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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
初等部編
39/368

2-2

2021/10/19 改稿しました。

2023/03/02 レイヴンの回想部分を改稿しました。

リガルディア王立学校初等部1年2組は、王子と公爵家の息女が所属する権力の塊みたいな場所になった。受け持たされたレイヴンの胃に穴が開かないのは、レイヴンがリガルディア王国でも非常に珍しい召喚士という精霊を扱う能力を持っていたためだろう。


カル・ハード・リガルディア、第2王子ではあるが割と気さくな性格のようで、周りに公爵家の子供が居ない時は普通に階級に関係なく話しかけても対応してくれている。クラスの中ではそれでいいが、廊下や食堂ではそれではだめだとロッティ公爵家の令嬢とフォンブラウ公爵家の令息が世話を焼いていた。


之にはレイヴン他教師陣も納得している。立ち振る舞いを教える必要のある場所で、その規律が乱れるのはよろしくない。


ロゼ・ロッティはロッティ公爵ロギアの1人娘で、カル王子の従姉妹である。王妃の姪であり、カル王子との仲も良好で、何かとカル王子のストッパーを担ってくれている。転生者であることは7年前には判明していたのでレイヴンも知っている。そしておそらく、フォンブラウ公爵の息子が抱える問題を解決するために最も動いてきた人物でもあるだろうと予想できる。土属性を扱うロッティ家の子でありながら、牡丹色の髪と朱の瞳を持って生まれた、哀れな娘。後継にはなれないことが確定したも同然の娘。


ロキ・フォンブラウはフォンブラウ公爵の令息だ。火属性を扱うフォンブラウらしく、ラズベリルの瞳の少年。銀髪というだけならばまだ魔力が多いだけということも出来るのだが、象牙色を通り越し白磁のその肌は、まごうことなき神子の証。レイヴンから見ても魔力量が異常に多く、既に上位者と契約を複数結んでいると聞いているにもかかわらず、異常なまでのその魔力生成量だ。レイヴンはロキだけフォンブラウ家と王家からレイヴンを指名してクラス編成があったことの理由を察した。


晶獄病と浮草病を発症していたという事だったので、人刃族としては虚弱な個体だろう。人刃は基本魔力量が多い程度で病を患ったりしないし、瞳が宝石にしか見えないのがかなり特徴的だ。


ロキも転生者であることは知らされたので、やたら考え方が大人びている理由はわかる。そして家庭教師が教えた以上の知識を持っていることも想定されたので、入学したての生徒たちに課しているテストで最後に作文を書かせた。この初等部で何を学びたいかを書けという簡単なものだ。


当然のように上流貴族の子供たちは間違うことも無く、最後の作文でうまく書けなかった子供たちが続出していたが、転生者の可能性がある子供がこれで露呈した。まず既に転生者であることが判明しているロゼ・ロッティとロキ・フォンブラウ。他にも複数名いることが確認できる。


テストは全部で100問あり、現王の名、各公爵と侯爵の名前と家名、簡単な計算と作文なので、問題自体は何も難しくはなかった。多少綴りを間違っても誰を言っているのか明確に判断できれば丸というがばがば採点である。


テストの採点は各担任がする、のではなく学年担当の教師全員で行う。初等部が2学年しかないとはいえ、1年4クラス、2年4クラスで1クラスが20人いるかいないかくらいなので、初等部に通うのは160人くらいだ。80人分の採点を、中等部や高等部に教えに行っている教師が掛け持ちせねばならないことを考えると、全員でやった方が楽なのだった。レイヴンのように初等部にとどまっている教師は珍しい。


「見てくださいレイヴン先生、2組の子たちしっかり学んできてますね」

「本当だ。でも珍回答が見られますね」

「落差が酷いわね、この学年」


今年度の初等部1年はかなり成績にばらつきがあるらしい。中等部に上がるまでにある程度均しておかないと、中等部に彼らが上がってから苦労するのもここにいる教師たちなのだから質が悪い。


