12-22
「大丈夫だった?」
「大丈夫に見えるのか……?」
席に戻ったカルは明らかに消耗していた。ロキから何かしらの記憶の共有をした結果がこの状態ならば、相当見るに堪えないものを見せられたに違いない。そしてロキは平然とした顔で戻ってきたのである。
「ロキ、平気?」
「ああ。俺は何ともないよ」
ソルが戻ってきたロキにも問うが、ロキは追うように頷くとともに言葉を返した。いっそ少し子供っぽさが消えたような気すらする。声だけで何かリンクストーンの向こう側にも伝わったらしく、ロゼが怪訝そうな声で『何かあったらちゃんと言いなさいよ?』と言ってきた。
「まあ、なんだ。自分がちょっとスレてるなと思っただけさ」
『いったいどんな記憶共有したのよ……』
「被爆後、かな」
『……ロキ、悪いこと言わないわ、今日はゆっくり休みなさい』
「ああ、この話が終わったらそうさせてもらうよ」
セトとオートが首を傾げる。この2人は知識が無いのだからこの反応も当然だろう。ロキは淹れ直された紅茶を手に取って、映り込んだ顔を眺めていた。
「どんな感じなの?」
「……こう、顔の、皮膚が溶け落ちているような印象だった。あれは、爛れていた、のか?」
『そうですね。被曝すると皮膚が爛れて溶け落ちるとか、内臓がやられて水も飲めなくなるとか、長期的な影響が見込まれますし、正直、治すのは難しいです。特に今の医学レベルではほぼ不可能ですわ』
「ほえ」
オートが興味本位で尋ねれば、カルとロゼの回答が返ってきた。オートは想像したのか身震いをし、セトも顔を顰める。焼け爛れた皮膚を想像できるということは、2人ともそれ相応に実家で魔物狩りなどを行って、火属性の魔術を使う者を見てきたという事だろう。
「今の医学でもかなり発展している方だと思うが」
『回復系の魔術はやっぱり貴重ですからね、やむなしです。でも外傷を治すだけの力をもう身体が持っていなかったら、どうしようもないのです。最後は衰弱して死んでしまうわ』
「……」
カルの言葉にはロゼが返してきた。カルは少し考え込む。ふとロキが何か紙に書き始めた。
「ロキ?」
「今グダグダ言ってもしょうがないからなぁ。どうせ核開発なんてしたらこっちにだってバレるし」
「そういうものなのか」
『核は基本的に人間の方が被害が大きいはずなので、シェルターとかしっかり作ってやると思いますけど、地下に作ったら地竜が起きそうですもんね』
ロキが簡単にまとめた紙をカルに放って寄越す。とはいえ、まだ概要的なものしかないから、これを元に何か、というわけでもなさそうだ。
「……ロキ、スカジ殿を利用するのか?」
「うまくいけばって話です。どうせ帝国の情報は誰かが仕入れないといけないんです。きょうだいが多いフォンブラウが行くのが定石でしょう」
カルが持つ紙には、どうやらフォンブラウ家の人間が帝国に嫁に行くなり婿に行くなりで帝国内の情報を仕入れる方法を提示してあったようだ。とはいえ今フリーになっているのはスカジとロキとコレーだけである。コレーはセネルティエにハデスの加護を持つ者がいることから、この人物とくっつく方が無理が無いのではないかとロキは呟くように言った。
「ロキが女になるか婿に行くかってこと?」
「それが自然ではあるな」
「俺は仮にもソル嬢と付き合っている男が自分をフリー扱いした方に驚いているんだが」
「使えるものは使いませんと」
ロキの言葉に眉根を寄せたのはカルだけではなかったらしい。
『ロキ、流石にそれは許さないわよ』
『ロキ様、ヒュー〇ミサイルとグラインド〇レードどっちが良いですか?』
「うわぁどっちも嫌だぁ」
エリスの脅し文句の意味がよくわからないカルだが、とりあえずロキが嫌がるような代物であることは分かった。
『最初っから言うんじゃないわよ』
『ねえロキ様、私アルテミス女神の加護による男性特攻の矢が射れるようになったんですけど、的になっていただけます?』
