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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
セネルティエ留学編 夏休み
361/376

12-31

浅慮なる子供、子供の考え故に。大目に見てあげて

魔術での戦闘が、人間の目にどう見えているのかを、ロキ・フォンブラウは知らない。ただ、自分の目に、引き寄せられていくマナが見えたから、追いかけた、ただそれだけ。


「アキレス、担げ」

「きゃ」

「うおっ!?」


当初の予定に比べて行き当たりばったりに動き出して、ゴール地点へ少しでも近付くためにゆったりと帰路についていたアキレス班。ロキの視線が森の奥へ向き、サンダーソニアがアキレスの方に軽く投げられた。アキレスはサンダーソニアを受け止める。


「カル、カミーリャを担げ。ナージャ、走れるね?」

「分かった」

「人刃には劣りますけど!」


カルがカミーリャに手を貸す。カミーリャは何となくロキの性格が掴めてきているのだろう、「失礼します」と一言声を掛けて、カルに背負ってもらう。


「急にどうしたんだよ」

「嫌な予感」

「え゛っ」


アキレスはロキの言葉に小さく呻いた後、目を見開いた。


ぶるりと身震いする。この感覚を知っている、そんな目。


「――」


微かな声がした気がする。アキレスは走り出した。


直後、後方で薄い金属を打ち鳴らしたような高音が響き、魔術戦特有の、マナの集束と乖離が断続的に起き始める。


「あ……れすっ……!」

「喋んなソニア、舌噛むぞ!」


アキレスは一目散に駆ける。あそこに居てはいけない。ソニアを逃がさなければならない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()


森の木々はアキレスの走りの邪魔をしない。邪魔にはならない、程度のものではあるが。むしろソニアを守ってくれるいい目印だろう。常人であるサンダーソニアの身体能力では、否、身体機能では、アキレスの音速を越える速度には耐えられない。


他の班の生徒たちが慌てて集合場所へ走るのを追い抜いて、アキレスはネメシスの元に真っ先に駆け戻った。



「アキレス速えなあ」

「ロキ、言ってる場合か? これ魔術戦だろう?」

「ああ、様子を見てくる」

「ロキ君、流石にそれは危ないです」


サンダーソニアを担いだアキレスが走り去った後、出遅れたナージャ、カル、カミーリャ、ロキは振り返って飛び交い始めた魔術を眺めていた。


「カミーリャ、ロキは言い出すと聞かない。一緒に見に行くくらいしないとな」

「えっと、担がれている身で申し訳ないんですが、それでしたらご一緒しても?」

「お前らはよ走らんかい」

「うわぁ~眼福ですぅ~」


マイペースが過ぎる。特にナージャ。ロキは軽く首を傾げて、小さく息を吐いた。


「記録してくか?」

「生徒が居る場所で戦闘行為など、条約違反だろうにね」

「国内の兵ならありえますし、赤華騎士かもしれませんよ?」

「……なるほど?」


流石にカミーリャを一度下ろして、4人で魔術戦が始まった方へ向かう。ロキが4人分【静音(サイレント)】と【嗅覚断ち(スニーク)】を掛けると、ロキが先行して人影が見えるところまで早足で向かった。


山に近付いて行っている。ロキは4人を【念話(テル)】で繋いだ。


『アルティ陣営とやり合っているかもしれないな』

『本当にそうなら、結構ヤバくないですか?』

『どこがやってるんですかね』


息をひそめて木陰から様子を窺う。もう少し近付きたい、というカミーリャに合わせて、ロキが【無影(インビジブル)】を掛ける。互いの姿は見えなくなり、しかしカミーリャと共に様子を見に前に出たロキが、カミーリャの手を掴んでいた。