「転生者だとは聞いていたけれど、フォンブラウ君とロッティさん、あとカイゼルさんとお姉ちゃんの方のセーリスさん、点数高いですね」

「あら、それならイルディさんも高いですよ。庶民上がりと思えないくらい」

「そっちも転生者かな?」


リガルディア王国は比較的転生者が多い国だ。教師たちもそれほど驚くことが無いのは、慣れているから――だろうか。


職員室を風の精霊が舞う。書類が飛ぶからやめてねぇ、とレイヴンが呼びかけると風精霊はつまらなさそうに窓から出て行った。


「最近精霊がよく舞ってますね」

「フォンブラウ君精霊に随分好かれてるみたいなんですよ。その割には精霊を視認できてないみたいなんですけど」

「そんなことってある??」


自分たちの認識に沿わない少年の存在を認識した教師たちは、ロキについては自分たちの常識と少し戦わねばならないようだ。


「そういえば、レイヴン先生は授業どう進めます?」

「子供たちの様子を見ながら問いかけを投げるとこっちを見てくれるので、大事なこと以外は雑談ですかね」

「そうじゃなくて、教科書の進度です」


1組の担任がレイヴンに問う。レイヴンは別に特殊なことはしていない。分かったら手を挙げて、とか、説明ばかりになりすぎないように実際にやってみて、と1人1人紙に描かせて説明させたりしているだけだ。精霊と意思疎通をする方法を子供にあてはめたら面白いくらい子供たちの成績が上がった、学習態度が良くなった。そのせいでレイヴンは高等部に戻れずにいるが。


「理解度が一番遅い子に合わせているので、とりあえず計算は引き算に入ったところ、歴史は建国神話ですね」

「あら、本当に遅いですね」

「まあ、王子殿下が居るので、ちょっと令嬢たちが浮ついちゃってますからね」


殿下の邪魔にならないように、と席決めの時ロキとロゼがカルの横を陣取り、階級ごとに並ぶことを提案し、あれよあれよという間に子供たち20人が階級順に席に着くという状況が出来上がって、レイヴンはロキの誘導に震えた――なんてことがあった。


授業中はカルが周りの視線を気にしなくて済むようにとロゼとロキ、及びその補助をしている侯爵家が動いて視線を遮る結界を仕込んだ魔石を持ってきているので、レイヴンが注意するのは令嬢たちだけで済んでいる。むしろここまでカルに過保護なロキとロゼに、レイヴンはちょっとこの国の未来を見た気がした。


「そういえば、フォンブラウ君どうですか」

「彼は、そうですね。あの魔力回路をどうにかしないと先に進めないでしょう」


え、と他の教員たちが驚いてレイヴンを見る。レイヴンは首を傾げて見せた。


「晶獄病と浮草病なんですよね? 魔力操作は? 魔力を消費しなければいけないでしょう??」


晶獄病は特にそうだが、魔力を体内に留め続けることが一番の原因であるため、魔力を使って外に魔力を吐き出さなければならない。なのに先に魔力回路をどうにかというのはどういうことか。


「アーノルド公が送ってきた手紙にですね、魔力操作は魔法で行っていた旨が書かれていまして。恐らく上位者絡みですから、魔力を扱う授業の時は上位者の協力を得ないといけません。あの魔力回路は、異常な焼け付きと迂廻路の形成が見られるので、何らかの形で竜王や上位者が絡んでいると思いますよ」


レイヴンの言葉に教師たちはしばらく固まり、ゆっくりと思考を始める。竜王、と呼ばれるのは、この世界そのものを作ったという世界樹アヴリオスにその力を供与した“竜帝”の系譜に連なる強大な竜族の事である。竜族の長が竜帝であり、その候補が竜王だと言われている。


「竜王が絡んでいるって、陛下に報告は?」

「まだ予測段階なので奏上するほどまとめられてはいません。でも近々奏上しないと。誰かスパルタクス先生を呼んできていただけますか? 彼のスキルと合わせれば何があったのか分かるかもしれませんし」


レイヴンの言葉に、呼んでくると走っていったせっかちな教師が、まだ授業中なり、の一言で振られて帰ってくる未来を想像しながら、他の教師たちは丸付けを再開する。


「そういえば、フォンブラウ君くらいの魔力量なら精霊が見えるのは当たり前だと思っていましたけれど、何かあるんですかね?」


新任の教師の言葉に、ああそれは思った、と他の教師たちが同意を示す。レイヴンは自分の手元にあるテスト用紙を消費し終わり、集計を始めた。


「そうですね。精霊が見えないのは精神的なものだと思います。あの年齢で公爵の中で最も魔力量が多いグラート公に引けを取らない魔力量ということは、精霊を見る条件はクリアしているはずです」

