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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
セネルティエ王国留学編 2学期
369/376

13-6

ああ、来たんだね。


風に揺らいだ髪に気付いて声を掛けると、銀髪の少年が笑って近付いてきた。ロキ神の加護を与えられ、名を冠された人刃の子供である。この子供は、彼の言葉を理解している素振りを見せ、故に彼が最も可愛がったこの世界の住人でもあった。


「めむ」

「えっ、本当かい?」

「めむめむ」

「嬉しいとも! アルティ、アンタから風魔法を学べるなんて、これ以上なんてない。父上に自慢できるよ」


アストラル体の身体を持つ彼は、この子供が自分のテリトリーに入ってくることを、存外気に入っていた。黴臭く、光の差さない地下の匂いを、この子供も嫌わなかったし、この子供の抱える零落した女神が何よりこの匂いを好んでいた。


彼は魔術や魔法を研究している。アストラル体の身体を手に入れる前からずっと続けてきた事でもあり、下位世界に縛られたからといって、研究さえできれば満足な彼にとっては、あまりこれといった枷にはならなかった。


数百年を生きてきた彼ほどではないにしても、深い造詣を以て、この子供は彼の問答に応えた。


――まともに言葉が話せなくなったのは、いつからだっただろうか。


「めむめむも」

「お茶淹れてくれたのかい? ありがとう」


茶を淹れて、子供に与える。子供は香りを楽しんで、ふ、と笑う。アンデッドの淹れた茶を楽しめるその豪胆さを、気に入っていた。


「……アルティ」

「む」


名を呼ばれる。自分の名を知っている者はもう少ないのに、ちゃんと知っていてくれることがどれだけ嬉しい事か。


彼の名はアルティ。

上位者であった者だ。その遺骸は本来残らず、マナに解けて消え、もう一度生まれ直すはずだった。しかしこうして今、その遺骸はアストラル体としてアヴリオスで存在している。生身の肉体でなくなったのは事実で、最も呼び方として近しいものが“リッチ”であったからリッチと呼ばれることを拒否しなかっただけだ。


「めむめも」

「アンタの名前を誰から聞いたのかって? キルって子だ」

「めむみむめむ!」

「いやいや、上位者から聞かなきゃ知るわけないだろ!」


伝承が残っているとか、そんな話ではないらしい。残念、と彼――アルティは笑った。

リッチと呼ぶにはまともに顔が残っているアルティの事は、何と呼ぶのが正しいのかはわからない。けれど、今はとりあえず、リッチと呼ぶことにしておくのだ。


キルというのは、アルティと同じく上位者であり、より精霊に近しい存在である少年だ。いや、少年の姿をしているだけで、何千年生きているのかは聞かない方が良いだろう。


楽しげにきゃらきゃらと笑ったロキを、アルティは目を細めて見ていた。彼は間違いなく、この神子を慈しんでいた。


「……めむ」

「ん? はは、後悔はないよ?」


平和を享受するこの場所。アルティの居城たるリガルディア王国南方の古戦場近く、ファルフォティファルラ城。アルティが覚えているよりずっと子供っぽい喋り方をするこのロキの、辿った運命を、アルティは愛おしむ。


この世界線はもうじき終わるだろう。それはアルティにも分かる。

碧の髪の少年が、この世界の住人たちから、ロキ・フォンブラウという神輿を奪ったのだ。少年の行動に、意味はあったと、アルティは思う。


「いや、しかし、俺が冒険者になっただけでこれか、リガルディア以外政治制度見直した方が良いんじゃないの? はは」


ロキは、ぶらりと冒険者として旅をしている。それは、今よりはずっと幼かった頃に、碧の髪の少年が願ったことであり、もう居ない少年の、ロキへの願掛け。そして、それはきっと、ロキから碧の少年への手向けだ。


冒険者になることを、ロキの家族は反対しなかったらしい。どいつもこいつも、覚えてはいないくせに、知っているのだ。アルティは覚えているから、中途半端な彼らに苛立ったこともあったけれど、全部覚えていてレールを敷いたら、きっとロキはレールを爆破して蹴散らすぐらいのことはするだろう。ロキというのはそういう荒々しさのある子だった。


碧の少年が用意した、たった2、3日、家族全員の生命を懸けた箱庭の時間。

間違いなくロキにはその想いは届いていて、世界を背負うことを、ロキは止めたのだ。


――ちょっとくらい休んだって罰は当たらないよ! 英雄だって立ち止まることぐらいあるさ!


