む。残念」
ロキが口角を上げたのを見て、たまに弄ってくるのズルいよねと内心呟く。カルとロキの会話が耳に入った。
「ロキの表情、レインは読めているんだな」
「ええ、そのようですね」
「学校に来るまで会ってなかったって話だけど、本当か?」
「会ったのは2歳の頃が最後だったからな、概ね事実だ。経験ってやつだろう」
ロキが言う言葉でたまに意味の分からないものがある。どこかで何か自分は経験しているのだろうかと、レインは考えた。
わからなかった。
食事の時間が厳密に決められているわけではないが、午後の授業の開始自体は1時ごろとなっている。時間の感覚は結晶時計というものを使用し、小さな結晶が入った大きなクリスタルが宙に浮いている。この内部の小さな結晶に色がつく。
この結晶時計は結晶に色がついた数で時間を表しているので、今はすべての結晶が無色透明である。
「厳密な時間が分からないって素晴らしいな」
「寝坊はいけないわよ」
「結晶が染まり始めてからでも間に合うッ!」
「公爵令息がポンコツ発言かましてんじゃないわよ」
レインが気付いた時には、コントじみたものを始めたロキとソルは食べ終わっていた。
カルとロゼも食べ終わると静かに席を立つ。
レインも食べ終わったのでそれについていこうと席を立った。
食事は終え次第席を立って構わないとされている。レイヴンがテーブルに寄ってきた。
「次の授業は訓練場で行います。1組と合同に変わりました」
「「「はーい」」」
1組の生徒も返事をすれば小さく満足げに頷いたレイヴンは去っていった。
「……合同になったのか……」
「……まあ、俺の食事内容見て会場変えるくらい慣れてきたからな、先生……」
「まあ3か月いればな」
「ありがたや……」
魔術は理論派の教員もいれば実践派の教員もいる。
1組は理論派で2組は実践派である。それだけだ。
だがロキがいるところでやるということは、必然的に理論派にも実践が求められるということである。隣のクラスで巻き込まれる形にはなるが、1組は初めて、本当の意味で実践を求められることになった。
そのことをレインたちが甘く見ていたのは言うまでもない。
♢
「本当にロキ君たちと一緒にやるんですか」
「ええ、そうでなければきっとあの子たちは本気でやろうとはしないでしょうからね。この世代は早めに実践に移した方が良く伸びます」
「……もう少し理論を学ばせてからでも遅くはないのではありませんか?」
「ロキ君の魔力量も、魔力の質も、類を見ないほど良いんです。今のうちに触れさせておかないと、中等部に上がってロキ君が本調子になった時苦労するのは子供たちですからね」
アビゲイルとレイヴンが話していた。アビゲイルはロキが転身しかけたことをレイヴンから聞いているため、警戒気味である。
「確かにロキ君の魔力の質はとても良いですが」
「……オリジナルの人刃の魔力を見るチャンスです」
「レイヴン先生それが本音ですね?」
まあ、大人の都合というやつで、ちょっとした無理を通される子供たちなのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。