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書き直したらめっちゃ内容が変わりました。つまりどっちでもいい内容だったということか……そんなあ……。
2021/10/29 さらに改稿しました。
「ロキ、これはどう?」
「……何となくはわかるけれど、視覚に感覚が結構引っ張られるかな」
ソルがロキに魔力で作り出した炎を見せて、魔力の流れを上手くつかめないか試している。リオによれば、魔力を見る能力は、ロキは本来高く、それを何らかの理由で自分で止めている状態であるという。ロキが自分自身を守るためにやっている可能性は無いわけではないため、無理矢理の覚醒には賛否両論があるのだが、何よりロキの命を優先した場合、魔力を上手く扱えないのはよろしくない。よって、アーノルドらの目の届く範囲でのみ行うことをデスカルらと契約で取り決めを交わし、アーノルドの後輩であるレイヴンのクラスにロキが放り込まれた。
ソルの魔力の扱いは、上手いのだが、男爵家の生まれにしては魔力量――魔力の生産量を指す――が多く、かつ第2回路が腕に集中していて、繊細な操作には向かない体質であった。その分、魔力の放出に長け、攻撃魔術に関しては比類なき威力を誇るようになるであろうことが分かっている。
ロキのところからソルが戻ってくると、周りの子爵家や伯爵家の令嬢たちがソルに声をかける。
「ソルさんって意外とロキさ……ロキ君、達と話してるよね……」
「え? うん、まあね」
ソルは小さく頷いた。未だにロキに慣れていない者が案外多い。そこまで威圧感のあるタイプではないと思っていたのだが、違ったのだろうかとソルは考えたが、そういう意味ではない。
「なんで皆はロキと喋ってあげないの?」
「……お顔が」
――好き。
「アッこれ限界オタクだ!」
赤面した女子生徒にソルは声を上げた。
理解はできる、分からなくはない、だがどうしてそうなった。
「何でソルさんロキ様とあんなに喋れるのぉー!?」
「あの顔の前に立ったら直視できないわ……」
ロキには仲良くしてくれる友達が必要なはずなのに、その友達になるはずのクラスメイト達がロキの顔に対して推しへの愛を言語化できなくなったオタクのような状況になっていることが判明した。由々しき事態だ、だが、この解決法などソルは知らない。諦めることにした。
「そのうち慣れると思うわ。私はロキと最初に会ったの5年位前だし」
「えっ、ロキ様って誕生日パーティ招待凄く限定されてなかったですっけ!?」
「そそ、だから私はロゼ様からヴァルノス様経由で知り合ったのよ」
いいなぁ~と女子会が盛り上がっているところ、ロキは静かに皆の訓練を見ていた。だって誰も話しかけてくれないんだもの。
初等部まではゼロとシドは連れて行けないことになったので、2年間はボッチである。よく考えたら誕生パーティもお誘いした家が少なかったためロキの友達という財産にはまだ繋がっていない。ロキは自力で友を得なければならない。
指先で魔力を遊ばせ、細々した細工を作って遊ぶ。このロキの行動そのものが周りにロキへの話し掛け辛さを生んでいることをロキは分かっていない。ミステリアスさを助長し、つまらなさそうに周囲を見ているだけのロキを誘う勇気がある子供は、まだここにはいないらしかった。
ロキの中身が外見と反比例するレベルでノリがいいことをソルは知っている。茶会の席で騒ぐことは無いかもしれないが、早く大人になりたい子供ではないのである。子供のままでいたいと口にしたことがある。そんな前世があったことを知っている。前世という積み重ねの上で自分がロキを見ていることに気が付いても、ソルはそれをどうこう思うことはなかった。自分がロキを初めて見知った時は、確かに“顔が良い”とかいう語彙力の著しい低下を経験していた。つまりロキは顔が良い。それでいいではないか。
「ロキって結構ノリがいいの。冗談にも返してくれるし。あの無表情は、まあ、なんていうのかな、ここがぷにぷに?」
「ソルさん混乱してます?」
ソルは脈絡なく自分の頬をつつき始めていた。どうやったらロキと皆が喋れるようになるかを考えたら思考が吹っ飛んだようだ。
そんなソルを見ていた令嬢の1人が口を開く。
「ロキさんって、顔が綺麗すぎてちょっと怖い」
