12-23
「ロキ」
「主」
ゼロとタウアが紙を持って仲良く部屋に入ってきた。一緒に勉強をしていたロキとカミーリャが一旦顔を上げる。結構いい時間勉強していたようなので、休憩も兼ねてゼロとタウアの報告を聞くことにした。
「ゼロ、休憩にする。報告はそこで聞こう」
「タウア、こちらも休憩だ。支度を」
「「畏まりました」」
2人とも一礼して一旦部屋を出て行く。現在寮室は簡易冷却魔法陣の組み込まれた魔道具が配布され、涼しく過ごすことができる。ロキとカミーリャは鉱物学についての勉強をしていたようで、図書館から借りてきたらしい魔術によく使用される鉱物の一覧や鉱物の図説などをテーブルに広げていた。
本を一旦横に置いて、ゼロとタウアが準備した茶と茶菓子を頂く。ロキが昨日仕込んだものがあるので、今日はアイスチョコケーキである。ゼロが冷やした皿に盛ったケーキを運んできた。
「これは?」
「アイスケーキです。お口に合うかはちょっとわかりませんが」
「アイスはかろうじてわかりますが……アイスで作ったケーキですか? いただきます」
体温で溶けていくケーキを不思議そうにカミーリャは眺める。ホールで作ったので、ゼロとタウアが食べる分もあった。とはいえタウアはどうだろう、とロキは思ってはいる。タウアは基本あまり甘いものが好きではないようなので、チョコレートを使った今回のケーキがダメなら、コーヒーゼリーでも作るべきだと思うのだ。
「感想があれば言ってくれるとありがたい」
「ん……」
カミーリャは一口ずつゆっくり味わって食べ始めた。チョコレートの原料とその産地を見つけたのは良いが、砂糖を生産する土地が無い、とイナンナが萎れている所に出くわし、砂糖ならフォンブラウが魔物産のものを蟻にくれてやるほど持っているので一緒にやりませんかと話を持ち掛けたのが5日ほど前。アーノルドに連絡を取って砂糖を送ってくれと頼んだら、10キロ袋詰めを3袋荷物として【転送】で送り込んできたのが3日前。イナンナに原料を学校に持ち込んでもらって一緒にチョコレートづくりに勤しんだのが一昨日。暑いからアイスケーキ作ってやるとロキが家庭科室を占拠したのが昨日のことである。
ソルとイナンナとロキの3人で作ったのは、ソルが転生前、割と手作りのお菓子にはまっていたのを思い出したからである。材料さえ揃えれば、ソルが選別して使ってくれるのだ。ロキはその技術をありがたく盗ませてもらえる。
「……美味しいです」
カミーリャはほう、と息を吐いた。ちろっと舌が見えたので珍しいこともあるもんだとロキは微笑ましいものを見る目でカミーリャを見てしまった。
「あんまり甘さがくどくなくて。それに、底のこれ、クッキーですか?」
「ええ」
「食感のアクセントになってて面白いですね」
ちらっとタウアを見ると、眉根を寄せていた。ああこりゃ甘すぎたかなとロキは苦笑する。
「タウアは甘いの苦手なので……」
「今回は苦めのチョコレートを作ったんだけど、もしかすると後にほんのり甘みが来るのも駄目なのかも?」
「でも、女性にはウケそうですね」
「ん、まあもともとレシピを持っていたのがソル嬢とイナンナ嬢なので、むべなるかな」
一方ゼロはペロッとひときれ食べ上げていたので、よっぽどタウアは甘いものと相性が悪いのかもしれない。カミーリャも普通にもうひときれ良いですかと問うてきたので、どうぞ、と勧める。
「氷ほど体温が急激に下がるわけではないのですね」
「そうだね。なのでよっぽど早く食べようとしない限り、頭痛がするなんてことも無いと思う」
「もしかしてかき氷を御存知なのですか?」
「あ、かき氷あるんですか?」
これは面白い発見になったなあとロキは思う、というか、カミーリャの実家にはかき氷があるのか。恐らくカミーリャの祖母のイミット関連のことだろうなとは思うが、シロップは何を使っているのかと気になってきた。
「かき氷には何を掛けて食べてるんだい?」
「氷蜜には樹液を使うのが多いかな。蜜樹という魔物を御存知ですか?」
「ああ、知ってる」
