13-5
「ラックゼート、セトナ、話があるんだけど、時間ちょっといいかな?」
使用人棟にロキがやってきたのを、ラックゼートとセトナは珍しいものを見るような眼で迎え入れた。ちょこちょこ世話になっているのでそんなに珍しいわけじゃないはずだがとロキが内心思っていると、他の貴族子弟が使用人を呼びに来る方が多いので、自分たちの主人がやってきたのが珍しいのだとラックゼートが答えた。
「我らの主人はなかなか頼ってくれないからな」
「頑張るのは良いけど可愛げは無いわね」
セトナに本当の意味で可愛がられたら碌な事にならないので全力で遠慮したいロキである。
「それで、話というのは?」
「アルティの別荘を調査しに行きたいんだ。付き添いを頼みたい」
「あー、あのリッチ倒れたんだったわね」
流石列強、情報が早い。セトナもラックゼートも、アルティが【ターンアンデッド】で召されたことを知っていた。まあ、ロキが巻き込まれていたことも理由のひとつではあるだろうけれども。
「ヘル女神の権能そのままであったなら、そこまできつくはなかったのだろうが、彼女は零落しているからな。ロキにも強く影響が出たのだろう。ロキが気に負う事ではない。そもそも、彼は上位者だ。こちらに留まっていたことが奇跡と言えるさ」
ラックゼートの言葉にロキは小さく息を吐いた。自分でもそう考えるようにはしていたが、やはり他から声を掛けられると気持ちがずっと楽になる。あの場でアルティが庇ったのはロキだった。それでもロキはダメージを受けてしまった。帝国側ももう言い逃れはできない。ロキがダメージを負ったこと、アルティに庇われたことはロキからアーノルドに報告が上がっているし、セネルティエ側もリガルディアへ連絡は入れているので、アーノルドとジークフリートがどう料理するか次第だ。帝国側は確実にアヴソルートの舵取りが入るだろうが。
「……帝国側が戦争を望まないなら譲歩があるだろう。少なくとも、あと5年は開戦することはないと思うが」
「……ラックゼートがそう言うなら、そうなのかもしれないな」
ロキが薄く笑みを浮かべた。ラックゼートに今できるのは、少しでも言葉を掛けて、ロキを安心させることだけだ。ループの記憶に頼っているとまで行かずとも、ループの中で著しく開戦の確率が高いとなれば、戦争の心配をするのも当然と言えるだろう。
「……なあ、セトナ、ラックゼート」
「何?」
「なんだね?」
「お前ら、リガルディア側に居ていいのか。戦争のときってどっちかって言うと別勢力だろ」
ロキの言葉に、セトナとラックゼートが固まった。何を言い出すのだこの子供はと、呆けて、息を吐いて、瞑目した。天を仰いで、もう一度息を吐く。馬鹿だ、この子供はとっても馬鹿だ、愚か者だ。
「ロキ、そこは、俺を裏切るんじゃないぞ、とか、お前らもリガルディア側で参戦しろ、とか、そういうこと言うところでしょう」
「そうかい?」
「ああ、ロキ、君はそういうやつだったな、まったく」
ラックゼートはロキが来たので準備していたクッキーと自分たちのおやつ用だったマカロンをロキの方に押しやる。ロキがマカロンに手を伸ばしたのを見て、小さく息を吐く。不安がっているのだろうが、表情があまり読めない。何とか今回はあまり間違いではない受け取り方をできたようだが、これでは本当にロキが助けを求めているときに気付けるか不安になってくる。
(……とか思ってんだろうなぁ)
ラックゼートが勝手に頭を抱えているのを、ロキは薄く口元に笑みを浮かべて眺めていた。先日の魔道具による過去のロキからの干渉についてはセトナにも概要を伝えているが、そこでどんな話を聞いたか、何を見て来たのかを伝えたのはあのサロンに居たものだけになる。何ならカル以外には映像としては共有していない。
ロキに付けられる予定が立つ前から何かとロキに対して優しかったこの列強は、現在の神子の扱いに関していろいろと思うことがあるために行動しているようなので、ロキが色々と見ておかねばならないとか、アーノルドが目を光らせているとか、そんなことはない。
ロキは現状に満足しているし、ラックゼートとセトナには、純粋にゲームの時と陣営が違うなと思ったので問いかけただけなのだ。所属陣営によって彼らの主義主張が異なる可能性があるのと、抜けてしまうなら早めにアーノルドに知らせておきたいなと思っただけで。
まあ、ラックゼートが自分を心配してくれるとしたら。
(――それは、それで、悪くはねぇな)
セトナの方はラックゼートの思考も分かったうえでロキに近い考えなのかもしれない。ロキと目が合うと、肩をすくめて笑みを浮かべた。
「ラックゼート、貴方がロキのこと好きなのは嫌って程見せつけられてきたけれど、貴方がロキを守るんだったら、狂皇を守った方が良いんじゃないの」
