13-8
アルティの工房の調査が始まった。
アルティの工房の位置はおおよそ割れていたので、騎士団が軽く位置把握の為の調査と露払いをこなしてからの突入となっている。
ラックゼートとセトナも連れての参加で、プラムたちセネルティエ側の方が縮こまっていたが、エンシェントエルフで魔術に明るいアディ・プレッシェも調査隊に参加していたので、調査に大きな進行の遅れはない。
「ふむ」
ロキは学生に身分であるため、もっぱら邪魔にならないようにその辺を見て回っているだけだ。とはいえ、カミーリャと視覚と聴覚の共有に何とかこぎつけたので、それだけでも十分すぎる成果といえるだろうけれど。
『こちらカミーリャ、視界良好です』
「ん、特に眩暈や耳鳴りも無い。上手く行ったようでよかったよ」
『そうですね』
魔力の減りもそこまで早くないので、12時間くらいはぶっ通しで使っても大丈夫そうだった。
アルティの工房内部には様々な魔物の身体の一部やら沢山の本やらが所狭しと積み上げられており、興味をそそられる。アルティがここら辺に出現した魔物をある程度の強さに達したところで狩ってくれていたのだろう。教員から知らされていたこの付近の魔物の種類と一致する特徴の素材ばかりだった。
「……」
アルティは上位者だったという。調査の直前にデスカルに詳しく話を聞きたかったがそれはできなかったので、ここで何か見つけるしかないのだろう。アーノルドたちにも頼ってみたがめぼしい情報というか、大きな収穫と呼べる情報はリガルディアにもあまりなかった。
洞窟の中だというのに黴臭さも無く、湿り気も無い。書物の保存に水分は天敵なので、アルティは資料をよく見返す人だったのかもしれないと思いながら、ロキは近くの丸椅子に重ねられている中の一番上の本を手に取った。
和装本の体を為したその本は、どうやらアンデッドに関する研究所のようだ。幾つかの書物をアルティがまとめ直したもののようで、ロキが見知った本の記述もちらほらみられる。人間にとって有用な資料を魔物が研究しているのも皮肉な話だ。
ロキは持って行けるといいな、と思いつつ本の山を離れ、簡易的に作られた書棚に目をやる。ざっと見ただけでも魔術であれこれ弄った工房としての跡が見られ、アルティが比較的頻繁にここを利用していたらしいことが伺えた。
大人たちがあれやこれやとひっくり返しているのを横目に、ロキはカミーリャが見知った帝国由来のものがないかを探し回る。アルティが、伝わる御伽話に違わずアンデッド型の魔物を抑え込んでくれていたのだとしたら、今回の帝国側の暴挙は非難されうるものである。帝国側と現時点で断定しているのは、カドミラ教総本山が関わっていないことをジュードが証明したためだ。
(……正直、あのアルティが落ちたって、それだけで)
ロキは思う。あの時自分があの場に居なければ、アルティを失うことはなかった。行く、と言った自分のミスではないか?
アルティが自分を庇うようなことが無ければ、庇われるような状況にならなければ、自分が光属性に弱くなかったなら。
思考が悪い方にばかり行く。ロキはもともとそこまで暗いモノの考え方をしているとは思っていないのだが、今の状況はあまり良い材料がないので致し方ない。
どちらにせよ、いずれはきっとアルティはこのアヴリオスを離れることになっていただろう。なぜなら彼は上位者だからだ。無事帰りつけたならば、それはアルティが世界樹と交わした約束事を果たしたという事なのだろうし。
近場にあった本を手に取る。日記のようなメモ書き。目を通すと、上位者仲間とのやり取りの一部らしいことが伺えた。寂しくないか、と心配する仲間に煩いのが居なくて研究が捗っていると返した、なんて書いてあるものだから、アルティの上位者仲間は割と騒がしいことが予想される。
サタン、と読める名前も出てきて、どうやらアルティの属している上位者グループが悪魔系の名前を持っていることも伺えた。
(ベリアル)
――どうした、特異点。
(その呼び方止めろや。アルティってデスカルたちの所の上位者だったと記憶してるんだが、お前らの所のサタンとこのサタンは別物か?)
