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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
セネルティエ王国留学編 2学期
372/377

13-9

アルティの工房の調査を終えて、ロキはアーノルドに手紙を出した。帝国に居る従兄弟が手紙を出してきたので、あの神官集団の動きを帝国貴族が把握し始めたらしいことが伺える。


ガントルヴァ帝国はリガルディア王国やセネルティエ王国に比べて教会の政治への干渉力が非常に強い国家だ。そんな教会の干渉を気にしていない貴族もいるが、大半はカドミラ教徒であることもあり、教会の干渉を良しとしているというか、一緒に腐敗に向かうといえばいいのか。とにかく、もしかすると実際に動いていたのは神官だが、貴族家のバックアップを受けていた可能性が出てきた。というか、それが普通かもしれない。教会に入っている親戚がいる貴族なんて割といるものである。


プレッシェたちの調査結果の報告は奏上されたようだが、そこまでロキは立ち入ってはいない。ここから先はもう政治家たちの判断に任せるしかない。ましてロキは外国人である。面倒なことはセネルティエ王国の貴族に任せておくのが無難というものだ。



「面倒くさい」

「アレス、お前いい加減軍神の眼取り返しに行ってこいマジで」

「我々も一緒に行きますよ」


アレスをランスロットたちが囲んで何か言っているのが見えて、ロキはそちらに足を向けた。虐めているわけはないだろう。何の話やら。


「だから、行こうにも行き道が見えねーってんだよ。返す気ねえってあれ」

「だからこそ挑まねばならないのでしょう!」

「また次ベヘモスのようなことがあったら、それこそ対応できません!」

「この平和な御時勢に軍神の加護持ちが動くことがどう取られるかくらいわかるだろ。火種になるなんざ御免だね!」


ロキはおやこれは、と思って歩を早めた。アレスの目に関する話題だと察したからだ。どうやらアレスを心配してのことのようだが、攻め方がよくない。ロキはそう思いながらアレスたちの目の前に立った。


「よう諸君、楽しい話をしてるじゃないか」

「よう、ロキ」

「やあ、ロキ君」


アレスが目を細め、ランスロットがにこやかにロキの名を呼ぶ。アレスは苦々しい表情をした。


「軍神の眼の話だよな?」

「ああ」

「そういやお前が最初に言い出したんだっけか」

「違和感ありまくりだからね」


緊急時では間に合わないから前から言っていたつもりだったが、ロキがどれだけ言ったところでアレスは動かなかったし、ベヘモスを乗り切ったのでこれ以上ヤバいこともそうそうないだろうとロキは思っていた。だから別にこれ以上尻を叩くようなことをするつもりもなく、煽るつもりも無かった。しかも隣国の問題だ。むしろ、強力な軍神の加護持ちが1人十全に戦えないのならば、それは戦争をするときは喜ぶべきことである。


「違和感、とは?」

「あー……単に、俺がロキ神の加護持ちだからだろうよ。悪神と呼ばれた神々の加護持ちって、正直あまり表には出てこないからね」

「それ考えたら、リガルディアってすごいよな」

「同感です」


ロキの言葉にモードレッドとベディヴィエールが返す。

悪神と呼ばれる神格はある程度決まっていて、代表的なものがロキ神やセト神である。アレス神は解釈によるところが大きいが、野蛮な戦い方を嫌う文化圏からは悪神の扱いを受けている神格でもある。


リガルディア王国は、留学生に悪神代表の加護持ちを2人ぶち込んで来たのだ。下手をしたら敵対宣言にも近いが、セネルティエ王国は竜はそんなこと考えないという判断で受け入れを決行した、らしい。人間にとって嫌な加護であっても、他の種族にはなんてことはない、なんてことはよくある話で、寧ろアレス神もセト神も人間の味方で、明確に人間に害を及ぼすのはロキ神の方だったりする。ロキ神は魔物に対して強い加護を与える性質を持っており、魔力を持つ人間にとっても本来は良き加護神になるものなのだ。


