12-15
2025/05/21 編集しました。
ギルドにて、カオリのいるカウンターの前に立った青年をみて、カオリは口を開いた。
「あれ、どうしたの、ジョン」
「ねー、聞いてよカオリさん。王族がまた旅行に行っててさ、いくら何でも悠長すぎるというか、もっと国民のこと考えて動くべきだと思うんだよね。こっちは税金払ってるのにさ」
「うん、それで?」
「直訴してきたんだ。国民のために金を使えってね!」
カオリはドン引きした。こいつは馬鹿なのだと思い、それと同時によくこいつ首刎ねられなかったなと感心すらした。
王宮ってほんとに金ばっかりかけてそうな建物だよねと言うので、どうやら王宮に凸ったらしい。貴族らしい人がいたなら王宮だ、学生がいたならその王宮っぽい建物は学舎の方である。
「ねえ、君階級は?」
「平民だよ。転生したのに平民なんて悲しいよね」
「ちょっと頭足りないんじゃない?」
「え、何でそんなこと言うの?」
割とよくカオリに話しかけてくるこの青年は、よくギルドで土木工事の依頼を受けていく転生者だが、ちょっと、あまりにも、おかしい。
ギルマス曰く、セネルティエ王国はそこまで王族の権力が強くないので、すぐすぐ誰かの首が飛ぶことはないだろうが、平民ならばあまり関係なく刎ねられると他の冒険者が語っていた。冒険者はその範囲から外れているのであまり関係ないが、この青年はまさしく“国民”であるので首を刎ねられてもおかしくないと思ったカオリは間違っていない。
「直訴って、そもそも何で平民が王宮に行ったのさ? あと、王女殿下の旅行っていくら動くか知ってる??」
「君も平民なのに、どうしてそんな差別的なことを言うんだ? お金をバカバカ使う王族なんてない方が良いに決まっているのに、何で金額を聞くの?」
「いや、差別じゃないよ。平民の声を聞いてすぐに動けるほど貴族制は甘くないよ。歴史習った? 転生者っていうからには何か知ってるって思ってるんだろうけど。あとそうやって突撃するって誰かが宣言したから、留学生を守るために王都から王女の公務で一緒にヒマワリ祭に行くよって発表あったじゃん」
カオリはただ事実を述べているだけのはずなのに、なんだか疲れてきた。なんだかこう、そうだ、小さい子供だ。
「ヒマワリ祭なんて何のために行くんだよ。あんなのそれこそ貴族の遊びじゃないか!」
「は???」
「なんだと?」
カオリがあまりの衝撃で呆れたと同時に、近くに居たらしい貴族令息が近付いてきた。赤い髪をしているので、セネルティエでは珍しい火属性のようだ。
「なんだよ」
「……貴様、相手が貴族であることを理解すらできないのか。いや、それは別にいい。ヒマワリ祭の意味も知らないなら、その程度の頭でできる肉体労働だけやっていればいい」
「はあ!?」
「おいジョンやめろ、流石にやめてくれ!」
周りから他の平民たちの悲鳴が聞こえてきた。貴族を怒らせて碌な事がないのだ。煽っている貴族も悪いのかもしれないが、カオリにはジョンと呼ばれたこの青年の方が悪いものとしか思えない。
「おやおや」
「何やってるんですか」
カオリがよく見かける留学生と、割と人気のある王女殿下の声がして、カオリはそちらを見る。銀の髪をもはや隠さなくなった神子ロキ・フォンブラウと、第3王女プラム・セネルティエだった。
「第3王女殿下!」
「神子様!」
「どうしてここに?」
「私たちが彼にギルドに来てくれるように伝えたのです」
「王宮に呼び出せと言ったんですがね」
ロキはプラムがここに足を運ぶことに不満があったようである。カオリは店を一旦閉めることにする。ちょっとこれは同席させてほしいと思った。
「すみませんギルマス、そこの話し合いに私も参加していいですか」
「こっちは構わないけど、殿下、この子も一緒に話聞きたいって」
「構いませんよ」
一応別の部屋を準備はしているらしく、その支度をし始めたギルドマスターに声を掛ければ、カオリは話し合いへの参加を許された。
「ロキ、構わないかな?」
「ええ、あくまでもギルドでの話ですが」
「うん、ありがとうね」
カオリはロキと目が合った。
♢
部屋の質を最上に上げるようロキからの指示があって、準備が終わった部屋に入ると、ジョンが最初に手前の奥の椅子に座った。案内をした受付嬢が一番苦い顔をしているのだが、カオリがそっと宥めて全員椅子に座る。一番奥にプラム、2番目の上座にロキ、プラムの正面にジョン、ロキの正面にカオリが座っていた。