『バレないものなんですね』

『撃ち合ってるからな。探知に重きを置く奴が出てきたら即バレだ』


これ以上近付くのは危険だと判断して、カミーリャとロキは人影の様子を窺う。片方は1人、もう片方は複数人で魔術を撃ち合っていた。


『あのローブは、帝国魔術師団!?』

『なんだと?』


カミーリャの驚きが念話に乗って伝わってくる。ロキは目を凝らし、魔術を撃っている人影の着ている服にある帝国由来の刺繍を見て取った。


『……そうか、あれが帝国魔術師団のローブか』

『はい……あの、あれは? あの、向こうの魔術師風の眼鏡の人は……』


ナージャの言葉にロキは帝国魔術師団を迎撃する魔術師を見やった。

兎ちっくな長い垂れた装飾のあるフードのついたローブを着込んだ半霊体のアンデッド。顔色が悪い青年魔術師にも見える。


『アルティだな』

『あれがアルティですか』


何と言っているのか全く分からない、とカミーリャが心の中で呟くのが聞こえる。奇声を上げているようにしか聞こえないが、それに合わせて魔法が発動しているので間違いなく詠唱しているのだろう。


列強第15席『不朽の(アンデッド)探究者(サーチャー)』アルティ。リッチであり、魔法使いとしてはかなり極まった部類に入る人物であり、使用言語が全く違うのか常人にその言葉を訳することはついぞ叶っていない。

ロキは何となく言っていることが分かるので、どちらかというと何らかの関係で制約がかかり言語統制を受けているだけではないかというのが正直な感想である。シグマも言語に関する制約がかかっていた。こうしてみると人間には生き辛そうな世界だ。


『圧が凄まじいですね』

『列強の席次は低い方だけど、単純な魔法の威力だけなら列強で一番強いくらいだよ』

『そうなんですか……』


カミーリャが唇を嚙む。次期領主として育てられているカミーリャからすれば、目の前で戦っているのは魔物と自国の兵である。どちらの味方をしたいかなど手に取るようにわかって、ロキは小さく息を吐いた。


『君を言い包めるのは簡単だ。でもそれだと君は後悔するのかもしれない』

『なんですか?』

『君を説得はしない。けれど、君が出て行った場合とこのまま帰る場合で考えられる結果とリスクを伝えておこうと思うよ』


目の前の撃ち合いはさらに激化し、森に火が燃え移った。ロキが耳を塞ぐ。


『ロキ君!?』

『ドライアドが焼けたみたいだ……断末魔がいくつか聞こえる』


自分には聞こえない声があるのは分かっている。けれど。

なら余計に目の前の自国民を助けたいと思うのは悪い事なのだろうか?