「ああ、ロキ君のことずっと見てる人工精霊がいるな」

「え、あれ本当に人工精霊ですか!? 大精霊くらいの魔力量あるじゃないですか!」


王立学校の教師になる最低条件が、精霊を認識できることだ。ここに居る者たちは、出身階級こそバラバラだが一様に皆精霊を見ることができている。

他の教師たちも丸付けが終わったらしく集計を始めた。並べられた机の上のテスト用紙は100枚あるかないかくらいなので1日でちゃんと終わるだろう。


「オリヴァーは何か言うことないの?」

「……別に、無いですよ」


レイヴンは自分の後輩であるオリヴァーに話を振った。何かとレイヴンはオリヴァーに話を振るのだが、自分とは違う視点の意見が得られるから、一考の余地がある、とのことである。


「……アーノルド公の髪って、赤かったよね」

「そうっすね」

「……ロキ君の髪って、白くなる基準満たしてるの?」

「……さあ。そこは人刃に聞いてくださいよ。俺吸血鬼だからわからんです」


魔力の細かい差異を察知できるのは魔力量が少ない人間だ。レイヴンはあまり魔力量自体は多くないので、ロキの魔力量について疑問を抱いたらしい。


「まあ、ロキ君はすごいよ。魔力で物を動かせるんだ。ロキ君の思考と連動してペンを動かしてるみたいで、筆記速度が尋常じゃなかった。テストの時は手でペンを持ってたよ。手書きの字がとても綺麗だね」

「とりあえず先輩の興味がフォンブラウに向かってんのはわかりました」


オリヴァーは黒髪を掻く。この男が精霊以外にも興味を持ったのは珍しいし、子供がそれで助かるならばいいけれども、研究に熱中すると戻ってこないのでどうにか見ておく必要があるかもしれない。


「だって、上位竜人がわざわざ教えてるんだよ? 興味を惹かれるに決まっているじゃないか!」

「上位竜人より先にロキ君をちゃんと見ててくださいね!!」


ロキ達が入学して1ヶ月。先日職員室を訪れた上位竜人は、藍色の髪と金色の瞳を持つ、闇精霊の最上位種族だった。彼がロキの魔力の消費については請け負うと言ってくれているので、レイヴンたちの仕事はロキが普通に学校生活を送れるように環境を整えるだけだ。


レイヴンは思い出す。

ロキはほとんど自分で動かず、すべき行動のほとんどのことを魔力でやっている。しかしそれは同時に、多大な集中力や体力を必要とすることで、子供がその集中力を備えること自体が末恐ろしい。


既に始まっている魔力操作と魔力探知の授業で、ロキは藍色の髪の竜人と共に魔力消費をひたすらに行っている。こうなったのには理由がある。



ペーパーテストの前に、入学してきた子供たちがどれくらい魔力を扱えるのかを見るためのテストをした。このテストは家庭教師が居る子供たちにはなんて事の無い、使える魔術を1つ見せるだけの簡単なものだったのだが、ロキはこれができなかった。レイヴンがロキの病状を重く見たのはこの時が初めてだった。


「ロキ君はやらないの?」

「出来ません」

「えっ?」


高い階級の家の子供からやっていくので、カルとロゼの次にロキがやるはずだったのだが、魔術を撃つための的の前にすらいかないものだから、驚いた。


「俺は魔術習ってないので撃てません」

「え、本当に?」

「はい、俺がやっていたのは竜人魔法というものだそうです」


レイヴンも、話をちゃんと聞いた時には絶句した。晶獄病と浮草病の所為で魔力が上手く回せず、ロキは魔術ではなく魔法で魔力を逃がしていたという。

魔法の方が使う魔力は多いため、晶獄病の患者が魔法を撃てるならば魔法を使うことが最も健康維持には手っ取り早い。そのことを知ってはいたが、子供が、魔法を学ぶ時間も足りない子供が魔法を使わねばならない状況に陥っているという事実を、ここで本当の意味で理解したのだと思う。


