13-1
遅くなりました……
金色蝶には友達がいる。それは、このセネルティエで出会った、最も輝かしく、最も毒に近い何かを持った女。少女と呼ぶには成熟していて、女性というにはまだちょっと幼い、成人可能年齢に達している、女の子。
「フレイヤ、貴女がくれたお菓子、とっても美味しかったわ。流石ね」
「ふふ、女の子が喜ぶことで私が知らないことなんて、何にも無いわ」
夕焼けのようなグラデーションの髪を編み込み、珍しく簪で留めている彼女は、フレイヤ・サディ。吸血鬼とドライアドの国にはおよそ似つかわしくない、豊穣の女神の加護を持った人物であり、何より色々と――恋愛観がぶっ飛んでいる子だった。
「そういえばおすすめしてくれたクッキー、あれ濃い目のお茶に合うわね」
「そうでしょう? 私もあれ大好きなの」
今は女子同士で楽しくおすすめしたお茶とクッキーの組み合わせの話をしているようだが、彼女は、多くの男子生徒を引っ掛けることで有名な加護持ちだ。フレイヤ女神の加護は、基本的に豊穣神の性格が強いため、貞操観念が驚くほどに緩い。
金色蝶にとってはこの上なく話しやすい友人なのだが。
「ねえ金色蝶、この後お茶しに行かない?」
「あら、いいわね」
金色蝶は国の発展のためにセネルティエ王国の内情を探ったりした街を見て回ったりしていることが多いのだが、フレイヤの誘いは珍しい。店のチョイスは一級品ばかり選んで来るので、誘われたら金色蝶は大体参加するようにしている。
「殿下、今日は行けませんよ」
「あら」
「何か予定があったかしら」
アカネの言葉に金色蝶は今日入っている予定を思い返す。少し考えたら、思い出した。
「ああ、今日は中等部の子たちの所に誘われたんだったわ」
「あら、先約?」
「ええ。また今度誘ってくださる?」
「んー……」
フレイヤは少し考え始める。どこかの店を予約していたとかそういう状態ではないようで少し金色蝶は安心した。
「ねえ、誰の所へ行くのか教えて?」
フレイヤの言葉に金色蝶は素直に答えることにする。
「プラム殿下と、リガルディアのカル第2王子殿下よ。付き添いの子たちもいるかもしれないけれど」
正確には皆でわちゃわちゃとお茶を楽しもう位の誘いであったし、サロンの主催者はプラムたちではなくアテナの方なのだが、ちょっと忙しかったのですっぽかす所だった。あぶない、と思いつつどう冗談に変えようかと考え始めたところで、フレイヤが口を開いた。
「うん、ねえ、それ私も行きたいわ!」
「うん……へ?」
金色蝶は目を見開く。これはどうやら自分がこの子を紹介しないといけなさそうだ。まあ、大丈夫だろう。先に伝えておいた方が良いので、アカネに頼んでアテナの所へ行ってもらった。
♢
茶会に参加するメンバーは、主催のアテナ、兄アレス、主たるプラム、リガルディア側の王子カル、公爵令息ロキ、帝国貴族カミーリャの6人の中等部生徒と、金色蝶、アルテミスの2人だったのだが、ここにフレイヤを入れることになり、少しばかり調整を迫られたアテナ。流石に国内の貴族令嬢たちはある程度把握しているようで、アテナはフレイヤの参加を伝えても狼狽えることなく対応してくれた。
茶会用に制服でやってきた金色蝶たちと違って、フレイヤの服装に目を見開いたのはアテナとプラムだった。
「ふ、フレイヤ先輩!?」
「制服で来てくださいよ!」
「あらぁ。私が何を着ていても、いいでしょう?」
椅子に座ったフレイヤ。その服装は、昼用の落ち着いたドレスではあったのだが、それよりも、固まってしまった男が1人。
「はじめまして、リガルディアの方々」
「ああ、はじめまして。カル・ハード・リガルディアだ」