カミーリャには聞こえない悲鳴を聞き痛みを訴えるような表情になったロキを見て、思う。


『……カミーリャ、君がこのまま俺たちと一緒に帰れば、彼らが死ぬかもしれない。アルティは容赦はしない』

『……はい』

『そして、君がこのまま出て行けば、彼らは罰を逃れられなくなる』

『!?』


カミーリャは瞬時に考えた。そして理解する。

ああもしかして、ここは、まだ。


『どうする、出て行けば確実に帝国とセネルティエ王国が揉めるよ。辺境伯は軽い爵位じゃないぜ、カミーリャ辺境伯令息キョウシロウ』

『ッ』


爆発音がする。ロキが痛みに耐えるように片目を瞑った。カミーリャは考えてみる。冷静でいられていないのは百も承知だが、それでも。


『……それでも、今目の前の命を見捨てたくありません。政治は後からどうとでもなる。――目の前のものすら守れなくて、何が貴族か』

『……了解だ。なら、俺たちはあの魔術師団の制服のことは全く知らない、セネルティエ王国のどっかの兵士だと思った、これでいいな?』

『……ロキ君、君が巻き込まれる必要はありませんよ』

『ハッ! 水臭いじゃないか。それにな、怪我しなきゃ俺がそこに居た証拠になどならんのさ!』


ロキの振りかざしたトンデモ理論にカミーリャは苦笑した。


『カル、リガルディアの保身は任せた。セネルティエに有利に動いてくれて構わんぜ』

『マジで行く気かお前! 怪我したら帝国に殴りこむのお前の御両親だからな!!』

『分かってる!』


ロキがカミーリャと自分の分だけ隠蔽を解いた。2人の方に振り向いた魔術師がいる。アルティの冷気を纏う視線が突き刺さる。


「カミーリャ、俺はアルティに攻撃はしないからな!」

「分かりました、ありがとう!」


アルティの魔法をロキが打ち消す。カミーリャはポケットに突っ込んでいた家紋入りのハンカチーフを魔術師団に見せて、動きを止める。


「止まれ!」

「セネルティエの学生が一体何の――」


カミーリャが目の前に来た術師は家紋を見て驚愕したようだが、周辺はそうはいかない。次の魔術を発動させるべく杖を構え、ロキが術師たちの動きを止めるために氷の魔術で足元を凍らせた。


「どうした!」

「隊長! カミーリャ卿の御子息です!」


ロキの姿もちゃんと捕捉したようで、両者の動きはぴたりと止まる。指揮官と思しき男は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「カミーリャ家御子息キョウシロウ殿とお見受けするが、誰の許可があってここに?」

「許可など必要でしょうか? 列強と自国民が戦っているのが見えたら、止めるのが普通ではありませんか?」

「……独断ですか」

「……それがどうかしましたか?」

「……いえ」


男は目を瞑り、杖を高く掲げた。


「我々は皇帝陛下の命を受け、臣民に害をなすアンデッドモンスターの頭であるアルティを討伐に参りました。貴方がどうこうできる問題ではございません」


男はちらりとロキを見やった。


「まして、あちらの少年は、リガルディア王国の貴族子弟とお見受けする。子供である貴方が、我々に命令権を持っているわけではありません。彼が国境を越えれば戦争でしたよ」

「!?」


カミーリャは一瞬混乱する。そう。この森が何となく国境になっているだけで、明確に緯度経度で国境線がはっきり分けられているわけではないこの時代、主張の声が大きい方が本当になってしまう。ロキがあまりカミーリャの傍に来ないのもそれが理由だろう。ロキは、説得はしないと言っていたが、本当は来たくなかったのだ。自分が、ロキを伴っていなければ、この戦闘はそもそもこのまま続いたであろうことに思い至る。事故で死んだことにすら、なったやも知れない。それに気付いたカミーリャは慌てた。


「しかし、ここはまだセネルティエ王国のはずです! 不法入国になりますよ! まして、貴方がたがここにいると分かれば戦争は避けられない!」

「帝国が()()()()()小国に敗北するとお思いですか?」

「――」


引く気も無いし事故ですらない、分かっていてやっている、というかこれもしかして、戦争のためにやっている――?


カミーリャがそこまで考えた時、空から金色の光が降ってきた。


「カミーリャ辺境伯子息、邪魔しないでいただきたい。私共は、帝国民のために戦っているのです!!」

「隊長、行けます!」

「術式構築完了しました!」


男たちの声と、次の瞬間刺すような悲鳴が上がった。


「ロキ、逃げろ――!!」

「めむ――!!」


ロキは術式を認識したようで、目を見開いて、ハルバードを掴み取る。


「リガルディアの王族だ!」

「ええい、まとめてくたばるがいい、アンデッドも吸血鬼も人刃も一緒だ!! 【ターンアンデッド】!!」

「「「【ターンアンデッド】」」」


術式が発動し、金色の光にアルティが包まれる。カミーリャもロキも、カルとナージャがいたところも包まれてしまった。カミーリャはその光に温もりさえ覚えたのに、ハルバードを構えていたロキはハルバードを盾にしつつ火傷に喘いだ。