「アレス、別に1人で全工程を孤独に走り抜けろって言われてるわけじゃないんだろう?」

「まあ、そうだけど」


アレスがいつまでたっても動かないから、周りが痺れを切らし始めているらしい。それもこれもお前が焚き付けたせいだ、とアレスはロキを見て言った。


「俺の所為かよ?」

「お前が言わなきゃアテナ以外知らなかったんだから、当然だろ」

「じゃあずっとアテナ嬢に“私の所為でアレスは”って思わせ続けるってこと?」

「……そうじゃねえけど」


アレスがむっとした顔をしている。ロキは肩をすくめた。


「いずれやるなら今でもいいだろ。先延ばしにちゃんとした理由があるなら聞くよ? 例えば、“今のオレじゃ挑んでも返り討ちにされて死ぬだけです”とかな」

「ぐッ……! ロキお前、俺の目が取られた条件知ってんな!?」

「さあな」


ロキはアレスの目が取られた条件など知らない。本当に知らないのだが、この反応ということは、命を取られないことが条項に入っていると見ていい。何度でもトライアンドエラーが許された条件だったのだろう。


「どうせ、1回しか挑んじゃいけませんとかも無いんだろう?」

「……ない」

「ヘタレ野郎」

「ンだと!?」


ハイ確定。ロキは小さく息を吐き出した。これは多分、あれだ。

アレスの自己評価が結構低いのが引っかかっているのだ。アレスは戦闘に関しては結構自信があるのか、断定系の話し方が多いのだが、その他となるととんだポンコツである。目が見えにくいという特性上致し方ないのかもしれないが、戦闘ならできることはできる、できないことはできないではっきりしているのに、他になると曖昧な返答が目立つ。


「戦闘しか取り柄が無いとか思ってんだろ」

「……事実じゃねえか」

「ほうほう。つまり、アレス・シェネスティ公爵令息の価値は戦闘面だけだと。武神アレスの加護以外に価値は無いと。そういう事で合ってるかな?」

「……アレスの加護持ちに求めるものって、それ以外にあるのかよ」

「……求められるもの以外持っていてはいけないのなら、ロキ神の加護持ちなんざ成長しきる前にぶっ殺すのが普通じゃないかね?」


アレス神の加護持ちの方が百倍マシじゃないか、とロキがぼやいた。アレスは顔を上げる。そうだ。アレスは知っている。ロキ神の加護持ちがなんて呼ばれているのか。

同盟国に居てほしくない加護持ちナンバーワンで、上流階級に居たらそれはもう最悪と言わしめるほどのものだと、アレスは知っているはずだった。


アレス神は武神であり、加護を受けた者たちを戦場から生きて返す権能を持っている。人間にとって、あったら嬉しい加護なのである。

でも、ロキ神はどうだろう。

魔術を極める手伝いはしてくれることがあるというけれど気紛れとも伝わっているし、男にも女にも容赦が無い。一族は裏切るわ友人との口論もしょっちゅうだわ、相手を逆撫でして窮地を引き寄せやすいとも聞く。しまいには面白半分で皆に愛された神を殺すという暴挙に出た。


さて、その加護持ちの価値とは一体。


「俺の加護って考えるほどお役立ち要素無いんだけど。で、アレス神の加護持ちが何だって?」

「……お前に言われると全部どうでもよくなってくるわ……」

「それくらい小さいことで悩んでただけってことだろ」


何だろう、本当に自分の悩みがどうでもよくなってきてしまう。アレスは小さく息を吐いた。加護持ちの価値を加護だけだと言ってしまったのは言い過ぎたのだと気付いたのはその時で。


「あッ……」

「自分の価値がアレス神の加護にしかないなど、もう一度でも言ってみろ、プラムとアテナ嬢の前に引きずり出すぞ」


自分を婚約者候補に入れて国の事を前向きに考えているプラム王女に聞かれたら確実に泣かれる。アレスは、正直女の涙にとっても弱かった。


「……つか、ロキって俺のこと知ってるように話すよな」

「想像しやすいだけだよ。実際アレス神の加護なんて戦闘面、特に集団戦における生存以外の目立った加護なんてないし」

「うぐ……ズバズバ言うじゃねえか」

「仮にも人類の味方できてるんだからいいだろ。つか、俺はマジで人間からしたら加護に価値ないからな。むしろ疫病神だし。リガルディアじゃなかったら、今頃俺腐ってたかもな」


ああ、こいつ家族に大事にされてるんだなと、アレスは思った。ロキはなんてことない表情で喋っているが、こんなことを言っているということは恐らく、アレスに掛けた言葉はロキ自身を抉るものだったのかもしれない。