「それロキに言ったらめっちゃ傷付くヤツ」
「ロキ様って私たち如きの言葉ってちゃんと聞いてくださるのかな……?」
「如きとか言っちゃダメ」
ソルの言葉に令嬢たちが顔を上げる。ソルはロキの人となりを、少なくともこの場に居る少女たちよりは知っている。ロキにも改善は促す必要があるだろうが、ひとまず皆の意識を変えていかなければいけない。
「ロキ様だって普通に私たちと一緒。話しかけて実際に“話し掛けるな下民共”なんて言われたわけじゃないんだから、勝手に怖がっちゃダメよ」
そもそも、ロキはむしろそういう言葉を言うのは自制しているタイプだとソルは思っている。何となくだが、相手をつつき回すことを楽しみにしているタイプのような気がするのだ。これもループの結果ソルが認識しているのだとしたら、ロキはとんだサディストかもしれない。
「……ソルちゃんは怖くないの?」
「……うーん、怖くは無いわ。全然。むしろ何を怖がっているのか分からないのよ。本当に怖いのってロキ自身なの?」
「……うーん、どうなのかな? 公爵家に失礼が無い様にっていうのはあるけど……」
彼女らが何を怖がっているのかを詳しく聞いていくと、そもそもロキに対する恐怖感の前に、公爵家への恐怖が根底にあるようだ。公爵家ってそんなに怖いっけ、と、ロキへの溺愛ぶりしか目にしていないソルは首を傾げる羽目になった。
「ロキのお父様って全然怖くないしなぁ……」
「ええ!? お父様はフォンブラウ公爵様のこと怖いって言ってたけど」
「仕事とプライベートの違い……?」
ソルが知っているアーノルドはプライベートの姿なので、仕事で会っている他の貴族と印象が違っても当然だろうなと思った。ロキが話すアーノルド像は抽象的でロキがアーノルドを尊敬していること以外の情報はあまり入ってこない。
ロキから漏れ聞こえる父への敬愛は重いくらいで、アーノルドのロキへの溺愛ぶりが伺える。母であるスクルドの方もロキちゃんロキちゃんとロキを目に入れても痛くないほどに可愛がっている。
「ソルちゃんはフォンブラウ公爵家って怖くない……?」
「全然怖くないわ」
「本当に?」
女子生徒たちはソルを驚きの目で見つめる。まだフォンブラウ家の人間とそこまでかかわったことのない彼女らがロキへの恐怖をどうにかするには、まだまだ時間が必要なようだった。
案外ループも関係しているのではないかということにソルが気付くのに、そう時間はかからなかったが、皆に言うのは気が引ける。ソルは何も言わずにそっか、と返すに留めた。
「ロキ様が自分でどうにかするべきことだと思うし、私がいろいろ言っても意味はないかな?」
「ソルさん優しいねえ」
「そう? ただの放置とも言うわよ?」
ソルは前世からロキとは知り合いだったと分かっているのだから、ロキのために何かしてやりたいと自分が思うのは当然だとも思うのだ。前世では、弟だったのだし。
双子とはいえ、ちょっと泣き虫な所のあった涼との記憶は、ソルの中では昨日の事のように感じられるのが不思議だ。ループの度に遠くなっていくはずの記憶は、まだ、転生したばかりかのようにすぐ傍にある。
涼の顔がロキに重なるのは、間違いではないのだろうけれども、表情が全然違うのに、とも思われる。ソルの中でロキが涼なのか、ロキなのかは、まだはっきりとはしない。ロキは浮草病を発症していたのだから、このままだとソルも浮草病になってもおかしくない。
それはよくない、とソルは前世に思いを馳せるのを止めた。
「ロキ様、たまに無表情になるの怖いよね」
「綺麗な顔だからこそかなあ」
「ああ、それはちょっとわかるかも?」
丁度思考の間に令嬢たちの声が届いて、ソルは言葉を返す。美形の怒りの表情は怖いとか、無表情は感情が読めないとか、理由はいくつかあるかもしれないが、ロキが怖がられるのは恐らくだがロキの表情が皆読めないからだろう。最近ロキは表情を取り繕うことが増えてきている。ソルは何となくパターンが分かってきたのでもうあまり読めなくて怖いと思うことはないだろうけれども。
いや、元々怖いとは思っていなかったな、と独り言ちる。
今のロキの表情が大半作られたものであることは分かっている。どんな表情を見せればどう観られるかロキだってわかっているのだ、伊達に演劇部のエースを張っていたわけではないのだから。ソルにとって今のロキは、子供を演じる役者だ。