蜜樹というのは、植物型の魔物の一種で、フォンブラウ領の人面樹の森にも生えている。ギルドでの登録ランクはC級で、それなりに強い魔物に分類されており、特徴はとにかく巨木であることだ。巨木ゆえか樹液の分泌量が半端ではなく、近接戦を好む前衛と相性が悪い。燃やすと魔物らしく身体をゆすって火を振り払おうとするので大火災の原因になる。そして倒すと身体を支えていられなくなり、倒れる。これに巻き込まれて毎年多くの人が死ぬ。戦って最悪、燃やして最悪、倒れても最悪とクエストのコスパが悪いので皆近寄らない。
正攻法は、根っこに切り傷を入れてやり、傷に土を塗り込んで放置することだ。その内枯れる。蜜を作れなくなると蜜樹は一気に弱る。水分不足は大敵といったところだ。また、枯れる前に蜜樹はたくさんの琥珀色の実を付ける。とても酸っぱい。水分も蜜も実に吸い上げられるに違いないとロキは思っている。
「蜜樹の樹液を煮詰めると灰汁が出ます。灰汁が出なくなるまでゆっくり煮詰めると透明になって、固まらなくなるんです。それと蜜樹の実を一緒に食べると、さっぱりして美味しいんです」
「うわー、いいこと聞いちゃった。実家で試してみるよ」
それ以前に、カミーリャが何やら蜜樹と戦っているような気がするが、多分自己評価以上にこの人強いなとロキは思った。もしかすると、カミーリャを蜜樹に連れて行って食べさせてくれた人が居るのかもしれないと思って、ロキは言葉を続ける。
「というか、自分で蜜樹を相手に?」
「いえいえ、俺は蜜樹相手は、逃げるのが精一杯です。食べさせてくれたのは、父と母です。2人で蜜樹を切って樹液を貯めて、土を塗り込んで1週間くらいで枯れた蜜樹の実を回収しに行きました」
カミーリャの両親が最低でも個人で白銀級以上の冒険者と同等の実力があることが分かってしまった。カミーリャは母は身体が弱いと言っていた気がするのはロキだけだろうか。ラ〇ウなんだろうか。
「母によると、蜜樹の吸った魔力によって風味が変わるそうなので、リガルディアに行くことがあれば、是非挑んでみたいですね」
「一緒に行ってみるかい? 実家にわんさか自生してるんだけど」
「わあ、その時はよろしくお願いします」
フォンブラウは夏は猛暑が続くのでかき氷、丁度いいかもしれない。そして、恐らくだがカミーリャの家は氷か水の魔力を持つ者がいるか、山を持っているかのどっちかなのだろう。氷は残念ながら高級品である。
「あ、そうだ。タウア、ゼロ君、報告って何だったんだ?」
「はい」
「んむ」
ゼロはまだケーキを食べていた、久しぶりにゼロの口にしっかり合ったものが作れたようだ。ゼロがケーキを食べ終わると片付けを始める。タウアに説明は任せる気のようだ。
「実は、来週の合宿の件で」
「ああ、そういえばそんな話あったね」
「班決めの話ですか?」
「はい」
タウアが持ってきたのは学内新聞だった。
セネルティエ王立学校中等部は夏休みの間も寮を開放している。留学生はそうそう国元に帰ることはできないし、夏休みに入って3週間で一度合宿がある。数日かけて行われるので、その分2学期のスタートは1週間遅れる。
「特別制限はないようだが……あー、そう来たか」
「? ああ、これは……」
ロキとカミーリャは2人が恐らく慌てて報告しに来た理由を悟った。学内新聞にて、来週開催される合宿の班決めのルールは、全員対等。恐らく、カルからロキとセトを、ロキからゼロを、カミーリャからタウアを引き離すのが目的だ。
「何かできないことはありますか?」
「合宿だったら大丈夫だと思います」
「タウアはカミーリャから離れて不安定になったりは?」
「……そこが、ちょっと問題なんです」
やはりか、とロキは思うが、全員対等、と言っている以上はタウアがカミーリャの使用人の仕事をしなければいいだけなのだ。それがタウアにはきつそうだが。
「この文面から読み取れるのは、普段から固まっている者以外と班を組むことで協調性を育むとかそういうことだと思うけど」
「タウアと離れるのは、今は許容しかねる……かな」
「ちょっとプラム殿下に話をしに行くよ。一緒に来るかい?」
「はい」
タウアが不安定になると身体的苦痛を抱えているのはロキも見ていた。カミーリャ以外に親しいと言える者がいないこの土地で引き離されるのはタウアも避けたいだろう。ゼロが不安そうにタウアを見ていたので、友達としての情はゼロも湧いているんだろうな、と何となく遠くから彼らを眺めているロキがいた。