フレイヤの挨拶にちゃんと返せたのはカルだけで、ロキは固まってしまっていた。プラムたちの方が驚いたようで、目を見開いているロキを気遣う姿を見せる。
「ロキ様?」
「あ……いえ、何でもありません」
ロキは少しばかり硬い表情で席に着いた。そんなに硬くならないでくださいな、とフレイヤが声を掛けると、ロキは苦笑を浮かべる。
「初めまして、ロキ・フォンブラウと申します」
「初めまして、フレイヤ・サディと申します。私に見惚れてしまわれたかしら?」
自己紹介もそこそこにフレイヤがロキにちょっかいを掛けに行く。ロキは苦笑を浮かべたまま肩をすくめた。
「あら、はっきりとは言ってくださらないのね?」
「どう言葉を返したものか悩んでおります」
とりあえず全員が席に着くと、アテナが早速用意した茶と茶菓子を提供し、茶会の主役たる少女たちが他愛もない会話を始めた。
「あら、これ私が行ったお店のお菓子よね」
「はい、金色蝶殿下が気に入ってくださったようだったので、取り寄せました」
「この大きいマカロン、気になってたのよ。嬉しいわ」
転生者絡んでんだなこの店、と小さくロキが呟いたのを聞いたカルがぎょっとする。なんでわかるの、と念話でロキに尋ねれば、転生前の世界にもあったけれど、比較的新しいお菓子だったと返ってくる。というか、そんなボロを何も知らないはずのレディがいる場所で出さないで欲しいものである。ロキが相当動揺していることが分かるというものだ。
大きなマカロン、もといトゥンカロンと呼ぶべきそれを手に取ったアルテミスがかぶりつく。マカロンは一口サイズのものが多いが、これはちょっとした1人分ケーキくらいのサイズがあるので、噛み付くほかない。
「美味しいです」
「こっちはブルーベリーのクリームかしら」
「後味がさっぱりしてますね」
「見た目も可愛いわ。金色蝶殿下、アテナ様、後でお店の場所教えてくださる?」
アレスが普通のマカロンに手を伸ばしたのを見て、こいつあんまり甘いの得意じゃないんだなと思うカルだった。
「ああ、そういえば。カル殿下とロキ様は何で固まっちゃってたのか聞いてもいいかしら?」
しばらく喋って落ち着いたところで、金色蝶がカルとロキをつつく。カルはロキを見やる。ロキはそれに気付いて、小さく頷いた。
「あー……実はですね。俺の兄に、フレイヤ嬢がそっくりだったもので、驚いてしまったのです」
「あら、そうなの?」
「ええ、もうそっくりですよ。髪の色とか、髪質とか、好みの色とか」
ロキが口を開く。フレイヤの方は少し考えながらロキを見つめているようで、カルはフレイヤ女神の神話を思い出しながら、いざとなったらロキを守らねばと身構えた。
フレイヤ女神とロキ神の間には色事関係の記事がある。この2柱は決して仲が悪いわけではない。
「でもあまり、乙女の秘密はおいそれと暴くものではないでしょう。なので下手な憶測を呼ぶことは言わないでおこうと思ったのですよ」
「そうだったのね。フレイヤ、気分を害したかしら?」
「いいえ。生みの親に聞きたいことが増えたくらいよ。私の生い立ちは別に、隠すべきものでもないし」
フレイヤ女神は気分屋だが、フレイヤという目の前の令嬢はかなり寛容なようだ。命拾いした気分である。
「どうせなら、もう少しお話を伺っても?」
アテナが口を開く。サディ家は子爵家らしく、公爵家ともなると怖くはないのだろう。フレイヤは頷いた。少しだけ私の身の上話に付き合ってくださいな、と男性陣に微笑んで言った後、語り始めた。
♢
「私の生まれはセネルティエではないわ。父に連れられて、遠縁の親戚の家に預けられたの」