「わかった、ちょっと待っていて」


すぐに他の子供たちの採点を終わらせようとレイヴンは動き出した。そこまでは、まあ、良かったのだ。まだロキの魔力は溢れ出すほどではなかったし、レイヴンは晶獄病の生徒に当たったことも初めてだった。そもそも晶獄病という病自体が、発症した子供の8割9割が夭逝してしまう疾病であるため、10歳まで生きているロキ自身が相当稀な存在であることもこれに拍車をかけていただろう。


ロキに惹かれたらしい精霊が近くを舞う。ロキはそれを視認こそできないが認識はしているようで、指を出して精霊が擦り寄ってくるのを待っていた。


「こんなのもできないの?」

「習ってないから」

「え、何で?」

「医者に止められた」


嘘は言っていないのだろう、その医者はきっと王都でも有名な人ではなくて、もっともっと魔術や魔法に精通した上位の者なのだろう。魔術を撃ち終わった子供たちがロキに話しかけに行っている。


「じゃあ、ロキ君がいつもやってるのってなあに?」

「うーん、空を飛ぶとか、転移とか?」

「えーっ、そんなの魔法に片足突っ込んでんじゃん、嘘つきだ」


心無い子供の声にレイヴンはこの時気付けなかった。精霊が少し怒ったのは感じられたが、それだけだ。ロキは加護の影響か噓つきと呼ばれることにやたら慣れていた。


「皆がやってと言い出すだろうから先に言っとくが、やらないからな!」

「えー」

「けちー」


できないの間違いだろ、という声もあったが、いいなあと素直に受け止めた子供が多かったのか、ロキの周りに子供たちが集まっていた。ロキが続けて何か言っていたが、レイヴンには聞き取れなかった。


レイヴンは急ピッチで子供たちの採点評価を済ませていく。魔術の扱いまでは行かなくとも、魔力を扱える子は多く、粒ぞろいな子供たちを見てレイヴンとしてはホクホクだった。


赤い髪の子は当たり前のように火を。

青い髪の子は当たり前のように水を。

茶髪の子は当たり前のように土をその手に出してみせる。

緑の髪の子は風を集めてみせるのだ。

金髪の子はその手に光を集め、黒髪の子は自分の周りに暗い影を落としてみせた。


精霊が踊っている。お気に入りの子供を見守るように、踊るように舞っている。

魔力の溜まり方を見ることのできるスキル持ちがいない初等部。

レイヴンが顔を上げた時には、その異変は起こっていた。


もっと、ロキを優先すべきだったと、レイヴンは後悔した。


「――!!」


そこには、蹲って、右腕に鈍色の光を纏った――


「……ロキ、くん?」

「【土の壁(ウォール)】!」


それは一瞬のこと。

ヴァルノスがロキを囲うように土壁を形成した。詠唱破棄という高度な技術を以て、それは成された。見せていいものではないと、そう彼女が判断した、それだけのこと。


「え、え?」

「センセー、どうしたの?」


レイヴンは一瞬何が起きたのかわからなかった。ロキの近くに居た子供たちも驚いて離れていく。カルが目を見開き、近くにいた生徒たちに声を掛ける。


「皆、ここに居てくれ。様子を見てくる」

「はーい」

「大丈夫なんですか?」

「ああ、今一時的に本来持っていても平気な魔力量の許容を越えているのかもしれない」

「カル殿下、皆を止めていてください。僕が見てきますから」


10歳との会話じゃないなんて考えつつ、レイヴンはカルを押しとどめて土壁の中身を見に行った。

そこには、やはり、見間違いなどではなく、ロキが、右腕に鈍色の光を纏ってしゃがみ込んでいた。


「ロキ、くん」

「……先生、危ないですよ」


ロキが何を言っているのか、レイヴンには分からないわけではなかった。


「転身は抑え込んじゃダメだよ」

「ッ、それより早く、どいてください、このままじゃ魔力が爆散するッ……」


そうなったらこの土壁、壊れちゃいますよきっと。

ロキはそう言って腕を抑え込む。そんなことしたらきっと君の手からは血が溢れてしまうのだろう――レイヴンはふと思う。


「魔力の結晶化は?」

「……うまく、いかなくて」


魔力の結晶化は、ロキのような、魔力回路が所謂“内向き”の者が魔力操作を覚えるときによくやる方法の1つで、自分の身体から魔力を結晶化して切り取るというものだ。竜人魔法は魔力操作ではなく魔力として完全に編む前のものを使った魔法であるため、異常なまでに魔力の消費量は多いが、威力が尋常ではない。


