12-20
お久しぶりでございます。やっと納得のいくところまで編集できましたので、投稿再開していきます。よろしくお願いします。
「ロキ!」
「ロキ様!」
ソルとナタリアの顔が目の前にあった。ロキはまたベッドに寝ているようだ。セトたちも近くに居るのが見えた。あまり心配していなさそうなのはオートで、でもここに居るのでやはり心配して来てくれたらしいことが伺える。どうやら医務室のようだ。
「……おー、すまん」
「本当にごめんなさい、私が魔道具に気付いていれば、こんなことには……!」
身体を起こしたロキは謝ってくるナタリアを諫める。あんな突発的なものでは防げるわけがないし、何より、ロキを狙ったものだったことは魔道具の主からも聞いた。ナタリアを責めるつもりはない。
「気にしないで、ナタリア」
「でも……」
「ベヘモスを倒すことで起動条件が整う魔道具だったみたいだ。製作者はロキ・フォンブラウ、ループの渦中からの贈り物だったよ」
近くの椅子に腰かけていたカルが口を開く。
「何か名称はあったか?」
「慟哭騎士と名乗っていましたね」
「ああ、帝国に大敗したパターンだったか」
カルの言葉に、え、何それ、とソルがぎょっとして問いかける。ソルにはその辺りの記憶は夢として出てきたことはないのだろう。そりゃあそうだろうなとロキは思う。だってあのルートのソルは恐らく特に何もできずに死んだことが察せられるからだ。腕が残っていたのは、魔力回路が集中していることによって、爆弾の影響を受け辛かったのだろう。そう考えると、アーノルドとロキだけが生き残ったというのは、納得できる話である。なにせ、2人の魔力回路は複雑に絡んだ網のように体内を廻っている。
「はっきりと俺も夢に見たわけではないが、たしか、補給拠点の街を丸ごと爆弾で焼き払われたのだ。ロキは光属性の魔法を喰らってボロボロになったので、一応生存していた血縁関係者の四肢を使ってロキの身体が動くようにしたんだったか」
「あの、予想以上にえっぐいんですけど」
カルの腕に視線が行ってしまったが、ロキが解析した時には慟哭騎士にはほかにレインやケイリュスオルカなど従兄弟たちの臓器なんかも使われていた。よく考えたらカルもロキにとってははとこである。
ソルは少し蒼褪めているが、そうやってリアクションを見せている表情を見ると、安心した。ロキはベッドから起き上がる。
「ソル」
「何――」
声を掛けて振り返ってくる前に、ロキはソルを後ろから抱き締めた。
「……あの。恥ずかしいんだけど」
「少しこのままで」
予想以上に血の気の無い、損傷の酷いソルの顔はロキに傷を付けていたようだ。あの場所には、すっかり擦れてしまってはいたが、何も拾ってこれなくてごめんねと書かれた手紙が置かれていた。光属性に寄ってしまったルナの遺体は、炎への耐性を失ったのか、残りもしなかったのだろう。
「ロキ、どうする。“慟哭騎士”は対策が必要な兵器が使われているんだろう?」
「そうですね。俺の知識では不足があるかもしれないので、一旦話し合って父上に手紙を送りましょう」
ソルを抱きしめたままカルの言葉に答えたロキに、ソルは少し呆れたように肩をすくめた。
♢
プラムに部屋を借りたいと伝えてサロン用に部屋を借りてきた。もしもうまく話がまとまれば、プラムにも話を通しておかないと、痛い目を見るのは恐らくセネルティエであろう。
「で、議題って何なんですか?」
「それがな、俺はよくわからんのだ。さっき言った爆弾についての話なんだが」
「ああ、“慟哭騎士”ルートにおける爆弾……」
ソルも少し考えて嫌な想像をしたようだ。不安げにロキを見やった。ロキは今回大人しくオートがこの場に居ることが何よりも化学兵器を使用したことの証拠だと思っている。
「単刀直入に言いますね。正直これは、学生時代分しか地球における現代知識を持ち得ていない俺たちの手には余る。なので今、ラックゼートを呼んでおります。議題は、核爆弾について」
「は!?」
「核が使われたんですか!?」
ソルとナタリアの反応からヤバいものなのだろうという想像がついたのか、セトが身を固くする。オートがねえ、と軽く手を挙げた。
「カクってそんなに怖いの?」
「怖いどころじゃないわよ。私たちの転生前に居た世界では、私たちの国が撃ち込まれた2発しか実戦では使用されてないけど、持ってるだけで外交的な抑止力になっちゃってたし」
「えー、たった2発で分かるものなの?」
流石オートというべきだろう。2発で分かるわけがないのも分かっていてのこの発言。絶対他にも使われてるよね、と言わんばかりの目をロキに向けたので、ロキは小さく頷いてやった。