ああ、だから嫌だと思わないのだ。
恐らくきっと、演じていない時がロキの無表情なのだ。そしてきっとソルは、既にロキの無表情の中の感情をある程度理解している。だから、怖くない。
「ロキ君って、無表情のとき、何考えてるか全然分からなくてさ」
「こう、分かりやすい言葉で言ってほしいなって思ってます」
「お顔がきれい」
最後の一言で緊張がほぐれてしまった。ぷふ、と吹き出してしまったのは仕方あるまい。1人は完全にロキの綺麗な顔に気圧されていたらしい。
「わ、笑わないでください」
「ご、ごめん」
「おかおがきれい……」
「確かに綺麗だもんねえ」
令嬢4人で笑い合う。
ロキの顔は、令嬢の頃からそうだが、恐らく目元がアーノルド寄りなのだろう。スクルドはタレ目がちなので、そこは間違いない。
つり上がった眦で、三白眼気味。肌も白く髪も白、濃桃色の瞳とのコントラストが美しく映えていた。髪を下ろしているので女子のような印象を受けることと併せて、人形のように整っているのは事実だ。悪役顔が好きなら好まれるであろう顔だった。
「ロキはきっと、アーノルド公に似たのだと思うわ。“紅狼”なんて呼ばれるほど、1人で悠然と立っている姿が印象的な方だと、お母様から伺ったの」
「フォンブラウ公爵様といったら、すごく美しい方だと聞いたことがあります! パーティに参加したら、多くの女性が踊りたがる方だと。ダンスもお上手なのですって」
「魔術師としてもすごいって、お父様が仰ってましたよ。火炎を自在に操る魔導騎士なのだと」
いろんなアーノルドに関する噂が流れていることが伺えるが、恐らく火の無いところに煙は立たない。ソルたちが喋っているのが耳に入ったのか、ロキが寄って来た。
「父上のお話ですか?」
「あ、ロキさ……君」
「は、はい、アーノルド公とロキ様が似ていらっしゃるのではないかとソル様が仰られて、」
「やめて目が潰れますそんなきらきらした目を向けないでくださいませ??」
1人混乱している令嬢がいるようだが、ロキは口元に笑みを浮かべて、ちょっと胸を張った。
「父上は、カッコいいんだ。顔が良い性格が良い面倒見が良い最高の父親です父上の子供に生まれてよかった!!」
『ぶふぉっ』
「で、実際どうなのよ?」
「目元が父上にそっくりだと、剣の先生から言われた。まあ、俺の顔が良いなんて、当然だからな!」
吹き出したのはレイヴンで、顔が良いと褒められてこれでもかとドヤ顔を披露して見せたロキを見ていたら、皆笑えてきた。
「……父上と母上の子供だもの。綺麗な顔に生まれるさ」
「スクルド様も綺麗な御顔だものね。でもアンタはなんか別格」
表情を落ちつけて小さく呟いたロキの言葉はソルに拾われた。悪戯っぽく笑ったソルの笑顔が眩しく思ったロキだった。
♢
ロキは顔が良いだけでごく普通の子供、自分たちと同じようなものなのだと子供たちが理解したようで。
「ロキ、今日はどう?」
「ああ、大丈夫そう」
「みんなー、ロキ様できそうだってー」
「おっしゃ、蹴玉やろーぜ」
転生者が伝えたと思しきサッカーを参加者でワイワイと遊ぶ子供たちが多い。大人数が参加するならばチームで別れ、尚且つ大人数がやれる競技が良いだろう。そうなると必然的に道具が必要のないサッカーになってくるようだ。
「ロキ、こっち!」
「5メートル前!」
「止めろ!」
職員室から見える校庭は芝が生えているので、ボールの速度は落ちやすい。ロキはこの環境に早速順応したのか、ドリブルにフェイントを混ぜたり、妙に細かい芸が多いプレイスタイルだった。レイヴンが見ている限り、ロキは晶獄病と浮草病を完治できれば、国の頂点を目指せるだけのポテンシャルを秘めている。
ロキは魔力の消費がうまくいっているときはサッカーこと蹴玉に参加するようになった。リフティングやトラップがうまいことから、身体を動かすのも上手いことが分かる。ただ、シュートを撃ちに行くよりも、パスをつないだり、ボールを運んだりといったプレーが多いことから、転生者故の、ロキの身体のパワー不足を認識していると考えられた。
イエローカードやレッドカードのルールもあるにはあるようなのだが、それだと楽しめないので、すべてほどほどにということでなあなあになっているようだった。ロキはセトと敵チームになった時、ボールを奪いに来たセトのフィジカルに負けて転倒したことがある。