ロキがあまり魔力を使わないようにさせろ的な旨の報告書を読んでいたので、ロキが自分から魔法を使うことはないだろうと思っていた。魔術も使えないとなるとどうするんだろうと思った。魔力を結晶化させるのを見ていればいいかなと思っていた。後回しにするべきではなかった。


結晶化は逆に魔力を抑え込む仕掛けとは相性が非常に悪い。レイヴンは、この施設にその仕掛けがあることを、今思い出した。


魔術用に訓練場として整備されている場所は、万が一の暴発を防ぐために、ある程度魔力を抑え込む術式が施されている。ロキはとても繊細なのだろう。術式に乱されて上手く結晶化ができなくなっていた。


どうせならこういうところでわがまま通してくれればよかったのにと思いつつ、レイヴンは教員権限で一時的に暴発を抑え込むための結界を2枚ほど消した。


「これでどうかな」

「……楽に、なりました」

「ちょっと頑張れるかい」

「――」


言われなくてももう始まっている。

目を閉じたロキの手元と足元に驚くべき早さで魔力結晶が形成されていくのを見て、レイヴンは肝を冷やした。

こんな魔力量が暴発しようとしていたというのだろうかと。


がりがり、とヴァルノスが形成した土壁を結晶が削り始めた。なんて硬度だ。

レイヴンはすぐにそこを離れる。

アレならば全転身こそしないがかなりの量の結晶を形成するだろう。近くで精霊が不安そうにロキを見つめていた。


「先生、ロキは」

「転身しかけてたから、抑え込んでた魔法陣(コード)を2つほど止めたよ。もう暴発はないから、安心して」


ソルの不安げな表情に答えれば、ヴァルノス、ロゼ、カルが同時にほっと息を吐いた。やはりロキの事情を知っているのはこの辺りなのだろう。


レイヴンは思った。これは確かに持て余してしまう。特殊な加護を持たないアーノルドでは完全には抑え込めない。だから上位者を頼ったのか。

理解はできるのに、なんだこれはと言いたくなってしまうこの代物は、一体。


「うそ、結構硬めに作ったのに!」


ヴァルノスの言葉とほぼ同時に、ガラガラと音を立てて土壁が崩れた。

現れたタンザナイトのような青紫色のその魔力結晶を見て、子供たちは綺麗だとか、何だあの量気持ち悪い、とかいろいろ口に出していた。


「あっちゃー、やっぱ無理だったかー」


そこに現れたのが、あの上位竜人――リオだった。


「リオ、遅い」

「ごめんねロキ、もうちょっと行けると思ったんだよ」

「人間の封印舐めんな」

「うん」


藍色の髪、黒い角、金色の瞳。白磁の肌をロングコートで覆った上位者。

竜人はロキの魔力結晶をバキバキとへし折って虚空へと消し去っていった。


「やっぱり俺が直に教えた方がいいね?」

「最初から言ってただろ、そっちがいいって」

「うん、ごめんよ。痛いとこない?」

「ない」


転身しかけていたロキの腕からは、血は流れていなかった。間に合ったようでレイヴンはほっと息を吐く。ロキは残された結晶を蹴り倒して座り、呼吸を整えるために息を大きく吸ったり吐いたりした。


リオと呼ばれた竜人は落ち着いたロキを抱えて姿を消した。ロキが少し怯えたように皆を見ていた。

その意味をレイヴンが知ったのは後日で、人刃が怖がられているという話をクラス内で聞いてしまったらしい。流石に入学早々に怖がられたら居づらいよなと、そう思った。



クラスメイト達は普通に受け入れたというか、むしろあんなに綺麗な結晶出せるんだとか、そちらの方に意識を取られていたのだが、それでもロキ的には怖がられなかったことで大分精神的には落ち着いたらしい。


クラスから孤立することもなく普通にやっていけているのだ。これでいいのだとレイヴンは思うことにしている。


「さて、と」


テストの集計が終わった。ロキが提案したクラス内での勉強会のおかげで、いろいろと取りこぼしていた子供たちがちゃんと小テストで点を取れるようになっており、このまま続いて行ってくれると非常に担任としては嬉しいことである。


……たまに混じる珍回答に顔をほころばせつつ、レイヴンは授業の準備に取り掛かった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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