リガルディアに生まれたからこそこれくらいで済んでいる、というロキの言葉には賛同する。けれど何か、思い出せそうで思い出せない、大切な何かがあった気がした。


――俺の価値は、俺が決める。周りからどう思われるかなど関係無い、俺を測れるのは俺しかいない。他人の物差しに合わせて生きるなど、真っ平御免だ。


つきりと目の奥が痛む。

月光のような男が、アレスに長柄斧を向けていた。


――哀れな軍神。自分を突き通しきれず武神に昇れず、だからと言って周りに合わせた行動を取ろうともしなかった、中途半端な成り損ない。今楽にしてやろう、安心したまえ、神殺しには自信がある。


そうだ、アレスは、この男を止められなかった。彼の横でナイフを揮う砂漠の軍神が出る幕も無く。


――お別れだ、アレスの加護持ち。次会うときには、俺に貴殿の名を呼ぶだけの価値を感じさせてみたまえよ。


アレスは顔を上げる。ロキを見上げる。蒼褪めたアレスを、ロキが不思議そうに見下ろしていた。


「……お、まえ……あの、とき、おれを、ころした、」

「……? どっかのループの記憶が戻ったのか?」


ロキは、覚えていないらしい。ああ、こういうところを覚えていないのだ。なんて奴だ、とアレスはぼやいた。ロキが首を傾げる。


「アレス?」

「お前、神殺し持ってんのか」

「ん? ああ、ロキ神の加護に付随してるよ。バルドル神やヘイムダル神を殺した特典だろうね」


他人事のように特典なんて言う。ロキにとっては加護は自分事だったり他人事だったり、その時その時で主張が変わっていることに、アレスは気付いていない訳ではない。直接、自分の身近な人々に災禍が降りかかるときには自分事になるのだろう。分かっている、何となくそのロキの性格も理解できる。


「……やたら痛いわけだ」

「お前にどつかれたらただじゃすまなさそうだなぁ」


ロキが笑った。覚えていないから冗談に変えようとしてくれているのかもしれない。アレスは少し顔を顰めた。よく見えなくても分かる。多分痛みを隠して笑っている。

そして、今のロキはアレスの攻撃を回避はしても、自分から攻撃を仕掛けようという意思は全くないことが察せられた。


「……折り合いは、付ける」

「ああ、アレスはアレス神の加護持ちとしてはこの上なく頭が回るね。楽しみにしておくよ」

「お前からこれ以上厭味が飛んできたらアテナにまで言われるからな」


アレスの言葉にロキは目を見張って、そしてにやりと笑って見せた。


「それだけ言えるってことは、目を取り戻しに行くと受け取るぞ?」

「だー、そこに戻るのかよ! くそ、いいぜやってやんよ!!」


ヤケクソでアレスが叫び、固唾を飲んで見守っていたランスロットたちがハイタッチを交わす。

アルティの件もあったばかりで、冒険者登録を済ませている生徒たちや冒険者たちが各地の古戦場でしらみつぶしにアンデッド狩りを行っている。カドミラ教会の者たちが正常に戻ったタイミングだったこともあって、個々人レベルでの協力の取り付けは比較的容易だったとプラムが零していたのをアレスは知っている。


アレス神の加護は、あった方が絶対にいい。彼の神の加護は雑兵にこそ尊ばれるものだ。

一番の問題は、ロキ個人にあまりに借りを作りすぎていることかもしれない。子供のやったことで済まされないレベルの所に踏み込んでいるから、官僚クラスの話し合いはアーノルドにいいように調理されているかもしれないと予想は付くのである。何せアーノルドにとっては自分の子供のやったことだ。


「よし、そうと決まれば、アレスの眼を取り戻すのに必要なことを把握するところから始めようじゃないか」

「「「「おー!」」」」


ロキの声に、ランスロットたちが拳を突き上げて応える。いよいよ逃げられなくなった、とアレスは息を吐いた。いや、分かっている。こうやってロキに乗せられるから余計ロキに借りが多くなっていくのだ。


まずはアレスが眼を失った時のことを書き出して、状況確認をする。当時の精霊と同じ精霊を呼び出して、付き付けられる条件をクリアしていかなければならない。


「やるか」


アレスの濁った蒼い瞳に、一瞬映った紋様に、ロキは気付いた。けれど今は何も言わない。本来彼らの問題であるので。

プラムに報告をあげてから本格的に動き出すことになり、アレスは報告書を書き始めたのだった。


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