「そこは暗黙の了解ってやつだね。核爆弾自体は複数種類があるが、前世の国で使われたものはまあ、まだ威力は低い方だと思うよ。俺たちが生きていた時代よりも80年近く前の話だからな」
「たった80年なのか?」
セトの言葉には長命種としての時間感覚の片鱗が見える。
「人間の科学の発展速度は目ざましいよ、その分多大な代償を払うけれどね。あと、ほんの70年前に処刑王リカルド輩出した血統の俺たちが言えたことじゃないと思う」
セトの言葉に返すと、あー、と言いながらセトが少し考えこんだ。ロキたちは寿命自体が数千年生きる長命種の子孫であるため、それを考えると80年なんて本来は1世代入れ替わりすらしないだろう。しかし人間はそうではなかった。足早に先に行ってしまった。残された爪痕も深い。なお、処刑王リカルドというのはリガルディア王国の現代史に一番深く赤い爪痕を残した人物である。
「科学、か。オートの思想に近いのか?」
「ああ。科学自体は魔術で俺たちにも馴染みのあるものが多いんだけど、魔力を使わなくても、天気とか、風の発生構造とか、燃焼の具体的な反応とか、そういったことを理解するのに貢献していたよ」
カルが上手く軌道を修正してくれた。なおカルにとって処刑王リカルドは父王ジークフリートの叔父にあたる人物である。割と血統的にはすぐそこにいる人物だったりするのだ。
ロキは科学についてザックリ説明する。
「お前たちは魔術の無い世界に居たんだったか」
「ああ」
オートが目を煌めかせた。基本はスチームパンク寄りの科学に準拠しているようなオートは、しかしロキにとっては彼はリガルディアの鬼札足り得ると思わせるだけのものがあるのだ。
「魔力の代わりに、電気を使ってエネルギー供給を行っているのも特徴だったかもしれないね。まあ、魔力が無くても、人間が作ったものを落っことせば父上の火力に匹敵するものができると思えばいいかな」
ロキにできるのは、ひとまず慟哭騎士がやられた主要都市に対する核の投下を防ぐことだけである。核だと断定はできないと言いつつ、核爆弾だとロキ自身は理解していた。竜の四肢を捥ぐ爆発物が他にあるなら、教えてほしいくらいだ。
「ロキ、核を具体的に止める方法は?」
「エネルギーの発生方法が複数あるから、それに合わせて魔術で打ち消すか、相手にとって悪いタイミングでわざと爆破するか、どっちかがメインになるんじゃないかな」
「……難しいな」
そんなことどうして考えなきゃいけないんだとか、そんなことを言う者がこの場に居ないのは、貴族が軍人であるからだ。ロキは自分が核兵器についての知識が無いことを早々に宣言していたが、そんなのはソルもナタリアも同じだ。学生で核について詳しく知っている者などそう居ないだろう。
「……具体的にはどういった構造のものなの? 何か僕に分かりそうなことってない?」
オートの言葉にロキが少し悩んで、ハッとしたように顔を上げた。
「どうした?」
「エリスも何か知っているかもしれん」
「えっなんで???」
ソルの微妙そうな表情も頷ける。金の髪とピンクの瞳でゆるふわな雰囲気を纏う彼女のことを核兵器について多少自分たちよりも知識があるかもしれない人として選定する理由とは。しかしソルはすぐに気が付いて納得した。
「そういえばエリス様ワタリガラスでヤマネコだとか言ってましたね」
「なんだそれは」
「前世での一部の特殊訓練を受けた軍人張りの疑心暗鬼脳をお持ちなゲーマーのことよ」
ナタリアも思い至ったようで、ロキがエリス向けにリンクストーンを起動したのを皆で見守る。淡いピンクの発色の後、『もしもし?? エリス・イルディです。どうかされたんですか???』と、ちょっと懐かしくなってきた声が聞こえてきた。
「エリス、ロキだ。時間はあるかな?」
『大丈夫ですよ。それで、どうされたんですか?』
「兵器の話になる。個室に行ってくれるか」
『あ、分かりました』
「エリス嬢、エリオを呼べ。あいつにはどうせ聞かせねばならん」
『はい? 準備ができたらかけ直しますね』
「頼む」
ふわふわした声が特に固くなることも無く受け答えを終えてリンクストーンが光を失う。カルは改めてロキに問いかける。
「お前がその、カクについて知らないというのは、具体的にはどういう事を知らないんだ?」
「大まかな性質等は知ってるんだが、地球とアヴリオスではそもそも現象が起きるための計算式そのものが違うんだよ。知っている知識がにわかではうまく試算も出来ないから、あいつのミリオタ性癖に賭ける」
ロキが知っている知識だけでも、核兵器には核融合型と核分裂型があること、濃縮ウラン、濃縮プルトニウムを利用したもの、水素爆弾と呼ばれるタイプがあることなどがあった。本人曰くの穴空きの知識でも試算することが多くなりそうなことに気付いたカルがエリスを待つことを決定したのだった。