アルティは知っている。碧の少年は間違いなくロキを揺さぶる人物であって、碧の少年もまたロキに狂っていて。それはある種の友情を超えた何かだったのだと。


そして、今後二度と、碧の少年は戻らない。

ロキのために切符を、使ってしまったから。


彼が次会うとき何を失っているかはわからない。ロキへの対等な視点を失っていたら、きっとロキはもう彼に近付かないだろう。この子供は失ってばかりだ。


――英雄になりたいの? ああ、違うか。ロキは英雄譚が大好きだもんね! ああいう生き方に憧れてるんだね。それは良いと思うけど、ちゃんと休めよ! 腹が減っては戦はできぬ、って、言うんでしょ?


縛られながら、柵に囚われながら、大切なものを拾い集めながら、歩いていくこの子供を、アルティは守った。冒険者になるという彼の駆け込み寺に列強を指定したのは、ロキの父である、フォンブラウの紅狼アーノルドだった。


ちゃんと愛されているこの子供が、周りへの尊敬の念だけで世界を背負うことを、碧の少年が止めた。降ろされたその荷物は、全てを守ろうとする真っ直ぐすぎる人刃族の性質にはちょっとばかり難しく、取りこぼしまくって今に至るけれど。


誰かがたった1人で背負わなければ滅んでしまう世界なら、滅んでしまえ。


城の前が俄かに騒がしくなる。ああ、人間たちがやってきた。

人刃が混じっていないことを確認して、アルティはその力を揮う。ロキの大切なものが混じっていないなら、アルティには有象無象以外の何者でもないので。


『栄華を誇るは大いなる、樹の根の元の都なり。在る時都に闇走る。(こいねが)(いとま)無し。民ども立ち消ゆる事朝露の如し。是は在る都市の物語。≪荒廃都市(ルーインタウン)≫』


灰色の帳が下りる。ざわつく人間たちの悲鳴が聞こえた。少し耐性があるやつらが居たなと思いながら、アルティは眼下を見やる。騎士らしき鎧に身を包んだ人間たちが、突如として消えてしまった周りの人間たちの様子を探っていた。


「≪荒廃都市(ルーインタウン)≫か。本物を見るのは初めてだな」


ロキが笑う。そうだろう、とアルティは思う。今の今まで、この()()が放たれたことはない。同名の魔術が存在するので、其方は何度か使われているが。その被害者の1人が、この子供だ。


「めむ」

「はは、流石上位者、担当してる以外の属性も使えちゃうとはね」


アルティは基本的には風属性を得意としているが、上位世界で魔法使いなんてやっているのだ、全ての属性を過不足なく扱うことができる。それは勿論、アヴリオスに来てからも変わらない。アヴリオスの住人は、少しでも要素という名の適性を持っていなければ、全くその属性のマナが反応しないので、無関係の属性を扱うことはできなかった。魔力のまの字も掠らないのは、適性でマナへの干渉権を得ているからだとアルティは予想している。


「しかし、アルティに挑んできたってことは、アルティが何でアヴリオスに居るのか知らない奴ばっかりなんだろうな」

「めむ」


ロキが人間を憐れむ。アルティは世界樹アヴリオスに請われて、“神々の戦争(ティタノマキア)”によって生まれた多くの遺骸、その中でも冥界の縛りに引っかからなかった、所謂アンデッド型の魔物たちを抑え込むために呼ばれた、魔族型の上位者だ。転生のタイミングが重なったので、ちょっと出張した、という感覚だった。ここまで拗れるとは思っていなかったけれども。


「あ」

「め」


ぴし、と空に亀裂が入る。どうやらここまでのようだ。


「めむめも?」

「ああ、うん。大分心が軽くなったよ」


次のスイッチが押されたから、空にひびが入ったのだ。その事実を理解しているロキは静かに立ち上がった。

眼下に広がる戦場未満の名残を、一瞬にして何百年が過ぎ去ったそこを、ロキは見下ろす。


「アルティ」

「む?」

「俺、結構人間のこと嫌いかもしれない」

「めむー」


何を今更、とアルティは笑ってやった。ロキが自分の大切なものを奪っていく人間を好きなままでいられるはずも無いだろう。


何度挑んできたって、何度だって相手をしてやる。自分を倒すことで解放される爆弾の処理を、ロキにさせるつもりはないので、人間にせいぜい呪いを掛けてやろうと思ったアルティだった。


世界が白む。

どこかで、少女の声がした気がした。

箱庭を後にして

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