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この世界のちょっとした説明回。再改稿に伴い情報量が増えましたが楽しんでいただけたら幸いです。
2021/05/28 加筆修正しました。
アーノルドはロキの顔をじっと見つめる。もちもちの白い肌を撫でてやると、嬉しそうに頬をすり寄せてくるのが愛らしい。
(これで、ロキ神の加護さえなければ)
生まれたものはもう仕方が無いと分かってはいるのだが、ロキ神の加護を受けている娘のことがどうしても頭の片隅から離れてくれないのである。娘と呼んでいいのかは甚だ疑問だが。スクルドの話によると、精神は完全に男性のものであるらしいし。
ロキ神の加護は、上流貴族にはあまり喜ばれるものではない。理由は単純で、ロキ神は『裏切りの神格』と呼ばれるほど大規模な内乱を起こすことで知られている加護なのだ。加護持ち個々人で裏切りのトリガーも別にあり、一定した条件というものが存在しない。対処が難しい加護として有名だった。
本当は、ロキ神の加護を受けたことが分かった時点で何か手を打つべきだったのだろうが、生憎とアーノルドはロキが生まれる直前まで東の国に行っていたし、対処はできたとしても間に合わなかっただろう。それに、加護持ちへの対処は命懸けだ。
ロキのラズベリルの瞳がキラキラと輝いて、アーノルドを見上げている。転生者とは思えないほど自然な赤子だとアーノルドは思った。
「ロキ、俺はまだお前にどう接すればいいのか分からない。少し、待っていてくれ」
アーノルドがそんなことを言ったのは、スクルドの腹にロキの弟を放り込んでそのまま出張という流れになったことを悔いての言葉だろうか。別に何か意図があったのかもしれない。まあとりあえず、アーノルドがこの出張から帰ってくる前に、ロキはお姉ちゃんになりそうだ。
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ロキ・フォンブラウ、フォンブラウ公爵家に女児として生まれた、転生者。精神は男。最初に自分の名字を聞いて某月面の工場が浮かんだのはその辺の世代の子供世代だったからだろうか。すぐ後に自分が好きだったシミュレーションRPGの世界だと気付いたが。
ロキの前世――高村涼がプレイしていたゲーム、タイトルは『Imitation/Dragons』、通称『イミドラ』。
同人ゲームだったこの作品は、人気が出まくった結果スピンオフで乙女ゲーム『Imitation/Lovers』、通称『イミラブ』が出された。
同人ゲームなだけあって『イミドラ』はエログロ何でもありのゲームだったが、扱っているのが戦争だったこともあって、人気が高かった。ファンタジーだと思っていたらダークファンタジーだった。エンディングによってこのゲームをファンタジーアクションと呼ぶかダークファンタジーと呼ぶかが分かれるくらいには雰囲気が変わる。そんなゲームだった。
そして、ロキという人物は、『イミラブ』の方に登場した悪役令嬢である。悪役令嬢と言いつつ彼女を攻略することも出来たのだが、とりあえずヒロインと攻略対象がハッピーエンドに行くとなぜか彼女は国外追放されたり幽閉されたり修道院送りになったりする。この修道院は散々ロキを見せろと騒いでいるカドミラ教である。
悪役令嬢ロキの外見は、ストレートの銀髪を紫のリボンで飾っており、意志の強そうなつり上がった瞳はラズベリル。ヒロインに対し注意をするために現れ、王子殿下の婚約者としてヒロインの前に立ちはだかるのだ。
とはいえ涼は『イミラブ』のプレーヤーではない。涼には双子の姉がおり、そちらが『イミラブ』を徹底的にやりこんでいた。勧められもしたが、BLゲームならいざ知らず、乙女ゲームに興味はなかったのでまったくやっていない。続編の方は少しやったが。それはBL要素があったからやっただけで。
また、涼は『イミドラ』のプレイヤーだったわけだが、こちらは徹底的にやりこんで、世界観の考察までやらかしている。物語の構造の考察もした。その通りの世界観であるとしたら、『イミラブ』側の事情の諸々が分かるようになるのだ。元の世界観があったせいか、『イミラブ』は乙女ゲームのわりに世界観設定がぎっちりと詰まっていた。
『イミドラ』及び『イミラブ』と続編、全てに散りばめられた世界観を拾って繋げていくのは楽しい作業だ。ロキは今その知識に助けられている。まだ字を全て読めるわけではないため、この世界の知識を得るのにも一苦労だった。
現在ロキの世話をしてくれているアリアは、【念話】が使えるため、必要な時にはロキに意思確認を行っている。ロキも首が据わったのでイエスかノーくらいは首で答えられるようになった。読み聞かせの本がちょっとずつ難しいものになっていっているのはロキの要望によるものである。