「では、まず私がここに来た理由から」
「直訴を受けてくれる気になったんですよね?」
「えっと……あの、違います。きちんと説明をしようと思ってここに参りました」
「は? 何のための説明ですか。王家の行動が変わらなきゃ何も変わらないじゃないですか、馬鹿なんですか? 俺きちんと言いましたよ、お金をちゃんと国民のために使ってくださいって。税金は貴女たちのお小遣いじゃないんですよ。ちゃんと国のために使ってください」
プラムの言葉を遮って話し始め、自分の意見を述べ立てる姿に、カオリは横に居たくねえと言わんばかりに鳥肌が立っていた。ロキが静かにジョンの言葉を聴いている。
「私は今回、貴方に納得してもらうためと、ちゃんと話を聞いてもらうために来たんです。まず最初に言っておきますと、」
「貴女たちのやり方って古いんですよ。俺が良い方法を教えてあげましょうか。俺も聞きかじった程度の知識ですけれど」
「……私たちのやり方が古いと思われるのは致し方ないかと思いますが、まだこうする段階です。急激に変えても国が分裂するだけです」
「分裂なんてしないでしょ。人間は理性ある生き物なんだから、そもそも王族なんていなくたって国は回っていくんですよ? 税金の無駄ですからもう旅行とかやめてくださいね。税金払わされるこっちの身にもなってくださいよ」
「……」
プラムが黙りこくった。旅行、旅行と言われているのが公務であることを何となくプラムも感じたのだろう。ロキが口を開いた。
「お前のやり方が絶対にうまくいく保証はあるのか?」
「お前じゃない、ジョンだ。上手くいくさ、だって実際そうなっていた」
「では聞こう、上手くいく、というお前の上手く行くの基準は一体何だ?」
「はぁ??? 上手くいくって言ったら、上手く国が回るようになることだろ! 宗教関係者が出て来るな!」
宗教関係者、の発言でロキは明らかに蔑みの目をジョンに向けた。カオリが「すみませんロキ様、発言をお許しください」と言って、そっと手を挙げる。
「なんだ、カオリ殿」
「正確には私の横のこいつについてなんですけど。まず、ロキ様が貴族であることを伝えたいと思います」
「ああ、そうか。それは嬉しいよ。こんなゴミのような思考回路の転生者がいるとは思いもしなかった。同じ部屋にいるだけで汚物のような臭いがする。後は任せた」
「はい、お任せください」
ロキが明確に毒を吐き、ジョンが目尻を釣り上げてブチ切れた。
「おいお前、態度がなってないんだよ!!」
「貴族様相手にアンタがその態度だとアンタの家族の首が飛ぶってのが分からないのかい!? この人は外国人なんだよ理解できる!? リガルディアからの留学生!! こないだのベヘモスの相手をわざわざしてくれた人なの!! この人たちのおかげで今生きてるの理解できる!?」
そしてジョンにカオリがブチ切れる。ロキはソファにしっかりと沈み込んで足を組んでいる。プラムがやたら口調が丁寧だとは思っていたが、相手と話し合いをするために来たのだからそりゃそうなると納得も出来た。ましてや転生者なのだ。貴族の意識はあっても、平民をきっと尊重するために頑張っている王族の1人なのだ。
「だってそりゃ、貴族の義務じゃんか!」
「王族要らないって言ってるやつが貴族には戦えっていうの!? 馬鹿じゃん馬鹿はお前じゃんあと別にロキ君私たちを守る義務ないから!! 自分の身は自分で守ってね!! すぐでいいよ!!」
カオリは今までになく怒っていた。
ベヘモスと戦うことはできないと冒険者たちが逃げようとした時、王宮から援護要請があった。内容としては、近隣住人の避難がメインであって、戦ってくれというものではなかった。依頼者はプラム・セネルティエ。
王侯貴族、兵士、そして留学生が迎撃に当たるため、近隣の住人を逃がしてくれという要請で、ギルドは仕方がない、と、戦わなくていいなら、と、依頼を受領したのである。そして冒険者に割り振った。
それでもベヘモスの移動による地震で建物の倒壊は免れず、ここ王都の建物は基本的にアダマンタイトが骨格に入っているため、化粧石や木造による増築部分が破損した。住む場所がなくなった平民がどれだけいただろうか。