「それは正直一理ある。知らない仲ではないし、戦場に出ることになればそれが一番いいかもしれないな」
自分にできる最善を、と呟いたラックゼートに、何に対する最善なのやら、とロキとセトナが同時に呟く。
「……随分と意地の悪い質問だね?」
「気になるのよ」
「何となくね」
「……ロキほどの神子の扱いは、神霊が見ている。下手は打てない」
なるほどね、と、ラックゼートの個人的な優しさじゃないのか、とロキが笑顔で言うと、ラックゼートが赤くなった。
「分かっていて言うんじゃない!」
「ラックゼート理屈っぽーい」
「理論的な理由付けより感情的な理由付けの方が嬉しいんだが?」
ラックゼートにセトナとロキが言葉を返す。ラックゼートが色々と理論武装しているのは、今に始まったことではない。少なくとも、ロキの前でこんな風に、使用人たちから、理屈っぽいと言われるのは初めてではないのだ。
口に出すのは憚られる、というより恥ずかしいのだろう。ラックゼートがループ中に何を経験したかロキは知らないので、特に何か口を出すことも無く、ただその時その時ラックゼートが寄越す言葉を拾って受け取っている。深読みはしない方が良いと、慟哭騎士を見ていて思ったのだ。
「さて。アルティの所の調査に行くんだったら、いろいろと持って行かないといけないものがあるぞ」
「そうなの?」
「アンデッド型の魔物が抑え込まれていた分狂暴化している可能性が高いからな。気を引くための物と、対アンデッド用の光属性の魔力を込めた魔石を準備せねばならないぞ。調査に赴く中に人間が混じっていると、確実に襲われるからな」
セトナとラックゼートの言葉で、準備するべきものは分かったが、ロキはこれは自分が用意するものではないと悟った。セトナがあら、と首を傾げた。
「帝国の坊やは行かないの?」
「カミーリャは、行かないよ。ことを大きくするのは得策ではないということで。念話使って情報を貰うつもりだ」
「ならロキ様は特段準備するものはないですね。食料ぐらい?」
「そうだね」
準備物は全て我々がやっておきます、とセトナとラックゼートが席を立つ。ロキはじゃあ頼むよと2人の準備の全てを任せて、クッキーとマカロンの余りを包んでもらって、部屋へと戻っていった。
♢
アルティという名の列強。彼は、リッチと通称される強大なアンデッド型の魔物であった。顔があまり見えない目深に被ったフードの付いたローブが特徴的で、灰緑のそれは彼の特に気に入った衣装であったと、ロキは記憶している。
(彼は上位者だった。ループの件も覚えていたんじゃないだろうか)
何を言っているかも理解できず、ただ心配はしてくれていたらしいアルティの事を考える。自室に戻ってきてから、ふと、上位者であればデスカルと面識があったのではなかろうかと思い立ち、デスカルに呼びかけた。
『デスカル、上位者について聞きたいんだけど』
『誰についてだ。条件によっちゃ答えらんねーぞ』
デスカルが簡潔にロキに応えてきた。ロキも手短に用件を済ませるため率直に返答する。
『アルティだ』
『答えられない』
デスカルは間髪入れずにそう言った。ロキは眉根を寄せる。世界樹でも関わっているのだろうか。上位者であるというなら、アヴリオスに干渉権限を持った時点で何か契約やら約束事やらがあってもおかしくはないと思い至った。
『理由は?』
『アルティが上位者だから、世界樹と結んでる契約は本人にしかどうこうできない』
『同格のやつのは弄れないってことかい?』
『いや、同格ならもしかするといけるかもだけどな、格下だったり格上だったりすると保護で弾かれんだよ。アルティは俺より下だから弾かれるぞ』
契約の類のものは扱いに注意しなければならない。デスカルが口答えしてきた時点で、ロキは無理にやってくれと頼む気はなかった。
『そっか。ならいい。アルティについてお前が教えられない理由は、世界樹が隠すように約束を取り付けてるからってことだね?』
『正確には、アルティのとこにこれから乗り込むなら調べてから来いって感じだな』
虎穴に入らずんば虎子を得ず。アルティについての予備知識が欲しかったロキだったが、上位者からの情報は期待できそうにない。時間がないがアルティについて少し調べてみることにした。
『もういいんか』
『ああ。邪魔したね』
『別に、暇だったしな』
デスカルは今近場のギルドで魔物狩りの依頼を受けて活動しているらしい。資金稼ぎと、情報集めを兼ねての事らしいので、ロキはデスカルの行動に口を出したことはなかった。
図書館に行こうかな、と思うけれど、何となく動きたくなくて、ロキはソファに沈んだ。
(……疲れてるんかな)
ぼんやりと霞がかってきた思考に、そんなことを思う。最近結構休んでたんだけどな。
これ以上眠気に抗うのは無理だと判断して、ロキは目を閉じた。