「ロキ君の成長が楽しみですね」
レイヴンと一緒にロキを観察していたらしい闇精霊の少女がレイヴンを振り返って、笑って頷いた。
「流石に今のはお前が悪いだろ!」
「何度も俺に仕掛けてくるお前が悪い。ファウルじゃねえぞ」
「ケビン君大丈夫!?」
「きゃあ! 血が出てますわ!」
「あっ、メリル様がお倒れになりましたわ! 誰か先生を呼んで!」
子供たちが騒がしい。レイヴンは風精霊が運んでくれた音を聞いて、出ていく準備を始めた。
「どうなさったんです?」
「蹴玉で怪我した子がいるみたいです。それと、血を見て倒れちゃった子もいるみたいで」
「じゃあ消毒液の準備をしてきますね」
「ありがとうございます、アラン先生」
レイヴンは同僚のアランと共に職員室を出る。レイヴンはそのまま子供たちの元へ向かった。
「いってええええ!!」
「暴れんな。化膿したらどうする!」
水場に子供の集まりが移動していた。ロキが怪我をした子供の足を無理矢理水場に上げて、流水で傷口を洗っている。王都の流水は精霊が清めている箇所があり、氷精霊もいる学内の水は冷水だ。ロキは袖をまくって、この年にしては体格のいいセトに相手を抱えさせていた。暴れないように押さえろと言われて慌てて反応してしまったのか、その少年はルナとソルに足を押さえられていた。
「ううう……」
「これで良し」
ロキが前髪をヘアクリップでまとめて上げて、疑似オールバックになっていた。柔らかそうな真新しいタオルで傷口に触れないように丁寧に水分を拭き、いわゆる保健室へ向かおうと顔をあげたことで、レイヴンと目が合った。
「的確な処置ですね」
「レイヴン先生……すみません、メリル嬢をお願いします。多分こいつは歩けるので」
「わかりました」
メリル嬢は頭を打ったわけではないようで、ロキが言うにはリオという上位者が気付いてそっと彼女を横たえたのだという。
怪我をしたケビン・シスカは結局ロキが付き添って、保健室まで自力で歩いてきた。血は出ているがいうほど酷い傷でもなく、このまま消毒をしてガーゼを貼って処置は終わった。
「どうしてあんな言い争っていたんだい?」
「先生聞いて、こいつ僕の足引っ掛けやがったんだ!」
「ふん、ボールを少し止めてやっただけだ、お前の足には触っていない!」
「なにを!」
「前にお前に服を引っ張られた方が悪質だったぞ!」
「あれは止めて当然だろ!」
「おっと、2人とも落ち着こうね!」
レイヴンもこれはまずいと思ったようだが、時すでに遅し。
「髪を引っ張ったこともあったな」
「掴みやすそうな髪をしている方が悪い!! 大体、お前のやってること大体今まで見たことのないプレーばっかりだぞ! 身体強化とか本当は使ってるんじゃないのか!!」
「俺は魔術は使えんと言っているだろう。大体、そんなドーピングみたいなこと誰がするものか! スポーツを舐めるな!」
話題が移りつつあるうえにぎゃーぎゃー言い合いを始めたケビンとロキを止める者が、1人。
「うるさいな。寝ている者がいるかもしれないって配慮も出来ないのか」
「……チッ」
「……すまん」
彼はすっと2人の間に入ってきて、2人の襟首を掴み上げた。ケビンは舌打ちをし、ロキは素直に謝って下ろしてもらう。
「たかが蹴玉くらいで、みっともないよロキ。熱くなりすぎなんじゃないのか。だいたい、お前らと一緒に来たメリル嬢は寝かされたと覚えてるんだけど?」
「……悪いな、レイン。ごめん」
「ほんとにね。そして、公爵令息が謝ってるのに反省の色がないそちらの伯爵令息はどうしようか」
「……ごめんなさい」
「謝罪じゃなくて反省したら?」
「テメっ……!」
レイン・メルヴァーチ。ロキの従兄弟――スクルドの弟ゼオンの息子、メルヴァーチ侯爵家の長男。ロキは掴みかかりそうになったケビンからレインを背に庇った。
「ああ!?」
「シスカ、しーっ」
ロキが口元に人差し指を立てる。シスカが眉根を寄せつつも止まると、ロキはレインに向き直って、支えつつベッドへ向かった。
レイヴンが見ていると、どうやら、レインは体調が悪くてここで休息を取っていたらしい。大声での口論に再び駆け付けたアランに、メリルへの指示を頼んで、レイヴンはロキとケビンを連れて教室へと戻ったのだった。