迎撃に出てくれた留学生たちが入院したことをセネルティエ王家は公開した。リガルディアにも伝えるために。その中で、神子であるはずのフォンブラウの令息が、魔力不足状態に陥って回復に5日を要した。ゴートが蒼褪めた。腕利きの冒険者たちが無力感に打ちひしがれた。赤目でない神子の魔力はそれほどまでに多いのだ。
魔力を完全に失ったら、死んでしまいます。
ゴートの言葉に、カオリは、己が作ったアミュレットは一撃死が一度無効化できるだけで、魔力不足で死ぬ人を助けることができないことに気が付いた。そして、留学生が前線に出たと聞いたとき、このために自分はロキに選ばれたのだと理解した。
ジョンの家が何処なのかカオリは知らないが、まだ家がちゃんと残っている上級平民だろうなと何となく思う。
カオリが寝泊まりしていた宿は地震で倒壊したので、他にも寝泊まりしていた皆で長屋に入ることになった。意外と快適である。狭い部屋がカオリには合っているようだった。
「あのね。民主制で国を回せるほどこの国の人たち勉強できてないでしょ!? 平民同士でこの国の法律の話ができるようになってからものを言いなさい!!」
「その勉強の機会を奪っているのは国だろう!!」
「違う! いや違わないけど! お金よお金!! 法人運営にも金がかかるの!! 無償でやってくれる組織があるわけないでしょう!!」
「それを王家がやればいいじゃないか!」
「王家ならもう学校作ってるじゃない、王立学校」
「いや、あそこは金取るじゃん」
「日本の公共の学校もお金取るよ?」
何となくわかってきたので、カオリの語気がトーンダウンする。
「……貴方、前世中学生とかじゃない?」
「……悪いかよ」
「悪くないわ。でもね、状況を見てものを言いなさい。貴方は周りに比べて知識はあるかもしれないけれど、ものを知っているわけではないわ。貴方の知識だけで世界は回ってません。世界はもっともっと広いの。王族に直訴したって、貴方が腹を切ったって、その程度で貴族は動かないわ」
自分が動けば何とかなるなんて、そんなの民主主義に限った話だろう。しかもメディアの十分発達した時代に限る。少なくとも、貴族制を今やめたら、きっと同盟国となってくれているリガルディア王国からも見放されてしまうだろう。帝国との戦争をしているわけではないけれども、割とピリピリしている。
「カオリさんは、いくつなんですか」
「私大学生だよ。文学部だけど、法学も多少は。まあ、私よりもそこの銀髪の貴族様の方が何倍も頭いい気がするけど」
「……」
ジョンが完全に黙った。プラムが口を開く。
「最初にちゃんと言い切ればよかったわ。私と彼も元々高校生よ。偉そうに語るな中坊」
「……でも、俺より、年下じゃん、王女様」
「私は外交をするための知識を得た。貴方はそうじゃない。それだけ。でもね、外国の人を侮辱するのは本当に止めて。私取り繕えないから。リガルディア王国それで帝国から祝福持ちの平民1人取り上げてるから。そして今私の真横に居るこの人、外交取り仕切ってるお家の愛息子だから本当に止めて」
現在ロキは転生者としてここにいるけれども、流石に侮辱発言が多かったためか貴族然とした態度を取っていた。
「プラム殿下。旧列強の物語だけでも皆に知らせた方が良いと思いますよ」
「あ、元第6席?」
「ええ」
やっとロキが口を開いたと思ったらそんなことを言う。カオリもこの話は初めて聞くので顔をそちらへ向けた。
「なにそ……なんですかそれ?」
「転移者が奴隷刻印のある人を解放しようとして貴族を襲撃したら、奴隷刻印はスキルで刻まれたものだったから完全開放できなくて、沢山の奴隷が死んだって話よ。その時の被害に遭った貴族の娘を守り抜いた、白銀の髪の奴隷騎士。人間だったらしいけれど、昔の列強の6席に食い込んだらしいの」
「うわ……すご……」
転移者も転生者も、この世界にとって薬足り得るか、毒なのかはその人次第なのだろう。
ロキがその他つらつらとジョンの言葉にあった侮辱の針を突き回し、ロキが納得がいくまで全部突き回したら、ジョンが涙目になってしまった。
ジョンがしょんぼりしてしまったので、カオリが他のことは教えておくと言う。直訴は取り下げてくれるよね、とプラムが尋ねれば、ジョンは分かりました、と素直に直訴を取り下げたのだった。
ロキが何をめちゃくちゃ突き回したかについては、割愛する。