フレイヤが覚えているのは、父が自分と同じ赤い髪であることと、双子の兄がいたことである。預けられたとは言っているが、養子としてセネルティエ王国に居ついているので、実家に帰るかどうかはまだわからない。
「実家はどこなのかわかりますか?」
「帝国ではないけれど、どこなのかは知らないわ。セネルティエの訛りじゃないから、別の国だと思うけど」
とはいえ、今目の前に自分と似た兄がいると語った少年が居るのだ、間違いなくリガルディアだったのだろう。
「ねえロキ様、あなたのお父上は赤い髪かしら?」
「ええ、炎のような美しい赤い髪です」
ロキが色を答える時は随分とロマンチックに例えるものだ。父のことを少しでも話させると瞳がキラキラと輝くので、相当父親のことを好ましく思っているのだろう。人刃族は、見慣れると分かりやすい。
「ロキ様はお父上のことが本当にお好きなんですね」
「……そんなにわかりやすかったですか?」
「人を見るのは好きですの」
フレイヤの言葉にロキは苦笑する。フレイヤがロキの父を自分の父の可能性があると思って話をしていることにロキも気付いているようである。
「それに、父はいずれ迎えに来ると言っていたわ。なんでも、妹と私の相性が良くなさそうだからって」
「!」
ロキは少し目を見開く。フレイヤ女神と相性の悪い加護持ちが生まれそう、という意味に違いない。ロキの中では何かが解決したようだった。
「フレイヤ嬢。多分、というか、姉上ですよね?」
「あら、本当にそんなに私と貴方のお兄様は似てるの?」
「ええ、そっくりですよ」
フレイヤがカルの方をちらと見やると、小さく頷き返してくる。フレイヤはロキに視線を戻した。
「じゃあ、私が父から聞いた妹は、貴方なのかしら?」
「多分俺です……」
ロキの言葉に金色蝶がぎょっとしたようだったが、ロキがカルに目配せして指を鳴らすと、ロキの姿が少女に変わる。
「まあ!」
「あら!」
ひまわり祭の時にテンションの上がったロキが姿を見せてはいたが、アレスが分かりやすくキョドり始めたのでロキはくすっと笑う。
アレスを弄るのは後回しにして、ロキはフレイヤに視線を戻した。
「生まれた時はこちらの姿でした。ただ、諸事情ありまして、男に転じることと相成りました」
「精神的にはどちらなの?」
「男が主人格でございます。今は、そうですね、演じている感じです。男が女を演じているような」
ロキの言葉に目を細めたのは金色蝶で、アルテミスとアカネは珍しいものを見る目でロキを見ている。男のロキは概ね長さを揃えた程度の前髪にしていたが、女のロキは前髪をぱっつんにして整えており、ストレートの髪を背中に流しているだけだった。男子の制服のままでも女子であることが分かるくらいに胸部が膨らんでいる。
「……可愛い」
「アテナ、駄目よ」
「分かっています……」
ひっそりとアテナとプラムの間で交わされた言葉は幸いアレス以外には拾われなかったようだ。
「フレイヤ様の生家のご家族って、どんな方がいたんですか?」
「うーん、さっき言ったとおり、双子の兄とお父様しか覚えていないわ。お父様は最初の数年はしょっちゅう様子を見に来てくださっていたから。ああでも、別に兄と妹がいたわね」
フレイヤの言葉通りなら、家族構成的にはロキの家に合致している。
「私には、お父様と、お母様と、異母兄、その母、お兄様、お姉様、弟、異母妹の8人の家族がおります。フレイヤ様がもしお兄様の双子であると仰るのなら、間違いなく件の妹は私めですわ」
ロキの言葉にフレイヤは小さく笑みを浮かべる。
「あなたのお兄様のお名前を伺ってもいいかしら」
「……ユングヴィ・フレイです」
「ああ、やっぱりそうなのね」
フレイヤは柔らかく微笑んだ。
「私の双子の兄の名前と、一緒ね」