話は戻るが、『イミドラ』はシミュレーションRPGである。ストーリーとしては、ガントルヴァ帝国に住む主人公ハンジは平民だが実は勇者で、自分の生まれた村を襲った死徒を倒し、更に国を守るために死徒列強13席『魔王』バルティカを倒す、というストーリーである。エンディングは大きく分けて5つあり、バルティカを倒し、ガントルヴァ帝国に平和が訪れるのがハッピーエンド。バルティカを封印するグッドエンド。隣国と戦争し敗戦するトゥルーエンド。帝国の平和と引き換えにハンジのパーティが囚われ嬲られるダークエンド。ハンジたちのパーティが全滅し帝国が壊滅するバッドエンドが存在する。
このトゥルーエンドに登場する隣国こそ現在ロキがいるリガルディア王国なのだが、真実で敗戦とか笑えない冗談だろうか。ロキはまだ幼いため、実際にガントルヴァ帝国とリガルディア王国が仲が良いのか悪いのかは知らないが。
公爵家に生まれたのだからそのうち学ぶことになるだろうけれども。そしてハンジの存在など知りもしないまま終わる可能性も無くはないなとロキは考える。ガントルヴァ帝国側で何か動きがあった場合は別だろうけれども。
ロキは1歳になった。アリアがやたら赤子の扱いに慣れていてロキは驚いたが、話によると、アリアは長命種。既に何人か子供を育てたことがあるのだそうで、ロキ様は手がかからなくて楽だわ、と笑って言っていた。リウムベルとアリアは同族なのだといい、ガルーは近縁種族ながら別種族区分であるとも教えてくれた。アリアとリウムベルは吸血鬼族だそうである。ガルーは人狼族だ。
案外身近に人間を襲いそうな種族がいることに驚いたロキだったが、それが聞ければ前世の記憶との照らし合わせもしやすいというもの。ただし赤子の体力で頭を回すのは流石に無茶が過ぎるようで、ロキはすぐに眠ってしまうことがほとんどだった。
吸血鬼族をはじめとする一部の種族は、ヒト族からは“死徒”と呼ばれている。死を齎す者、という意味に取れるが、原義は異なるらしく、アリアが国の成り立ちの絵本や昔話の絵本を好んでロキに聞かせたため、ロキはある程度死徒についての事情は理解していた。
そしてどうやらこの世界、昔は神々がいたらしい。アリアの口から出て来る名前はロキの知っている神々の名ばかり。主要な所を言うと、ゼウスとか、オーディンとか、ルグとか、ラーとかである。ゼウスとオーディンは正直ロキの予想の範疇ではあった。ロキの異母兄プルトスはゼウスと同じくギリシア神話系の富の神であるし、フレイ、スカジ、ロキ、スクルドといった名前はオーディンと同じく北欧神話系の神々の名であるからだ。
さて、昔いたその神々は、『神々の戦争』においてこの世界を守って、代わりにどの神々もこの世界での影響力を失っていったという。現在残っている神々もいるにはいるが、大半は冥府の神々と軍神であり、彼の柱たちは自分たちと力の拮抗した神格が居なくなったことで、強い影響を与えることを憂い、この世界に生まれた者たちに自分たちの仕事の一部を代替させている。その代替者のことを死徒と呼んでいた。死神の使いだから死徒なのだ。現在ではヒト族の都合の良いように定義が揺らいできてしまったけれど、とアリアは苦笑した。
フォンブラウ家には、死徒が沢山いる。使用人たちが居なくなったあの後、ガルーとリウムベルが自分たちの一族の若い衆を連れて戻ってきた。人狼族は一部強力な吸血鬼に仕えることに喜びを覚えるものもいるらしく、ガルーはアーノルドの祖父、すなわちロキの曾祖父に忠誠を誓っているのだとアリアは教えてくれた。何でアリアがそれを知っているのかと聞けば、ガルーよりもアリアの方が長生きだからだそうである。外見ってあてにならない、とロキが割り切るのに時間はかからなかった。
「ロキ様ってむつかしいこと考えますねえ」
アリアの暗く赤い瞳がキラッと光る。ロキが頭を働かせているのがバレバレだ。
「ロキ様はまだ子供なんですから、もっと子供っぽくしてていいんですよ」
ロキが欠伸をすると、アリアがポンポンとロキの背中を軽く撫でて、ロキを寝付かせる。ロキは泣かないから、アリアが色々と察して動いている。赤子の中には主張を全くしないタイプの子もいない訳ではないので、転生者仕事しろ、とは言わないけれども。
アリアは腕の中で寝ついてしまったロキに言葉をかけて、ゆりかごに入れた。
フレイやスカジの時は、普通の子供だったため、なかなか泣き止まなかったり夜泣きが酷かったりした。ロキの手のかからなさといったら、とスクルドが嘆いているのだが、赤ん坊の内はうるさいので静かでいてくれて非常に助かっているのは事実である。
ただし。
これがもしも。
もう少し大きくなっても続くようなら、注意が必要だ。
「――この世界にはちゃんと足着けなさいよ、ロキ。そうじゃないとあんた、死んじゃうからね」
アリアの小さな呟きは、眠ったロキには届かない。