『ねえルナ様その矢にヒュー〇ミサイル括りつけましょう! 必中があればロキ様に絶対当たる!』
「ヒュ〇ジミサイルは止めんか! あれ元々艦載用だろ! 殿下まで吹き飛んだらどうしてくれる!?」
ルナの前で言っていい事ではなかったな、とロキも少し反省の色を見せたが、直後のルナとエリスの台詞で固まってしまった。
『何にも悪くない令嬢ロキを婚約破棄した殿下なんてどうでもいいです』
『王族の結婚に夢見たお花畑は王家からいなくなってくれていいと思います』
「俺に飛び火したッ」
「何気にお前ら令嬢ロキ好きだな? 安心しろ俺も10歳くらいまでそう思ってた!」
「ぐはぁっ!」
今更の話であるが、実はこの場に居る転生者たちの中でカルが推しだと発言した者は誰もいない。明確な発言こそなかったが、ソルはアレクセイという侯爵令息を推しており、ロゼはトール、ヴァルノスはユリウス、エリスとルナとロキは令嬢ロキを推しているのが今までの発言から垣間見えていたこともあって、カルはそこについてとやかく言う気はないようだが。
「俺の価値よ……」
『まあ殿下、だからこそ殿下が戦争を回避しなければと仰ったとき、私は貴方を支えると申し上げたのですよ』
「……そうだなロゼ。ああ、ここまで評価が落ちてるならいっそ清々しい。やれることを全力でやるよ」
ロゼとカルの言葉に皆それぞれ顔を見合って肩をすくめた。
『その意気ですわ。それに、貴方は1人ですべてをこなさなければならないわけではございませんわ。私は戦にはあまり役に立たないかもしれませんけれども、ロキがおります。信頼には応える人ですもの、重用してやってくださいな』
「ああ」
「ロゼ、俺を売り込むのは止めてくれよ。でも、そうだな。カルは1人じゃない。どうせここにいる全員がどういう形であれお前の国を支える柱であり手足となるんだ。今のうちに使い方に慣れておけよ?」
カルが皆を見回す。留学生として今回カルについてきてくれたメンバーは、教会のことといい、ベヘモスとのことといい、いろいろと巻き込まれがちだ。だからこそ、自分ももっとしっかりしなければならないとカルは思うのだ。ロキが下からの突き上げを抑え込んで、カルのやりたいようにやらせてくれる姿が目に浮かぶのは、これまでの夢のせいもあるのだろう。
(夢で見てきたような喪い方は、したくないな)
カルはロキを何度も失った。自分のせいで、周りのせいで、戦争のせいで、病のせいで。
男としてロキがこの場に居ることが、ナタリアがベヘモスを倒せる世界線に似ていると言ったのと同じように、カルが不自由なく友達を失わず居られる世界に最も近いのであるから。
「……ロキ?」
「ん?」
ふとロキを見やると、窓の外に視線を向けていた。どうかしたのかと問えば、いえ、と小さく返ってくる。
「隠し事は無しだぞ」
「ふむ。そうだな、それぞれがループを止めるために動いていることがはっきり今分かっただけだよ。今は戦争よりもこっちに心配をしたいところだね」
「……それもそうだな」
そういえば国に帰ったアル殿下とレオンはどうなっただろうかとロキが呟いた。カルはそれなら、と受け取った報告書をロキに渡す。
「さて、皆に心配をかけてしまったが、ひとまず心に留め置いていてほしい。情報があるのとないのとではだいぶ変わるからな」
『そうね。ひとまずお父様と陛下に奏上すればいいかしら?』
「ああ、こちらからも手紙を出しておく。先に公爵たちにも伝えておいてくれ」
『分かりました』
カルが話を締めたことで、この場は解散となる。ラックゼートは他に知っていることがあれば報告書の形で上げてくれ、というロキの言葉に素直に頷いてくれていた。きっと被害状況を想像してあまり体調が芳しくない子が増えてしまったせいだろう。
それぞれが解散していく中で、ソルがあまり何も言わなくなったことに不安を覚えたカルであった。