――つれねーな。まあ、アルティはウチのサタンとは関係ないな。このサタンはアルティの部族の長だ。名前がサタン。
ベリアルに確認を取ったらあっさり情報は開示される。サタン、という名前の上位者がちゃんと居るらしい。カミーリャと一緒に内心震えながらベリアルの話を聞いた。
(上位者のルールどうなってんだ)
――俺様出身が違うからなあ。デスカル殿の所は同じ出身だと干渉しないように保護されるみたいだけど、適用されてるルールそのものが違うんじゃねえの。
ロキの意識の片隅で爪を整えているベリアルの姿が見えるので、今は指先のお手入れ中なのだろう。身だしなみをきっちり整えているベリアルを思い出しつつ、ロキは小さく息を吐いた。
ベリアルの言う通り、上位者たちの居る世界ごとにアヴリオスと約束事を結んでいるようであるし、適応されている条件が異なっているというのは間違いではないかもしれない。
(ちなみに、このサタンって割とある名前なのか、それとも唯一無二?)
――あんまりない名前だとは思うけどな。でも俺様が知ってるのはそいつで2人目だ。
(割とありふれていそうな予感がしてきた)
隅っこでカミーリャの意識が震えている気がするが、今はおいておく。机の周辺を弄っていたら更にアルティの手記が出て来たのでぱらぱらとめくる。恐らくアヴリオスに降り立った初期の頃のものと思しき手記だった。
(アルティは死霊降霊魔術師というわけではなかったみたいだな)
――そうなんですか?
(やっぱり風の魔法使いだったみたいだ。身体が使える属性を調べた結果のメモが残ってる)
アルティ本人のメモなので何とも言い難い所はあるが、メモ通りなら、風が主属性で、他に火、氷、土の魔力が扱えたようである。闇属性、光属性は扱えなかったらしい。
――死霊降霊魔術師ではなかったというのなら、どうやって各地の屍たちを抑えていたんだろう?
(何かそういうことができる技術があるのか、術式があるのか、単に上位者と下位世界の者の力関係か……)
2人で考えながら手記を捲っていくと、その後のページに該当のメモが残っていた。ロキは苦笑を浮かべながら目を通す。
(“上位者であるためなのか、アストラル体であるからなのかは不明だが、やたらと屍族に絡まれる。アストラル体からの干渉に物理的な肉体を持った者は弱いので、直接命令を叩き込む。死臭がすごい、近寄りたくないな”だって)
――屍たちには、アルティが自分たちの上位種だと分かっていたってことでしょうか。
(恐らくそうだ。それでアルティの所に集まっていたのかもしれないな)
あれこれと他の資料を集めていくうちに、何となくこの当時アルティが置かれていた状況が読めてくる。
とりあえずロキとカミーリャで理解できたのは、アルティは元居た所から、転生のタイミングで転げ落ちたらしいことと、アルティはアヴリオスに来た時点でリッチだったこと、アヴリオスとの約束で、なんとも思っていなかった“浄化の光”が苦手になってしまったこと、部族の長であるサタンが人間の事を気に入っているので、屍に食われるだけの弱っちい人間を見捨てきれず、屍を固定するようになったことが書かれていた。
(この屍の固定、がアンデッドの封印で間違いなさそうだ)
――ってことは、完全にアルティの善意だったってことですか。
(そうなる)
これは厄介なことになった。どうやら今までの平穏は誰かさんの善意の上に成り立っていたらしい。その善意をくれていたアルティが居なくなった今、アンデッドたちとは長い付き合いをしていかないといけないのかもしれない。
ロキは小さく息を吐いた。口伝は正しかったし、アルティはやっぱり良い奴だった。
(恐らくだけれど、列強の後半のやつが人間に友好的だっていうのは、アルティが大きく関係しているかもしれない)
――そうなんですか?
(ああ、基本友好的だと言われているのは10席以降の列強だけれど、10席と11席は人間に追い立てられて離反した人たちだし、12席は蟲王子だし、13席は人間嫌いのエルフの王だし、14席は人間どうでもいい派のドラクルだし、半分近くが人間どうでもいいって言ってるんじゃ、友好的とは言えないだろ?)
――確かに。
明確に人間の味方をしてくれているのが、第4席リーヴァ、第7席ラックゼート、第18席エングライアくらいしか知らなかったロキは、前半の方が友好的では? とさえ思っていたくらいだ。だがここにアルティが加わることで、後半の方が人間に友好的、の意味が通じるようになった。
そしてこの予想は恐らく外れていない。ロキは妙な確信があった。
(カミーリャ)
――はい。
(帝国の方たちを止められなかった事にも責任はある。ゾンビ狩りを頑張るしかない)
――そう、ですね。ロキ君、無茶はしないでくださいね。
アーノルドが使えそうな情報は手に入った。そろそろロキに負担が大きいだろうと言って、カミーリャがリンクを切る。最後の方が思ったよりも魔力の消費が大きかったが、ロキにとっては好都合。深呼吸をして呼吸を落ち着けたロキは、その後しばらくプレッシェたちの様子を眺めていた。