「あ”ッああああぁぁぁぁあアア!!」


ロキ・フォンブラウ、フォンブラウ公爵家第5子。彼の明確に存在する弱点は2つある。

一つは、その防御力の低さ。

もう一つは、光属性に対する異常なまでの耐性の低さである。


「ロキ君!」

「――」


悲鳴こそ何とか嚙み殺したようだが、喋ることも出来ないらしく、肩で息をしながらも、それでもカミーリャに笑みを向けた。酷く脂汗をかいているのが、魔力の属性が合わないからだと理解した瞬間、カミーリャはロキを抱えて光の外へ走り出す。


「やった!」

「アルティの身体が崩れていくぞ!」


カミーリャは振り返った。ロキの方に向けられていたらしいその手には、いくつもの術式が構築されており、ロキに視線を戻すと、いくつかの術式がぼろぼろと崩れ去る。

アルティに視線を戻せば、ローブのフードが取れて、頭に角がついているのが見えた。金色の光に包まれて消えていく。


「アルティ……」


ロキがアルティの方を見る。めむ、と何を言っているかよくわからない言葉で答えたアルティは、そのまましゅわしゅわと光の泡に変わって消えていった。


「……カミーリャ、やってくれたな、お前」

「っ……」


戻ってきたカミーリャにカルが苦虫を噛み潰したような表情をしている。隊長と呼ばれていた男が口を開く。


「申し訳ございません、リガルディアと事を構えることはしたくありません」

「名乗りもしないで何を言うか。この場で貴殿ら全員焼き払ったところでこちらは痛くもかゆくもないのだぞ。我らの公爵令息に怪我を負わせた罪、どうやって償ってもらおうか」

「治します」

「黙れ、人刃を蔑ろにする国の者の魔術など信用できん」


早まった、と隊長が呟くのが聞こえた。ロキがカミーリャの腕から起き上がって、カルの傍へ向かう。


「……しくじった、悪い」

「大馬鹿者!! ロキ神の加護はただでさえ光属性に弱いんだぞ!! ヘル女神の親として権能の大半を持っているお前なら、ターンアンデッドなど喰らったらどうなるかわかっていただろう!!」

「いやあァ、……アルティがいなくなるのは避けたかったんだけどなァ? どっちもしくじっちゃったぜごめんなァ??」

「反省の色がまっっっったく見えないんだが!? 俺たちがセネルティエに干渉できるわけじゃないのに何やらかしてくれてんだこいつ!?」


カミーリャは、隊長を見て、ロキを見る。へらへらしているが、カルが治癒魔術を使っている所を見ると、そこまで復活しているわけでもないらしい。


「……隊長殿」

「はい、なんでしょう」

「今回の件、正式に父上にお伝えさせていただきます。俺はアルティが貴方がたを殺すかもしれないと思ったから介入しました。……その代償が、友人を傷付けられ、あまつさえ戦争の火種を2つも3つも落とすなどと。留学生である俺には何の力もありませんが、貴方がたが追って受けることになる罰に、その罪を、俺は隠したくありません。皇室に正式に抗議させていただきます」

「……!!」


隊長が目を見開いた。カルも、だ。


「な、そんな力を辺境伯が持っているなどと……!?」

「――これ以上話しても時間の無駄です。さっさと国へお帰りなさい。カル殿下、ロキ様、俺の我儘に付き合っていただき申し訳ございません。戻りましょう」



カミーリャは帰路で泣きじゃくった。何も守れなかったことも、ロキが怪我をしてしまったことも、自国の国民が近隣の国を見下した発言をしたことも。何もかもが、悲しかった。


後日、事情聴取が行われたが、カミーリャはそこまで深く突っ込まれることはなかった。あの部隊の者たちが保身のために情報を制限した可能性が高いと思いながら、父親に向けて手紙を認める。セネルティエ王国の事情を優先する形で国際会議が開かれることになったのは、その3ヶ月後の事であった。


ちょっと補足を。

中学生くらいって国のことしっかり考えられるかっていうとどうかと思うし、そもそも自分たちの近くで砲撃なんてあってたらあんまり冷静な考えには至らない気がする。カミーリャ君はただ、列強であるアルティに人間が殺されないように攻撃をやめさせようとしただけです。

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